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27、知ってた

 スワヴォミルを、なんとか寝台に横にならせたアリツィアは、トマシュにも自室で休むよう指示を出した。
 そして、着替える間も惜しんで、ミロスワフを含む何人かに使いを出した。

 ーーイヴォナに関することで、内密に力を借りたい。申し訳ないがクリヴァフ伯爵家に足を運んでくれないか、と。

 宛先は、ユジェフにロベルト、そしてミロスワフ。あのとき、アリツィアを助けにきてくれた人達だ。
 
 アリツィアが人を呼んだと察したドロータが、手早く飲み物の準備を始める。
 イヴォナとレナーテがいなくなったと聞いて、ショックを受けているのはドロータも同じなのに、顔には出さず、努めていつも通り振舞っていた。その健気さに心を打たれる。

 ーードロータの、いいえ、みんなの気持ちに報いるためにも、イヴォナとレナーテをなんとしてでも見つけなきゃ。でもどうやって。

 カミル・シュレイフタは国一番の魔力使いとの噂だ。こちらが出し抜くことができるのだろうか。こうしている間にも、イヴォナとレナーテは無事だろうか。
 するべきことが見つからないのに、焦燥感ばかり増す。
 アリツィアは呑気にイヴォナにいってきますと手を振った、今朝の自分が信じられなかった。
 こんなことならお茶会なんて行くんじゃなかったとまで考えたとき、ユジェフとロベルトが現れた。
 赤毛に青い目のユジェフと、茶色の髪と、茶色の瞳のロベルトは、共にアリツィアより二歳年上だ。いつもは子犬がじゃれ合うように仲のいい二人だが、さすがに今回は神妙にしている。
 何があったのかと伺うような目つきであたりを見回すユジェフと、その隣で、表情少なげに佇むロベルトに、アリツィアはまずは礼を述べた。
 
「二人とも、ごめんなさいね。忙しいときに」
 
 クリヴァフ商会で、今一番の働き手が、ユジェフとロベルトだった。二人とも庶民出身だが、アリツィアの次に帳簿の仕組みと重要性を理解して、各支店を切り盛りしている。それだけに仕事を抜けるのは大変だっただろう。
 アリツィアのねぎらいを、ユジェフは勢いよく返した。

「ご安心ください、アリツィア様! こういうときのために、私どもは下の者を鍛えておりますっ。それよりイヴォナ様がどうかしたのですか!」

 その声量に、ロベルトが眉をしかめた。
 
「ユジェフ、声が大きい」
「お前の声が小さいから補ってるんだ」
「その理屈はおかしい」
「ふふっ」

 アリツィアは、久しぶりに笑ったような気がした。

「いつも元気ね、ユジェフは。こちらまで明るくなるわ」
「うるさいだけっすよ」
「ロベルト、お前、アリツィア様になんてことを」
「言わせてるのはお前だ」
「相変わらず仲がいいのね」
「いいえ」
「全然」

 二人のおかげでアリツィアは気分を切り替えることができた。ピリピリしてはいけない。周りにも影響する。穏やかに、冷静に、指揮を取らねば。と、そこへーー。 

「アリツィア、イヴォナ嬢がどうかしたのか?!」

 ミロスワフが到着した。
 そしてその隣に。

「突然の訪問失礼いたします。イヴォナに何かあったのでしょうか?!」
「アギンリー様?」

 声をかけていないアギンリーまで現れたのでアリツィアは驚いた。ミロスワフが説明する。

「イヴォナ嬢に関することなので、独断で私からアギンリーに話をした」
「え、それはどういう……」
 
 アギンリー・ナウツェツィエルといえば、将軍閣下の長男で、家柄も、素質も申し分ない将来有望な騎士様だと、ほかでもないイヴォナ本人が、以前、社交界の噂話として教えてくれたのを思い出した。
 だが、それはあくまで噂話として。
 イヴォナもアリツィアもアギンリーとはこの間が初対面だった。
 ミロスワフとアギンリーが親しくしているのは知っている。だからこそアリツィアを助けるときも来てくれたのだろう。しかし今回はなぜ?
 アギンリーはうやうやしくお辞儀をした。

「あらためてクリヴァフ伯爵様とアリツィア様にご挨拶するつもりでした。私、アギンリー・ナウツェツィルは、イヴォナ様とお付き合いしております」
「え?」
「えええーーー! イ、イヴォナ様って、イヴォナ様?!」
 
 アリツィアとユジェフは、驚きを隠せなかった。けれど。

「……知ってた」
「私も」
「私もでございます」

 その二人以外、驚かなかったことに、アリツィアはさらに驚きを重ねた。

「ロベルト? ドロータ? ウーカフまで? 知ってたって、なんで? いつの間に?」
「ロベルトお前、教えろよ!」

 ミロスワフが困った顔で笑っていた。

「……気づいてなかったんだね、アリツィア」
「ミロスワフ様まで?」      
「……いずれ、イヴォナ様からアリツィア様に直接、お話するはずでした」

 ドロータが呟いた。

       ‡

 アギンリーの話によると、アリツィア救出のために駆り出されたアギンリーは、それがきっかけで出会ったイヴォナに一目惚れをし、そこから手紙攻撃で距離を縮ませたそうだ。

「手紙?」

 ユジェフの質問にアギンリーが答える。

「ミロスワフとアリツィア様を見習いました」

 それについてはアリツィアはコメントを控えた。帳簿の山に恋文を隠していたことは、家の者には教えていないのだ。
 アギンリーは続ける。

「イヴォナはついに心を開いてくれて、私との結婚を考えるなら、まずは父と姉に挨拶してほしいと先日話していたところだったんです」
「結婚?! もうそんなところまで?」
「イヴォナを他の誰にも渡したくなくて」
「……はぁ」

 展開の早さには驚いたがアギンリーからすれば、やっと思いが届いたところにこの知らせだ。ミロスワフが気を回す理由がわかった。
 アギンリーは、真剣な顔をした。

「だから早く教えてください。イヴォナに何があったんですか?」
「……侍女と一緒に買い物に行って、さらわれました」
「さらわれた?!」

 アリツィアは手短にこの場にいた全員に、イヴォナとレナーテがいなくなった状況を話した。

「煙のようなものに包まれた……イヴォナ嬢たちがさらわれた件に、カミルが関わっているのは間違いないだろう」
「そうすか?」

 眉を寄せて発言したミロスワフに、ロベルトが反論した。

「そもそも向こうの目的がまだわかってないじゃないですか。前回、アリツィア様、今回、イヴォナ様。その魔力使いは、クリヴァフ家のお嬢様を狙って何がしたいんですか?」
「それは……」
「はっきりわからないなら、まだカミルの仕業と決めつけないほうがいいんじゃないすか」

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