12、ふたつにひとつ
「お姉……」
イヴォナが何か言いかけたが、アリツィアは微笑みながら首を振った。
カミルに向き直る。
「どちらかがあなたと行けば、残された二人の身の安全は保証してくれるのですね?」
「そういうこと」
「ではまず、ミロスワフ様にかけた魔力を解いてください。でなければ信用できません」
カミルは少し考える様子だったが、ミロスワフに向かって手をかざした。
「ま、いいか。でも僕達がいなくなるまで、近付けないようにはするよ」
カミルがさっと手を下ろす。
「……ぐっ……ごふっ!」
同時に、ミロスワフが倒れこむように咳き込んだ。荒い呼吸のまま、ミロスワフはカミルに襲いかかろうとする。
「くっ……」
「ダメだってば」
透明な箱へ閉じ込められたかのように、ミロスワフはそれ以上進めなかった。声も消されているのか、叫んでいるようだが、何も聞こえない。
ーーでも、とりあえずは無事なご様子。よかった……。
「これでいいでしょ。で、どっちにする?」
「そうですわね」
アリツィアは、カミルを見つめた。わざと大げさなため息をつく。
「やれやれ、また選ばなくてはいけないのですね」
「また?」
「ええ、似たようなことが最近ありましたの」
40歳年上の商人と結婚するか、自分で相手を決めるかを選ぶように言われたのはついこの間だ。
「けれど、お父様とあなたは違いますね。あなたの方が卑怯です」
カミルの眉が不機嫌そうに上がる。
「お父様の場合、実際はわたくしの意思を尊重してくださっていました」
そう、スワヴォミルのあれは、アリツィア自身が決めていい、というメッセージだった。でもこれは。
「あなたは選んでいい、と言いながら、最初から選択肢をふたつに狭めている。本当にわたくしの意思を尊重してくださるなら、イヴォナとミロスワフ様とわたくしの三人を自由にしてくださいませ」
「はーん……気付いた? あんた、魔力はないけど馬鹿じゃないんだね」
「当然でしょう。選ばせてくださってありがとうございます、と申し上げると思ってらっしゃいましたか?」
「そういう人多いよ? そんで選ぶなら相手をっつって、先に逃げようとする」
「かもしれませんわね」
「あんたは違うんだ?」
「ええ、あなたの言う通りにするのは気は進みませんが、仕方ありません。イヴォナかわたくし、というのならわたくしが行きます」
「そう言われたら、こっちの子にしたくなるけど」
「選んでいいとおっしゃったじゃありませんか。あれまで嘘なのですか?」
「まあ、いいか。あんたで。ほら」
カミルはイヴォナを抱きしめていた手を勢いよく離した。よろけたイヴォナは地面に手をついた。
「イヴォナ!」
「お姉様!」
「怪我はない?」
アリツィアはイヴォナの手を取って立たせた。不意に子供の頃を思い出す。転んで泣きそうになったイヴォナを、よくこうやって立たせてあげたものだ。イヴォナ、可愛いわたくしの妹。
アリツィアはイヴォナをそっと抱きしめた。
「お父様を頼むわね」
「で……も」
「そうね、決算はわたくしがしますから、手をつけないでください、と伝えてくれる? 楽しみに取ってあるの」
イヴォナはもはや泣きじゃくっている。アリツィアはその涙を細い指で拭った。
「たまには姉らしいこともしたいのよ。それに」
なんとかカミルの魔力から逃れようとしているミロスワフに向かって、アリツィアは一際大きな声で告げた。
「次お会いしたときに」
アリツィアは万感の思いを込めてミロスワフに伝える。
「以前いただいたあのお話の返事をさせてください……本当は今日お伝えしたかったのですが」
アリツィアの言いたいことが伝わったのか、ミロスワフも目に力を込めた。
それを見たカミルが何か言いかけたが、アリツィアは急かした。
「では参りましょう」
これ以上ゆっくりしているとイヴォナとミロスワフにまた危険が及ぶかもしれない。先ほどから空中に浮いている渦を見て言った。
「これの真ん中に飛び込めばいいのですか?」
カミルは呆れた顔をした。
「あんた、怖くないの? どこ連れていかれるかわかんないんだよ」
「怖いというよりーー」
アリツィアは正面からカミルを見据えた。
「わたくし、怒っております。あなたに」
「へ?」
「お話は後でゆっくり。さあ、参りますわよ」
カミルの腕を掴んだアリツィアは、自分から渦の中に飛び込んだ。