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3.海老坂クンの部屋探し

「エビちゃん、おまた! 熱っちっちだから気をつけてナ! ところでケイちゃんとエビちゃんってどーゆー友達? ガッコの同級生?」
「海老坂とは出身校が違います。ただ俺も海老坂も同じ球技をしてたから、試合や合宿で面識が出来てて」
「へえ〜、学校違っても、そんなン仲良くなれるんだ」
「仲良くというか、ずっと競ってきたライバルだったんです」
「エビちゃんがケイちゃんのライバルねぇ。そんじゃあもしかして、ライバルのケイちゃん追っかけて東京の大学受けたとか?」
「あはは、バレましたか。実はそうなんです。ただ俺は中師ほど勤勉じゃないんで、国立は狙わなかったけど」
「おまえ、いつからそんな冗談言うようになったんだ? 海老坂はチームの主将と監督を兼任してたくらい、頭の回転が速くて計画的な奴です。そんな目先の理由で進路を決めたりするわけないです」
「なぁなぁ、高校時代のケイちゃんってどんなだったの? 俺さぁ、ケイちゃんは絶対モテたと思ってるんだけど、ケイちゃんはそんなコトないってゆーんだ」
「中師、超モテでしたよ」
「だよなぁ! だってケイちゃん、エッチな顔してるもん!」
「はあ?」
「とぼけちゃって、なぁ、コグマもそー思わねェ?」
「敬一クンはハンサムだし、スポーツの部活なんかやってたなら、きっとモテただろうと思います」
「いや、そんな事は全然ありませんから!」

 敬一クンがパタパタ左右に手を振ってるのを見て、柊一サンがまた、例のチシャ猫のような顔でニヤニヤ笑って見ている。

「お兄さんは、中師の義理のお兄さんだって聞いてますけど、こちらの方は?」

 急に僕に話が振られて、ドキッとしてしまった。
 麗人・海老坂クンが、僕に興味を持っている!?

「あ? コグマはウチの下宿人だよ」
「このビルって部屋を貸してるんですか? ネットで調べた物件の、どこにも掲載してなかったけど」
「下宿は今月から始めたばっかなんさ」
「今月ですか」
「そう、ケイちゃんの発案でな! 安定収入出来て生活むっちゃラクになるし、面倒クセェ手続きみたいのも全部ケイちゃんがやってくれたし、ビルのメンテもしてくれてるから、エレベーターもちゃんと動くようになったんさ!」
「ああ、中師はスイッチ入るとスゴイでしょう。普段はボケてるけど」
「そうそうそう! ケイちゃん、頼りになる天然サンだから〜」
「なんかあんまり褒められてる気がしないんですが…。でも本当に、店の手伝いやビルのメンテや管理をするのは、思っていた以上に面白くてな」
「ケイちゃん、箱入り過ぎだったんよ」
「それでこのビルには、まだ空いてる部屋ありますか?」
「あー、一週間前にコグマが入居して、全部埋まっちったよ」
「はあ、出遅れたか…」

 麗人・海老坂クンが、ジッと僕の顔を見てる。
 うう、真正面からジッと見つめられると、ドキドキしちゃう、美しすぎる。

「此処は、地の利は良いが老朽してるから、入居してもらうにもあれこれ制限を付けなければならなくて。アクシデントがあった場合も、自力で対応してもらう事などを納得してもらえた人に、とにかく入ってもらったんだ」
「不動産屋は、オンボロだから賃貸できねーとか言ってたクセに、ケイちゃんが条件設定にした超お得な部屋代で募集出したら、あっちゅーまに満室になってさ! あんなに入居者が引く手数多になるなら、もーチョイ部屋代高くしてもヨカッタ気がしてるんよ」
「このビルの条件的には、妥当な部屋代です。全体の老朽化や、いつ停止するか油断ならないエレベーターの事など考え併せると、部屋が広くてもファミリー世帯には貸せませんから。それに店のことや二階の事など、他にも改善するべき事がまだたくさんあります」
「んっか。ま、そゆコトは、ケイちゃんに任せる! でもあのエレベーターが動かなくなるのはコグマの所為だろ〜」
「やだなあ、柊一サンに言われてから、僕はエレベーター使ってませんよ」
「シノさん! 手伝うって言ってたの、どうなったんだよ!」

 いきなり飛び込んできたのは、多聞だった。

「そんなコト言ったっけェ〜?」
「あはは。お兄さん、そう言ってましたよ、俺を上に案内してくれた時に」
「むうう〜、エビちゃんに証言されちゃったら、ごまかしようがねェな」
「ごまかしてないで、早く手伝ってよ! 最終の集配が来る前に終わらないじゃんか!」
「ここの片付けは俺がやりますから、兄さんは多聞さんを手伝ってください。仕事が終わったら、今日はアイスクリームが買ってありますから」
「お、やった! ハーゲンダッツのミニカップ?」
「いえ、ブランドは違いますが期間限定白桃の…なんだっけ? とにかく、桃です」
「いえーい! ケイちゃん GJ! んじゃ、いっちょ梱包してくるぜ!」

 まだブツクサと文句を言っている多聞と一緒に、柊一サンは出て行った。

「海老坂、時間大丈夫か? 大丈夫だったら、ここを片付けたらコーヒーを淹れるから、あっちのソファで寛いでいてくれ」
「時間はまだ大丈夫だが、片付けぐらい手伝うぞ」
「いいよ、おまえはお客さんだから」

 敬一クンはそう言ったが、麗人・海老坂クンはサクサクとテーブルの食器を重ねて、キッチンに運んでいく。
 なので、僕も片付けに参加する事にした。

「二人とも、座っていていいのに」
「俺の皿洗いの腕前、見せてやるよ。それにあっちに座っていたら、話が出来ないだろが。えっと、コグマさん、ですっけ?」
「あ、いえ、僕はオグマです。コグマは柊一サンが勝手に付けたアダ名です」
「ナルホド。ホントおまえの兄さん面白いな。じゃ、オグマさんに食器拭いてもらって、おまえが棚にしまえ、置き場所オグマさんには判んないだろ」
「ああ」

 麗人・海老坂クンにテキパキと采配されて、僕は洗い上がった食器を拭き、敬一クンがそれを食器棚にしまうという、実に機能的なフォーメーションになった。

「お兄さんのキッシュ、本当に美味いな」
「そうだろう? 先刻も言ったが、最初はちゃんと毎日同じように作って売る方が良いと思ったんだが、最近になって毎日作らないのが、作った時に飛ぶように売れる理由のひとつなんじゃないかと思うようになった。なかなか手に入らないことに、みんな価値を見出してるような気がする」
「あはは。おまえでもそんなコト考えるようになったんだ。店は忙しいのか?」
「いや、兄さんがキッシュを焼いた時だけは忙しいが、さほど頻繁じゃないし、そもそも兄さんはそんなにたくさんは作らないから、忙しいのも短時間だ。先刻兄さんを呼びに来た人がいただろう? あの人が、多聞さんなんだが、兄さんの幼馴染で店の切り盛りをほとんどしてくれてる。俺はところどころで店を手伝ったり、ビルのメンテをしたりしてるだけだが、そういう作業をしてると、時間の有効活用についても考えるようになって、家に居た頃よりもっと集中出来てる感じだ」
「そんなに充実してんのか。じゃあ俺もここでバイトさせてもらって、おまえの充実ライフのお裾分けしてもらおっかな」
「残念ながらここの店には、バイトなんて雇える余力は無いぞ」

 食器を片付け終わったところで、敬一クンがコーヒーを淹れて場所をリビングに移し、麗人・海老坂クンと敬一クンは、楽しそうに話を続けている。

「あーあ。せっかくおまえの兄さんが賃貸をやってるのに、空き部屋も無いなんて。もっと早くにその話を聞いていたら、最初からココに部屋借りたのに」
「そうだな。鶴巻方面なら歩いてもすぐだ。俺は此処からキャンパスまで、兄さんのスーパーカブを借りて登校してるんだが快適だ。渋滞にも巻き込まれないし、駐輪さえ出来れば寄り道するのも便利だし」
「おまえがカブに! 想像出来ねェな! それに寄り道? おまえが?」
「神田の古書店街に行ったり、そこから御茶ノ水方面にはスポーツ用品の店がたくさんある。それに神田と秋葉原の境目あたりに、旨い蕎麦屋がある。全部兄さんに教わったんだが」
「ふーん。おまえがそんなにお兄ちゃんっ子になるとは、まったく想定外だったナ」
「お兄ちゃんっ子? 変な言い回しだが否定は出来ないかもなぁ…。兄さんが手放しで俺を可愛がってくれるから、つい甘えているところは、多いにあるとは思う…」

 僕は敬一クンの言っている事には、一概に頷けないところがあった。
 確かに柊一サンは敬一クンを可愛がってると思う。
 ケド、柊一サンは極端に気まぐれで、桁外れの身勝手で、自己中でナルな素質を兼ね備えている。
 それを、手放しで可愛がってくれてるなんて言えるのは、敬一クンには柊一サンに全く振り回されない無神経さと頑固さがあるからだろう。
 僕はまだ引っ越してきて一週間だが、そのホンの短い間に、柊一サンのメチャクチャな言動に驚かされたのは、一度や二度ではナイ。
 ハッキリ言って柊一サンは非常識だ。
 英会話を教えてくれと言われて授業してる感じだと、頭はスゴク良いと思うケド、それ以上に危険を嗅ぎとる能力が高いと言うか、柊一サンの行動はまさに野生の勘任せと言った感じなのだ。

「ココの賃貸…メゾン・マエストロだっけ? 今、どんなメンツが入居してんの?」
「部屋は四つで、小熊さんと、先刻部屋に兄さんを呼びに来た多聞さん。それに二階のテナントのオーナーの神巫さんが入居していて…、あと一人は、ええっと……なんて苗字だったかな?」

 敬一クンはかなりの面痴で名前を覚えるのも苦手らしいのだが、この時ばかりは横で話を聴いていた僕も、敬一クンと同じポーズで考えてしまった。

「敬一クン…僕、その4Aのヒトには、まだ会ったコトないよ」
「ああ、それはそうでしょう。その人、今は居ない…と言うか、実は俺も顔も見た事が無くて…えーと、なんと言ったかな?」
「本当に部屋借りてる人、いるのか?」

 僕が感じた疑問を、麗人・海老坂クンが口に出して敬一クンに問う。

「内覧の時は、兄さんが応対をしたからな。だからその人の顔を見てるのは、兄さんだけなんだ」
「そういえば、僕も柊一サンに案内してもらったなぁ」
「内覧は日中が多いので、兄さんに対応してもらってるんです」
「でも、僕が入居の手続きした時、柊一サンだけじゃなくて、敬一クンも立ち会ったよね?」
「それが、4Aの方は見学に来たその日に契約してくれたんですが、直後に実家から呼び出されたとかで、引っ越しは済んでるらしいんですが、本人は部屋で起居して無いんです。入居の手続きには何も問題無かったので、俺は一度も顔を合わせてません」
「でも二階のテナントって、オーナーが二人居るよね? 内覧に来た人は結局入居してなくて、テナントの人達が、それぞれ一部屋ずつ借りてるんじゃないの?」
「いいえ、あの人達は、一部屋を二人でシェアしてますから」
「なんだ、ここは部屋のシェアが可能なのか?」

 そう言った瞬間、麗人・海老坂クンの目がキラリと輝いた。
 二人の会話の様子を聞いてると、柊一サンの言っていた ”海老坂クンは敬一クンを追って東京へ出てきた” 案は、あながち間違っていないような気がする。
 麗人・海老坂クンは、高校時代の好敵手だった敬一クンに、今も変わらぬライバル心を持っていて、これからも競い合いがしたいんじゃないかな。
 そのためにはなるべく近所にいて、情報を知りたいと思ってるのだろう。
 メゾン・マエストロに空き部屋が無いと聞いた時も、一週違いで入居してしまった僕を、なんとも残念そうな顔で見ていたから、これは話の持って行き方次第では、僕に大きな恩恵があるかもしれない。

「シェアに関しては、借主の責任範囲で自由にしてもらってる。このペントハウスを見れば判ると思うが、ワンフロアの面積がかなり広いだろう? そこに二世帯しか入れてないから、1人で住むには無駄に広い物件だからな」
「二階のテナントって、何が入ってるんだ?」
「うん。"新たな時代に誘われて ハルカとミツルのフライングV" という、マッサージとヨガの教室だ」

 敬一クンが変なフレーズを、またもや大真面目な顔で言うものだから、僕と麗人・海老坂クンは、同時に吹き出してしまった。

「酷いなあ、小熊さんまで! 俺だってこんな店名は、おかしいと思ってるのに!」
「ごめん、ごめん。でもおかしいものは、おかしいよ」
「なんなんだその変な店名は?」
「兄さんが付けた」
「あはは! な〜るほど。ここのビル名もかなり変わってるけど、やっぱ兄さんか?」
「そうだ、キング・オブ・ロックンロール・カグラザカ。あまりインパクトあるので、俺でも一回で覚えてしまった」
「ホントに面白い兄さんだ」
「面白いと言うか、機知に富んでいて凄いと思う。今まで俺の周りには居なかったタイプだ」
「そうだな。別の意味でおかしい奴なら結構いたけどな」

 それからまだしばらく二人は話をしていて、柊一サンが下から戻ってきたところで麗人・海老坂クンは暇を告げた。
 敬一クンが駅まで見送ると言ったのをサラリと断って、玄関で笑って手を振って別れた後、麗人・海老坂クンは僕と一緒に階段を降り始める。

「オグマさん、お仕事は?」
「僕は近所の英会話教室で講師をやってるんだ」
「家族にヨーロッパ系の人が?」
「父方のヒイジイサンだったか、その前だかにイギリス人と結婚したジイサンがいたらしい。僕は日本生まれの日本育ちだけど、この外見のおかげで、英会話教室ではネイティブって思われてる」
「生徒を騙してる?」
「僕がそう言ったんじゃなくて、勝手にそう思われるだけだよ。面倒だから、訂正しないだけさ」
「あはは、やっぱり騙してる」

 麗人・海老坂クンはちょっとふざけたような口調で言って、笑う。
 彼が笑うとそれだけで空気がキラキラして、少女漫画なら花びらが画面中に飛び交いそうだ。
 三階まで降りてきたところで、僕はポケットから鍵を出した。

「僕の部屋はココだよ」
「羨ましいな、オグマさんはココに住めて」
「ええ?」
「俺、実家離れるのは初めてで、一人暮らしも初めてだから。近所に友達が居たらイイなぁと思ったんですけど、そう上手くも行かなくて。それなりに折り合いが付く距離の下宿をようやく見つけたら、害獣騒ぎでダメになっちゃって。だから今日、思い立って中師の所に来てみたんですけどね。あいつとなら旧知だから気兼ねなく話が出来るし、気晴らしにと思ったんですが。あいつの住んでるところに下宿があるのに、満室で住めないときた。お兄さんもいい人そうなのに、残念だな…」

 溜息を吐きながら、指先で前髪を軽く梳いている。
 ああ、憂いを含んだ顔でそんな風に俯かれてたら、じっくり口説こうと思っていた僕の忍耐が、この場で粉砕されそうだ。

「ええっと…、今日会ったばかりで、なんだけど…、僕と部屋をシェアしないかい? ほら、敬一クンが言ってただろう、部屋をシェアするのは、当人達の話し合い次第だって」
「え、本当にいいんですか? ああ…でも俺の方こそ、今日会ったばかりで、オグマさんにそんな迷惑なコト、とても頼めない…」

 あまりにもストレート過ぎて、警戒させてしまっただろうか?
 僕は少しオロオロしながら次の言葉を考える。

「僕は全然迷惑じゃないよ、ホント、全然! ここ、家賃安いけど、講師の給料はそれほどでもないから、シェア出来るならそれに越したコトないし。それにハクビシンの部屋にはもう戻れないだろう? 今はどうしてるの?」
「今はビジホに仮住まいしてます。早いトコ下宿決めないと親も心配するし、それに中師のコトならうちの親も知ってるから、その兄さんの経営してるアパートなら、親にも安心してもらえると思うんだけど…」
「それなら是非、前向きに検討してみて、僕とのルームシェア」
「ありがとうございます。じゃあこれから親に連絡して、考えてみます」
「そう。返事はいつでも構わないし、断ってくれても全然気にしないから安心して。そうだ、僕の携帯の番号を教えておくから、メールで返事をくれても良いよ」
「そうですか? じゃあ俺のメアドも…」

 よぉし! これで麗人・海老坂クンの携帯番号とメールアドレスをGETした!
 僕はそこで、ホクホクしながら麗人・海老坂クンと別れた。

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