8、主役登場
ジェリンスキ公爵令嬢であり、”雨に濡れた白百合“としても名を馳せているラウラに、そんな質問を投げかけたのはミロスワフが初めてだったのかもしれない。ラウラは、開いた口を扇で隠すことも忘れて、ぶるぶると震えていた。力が入りすぎているのだ。
ミロスワフは構わず続けた。
「おや、私としたことがとんだ不調法を。失礼しました。何しろ、貴方がおっしゃったように、留学から帰ったばかりの世間知らずなもので。でもそれを含んでくださる方でよかった」
「……!」
腹が立ちすぎて言葉が出ないのか、ラウラは口をパクパクしていた。
ミロスワフはさらにアリツィアに寄り添い、誰ともなく告げる。
「魔力があるとかないなどは、アリツィア自身の魅力とまったく関係ありませんが、アリツィアの名誉のために補足します。出会ったときからアリツィアは自分のことをきちんと話してくれていました」
アリツィアが自分を騙しているわけではないと知らしめるための一言だ。
『迷子か? なぜ魔力で呼びかけない?』
『わたくしにはその魔力がありませんの』
そう言えば、そんな会話をした。
アリツィアは、ミロスワフに微笑みかけた。
「もう4年になりますわね」
「そうだな……それくらいになるか」
「そんな昔からのお知り合いでしたの?!」
イヴォナが目を丸くした。イヴォナだけでなく、似たような反応をする周囲にアリツィアは告げた。
「昔、無理を言って、父の視察に一緒に連れていっていただいたことがありましたの。今思えば足手まといになるだけなんですけど。案の定、皆とはぐれて港で一人になってしまいました」
ミロスワフも懐かしそうに目を細める。
「たまたま留学の出発の下見のために港に来ていた私が、アリツィアを見つけて声をかけたんだ。いかにも貴族の少女が一人でいたから放って置けなくてね。私が18、アリツィアが14歳だった」
「恥ずかしいですわ。でもそのおかげで父と再会できましたの。今でも感謝しております」
「大げさだよ。私はただアリツィアと一緒にそれらしき人物を探し回っただけだ」
「それでも、あんなに安心したことはありませんわ」
アリツィアとミロスワフの会話を聞いて皆が囁く。
「素敵ですわ」
「さすがミロスワフ様」
「……魔力なしの分際で」
アリツィアとミロスワフが以前からの知り合いであることを見せつけられたラウラは、アリツィアをとことん睨みつけ、それだけ呟くとそこを立ち去った。
「ラウラ様?」
何人かの令嬢がラウラを追いかけた。ラウラの捨て台詞を聞いたミロスワフが片眉を上げて反応したが、アリツィアが目だけで制した。もともと社交界にあまり出ない自分だ。この先関わることはそうないはずと思ったのだ。
アリツィアの考えが通じたのか、ミロスワフはラウラを深追いしなかった。その代わり、自分に言い聞かすようにボソリと呟いた。
「いつまでも魔力に頼れると盲信してる方が危ういのに」
「え?」
よく聞こえなかったアリツィアが聞き返すと、なんでもない、と首を振った。ミロスワフは切り替えるように、通る声で告げた。
「おやおや、これはいけない。私のために集まってくださったのに、皆様、お待たせして申し訳ありません」
その声に、離れたところにいたサンミエスク公爵夫妻が反応した。息子がとっくに到着していたことに気付いたサンミエスク夫人は驚いた顔をした後、わずかに顎をあげて、こちらに来るように合図する。
「あれはまた後で怒られるな」
可笑しそうに呟いてから、ミロスワフはイヴォナにウィンクした。
「お姉様をお借りしますね」
「はい! どうぞ」
イヴォナは力強く頷いた。慌てたのはアリツィアだ。移動するミロスワフに着いていきながら問いかける。
「借りるって? わたくしを? ミロスワフ様は今夜の主役なのですからわたくしのことは後回しになさってください」
ミロスワフは、ふっと笑った。
「君も主役だよ」