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第六十一話 「崖登り」

 奥仙(おうせん)南山(みなみやま)(とりで)にて、しゃらく、ウンケイ、ブンブクの一行は、砦内の八百八狸(やおやだぬき)達に歓迎され、山の幸をふんだんに使った御馳走(ごちそう)を前に、(うたげ)を開かれている。その(にぎ)やかな広間には、子狐のコン(きち)の姿もあり、同じ背丈のブンブクと肩を組んで楽しそうにしている。やがて狸達は自分の(ふく)れ上がった腹を叩き、ポン! ポン! ポン! と狸囃子(たぬきばやし)を鳴らす。しゃらくも真似をして自分の腹を叩くが、狸達のような音は全く鳴らず、それでも負けじと叩き続けている。その様子を見て一同がドッと笑っている。賑やかな笑い声と狸囃子は、南山の砦に夜通し響き続ける。

   *

 夜が明け、狸達とコン吉に見送られながら、しゃらく一行は砦を後にする。食料を山ほど分けて貰い、大荷物になった一行は、分かりやすいように注釈が書き足された古地図を頼りに、この広大な奥仙(おうせん)の森を進んで行く。

   *

 それから二晩、一行はすったもんだがありながら奥仙(おうせん)の森を進み、遂に巨大な森の端に辿(たど)り着く。目の前には入って来た時と同様、見上げても先が見えない巨大な(がけ)(そび)え立っている。
 「これを登れば奥仙(おうせん)を抜ける」
 巨大な崖を(なが)めながら、ウンケイが(つぶや)く。
 「・・・つったって、こんなのどう登りゃアいいんだよ」
 後ろのしゃらくとブンブクが、目を点にして口をあんぐりと開けている。
 「そうだな。見た所、低くなっている場所は無さそうだ。やはり自力で登っていくしかねぇか」
 ウンケイが崖の岩肌を触りながら、淡々と話す。
 「おいおいウンケイ! そんなの登るだけで何日()かんだよ!」
 しゃらくが唾を飛ばす。
 「何も全員が一緒に登る必要はねぇ。誰か一人が崖上に登って、狸達から貰ったこの綱を木に巻き付けりゃあいい」
 「あァなるほどな! そんじゃア誰が行く?」
 しゃらくとウンケイが一斉にブンブクを見る。ブンブクの尻尾がペタリと下がる。


 崖下にて、ウンケイが下向きに構える大薙刀(おおなぎなた)の刃の上に、頭の上にブンブクを乗せたしゃらくが乗っている。ブンブクの体には、砦の狸達から貰った長い綱が巻き付けられている。しゃらくはニヤニヤと笑っているが、対称にブンブクの方はブルブルと震えている。
 「準備はいいか? いくぞ」
 「おう!」
 「クゥ~ン」
 泣きっ(つら)のブンブクを尻目に、ウンケイが薙刀を握る手に力が入る。そして、ブゥオォォォン!!! 勢いよくウンケイが薙刀を振り上げる。すると、しゃらくとブンブクが勢いよく上空へ飛んで行く。風を受けるしゃらくとブンブクは、顔を無茶苦茶にしながら眼前の崖上を見据(みす)える。そして勢いが緩まって来ると、しゃらくがすかさず岩肌に鋭い爪で掴まり、勢いのまま岩肌を猛烈に登って行く。ブンブクは必死にしゃらくにしがみ付いている。しかし崖はほぼ垂直の為、しゃらくの鋭爪(えいそう)を持ってしても限界があり、登って行く速度が徐々に落ちていく。
 「ハァハァ・・・そろそろ限界だ! 行くぜブンブク!」
 しゃらくがニッと笑う。ブンブクは顔を真っ青にしている。するとしゃらくが、必死にしがみ付くブンブクを無理矢理引き()がし、片手で持ったブンブクを振りかぶる。
 「どォりゃァァァァ!!!!」
 ビュゥゥン!!! 思い切り投げられたブンブクは、物凄い勢いで崖上目掛けて飛んで行く。ブンブクは風圧で目も開けられないが、目からは涙が(あふ)れ出ている。そして崖上間近の所になると、徐々に速度が落ちていく。するとブンブクは、(ふところ)から一枚の木の葉を取り出し、頭の上に抑えながら、もう片方の手で指を立てる。ボン! ブンブクの体が煙に包まれると、煙から一羽の(たか)が飛び出す。
 「ハァハァハァハァ」
 ブンブクが変化した鷹は、舌をダラリと出して、羽をバタバタと羽ばたかせている。すると、ブンブクを横風が襲うが、ブンブクは必死で羽を動かす。一方のしゃらくは、爪を崖に立てながら、崖を下って行く。
 「大丈夫かよあいつ! わっはっは!」
 更に下にいるウンケイも、崖上を見上げている。
 「・・・」
 ブンブクはゆっくりではあるが、少しずつ着実に上昇して行く。そして遂に崖上に前足が届き、ブンブクが崖を登り切る。
 「ヘッヘッヘッッヘ!」
 変化(へんげ)を解いたブンブクが、舌をだらりと垂らし任務を忘れ、嬉しそうに尻尾を振ってそこら中を駆け回っている。やがて無駄な体力を使った事により力()きると、のそのそと近くの大きな木に近づき、木の幹に綱を巻き始める。しかしブンブクは体が小さい為、上手く巻き付けられずにいる。
 「・・・あいつまだかよ?」
 崖下に戻ったしゃらくがウンケイと並んで、先の見えない崖上を見上げている。
 「ずっと見てたが、落ちるならとっくに落ちて来る(はず)だ」
 ウンケイが心配そうに崖上を見上げている。
 「じゃア何してんだよあいつは」
 崖上で苦戦するブンブクだが、何か思いついた様にハッとし、(そば)に落ちていた木の葉を頭に乗せ、指を結ぶと再び煙に包まれる。すると中から出て来たのは、なんとウンケイの姿。ウンケイに化けたブンブクが、ぐるぐると力強く綱を巻き始める。やがて巻き終えた綱を力強く結ぶと、綱の先を崖下に投げ込む。
 「お! 来た来た」
 人間の何倍もの聴力と視力を有するしゃらくが、投げ込まれた綱を見つける。バシッ! やがて綱の先が、しゃらく達の少し上の岩肌を叩く。
 「よォし登るか!」
 
    *
 
 日が暮れて空に月が浮かび上がった頃、ようやく最後尾のウンケイが崖を登り終え、三人全員が崖上に寝転ぶ。
 「はぁはぁはぁ。・・・少し痩せねぇとな」
 仰向(あおむ)けに寝転ぶウンケイが、月を見ながら息を切らしている。
 「あァ〜腹ァ減ったァ〜!!」
 その隣に寝転ぶしゃらくは、舌をだらりと垂らしている。一方のブンブクは、夜風に吹かれて気持ち良さそうに目を(つぶ)っている。
 「はぁはぁ。・・・何はともあれ、これで奥仙(おうせん)を抜けた」
 「次はどこだっけ?」
 しゃらくが、寝たままウンケイを向く。
 「おいおいお前が言い出したんだ、忘れんじゃねぇよ。子将軍(ねしょうぐん)を倒しに行くんだろ?」
 「あァそうだった」
 しゃらくがニコリと笑い、目を瞑る。
 
    *
 
 夜が明け、しゃらく一行は町を目指して歩を進める。奥仙(おうせん)は抜けたが、一行の行く道は未だ森の中で、チラチラと木漏(こも)れ日を受けながら森を進む。
 「お、森を抜けるぞ」
 先頭を歩くウンケイの視線の先、森の木々が開けて日が射している。
 「やっとかよォ~。腹減ったぜェ~」


 「おいおい噓だろォ!?」
 少し時が経ち、森を抜けて近くの城下町までやって来たしゃらく一行だが、目の前の景色に呆然(ぼうぜん)としている。かなり大きな城下町ではあるが、そこには賑わいや活気などは無く、それどころか人の気配すら無い。立ち並ぶ店や家屋も所々が()ちている物もあり、この町から人がいなくなって、かなり日が経っているようである。
 「・・・一体何があったんだ? 戦に巻き込まれたにしては綺麗(きれい)過ぎる」
 ウンケイが周囲を見回している。一行は周囲を気にしながら、城の方へ歩みを進める。奥に見えている立派な城は、朽ちることなく綺麗な状態である。やがて城の近くまで来ると、道の真ん中に大きな瓦版(かわらばん)が立っている。一行は不思議そうに瓦版を覗き込む。
 「・・・徴兵令(ちょうへいれい)此度(こたび)、我が国を(おびや)かす野盗(やとう)討伐(とうばつ)へ向け、徴兵を行う。手柄(てがら)を挙げた者には報酬(ほうしゅう)(つか)わす・・・」
 
 完

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