31、怖いもの
「トルンの鉱山? あそこが廃坑なのは有名な話だと思うんすけど、それで騙されるってチョロすぎませんか」
屋敷に帰ると、ちょうどロベルトが報告のため一旦戻ったところだった。ユジェフはまだ残って引き続き調査しているとのことだ。
まとめられた資料を見ながら、鉱山のことを聞いたら、そんな答えが返ってきた。
「えーと、言葉が辛辣すぎない?」
「飾ったところで一緒でしょ」
その通りなので、話題を変える。
「……スモラレク男爵を騙した人はわからないかしら」
「いくらなんでもそこまでは」
「そうよね。そっちでわかったことはなにかある?」
「参考になるかわからないすけど、ジェリンスキ公爵の周りが胡散臭いす」
アリツィアは書類から目を上げた。
「どういうこと?」
ロベルトは、ウーカフが用意した軽食をつまみながら言う。
「最近になって生活が派手なんすよね。出入りの商人が下ろしているものも、宝石にドレス、食べ物、飲み物、全部、格上のものを使うようになってます」
「それはでも、公爵家だし、普通といえば普通じゃないの?」
知らないんすか、とロベルトはお茶を飲んだ。
「あそこ、今までわりとケチでしたよ? いっつも値切られるって商人たちは愚痴ってました。偉そうな家ほどケチな実例だなあって話してたんです」
「えーっと、倹約家だったのね? でも、それが最近変わってきたと」
アリツィアはさすがに声を潜めて聞いた。
「……鉱山詐欺と関係あると思う?」
「関係あっても簡単にバレるようなことはしてないでしょう」
否定しないロベルトに、やはりと思ったアリツィアは、次の言葉に驚いた。
「ーーそれよりも、ジェリンスキ家が金遣いが荒くなるのと同時に、各国の王が借金を始めたことが気になります」
「借金?」
各国の王とは穏やかでない。
「フィレンチェのバンコからの情報っす。バンコも、よせばいいのに相手が王だからと貸しているらしいんすけど、そろそろやばいんじゃないかって噂になってます。回収できなければ共倒れすからね」
「そんなに金額多いの?」
ロベルトは肩をすくめた。愚問だった。少額なら噂にならないだろう。
それぞれの国で、資金が必要なことが起こりそうなのか。戦争?
アリツィアは頭を抱えた。これ以上厄介ごとは増えて欲しくない。ため息混じりに言う。
「王様たちは何にお金を使うのかしら」
「あるいは誰に、ですかね?」
「……誰に」
アリツィアが考え込んだそのとき、ミロスワフが戻ってきた。
「ミロスワフ様! お帰りなさいませ!」
アリツィアは作法も忘れて駆け寄った。ミロスワフは申し訳なさそうな顔をした。
「カミルの家に行ったけど、誰もいなかった。一応アギンリーがまだ張っている」
‡
イヴォナたちのいる部屋に入ってきたのは、柄の悪そうな若者三人だった。服装からすると、身分は高くなさそうだ。
若者たちはにたにたとイヴォナとレナーテを見つめている。あまり嬉しい視線ではない。
「起きてるじゃん。話が早い」
イヴォナはレナーテを庇うように、前に出る。
「なんの話?」
「お姉ちゃんたちが遠いところに行く話さ」
イヴォナはさすがに衝撃を受けたが、顔には出さないように努めた。今、ショックを受けても何にもならない。それより出来るだけ情報を集めて、最善を考えろ。
イヴォナは相手を刺激しない話し方を心がけた。
「わたくしたち、なぜ、遠いところに行くのかしら?」
「さあ。詳しくは聞いてないね。それより仲良くしようぜ」
若者たちはじりじりと近付いてきた。イヴォナはその分、レナーテと一緒に壁際に下がる。しかしそれにも限度がある。
「怖いんだろ? 素直に怖がれよ」
イヴォナは精一杯、強がる。
「それより、教えて? 誰に頼まれてこんなことをしているの?」
「さあ? あんたたちのことを気に入らない人だよ」
男たちはもう問答を重ねる気がないらしい。イヴォナに向かって手を伸ばした。思わず目をつぶったその瞬間。
「気に入らないなあ」
ーー聞いたことのある声がした。
「あなたは……!」
「え? お前どこから」
「誰だ!」
男たちとイヴォナとレナーテしかいなかった部屋に、魔力使い、カミル・シュレイフタが立っていた。前と同じ、真っ黒な服装に、黒髪、灰色の目。
カミルは不機嫌そうに男たちを見据えた。
「煙を作って、わざわざ僕の仕業っぽくするのが気に入らない」
煙とは、馬車を包んだあれだろうか。イヴォナは思わず言う。
「それではこれは、カミル様とはなんの関係も……」
「あるわけないだろう? こんなブサイクなやり方」
ぽかんとしていた男がそれで動き出した。
「なんだと、このーー」
「うるさい」
「うっ……!」
一人の男がカミルに飛びかかろうとしたが、突然その場にうずくまった。カミルは残りの男たちにも、見えない何かを弾き飛ばす仕草をした
「うっ!」
「ぐ……」
何が起こっているのか、男たちは座り込んだ。
「絵描きのダヴィドが教えてくれた。自分の留守に訪ねてきた女の子たちがさらわれたみたいだって。それが僕の仕業っぽく仕立て上げていたって」
イヴォナは納得した。それではこれはカミルとは関係ないことだったのだ。カミルは少し考えて言った。
「気に入らないから、お前たちの一番嫌いなものをあげよう」
声が出せないのか、男たちは目だけでカミルに訴えている。それを見たカミルは嬉しそうに笑った。
「お前たち、何が嫌いかな? お父さんのムチ? 腐った牛乳? 穴の空いた靴で水たまりを歩くこと?」
そうだなあ、と腕を組んで考え込んだカミルは、ぽん、と手を叩いた。
「怖い渦にしよう」