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3、リストはいらない


「あのね、イヴォナとドロータ……助けてもらうのは今回だけで大丈夫だから。二人ともありがとう」

 くわっ、と音がしそうなくらい目を見開いて、イヴォナとドロータが振り返った。

「どういうことですか、アリツィア様?」
「お姉様、ドレスを使い回すなんて許しませんわよ?」
「え、二人とも怖い怖い怖い。そうじゃなくて。えっとね?」

 アリツィアは立ち上がり、父からもらったリストを持ちーー。

 びりっ……びりっ。

 両手で思い切り、裂いた。
 イヴォナとドロータがぽかんとした表情で固まっている。

「こういうこと」

 アリツィアはにこやかに告げた。イヴォナが訊く。

「つまり、他の舞踏会には出ないってこと?」
「そう。この舞踏会の情報はもう書き写したし……これしか出ないからドレスは一着でいいわ」
「あの……お姉様? 確かに、お姉様に求婚されて断る男性などおりませんけど、それでも、危機回避は必要では? 多くの出会いを求められるように、いくつかの舞踏会に顔を出した方がいいと思いますわ」

ドロータが力強く同意する。

「イヴォナ様のおっしゃる通りです! アリツィア様に好意を抱かない殿方などおりませんけど、念のため、いろんなところにご参加された方が良いのではないでしょうか?」

 アリツィアはどこから説明しようかと少し悩んだ。その沈黙を引き取ったのはイヴォナだ。

「え? え? もしかしてそういうこと? まさか! お姉様!」

 よかった、通じた。
 そう思ったアリツィアは照れくささを浮かべながら微笑んだ。

「そうなのーーもうずっと、心に決めた人がいるの」
「その人にこの舞踏会で?」
「私から結婚を申し込むつもり……」
「え? お姉様から殿方に?」

 家と家の結び付きを重視して、親が政略結婚を決めるのがまだまだ多数派の貴族社会で、商人との結婚を用意したり、娘の決めた相手でいいと言うスワヴォミルもかなり破天荒だが、女性から男性に結婚を申し込むというのはそれを上回る破天荒さだった。
 イヴォナとドロータが口々に叫ぶ。

「誰? 誰? 誰?」
「どなたなんですか? アリツィア様」

 頬が熱くなったアリツィアは、すとん、と書き物机の前の椅子に腰掛けた。

「それは……恥ずかしいから内緒にさせて?」
「できません!」
「そうよ、お姉様! 大体、お姉様ほどの方が、なぜこちらから申し込まなくていけないの?」

 侍女と妹の剣幕に押されたアリツィアは、少し悩んでから説明した。

「……正確には、一度申し込まれているの」
「えええええ」
「いつの間に!」
「でも、そのときの私は恥ずかしさと帳簿に夢中で、すぐにお返事ができなくて」
「今もそうじゃないですか」
「う、うん……だから、改めて確認しようと思うの。待たせてしまったのは申し訳ないけど、やっぱりその方以外とは結婚を考えられないから。相手を明かすのはその後まで待って欲しいの」

 ドロータが思い切ったように尋ねる。

「あの、その、でも、その、そんなことはあり得ないと思いますが、仮に万が一、もしかしてその方にお断りされたらどうされるおつもりですか? あ、もちろん、そんなことしたら許しませんけど」

 アリツィアはほんの少しだけ、眉を下げた。

「そのときは、生涯独身で生きていける方法がないか探します」
「退路を断ちすぎじゃありません?」
「その……大商人様との結婚は?」
「しません。あの人じゃなければ」
「きゃああ」

 なぜかイヴォナがソファのクッションに顔を埋めて足をジタバタしだした。その隣でドロータがうっとりした目付きで立ちすくんでいる。クッションからイヴォナのくぐもった声がした。

「今まで浮いた話のないお姉様の恋愛話、尊い……」
「わかります、イヴォナ様。わたくしもさっきから感動して」

 がばっと顔を上げたイヴォナは、ドロータと手を合わせた。

「ドロータ、今はその方のお名前を出したくないというお姉様の気持ちを尊重しましょう! その代わり、なんとしてでも実らすわよ!」
「はい!」
「え? 二人とも待って。これ以上はもう何もしなくて大丈夫よ?」
「わたくしたちの力で、お姉様を会場内で一番目立つ美女に仕上げましょう」
「当然です!」
「いやいやいやいや、目立ちたくな」
「そうとなると、ドロータ! 計画を一から練り直しましょう!」
「はい!」
「一から? 最初から? どうして?」

 アリツィアの叫びは届かず、直ちに呼び戻されたお針子たちと共に、最高級に最高級を重ねたドレス作りがもう一度検討し直されたのであった。

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