11、選んでいい
「あれ? 知り合い?」
カミルに背後から抱き締められていることに気付いたイヴォナは、身をよじって叫んだ。
「どなたですの! 離して!」
ミロスワフが怒りを含んだ声を出す。
「その人を離せ」
「ミロスワフが焦るなんて珍しいね」
「その子を離してください。私の妹なんです」
「ふーん?」
もちろんカミルはイヴォナを自由にはしなかった。それどころか、腕に力を込めてさらに密着する。
「嫌っ!」
イヴォナが暴れても気にしない。そのまま世間話のようにのんびりと聞く。
「君たちもしかして、クリヴァフ伯爵姉妹?」
「だとしたらどうですの?」
ミロスワフが警戒する視線をアリツィアに寄越したが、アリツィアは目だけで大丈夫と応じた。今はとにかくイヴォナを助けたい。話すことで隙ができるかもしれない。
カミルは楽しそうに笑った。
「面白いね。噂通りなんだ」
「噂?」
カミルは右手をひらひらと上下させた。その動きに合わせて、煙が踊るように動く。
「魔力のある人がこの煙に触れると、倒れる仕組みになっているんだ。今、静かでしょ? みんな倒れちゃって、立ってるのはあんたたち3人だけ。だからあぶり出しなんだよ。魔力の有無を強引に判定する」
「え? でも」
アリツィアは思わず呟いてしまう。カミルも頷く。
「そう、魔力なしで有名なクリヴァフ姉妹はともかく、かなりの魔力があるはずのサンミエスク公爵家御令息ミロスワフ様は、なーんで平気なのかなー?」
ミロスワフはカミルを睨みつけたまま答える。
「……護符を使っているからだ」
「護符! 魔力で防御するわけでもなく、護符! そういうのも魔力保持協会の許可がいるの知っているよね?」
「許可はとってある」
「どうやって取ったの?」
「答える義務はない」
「そりゃそうだよね。なんか言えないことがあるんだもんね? 例えば、それを作った人のことをかばっているとか。留学先で知り合った、魔力法学の偉い先生とか?」
ーー偉い先生って、もしかして……。
アリツィアには心当たりがあった。
ヘンリク・ヴィシュネヴェーツィキ。
庶民出身の魔力法学者で、ミロスワフが通っていた大学で教鞭を取っている。恩師と慕う存在だと、ミロスワフの手紙に書いてあったことがある。その先生が何か関係しているのだろうか?
だが、ミロスワフは答えなかった。カミルは肩をすくめる。
「ま、言うわけないよね。でもさ、それってさあ、予想していたってことだよね? こういう状況を。そういう準備をしているやつをあぶり出すためでもあんの」
「じゃあ、私をさっさと連れて行け! いくらでも付き合ってやる。その代わりこの二人には手を出すな」
「嫌だなあ」
カミルがイヴォナを抱いたまま、指を擦り合わせた。
煙がゆっくりと渦を巻いていく。
「あのね、ミロスワフ。知らなかったかな?」
渦の中心はどんどん大きくなり、穴のようになっていく。
「僕、君のことずっと、嫌いだったんだ」
カミルは嬉しそうにミロスワフを見つめる。
「だから、君の嫌がることをしたくなってきた。この子、連れて行こうっと」
イヴォナはもう声も出ないくらい怯えている。
「やめて!」
もう黙っていられない。アリツィアはミロスワフの腕を振りほどいた。
「イヴォナをどこへ連れて行こうとするの」
「よせ! アリツィア!」
ミロスワフの制止も聞かず、アリツィアは涙目のイヴォナに手を伸ばした。
しかし。
「じゃあ、君でもいいよ?」
アリツィアがイヴォナを捉える前に、カミルがその腕を掴んだ。
「君か妹、どっちか僕についてきたらいい。見たところ、ミロスワフは君たちのこと大事に思ってそうだもんね。二人一緒だとちょっと大変だから、どちらか一人ね。おっと、動かないで」
何か魔力を発動させたのか、隙を見てカミルに飛びかかろうとしたミロスワフが、その場にうずくまった。
「ぐっ……」
目だけはカミルを睨みつけているが、苦しそうにうめいている。
カミルは満足そうにアリツィアに問いかけた。
「じゃあ、選んでいいよ。どうする? 来る? 来ない?」
アリツィアはイヴォナの顔を見つめた。