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5.変なものが出た

 あれ以来ホクトは、毎日店に来ている。
 ミナミのマンションも見に行ってるようだが、それは最初にチョイと立ち寄ってくるだけで、あとはずぅ〜と店にいて、カフェが忙しい時はチャチャっと如才なく手伝ってくれたりするが、暇だと例の調子でシノさんとお喋りしてるし、敬一クンがいればもう、ずぅ〜と取っ付いている。
 日参してくるのは、経営の細部を確認しないと、伯母さん…つまりミナミの母親が納得してくれないから…と理由を述べてるが、どう見てもそれは取ってつけたタテマエで、敬一クンに会いに来てるだけにしか見えない。
 日によってはそこにエビセンまで加わるから、そうなるともうバリバリな空気になって、俺は一緒にいるだけでヘトヘトになる。
 だがシノさんはホクトとエビセンの両方と仲良くしてるし、両方が同時に居る時は更に楽しそうにしてるし、敬一クンは周囲がどんな空気になってても、それに全く気付かないようだ。
 そんなこんなで俺もすっかり忘れかけていたのだが。
 ホクトとエビセンがブッキングして、そのまま皆でシノさん宅で夕飯を食べたので、すっかり疲れた俺は、少し早めに自分の部屋へ戻る事にした。
 シノさんと敬一クンだけなら片付けまで手伝うケド、ホクトもエビセンも元々高スキルな上にライバル心があるらしく、やたら牽制し合って俺が出来るような作業なんかさっさと片付いてしまうから、俺が抜けても平気だろう。
 そう思ってペントハウスを出たら、エレベーターのボックスが五階に無かった。
 最近は敬一クンがきちんとメンテをしてくれているので、オンボロってだけで乗るのに覚悟を決める必要が無くなっていたので、俺は上りも下りも関係なく使うようになっていた。
 だが、以前のように俺とシノさんと敬一クンだけ…の時は、特別な理由が無い限りは晩メシの後にペントハウスを出たら、ボックスはそこにあったけど、最近はメゾンに住人が入居しているので、ボックスが使いたい時に無いって事もままあったので、俺はあんまりその事を気にせず、ワンフロア降りるだけだから…と、階段を使った。
 降り始めた時から奇妙な違和感を覚えていたのだが、だからって具体的にはっきりと言葉に表す事が出来る訳でなく、なんというか「なんか変だな〜?」と無意識に思っているような感じで、俺は階段を降りていたのだが。
 なにかが視界の端っこで動いたような気がして、そちらに目をやった。
 だが ”確かに” 何かがいたと感じた四階のホールには、何もいない。
 そこで改めて俺は、エレベーターボックスが四階に止まっている事に気が付いた。
 最初に感じた違和感は、五階のホールから見た時に、エレベーターシャフトの中にボックスの天井が見えていたから感じたものだと理解した。
 四階は俺以外に乗降する人間はいないはずなのに、俺が五階で飯を食っている間にエレベーターが四階で止まっているなんて、アリエナイ。
 それら諸々の考えがバーッと脳裏をよぎり、半ばパニックを起こしたところでトドメにコグマの話を思い出し、俺は思いっ切り「ぎゃーーーーーーーー!!」と叫んでしまった。
 そのまま階段で腰を抜かしていたら、俺の悲鳴を聞いたシノさんと敬一クンとホクトとエビセンと、三階の部屋をシェアして住んでるハルカとミツルもやってきたので、俺は思わず「幽霊が出た!」と言ってしまった。
 シノさんと敬一クンは幽霊は不審者の見間違いと思ってて、ホクトは不審者の正体はエビセンじゃないかと疑ってて、エビセンは幽霊なんてありえないと笑ってて、ハルカとミツルは幽霊話自体を知らなくて、そこに俺が「幽霊が出た!」と言ったものだから、すっかり面倒な事になった。
 シノさんはただ面白がってるだけだったケド、敬一クンは真面目に対応を考えるべきだと言うし、それならビルの住人で自警でもするかとエビセンが言うと、自分も自警に加わるとホクトが言い出し、そんじゃ若いもんが率先してやれとシノさんが言って、ハルカとミツルも自警団に加わらされた。
 もっとも若いといったところで、ハルカとミツルは俺とシノさんよりは若いが、現役大学生の敬一クン達よりずっと年上だし、結局自警団は赤ビルの住人全員参加になってしまった。
 幽霊が出るというだけでもイヤなのに、わざわざ夜に幽霊を探して回るなんて、どうしてそんな事しなきゃならないのか。
 俺は泣くほどイヤだったけど、全員参加を決めたのがシノさんだったから、不可避決定だった。
 翌日の夕食で、シノさん命名キングオブロックンロール神楽坂自警団の、幽霊対策巡回当番ミーティングをする事になってしまった。

そんなワケで今日もホクトがやってきた。
 彼は竹橋に部屋を借りてるという話なので、ここへ日参して夜まで居続けなのは大変だろうと言ってみたら、竹橋と神楽坂なんて、名古屋と鎌倉に比べたら隣近所も同然ですよと爽やかな笑顔で言っていた。
 よく解らないがスゴイ熱意なのは認める。
 でも今日のホクトは仏頂面で店の中を覗き込み、俺の事をチラッと見ただけで、無視してそのまま出て行こうとした。

「天宮クン、どうしたの?」

 声を掛けたら立ち止まり、不愉快そうに俺を見て、ボソッと言った。

「ヘタレうるさい」

 なにそれと思ってビックリしてたら、キッチンから出てきたシノさんが言った。

「あー! アマミーやっと来たのかよー! 取り置きのキッシュ、カッチカチになっちゃったぞー!」

 えっコレ、ホクトじゃないの!?
ってガン見してしまうくらい、ミナミの顔はホクトの顔とソックリだった。
 従兄弟というより双子みたいで、言われれば確かにコッチの方が年上のようだが、しかしそれは服装がそんな感じだからで、並べて見たって騙されそうなくらい似ている。
 別々に見たら、絶対区別なんかつかないだろう。
 しかし顔はクリソツでも、態度はまったく似てなくて、ホクトは敬一クンに対してはちょっと変だけど、基本は明るく爽やかなイケメン王子だ。
 対するミナミは、イケメンだけどなんかヤな感じの、根性の曲がった偏屈王子って感じだ。
 ミナミはシノさんが出てきた途端に、チャッと花束とケーキの箱を取り出した。
 デッカイ花束とケーキの箱をそれまでどこに隠し持ってたのか、俺には全然ワカラナイ。
 そしてミナミはまるで猫好きが猫を撫でるように、シノさんの頭をナデナデしながら、
「キッシュでランチさせて」

 と言って、俺の姿なんか見えてないみたいに、そこのテーブルを陣取ってしまった。
 そしてコンビニで買ってきたらしい苺牛乳を飲みながら、シノさんが出してきた真っ黄色なアマミー・スペシャルを食べ始めた。
 なんなんだコイツわ!…と思いつつ、俺は横目でミナミの事を睨みつけ、胸の中で「早く帰れ!」と唱えていた。
 我ながら情けない抗議行動だケド、得体が知れないミナミは不気味で、他にどうしようもなかったのだ。
 俺の念はサッパリ通じず、一時間経ってもミナミはそこにいて、シノさんと喋っていた。
 喋ってたとゆーか、喋ってるのはシノさんばっかりで、ミナミはほとんど何も言わずにシノさんの話を聞いていて、時々シノさんの頭をナデナデしている。
 その様子は、シノさんの浮気どうこうを疑う以上に、ミナミの変さが尋常じゃない。
 聞き慣れたカブのエンジン音が聞こえてきて、しばらくすると、敬一クンが通路から店に入ってきた。
 そしてそこにいるミナミを見て、俺と同じように騙された。

「天宮、今日は随分早いじゃないか」

 俺の時と同じように仏頂面で敬一クンを見上げて、ミナミがボソッと言った。

「ひっどいブス」

 自分がヘタレ呼ばわりされたのにも、突然の失礼さにビックリしたケド、どっからどー見ても男らしい容姿の敬一クンを ”ブス” と形容したのには、別の意味でビックリした。

「なんだよアマミー、ブスはねェだろ! ケイちゃんはモッテモテで可愛い俺の弟だぞ!」
「そう」

 敬一クンはブスと呼ばれても気にしなかったのか、または自分がブスと言われた事に気付かなかったのか、パタパタと瞬きをしつつ首を傾げた。

「どうしたんだ天宮?」

 するとミナミは思いっ切りイヤそうな顔をして、敬一クンを睨みつけた。

「似てないよ」
「え?」
「似てないから」
「何が似てないんだ?」
「ケイちゃん、これアマホクじゃなくてアマミーだよ」
「あまみい? じゃあこの人が、天宮の従兄弟で出資者の南さんですか」
「どうもこんにちはー」

 言ってる傍から爽やかな挨拶とともにホクトが店に入ってきて、最初は敬一クンに向かって何か言おうとしたようだケド、言う前にそこにいるミナミに気付いた。

「南! おまえ、今までどこに雲隠れしてたんだ!」
「別に…」
「なんだよ別にって! おまえの所為でこっちはえらい迷惑被ってるんだぞ!」
「天宮、おまえと南さんの顔、ソックリだなあ」

 敬一クンが言った途端に、二人天宮がソックリな動作で振り返って同時に叫んだ。

「似てないから!」
「区別がつかないほど似てるが」
「似てないの!」

 何度やってもセリフも動作もまったく見事にユニゾンしていて、俺とシノさんは同時に吹き出してしまった。
 ミナミはシノさんを恨みがましい目で見るし、ホクトは敬一クンの肩に両手を掛けて、よしてくれと懇願している。
 それでもホクトは伯母さんに頼まれて来ているワケで、ミナミにあれこれと聞きただし始めたのだが、ミナミの返事は箸にも棒にも掛からなくて、ホクトの額に怒りマークがビシビシと増えた。

「どうして伯母さんからの電話に全く出ないんだ!」
「別に…」
「役職の人間が年がら年中早退してちゃ困るだろ!」
「別に…」
「社会人としてその態度はどうなんだ!」
「別に…」
「勝手にこっちへマンション借りて、大手町の部屋はどうする気なんだ!」
「別に…」
「そもそもオマエ、なんで東雲さんのストーカーなんかしてるんだよ!」
「別に…」

 とうとうホクトがキレた。

「俺が伯母さんに現状を伝えたら、伯母さんオマエの事を名古屋へ連れ戻して、二度と東京なんかに来られなくされちゃうぞ!」

 するとそれまではふてぶてしくそっぽを向いていたミナミの眉が、ピクっと上がった。

「ババアに告げ口する気?」
「告げ口なんかしたくないから、まだ何も伝えてないんじゃないか!」
「告げ口したら絶交」
「それ小学生の時からずっと同じ脅し文句じゃないか!」

 ミナミはケータイを取り出してチラッと画面を見ると、スッと立ち上がった。

「じゃあまた来るから」

 シノさんに向かってそれだけ言って、そのままスタスタと店から出て行く。

「おいこらー! いっそ本気で絶交しろー!」

 ホクトがいくら叫んでも、振り返りもしなかった。

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