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薄氷上の日常2

「プラタ、今いい?」

 思い立ったので魔力による回線で、何処かに居るプラタに話し掛ける。
 ソシオと話をする為に、まずは連絡を取らなければならない。しかし、ボクではソシオと連絡は取れないだろう。なにせ居場所を知らないし、魔力も届いているのかも分からない。そのうえ、ソシオの魔力の質など調べていないので知らないのだ。
 それでどうやって連絡をつけると言うのか。南のソシオの領地に向かえば会えるかな? ・・・それぐらいしか思いつかない。なので、ソシオと面識のあるプラタに仲介を頼むという算段だ。それかプラタを介して会話をするか。

『如何なさいましたか? ご主人様』

 呼びかけに返ってきた声音は平素と変わらぬモノ。多分このまま会話をしても問題ないだろう。それでも一応確認はするが。

「少し話があるのだけれど、今大丈夫? 急ぎの話ではないから、無理なら後でもいいけれど」
『問題御座いません』

 確認してみると、即座に大丈夫だと返ってくる。実際はどうかは知らないが、プラタが問題ないというのであればそれでいいか。

「そう。なら、プラタはソシオと連絡は出来る?」
『少々時間を要しますが、不可能ではありません』

 今行っているように簡単に魔力を繋げて会話するというのは出来ないか、もしくは気軽に会話するのは難しいという事だろう。個人的な判断だが。ソシオは敵ではないが味方でもないといったところ。それに最近の報告を耳にするに、実際に会うとしても大変そうだし。

「そう。それだったら、何かしらの形でソシオと話がしたいのだけれども」
『会話、ですか? どのような内容でしょうか? 差し障りが無ければ御教え願えればと』

 プラタがそう尋ねてきたので、理が異なる魔法の発現方法について話を聞きたいという旨を伝える。ソシオと会うのに心配かけてもしょうがないからな。
 ついでに他の行き詰っている事に関しても何かしら話が出来ればいいが、欲張ってもろくな事はないからな。そちらは可能ならば、程度に考えておこう。

『承知しました。・・・連絡がつくかどうかはまだ分かりませんが、こちらより話がしたい旨を伝えておきます。時間が掛かりますので、気長に御待ちいただければと』
「うん。それは構わないよ。こちらも急ぎではないし」
『ありがとうございます』

 正直これからどうなるか分からないので、ソシオと話す場を設けてくれるのは早ければ早いほどいいのだが、それを口にはしない。プラタ相手だと迂闊な事は言えないからな。
 なので、急ぎではないとだけ付け加えておく。プラタに無理されても困るし、プラタが無理するぐらいなら、ソシオとの話し合いは無くてもいい。
 そうしてプラタとの会話を終えると、一度大きく伸びをする。
 やる気が出ないと倦怠感でも起きるのか、何だか疲れが一気に出てきた。まるで何か荷物でも背負ったかのような重さだ。
 もう今日は何もする気が起きなかったので、かなり早いが今日はもう休むことにする。というか、地下で過ごすようになってそれなりに経つが、何もせずに休みにした日は無かったかもしれないな・・・あれ? あったっけ? まあいいや。とりあえず今日は休むことにしよう。明日はやる気が回復していればいいな。





「・・・・・・」

 会話を終えたプラタは、そのまま静かに思考する。
 先程の会話は、プラタの主とのもの。内容はソシオと話がしたいという事であった。何故ソシオと話がしたいのかという理由も聞いた。要約すると、更なる高みを目指す為という事らしい。
 プラタとしても、そんな主の支えになる事は喜びである。だが、今回は不安の方が大きい。
 ソシオと連絡を取る。それだけであれば多少苦労する程度で、急げば一日もあれば可能だろう。だが、問題はその後。
 仮に上手く事が運んで話が出来るようになったとしよう。魔力を介した遠距離での会話であれば、不安も在るがまだやりようがあるのだ。しかし、もしも直接となった場合が困る。
 何故ならば、最近のソシオは変化が激しすぎるのだ。少し前まで穏やかだったのが、いつの間にか攻撃的になり、それもすぐさま変わっていく。
 元々のソシオであれば、プラタもそこまで不安にはならない。こちらから手を出さない限り、あちらから危害を加えてくる可能性はかなり低いだろう。
 しかし、攻撃的なソシオだった場合はどうだろうか? それを思えば不安は募っていく。
 仮に連絡をつけたとして、その時は友好的だったとしても、いざ会話の席に着いたら攻撃的になっていたというのも、ころころと変わる昨今の性格を考慮すれば十分考えられる事だ。
 なので、プラタは不安だった。個人的には反対だと思うほどに。
 しかしそれとは別に、主がソシオと会話をしたい理由を考えれば納得してしまう。というよりも、連絡のつく適任と思われる相手の中ではソシオが最も安全な相手だろう。

(可能であれば、オーガスト様に御頼みしたかったですが)

 そうプラタは思うも、何処にいるかもしれない相手と連絡などつけようはずもない。
 そういう訳で、ソシオが一番の適任という事になる。それにプラタにとって主は絶対であるので、頼まれた以上プラタに否はないのだ。

(やはりここは遠話がいいですかね・・・その際は間に私が入った方がよさそうですが)

 プラタは少しの間国を離れる準備をしながら、対談の方向性を考える。直接の対話は危険だが、実は魔力を介した遠話にも危険は存在する。というよりも、場合によってはこちらの方が厄介なのだ。
 それを思い、プラタは何か手立てはないかと思考する。
 魔力を介しての会話は便利であるが、しかし、会話をする為には会話する者達の魔力を繋げなければならない。
 その際に魔力の波長を調整せなばならず、そうなると相手に悪意があった場合、その繋がった魔力を介して相手に何かしらの攻撃をしてくる場合がある。
 とはいえ、それはかなり高度な技術と知識が必要になってくるので、誰もが実行出来るという訳ではない。しかし、今回に限って言えば可能だろう。なにせ相手は技術も知識も持ち合わせているのが確実なソシオなのだから。
 それ故に、プラタは困ったと頭を悩ます。
 ソシオが何かしてくるとは思わないが、とはいえ確実ではない。直接会うのも危険、魔力を介しての会話も危険。どちらを選んだとしても危険なのに変わりはない。
 もっとも後者に関しては、プラタが間に入ってしまえば一応解決はするだろう。だが、そうやって対策を立てても確実とは言えないのだから難しいところ。
 それでも、やはり主の願いを叶えるのが自分の役目だとプラタは思っているので、どうすべきかと思案を続ける。

(ご主人様がソシオさまとの対話を望まれたのは、理を異にする魔法の行使に関して知りたいから)

 プラタが主と話した限り、一番はそこであった。その時に、ついでに幾つか質問出来ればいいという話をしていたが、話し振りからしてそちらは枝葉なのだろう。
 なのでプラタが考えるべきなのは、どうやってソシオと主が会話する場を整えるか、もしくは、どうにかして異なる理で魔法を構築する方法を伝える事であった。
 その二択であれば、プラタとしては後者を選びたい。

(私では難しいですし……)

 プラタも主と一緒に背嚢の解析を行っているので、理を異にする魔法を行使することは出来る。しかし、ある程度階梯の高い魔法となると上手くいっていない。
 それでもプラタの方が主よりも少し先を行っているのだが、その程度では主の望みは叶えられないだろう。やはりもっと自在に扱えるようにならねば話にならない。
 そうなると、やはりソシオが適任なのだ。間にプラタが入って、御用聞きよろしく言葉を伝えていくという方法もあるが、それでは時間が掛かりすぎる。
 魔力を介しての会話は間にプラタを挿むと安全性は増すが、それでも間に誰かが入るとなると、気分のいい話ではないだろう。気にしないかもしれないが。中継地としての役柄、会話は丸聞こえなのだから。
 主の身が確実に安全で、かつ話すのに時間が掛からない方法としては、主からプラタに魔力を介して話をして、プラタからソシオへと直接話す事だろう。それであれば直接的に繋がる事はないので安全ではある。

(提案すれば承諾してくださるでしょうが・・・)

 主の方に関しては問題はないだろう。プラタが言えば大抵の事は聞き入れてくれる。
 問題はやはりソシオの方。その行為は、貴方を警戒していますよと言っているのも同義なのだから。

(気にしないでしょうが、面倒ではありますね)

 ソシオは紛う事なき強者である。問題ない可能性が高いとはいえ、そんな相手の不興を買う可能性が僅かばかりでもあるのであれば、躊躇してしまうものだ。
 特に今は、近いうちに別の強者と事を構える可能性が高まっているのだから。

(私が使えれば、万事解決だったのですが・・・)

 自分の不甲斐なさを嘆きながらも、プラタは思案を続ける。そこでふと思いつく。

(私が短期で修得すれば問題ない?)

 結局ソシオのところに行かなければならないが、それでもプラタが理を異にする魔法を身に付けて、プラタが直接主に教えた方がずっと安全だろう。
 現状のプラタは、一定以上の階梯の魔法をその法則でもって行使しようとすると、何かの壁に阻まれるかのように行使出来なくなるのだ。
 それについて悩んでいたので、それはそれで都合がいい。そう思い、そちらの路線で考えてみようかと思ったところで来客があった。
 誰だろうか。そう思い、視線を扉の方に向ける。
 現在プラタが居るのは、首都プラタの中心に建つ巨大な建物の一室。執務室として使用している複数在る部屋の内の一室だが、今日は来客の予定は無かった。急な仕事でも入ったのかと思ったが、そこで自分でも相手が特定出来ていない事実に思い至り、僅かに身構える。
 現在居るジュライ連邦にて、プラタが確実に捕捉するのが難しい存在は一人だけ。しかし、国外からの来訪者という可能性も無いとは言い切れない。
 そう思ったところで、扉が叩かれる。それもドン、ドン、ドンと一定の間隔でかなり強く。
 プラタの執務室の扉をそんな無遠慮な叩き方をするのは一人だけ。それに、それと共に室内に届いた声で、相手が誰だか直ぐに分かった。

「おーい、ここ開けろ~」

 まだ幼さの残るその声音に、友達の部屋の扉でも叩いているかのような無遠慮具合。
 そんな相手に一人しか心当たりのないプラタは、思考を中断して扉の方に近づいていった。

「・・・どちら様ですか?」

 それでも一応、扉から離れたところで立ち止まり、誰何の声を発する。それを聞いた相手は、扉を叩いていた手をぴたりと止めた。

「私だよ、シトリーだよ~」

 扉越しに気の抜けるような声音が返ってくる。ただ、予想していた人物と同じだったので、プラタとしては特に気にしない。
 相手の確認を終えた後に扉を開けば、名乗った通りの人物がそこには立っていた。
 プラタと容姿が少し似ているその人物は、見た目は可愛らしい少女ではある。しかし、中身はスライムという不定形な珍しい魔物である。
 とりあえず室内に通したプラタは、応接用の椅子を勧めて用件を尋ねる。

「貴方がここに来るとは珍しい。今日は何用で?」

 その問いに、シトリーはやれやれと言いたげに肩を竦めると、手に持っていた少し大きめの箱を差し出す。小柄なシトリーが手にしているので、余計に大きく見えた。
 差し出された箱を受け取ったプラタがふたを開けて中身を確認すると、箱の中には大量の紙が入っていた。
 表面に細かな字で文字がびっしりと書かれたそれを一枚手に取り、プラタは目を通す。

「・・・これは、建国祭の?」

 箱の中に詰められた資料の何枚かを手に取り、文字や数字が事細かに書かれているそれにざっと目を通したプラタがシトリーに問うと、シトリーは満足げに頷いた。

「そうだよ~。いやー、流石にその量は疲れたよ~」

 箱の中に詰められている、かなり分厚い辞書何冊分もの厚みがありそうな紙束に目を落としたプラタは、視線をシトリーに戻す。

「そうですか。それはお疲れ様でした」

 労を労ったプラタに何かを感じ取ったシトリーは、少しムッとした表情を浮かべる。

「今、絶対遅かったとか思ったでしょう~!」

 ズビシと勢いよく指差して指摘するシトリーに、プラタは「はい」 と素直に肯定する。
 それに口を曲げて不機嫌さを露わにするシトリー。
 そんなシトリーを無視して、プラタはいつものように無表情のまま、無感情な声音で告げる。

「建国祭が終わってどれだけ経過していると思っているのですか。フェンやセルパンはもう終わらせていますよ?」
「いや、これでも十分早いと思うよ!? むしろプラタ達がおかしいの!!」

 そんな無慈悲なプラタの言葉に、シトリーは何を言っているんだとばかりに勢いよく食いつく。
 実際、国を挙げての三日間の盛大な祭りだったというのに、プラタは翌日には自身の管轄である首都の祭りの様子を粗方纏めていた。フェンやセルパンだって、その後三日以内には各管轄の街の集計を終わらせていたりする。
 各所で収集した情報を吸い上げて纏めるというだけではあるが、国を挙げての祭りだっただけに、街一つでもかなり盛大に催したので、普通はそれだけでもかなりの時間を要するだろう。
 つまり、シトリーの主張の方が正しいのだ。というよりも、プラタはそれ以外にもあれやこれやと様々担当していたというのに、翌日には纏め終わっているというのがおかしいのだ。
 しかも、シトリーどころかフェンやセルパンの報告が届く前には、プラタは担当している首都だけではなく、建国祭での国全体の情報を纏めていた。届いた報告は確認の為に用いられただけ。
 そんな相手の基準で語られると、シトリーとしても困ってしまう。シトリーは書類仕事が得意ではないが、それでも優秀な部類に入るのだ。
 シトリーの抗議を受けながら、プラタは気にせず箱にふたをして席を立つと、執務机の上にそれを置いた。

「そもそもプラタは今更だけれども、フェンやセルパンはなんであんなに仕事が出来るんだよ~!」
「ご主人様が創造なさった魔物なのですから、あの程度当然では?」
「いや、それは違うと思うよ?」

 プラタには何を言っても無駄だと解っているので、シトリーは面白くなさそうに愚痴るも、しかしそれにプラタは不思議そうに言葉を返す。
 それはいつも通りの反応ではあるが、シトリーはそれでも一応否定しておく。プラタ・シトリー・フェン・セルパンの四人の中で、シトリーだけは割と主であるジュライの感性を理解していたりする。なので、ジュライ様も大変だな~と他人事のように思いながらも、こうして細やかながらも訂正はしているのだ。
 しかし、それが成果を上げた事は今のところはない。

「まあいい。それよりも、何か困りごとかい?」

 シトリーは纏う雰囲気を一変させて、真面目な声音でプラタに問い掛ける。

「・・・どうしてですか?」
「短い付き合いではないからね、それぐらいは分かるよ」

 問われたプラタは疑問を浮かべるが、それにシトリーは呆れたように答える。
 二人の付き合いはジュライと共に歩む遥か前からではあるが、その時には互いにそこまで交流を持ってはいなかった。それでも全く無かった訳ではないのだが、今ほどまともに向き合った事はない。
 しかし、ジュライと共に歩むようになってからは、話す機会がかなり増えた。そのおかげでシトリーは、無表情無感情なプラタにも僅かに感情による揺らぎが存在しているのを理解するに至っていた。
 その経験から、シトリーはプラタが何かを悩んでいると思った訳である。それだけの言葉ではそんな事まで伝わりはしなかったが、それでも気づかれたのは事実なので、プラタは少し考えて話をしてみる事にした。
 プラタはシトリーに先程主より受けた相談と、自身の懸念を要点だけ伝える。それと、現時点での自身の答えも併せて伝えておいた。
 それを静かに聞いていたシトリーは、ふむと僅かに考えた後、確認するように口を開く。

「つまりはその、この世界とは理の違う魔法とやらを使えるようになれば解決という事かい? それが無理そうなら、ジュライ様の要望通りにソシオのところに話を持っていくと」
「はい。概ねそんなところです」

 シトリーの言葉をプラタが肯定すると、シトリーは問題なく自身の認識が合っていると頷いた。そのうえで、当然の疑問を口にする。

「それで? その理の違う魔法っていうのはどんな魔法なんだい? プラタも少しは使えるのだろう?」
「はい。こちらがその魔法です」

 背嚢の解析を手伝っていないシトリーにとっては、理の異なる魔法というのはそもそも初耳の魔法であった。なので、まずは現物を確認しない事には相談に乗りようがない。解決方法の一つが件の魔法の完成なのだから。
 そう思いプラタに問い掛けると、プラタも心得たもので、手を差し出すと即座に手元に理の違う魔法を発現させる。
 プラタが発現させたのは、手のひら大の水の球体。プカプカとプラタの手のひらの上で浮いているそれを、シトリーはジッと見つめる。
 暫くそうして眺めた後、シトリーは身を乗り出して水球に手を伸ばす。
 水球へと手を伸ばしたシトリーは、そのまま水球を握り潰すように手を閉じた。

「ふむ。なるほど」

 シトリーが手を閉じると同時に、その手が爆発したように弾ける。それに真剣な表情をしながら、シトリーは弾けた手をまじまじと眺める。
 ほどなくして、弾けて消えた手を再生させたシトリーは、再度変わらず浮かんでいる水球へと手を伸ばす。
 もう一度水球を握り潰すように手を閉じると、今度は一瞬の間を置いてシトリーの手が弾け飛ぶ。
 それを確認したシトリーは、満足げに頷く。

「・・・何をしているので?」

 もう一度再生させた手を伸ばしたシトリーに、プラタは確認するような口調で問い掛けた。

「見れば分かるだろう? この魔法を取り込もうとしているのだよ」

 スライムという魔物の特性に、吸収というモノがある。これは主に捕食の際に使われる特性で、体内に取り込んだモノの力を吸収するという時に使用される。主な目的は食事の為。それと、捕食した何某かの持つ力を自身へと取り込み、僅かばかりだが己が力とする為。
 それが普通の吸収。しかし、一般的なスライムとは異なるシトリーが同じ吸収を用いると、完全な形でその力を自分のモノとする事が出来た。これには前段階として解析が必要ではあるが、シトリーはそれが得意であったので問題はない。
 シトリーの説明に、プラタは納得して頷く。ついでにシトリーの狙いも解ったが、そちらはプラタにとっては興味の無い話であった。
 水球を握り潰すようにシトリーが手を閉じると、これまた一瞬ながらも、今度も弾けるまでに多めに時間を要した。それはつまり、段々と解析出来てきたという事。
 それを目の当たりにして、プラタはもう少しでこの魔法の解析は終わるのだろうと思う。シトリーの解析能力はかなり高いので、事実そうなることだろう。
 自分がその理の解析に掛かった時間を思い、プラタは少し微妙な気分になるが、こればかりはしょうがない。背嚢の解析と魔法の解析では勝手が違う。
 プラタの目の前でシトリーがそうして幾度も幾度も手を弾け飛ばしていると、遂に水球を掴んでも手が弾け飛ばなくなった。

「なるほど、なるほど。別の理ね・・・確かに」

 無事に水球を取り込んで手を引いたシトリーは、その手を見詰めながらしきりに頷く。

「あとはこれを使用出来るようになればいいのだから・・・」

 そのまま視線を部屋の中に彷徨わせながら、シトリーは思案していく。
 暫く静寂の時間を挿み、シトリーは浮かんだ疑問をプラタに問い掛ける。

「これ、なんでプラタは使えないんだ? プラタならば使えそうな気がするのだが?」

 魔法を取り込んだ事で、シトリーはそう結論に達する。実際、プラタ自身も同じ意見だった。

「それは、何か壁があるのです」
「壁?」
「はい」

 やや言い難そうにそう口にした後、プラタは説明していく。
 どうにもある一定の水準以上の魔法を件の理で行使しようとすると、見えざる手でも発生しているかのように魔法が発現出来ないのだと。
 それを聞いて、シトリーは現在自分でも理解出来た段階の魔法まで行使してみる。まだ小規模しか無理だが、今はそれで十分だろう。
 そうして行使していくと、確かに途中で魔法が行使出来なくなった。それを受けて、シトリーは難しい顔で「ふむ」 と唸ってあれやこれやと思考を回転させていく。
 暫く魔法を発現しようと試みながら思案していくと、ふと何かに気づいたシトリーが更に難しい顔になって腕を組む。
 そんな様子を眺めながら、プラタは自身でも原因について思考しつつ、シトリーが口を開くのを静かに待った。
 暫くして、シトリーはため息と共に言葉を吐き出す。

「おそらくだけれど、身体の方が魔法に合っていないのだと思う」
「身体の方が合っていない?」

 何やら思案しているようにも面倒そうにも見える表情でそう告げた後、シトリーは魔法を取り込んだ方の手に視線を向ける。

「今更プラタに言う事でもないが、理に沿って存在しているのは何も魔法だけではない。この身も例外なくこの世界の理によって成立している」
「ええ、そうですね」
「魔法と、それを行使する術者を構成している理。これが同一であれば、後は術者の力量次第で上の魔法も行使可能になる。だが、その二つが異なると話は変わってくる」
「それで、身体が合っていないと」
「ああそうだ。それでも階梯の低い魔法が行使出来ているのは、おそらくこの世界の理でもそこまでは許容出来る・・・いや、補う事が出来るからだろう。低位までなら互換性があるとでも言えばいいか」
「上に行くとその互換性がなくなると・・・そう考えれば確かに」
「プラタの言う壁というのが、おそらくそれだろう。この世界とは別の理で生み出される魔法を再現するだけの理が存在しているかどうか、それがその壁だ」
「では、再現するだけの理を組み込めばいいのでしょうか?」
「こっちの理を弄るよりはそっちの方が遥かに楽だろうし、可能性もある。ただ、楽ではない」
「それでも取っ掛かりにはなります。それに、理論だけを構築するならそう掛からないでしょう。そこまでいければ、ソシオさまに連絡を取る必要性は大分薄まります」
「まぁ・・・そうだね。壁を超えるまでならもしかしたら行けるか」
「はい。ご主人様はまだそこまでは至ってらっしゃらないようなので、とりあえずそこまで至れれば十分かと」
「そうだね。しかし、それをどうするかだ。そもそもあの妖精はどうやってるんだ? 既にその壁は超えているだろうし」

 思案顔で問い掛けるシトリーに、プラタは普段通りの無表情のまま首を横に振る。

「そこまでは解りません。ですが、超えているのは確かでしょう」
「ふむ」

 如何様にして目的を達したのかとシトリーは考える。方法としては、魔法の方を肉体に合わせるか、肉体を魔法の方に合わせるか、それとも互いを歩み寄らせるかの三つだろう。
 ただ、プラタの話を聞く限り、魔法の方を肉体に合わせるのはおそらく行わない。というのも、別の理で動いているのが大事そうだったので、それを損なうような真似はするまい。
 という事は、互いに歩み寄るという折衷案も採らないだろうと自ずと導き出される。そうなると、答えは一つ。

(肉体を別の理に耐えられるように造り直す?)

 そう答えを出したシトリーは、そんな事が可能だろうかと検討してみる。そうすると、直ぐに答えが出た。

(不可能ではない。特に私やプラタなんかは簡単そうだ)

 元々身体を変える能力のあるシトリーと、そもそも現在の身体が借り物のプラタ。そこに理を変えるという要素を加えるだけでいいのだ、少々難しくはあるが、どんな理かは手元にあるので、難しいと言っても絶望的なほどではないだろう。
 であれば、理論を早々に組み上げてから、それを基に身体を構築していけばいいのだ。それは、身体を自由に変えられる者の特権というやつだ。

「そうだな・・・」

 そこまで考えが纏まれば、後は自力でも何とかなるだろう。早々に理論の構築や肉体の改造など全てを終えて報告するというのも悪くない。それでプラタに貸しの一つでも作ってみようかと思いながら、シトリーはその場で急ぎ考えを纏めていく。
 プラタはいつの間にやら政務に戻っていたが、それについては問題ない。プラタであれば、書類仕事をこなしながらでも理論を纏めてしまえるだろう。なので、シトリーはそんなプラタよりも先に理論を完成させるべく、思考の海に埋没していった。
 シトリーが黙考している間、プラタは途中だった書類仕事を片づけていく。
 今日までにやらねばならない分は既にないのだが、余裕を持って終われるのであればそれに越した事はない。
 その傍らでは、先程のシトリーとの話し合いを思い出しては、考えを纏めていく。それも大枠では既に組み上がってはいるが、後は実戦と説明の仕方だろう。

(ご主人様は人間ですからね)

 肉体を組み換える難しさ。それは一部の特殊な種族を除けば、きっと種族による違いというものではないだろう。しかし、プラタとシトリーを基にして考えてみると、二人の主が酷く浮いているように見えるから不思議なものであった。
 それから二人は、互いにそれぞれのやり方で考えを纏めていく。
 物事というのは僅かでも前に進む事が出来れば一気に進展するものらしく、その日の内に二人は早々に壁を越えてしまったのだった。といっても、まだ少し進んだだけではあるが。
 二人の主の下にその話が届いたのは、それから更に数日経った後であった。

しおり