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薄氷上の日常

 建国祭が終わった。
 もう何日も前の話ではあるが、結局参加することは叶わなかった。最後に閉会の言葉を言ったものの、最初と最後に国民の前でそうして言葉を発しただけで終わってしまった。
 それははじめから解っていた事ではあるが、それでも少し残念ではある。

「まぁ、名目だけとはいえ上に立つ以上、そう気楽に外出が出来ないのは解るけれども」

 実体はどうあれ、ボクはこの国の国主であるので、それなりに責任、というか立場がある。なので、そうホイホイと外にも出られないのだ。
 とはいえ、普段から地下に籠りきりで外にはろくに出ないのだけれども・・・いや、まぁ、うん。もう済んだ事だ、忘れよう。
 最近は外の様子も平和らしく、建国祭の最終日では要望のあった模擬戦を無事に執り行えたほどらしい。そして、その平穏は今も続いている。

「・・・・・・今までが今までだったからな。この平穏が何だか不気味に思えてしょうがない」

 多少は死の支配者と会話した事がある身としては、これが何かの予兆のように思えてしょうがない。だが、何もそれはボクだけの考えではなかったようで、プラタ達も同じ意見らしく裏でかなり警戒しているらしい。表立って警戒しないのは、民に要らぬ不安を与えない為だとか。
 まぁ、まだ何かが起きたという訳ではないからな。備える段階から国全体で緊張してもしょうがないだろう。
 プラタ達はプラタ達で色々やっているようなので、ボクの方では守護の魔法道具を創り直す事にした。改良でもよかったのだが、処理能力の向上に伴い、改良よりも一から創り直した方がいいという結論に達したのだ。いくら改良出来るといっても、あまり弄りすぎると魔法道具の寿命が早まるかもしれないからな。
 そういえば寿命で思い出したが、時を操る魔法をプラタに相談したところ、やはり理解は出来ても再現は出来なかった。それに時を止める魔法は背嚢に組み込まれているが、時を動かす魔法はそこから模索していかなければならないので、仮に魔法が再現出来るとしても手探り状態であった。

「うーん・・・あの感じだと法則が違うから再現出来ないというよりも、何かが足りていないから使えないって感じだったな」

 一応再現は試みたのだが、結果としてはそんな感じ。背嚢に組み込むだけであれば今のままでもいいのだろうが、こちらで再現するとなると更に一手間加えないといけない、そんな風に感じたのだ。
 とはいえ、具体的にはどうすればいいかは全く分からなかったが。
 そういう訳で、今まで通りに時間を掛けて検証していくしかないようだ。いつかは時を動かす魔法を修得したいものだ。
 さて、守護の魔法道具だが、現在はプラタが張った結界を強化するのが主な仕事となっている。しかし、正直それが無くともプラタが張った結界は強固なので、ほとんど意味を成していない。
 警報も死の支配者の軍が結界近くを何度も通るせいで鳴りっぱなしだったから切っているしな。履歴だけは残っているが、確認しても同じようなものばかり。時間も大体同じぐらいなので、結構規則的に近くに寄ってきていたらしい。
 そういった事を踏まえて考えると、やはり現状の守護の魔法道具はほとんど用を成していないという結論に達する訳だ。
 では、これから創る新しい守護の魔法道具をどんなふうに創るかだが、実はあまり考えていない。

「結界強化は念の為に引き続き組み込んでおくとして、侵入者の感知は要らないな。その辺りはプラタ達も行っているようだし」

 では、どうするかだが・・・プラタとは別の結界を構築するか? そうなると、プラタが張った方の結界の強化は要らなくなるか。その結界の外側に張ればいい訳だし。
 だが、うーん、それでいいのだろうか? 必要な事だとは思うが、既存のモノでも現状は一切問題ない訳だし、それにプラタ以上に強固な結界となると、多分他に何か組み込む余裕がなくなるような気がするな。
 かといって、他に何か組み込むモノがあるかと言えば・・・何も思い浮かばない訳で。

「うーん。何か、何かないかな・・・守護するうえで必要そうな機能」

 うーんうーんと唸りながら必死で頭を働かせる。
 国を護る為に大事なこと。今回は外敵から攻撃を受けた時という想定で考えるが、そうなると最初に浮かぶのが、先程の結界。次が結界の強化か迎撃。迎撃もプラタ達の方で用意されているようだし、そもそもどうやって攻撃するかだ。

「結界に攻撃魔法を付与する? いや、それだと結界に不具合が生じるかもしれないから、それよりも攻撃性の結界を既存の結界の外側に張る方がいいかな? でもそうなると、結局既存の結界の外側に新たに結界張る事になるし・・・うーむ」

 難しい。上空も地下も監視の目は行き届いているから今更必要ないし、かといって他に思い浮かばないし、さてどうしたものか悩みどころだな。
 攻撃、護り、探知。他には・・・・・・諜報? 戦争なんてした事ないからよく分らないな。うーむうーむ。
 頭が痛くなるほど悩んでみるも、これといった答えは出ない。
 攻撃も防御もプラタ達が担当しているし、敵の探知も情報収集もプラタ達が行ってくれている。ボクは何もしていないので、改めてそれを認識してもの凄く役立たず感を覚えた。
 これに介入するのは、流石にやめておいた方がいいだろう。やるにしても相談しておかなければ、何が邪魔になってしまうか分からない。
 それを踏まえて議題を戻すと、では何を組み込むかだが・・・・・・何か組み込むモノが在るだろうか? というか、守護の魔法道具は不要に思えてきてならない。

「むむむ。国主とはいえ、やっぱりボクは要らないよなぁ」

 名目だけの国主というのがよく分かる結論だった。やっぱりプラタが国主でいいと思う。今でも宰相みたいな立ち位置な訳だし、権限強化みたいな変化で終わるだろう。いや、もう既に絶対的な権限を有しているようだが。
 そこまで考えて、思考を切り替えようと頭を振る。今はそんな事を考えている場合ではない。
 守護の魔法道具の存在価値がほぼ無くなってしまっているが、もう一度考え直してみると、今でも役に立っているのは結界の強化ぐらいだろう。これはプラタも認識しているので、妙な事にはならない。事前に相談していたからな。
 そうなると、新しく守護の魔法道具を創造したところで、仕事は結界の強化ぐらいしかなくなる。国内の不穏分子の探知も精度をもう少し上げれば使えそうだが、そもそも探知しても、それを伝える前にプラタ達が動いている事だろう。今まででこれに引っかかったのは喧嘩ぐらいだし。そもそもプラタ達が事前に悪の芽は摘み取っているようだ。

「むむむ。本格的に結界の強化しか仕事がない気がするぞ・・・」

 悩めば悩むほどやる事が無くなっていく。正直、守護の魔法道具の存在価値さえ無くなってきている気がする。いや、気のせいでもないか。
 では、別の方面ではどうだろうか? そう思い考えるも、ボクが思いつく事ぐらいはプラタ達が既に実行に移しているか、不要と判断していることだろう。
 うーん、こうして考えてみると、自分がいかに要らないかが解るな。地下に籠っているだけの存在なのだから当然といえば当然だが。

「よし、細かい事は忘れて何か魔法道具を創ろう!」

 悩み抜いた末の結論は、思考の放棄。守護の魔法道具に拘る必要も無いし、ボクはボクの魔法道具を創っていればいいだろう。自身の戦闘の際に役立ちそうな魔法道具を。
 さて、ではどんな魔法道具を創ろうか。現在持ち得る限りの技術を集めて創造するとしても、どういった魔法道具がいいものか。
 ボクの戦い方は基本的に魔法による遠距離攻撃だが、魔法が効きにくい相手には接近戦もする。後者はあまり得意ではないので、魔法攻撃に重点を置いている。最近は魔力吸収の特性を遠隔で性能を発揮させられるようになってきたので、その辺りの魔法道具だろうな。

「やはり補助系の魔法道具かな。結界の方も創り直すとして、魔法の補助もやってみよう。魔力特性の方は自力でないと難しそうだが、魔法を発現させる程度であれば、魔法道具にある程度任せればいいか。そこに魔力特性をこちらから付加させればいい訳だし」

 うん。考えてみてもそれでいいだろう。おかしな点も無いし、補助の魔法道具はあって困る物でもない。特に咄嗟の時の対応ではとても役に立つ代物だろう。
 そうと決まれば早速創造開始だ。今の力だとどれほどのものが出来上がるのか楽しみだな。こうなったら魔法だけではなく素材から拘ってみるとするか。
 兄さんから貰った背嚢を解析した事でまた学んだので、それを踏まえての素材の創造。あまり重い物や大きい物は持ち運ぶのに不便なので、前回創った結界の補助の魔法道具を参考に大きさを決める。
 素材はそうだな・・・今までのモノに一手間加えて、兄さんやプラタの創った魔法道具を参考にして自分なりに改良を施すとして・・・ふむ。こんな感じかな? 見た目は木箱っぽくしてみよう。
 普段よりも何倍も時間を掛けて創造した木箱を眺めながら、満足して頷く。片手で掴めるぐらい小さいのに、容量はかなりあるな。これであれば、十分理想の魔法が組み込めそうだ。
 そう思い、次はそれに魔法を組み込んでいく。目的の補助だけではなく素材の保護も忘れない。魔物の生態を研究して創り上げた魔法も組み込み、魔力の変換速度を従来よりも格段に向上させる。
 それの調整を行った後、それでも念の為にボクの魔力を少量溜めて置けるようにしておく。この先何が起きるか分からないからな。備えは多い方がいい。
 まずは結界の補助の改良版からなので、そこに結界の維持に必要な一定量の魔力を結界に供給し続ける魔法に、状況の変化にある程度は対応出来る機構を搭載。
 これは結界の損傷具合から強化するかどうかを自動で判断してくれる機構だ。なので、いきなり強い攻撃に晒されて結界が壊れたら意味がない。数発は耐えてくれないとこの機構では判断出来ないからな。とはいえ、上限は決まっているのでそこまでの強化は難しいが。まぁ、無いよりマシだろう。
 逆に当初よりも弱くするという設定は行わないように組み込む。強化した後に元には戻しても、それを下回る事はしない。
 今回は見た目は前回と似たようなものだが容量が全然違うので、前回よりは強い結界にも対応出来るだろう。それからも必要そうな魔法をせっせと組み込んでいき、容量に余裕がある内に終わらせる。とりあえず新しく創った結界の補助の魔法道具は完成だな。


 次に製作に着手したのが、魔法の補助の魔法道具。見た目は結界補助の魔法道具と同じだが、色だけは変えておいた。
 中身はそこまで大きくは変わらない。魔力供給や結界の状態の判断などの代わりに魔力の循環の補助が加わったぐらいか。
 結界の補助の場合は、一定の魔力を常に供給して結界を維持し続ける事が目的だが、魔法の補助の場合は、魔力循環の手助けをして形を維持することが目的だ。これはある程度距離があっても機能するようにしているが、そこに容量を非常に多く取られたので、あまり多くは組み込めなかった。
 そういった訳で、補助の魔法道具が二種類完成した。ちゃんと出来ているのか調べたので、後て実際に確かめてみるとするか。

「魔法を創造するのまでは無理そうだな」

 魔法の補助の魔法道具に、魔力の循環を行い魔法の威力を維持するものを組み込んだ事で、容量をかなり持っていかれた。なので、補助で魔法の創造まで出来るようにするのは無理そうだ。新たに別に創ってもいいが、そんなに多くは持てないからな。
 まぁ、属性を固定してそれ専用にすれば小型化も出来るだろうが・・・そこまでして欲しい物でもないな。
 ちゃんと出来ているのかの確認は終えたので、それを腰の辺りに取り付けてみる。二つ付けるとやや重たい感じ。

「んー、これぐらいであれば問題なさそうかな?」

 今し方創ったばかりの魔法道具を腰の辺りに取り付けた後、そこら辺を歩いてみる。それで問題なさそうだったので、飛んだり跳ねたり動きを大きくしていく。
 僅かとはいえ重さが増えた分、やや重心のずれを感じるものの、慣れれば戦うのにも支障はきたさないだろう程度の重さだ。
 とはいえ、この辺りがギリギリの重さだろう。これ以上増えたら慣れるのに時間が掛かってしまう。ボクは遠距離攻撃が主体なので、そこまで大きな影響はないが、それでも慣れている戦い方が崩れるのは出来れば避けたい。
 暫く動きを確認したところで時間を確認してみる。昼前に魔法道具の作製に入ったのだが、既に夕方であった。思っていた以上に熱中していたらしく、そろそろ夕食の時間。

「その前に、覚えている内に軽く性能の確認をしておくか」

 時間的には遅いけれど、性能の確認は大事なので今の内に行っておくことにした。
 そうして確認した性能は十分なものであった。時間が無かったので些か簡易的ではあったが、それでも十分な結果が出たからいいだろう。

「また明日改めて実用試験をやってもいいし、今日のところは食事にしよう」

 既に夜と呼べる時間なので、さっさと自室に戻って食事にすることにした。とはいえ、まだプラタは居ないだろうが。建国祭の後片付けに死の支配者の警戒と、色々と忙しそうだからな。

「やっぱり何かしらの補佐が可能な魔法道具を創るべきか・・・」

 そんなことを考えるも、結果は変わらない。名案は浮かばないし、やっぱりプラタ達には必要なさそうだからな。邪魔になる可能性の方が高い。
 自室に戻った後、まずはお風呂に入って頭の中をすっきりとさせる。色々と考えたところで意味は無いと思うから。
 お風呂から上がった後、夕食の準備を行う。今日の夕食はどうしようかと思ったが、少し考えてたまには一手間ぐらい加えてみようかと思い至る。
 プラタが居ない時は保存食で済ませる場合が多かったので、たまには少しぐらい料理っぽい事をしてみてもいいだろう。まぁ、所詮は真似事だが。

「うーん・・・そうだなー」

 背嚢の中身を思い出しながら思案する。あまり料理はしたことがないので、それほどやれることが多い訳ではない。それでも何かしら出来る事はあると思うのだけれども。

「まあ考えたところで、ここでは火は使えないか。在るのは水と温水と果物に保存食・・・何も出来ない気がしてきた!!」

 それは衝撃の事実。プラタに調理道具一式を以前渡したから手元には無いんだよな。・・・創ればいいのかもしれないが、そんな気分でもないからな。
 手持ちを確認したところで、そこから何が出来るのかをもう一度考えてみる。

「むむむ・・・そうだな」

 正直、何度考えても出来る事はかなり限られていると思う。なので、とりあえず思いついた事をやってみることにした。
 まずは手持ちで一番深いお椀を用意する。用意が終わればそこに温泉水を注ぐ。
 温泉水を入れたお椀を机の上まで運び、そこに背嚢から取り出した干し肉を細かく刻んで投入。鋏があればこれは楽に出来る。用意してもらった鋏は切れ味も鋭いし。
 干し肉を刻んで入れた後は、暫くそのまま待つ。
 一番深いといってもそこまで大きなお椀ではないので、待ち時間はそれほど必要ではないだろう。温泉水がそこまで高温ではないのが少し気になるが、多分大丈夫だ。
 そうして少し待った後、お椀から刻んだ干し肉の欠片を取り出して食べてみる。まだやや硬いが、味は大分薄い。これなら大丈夫だろうと判断して、お椀を手に取った。
 恐る恐るではないが、お椀の縁に口をつけて少しお椀を傾ける。僅かに汁を口に含むと、なんとも微妙な味が口の中を満たしていく。

「不味くはない。飲めない訳ではない。しかし、何か薄い。こう、わざわざ完成品を水で薄めたような微妙な感じというか、味の表面に何かが幕を張って隔てているような、なんとも表現しづらい味だな」

 干し肉の塩分が染み出ているので味がない訳ではないのだが、これだけでは何か違うという気分にさせられる。
 おそらく干し肉から肉の旨みが出ているのだろうが、そちらが湯量に対して足りていないのだろう。かといって干し肉を追加で入れたとしても、今度は塩分が多すぎるという結果になりかねない。うーん、悩みどころだ。
 塩分控えめの干し肉を作るか、味が濃い干し肉を作るかすれば解決するかもしれない。これは一度干し肉の作り方を見直した方がいいだろう。現状は基本的に保存性を強く意識しているので、味は二の次といった部分が強いからな。
 作った料理を食べながらそんな事を思う。初期の頃に比べれば随分改良されたが、やはり味覚と言うのは細かな点で種族差や文化の差が出てしまうようだ。中には生肉をそのまま乾しただけというのもあったほど。流石にあれは生臭かった。においだけでなく味の方も。
 といっても、ボクが料理する訳ではないので、何が出来るという事もないのだが。
 食べ終わったお椀を片付けながら考える。正直不味くはなかったし、可能性ぐらいは十分に感じた。この辺りはボクの料理技術の拙さ故だろう。もう少し料理に対して造詣が深かったのであれば、これもちゃんとした料理になっていたかもしれない。
 そうして考え事をしている間に片付けを済ませると、就寝の準備だけ済ませておく。
 その後に寝台に腰掛けると、さて何をしようかと首を傾げた。

「新しい魔法でも考えてみるか?」

 兄さんがくれた背嚢に組み込まれている別の法則の魔法。それを思い出して、続きに挑戦してみようかなとふと思ったのだ。あれもまだまだ完成にはほど遠い。少しは形になってきたとはいえ、そう簡単にはいかない。

「やはり慣れなのかな? 今まで使ってきた魔法と違って直ぐに疲れるからな。法則が違う分処理が難しいという事なのだろうか?」

 今まで右利きだったのを突然左利きに変えたとでも言うように。いやそれよりも、今まで前を向いて走っていたのを後ろ向きで走る事にしたような感じだろうか。
 なんせよ、やるだけならば不可能ではないのだが、それでもかなり難しいという事だ。これも慣れれば、ボクが二足歩行が当然のように出来ているぐらいには簡単になるのかもしれないが、如何せんまだ形が出来始めたばかりだからな。
 なので今回は、新しい魔法というか、今までとは別の形の模索だろう。
 もっと使いやすく出来ないだろうか。慣れるまでには相応の時間を要するものだからな。もう少しこちら側に寄せられれば、それも短縮出来るかもしれないのに。
 とりあえず考え始める。処理能力が向上しているので疲れる程度で済んでいるが、今でもあれがなければ、そもそも扱う事すら不可能だっただろう。
 あれやこれやと試行していくが、中々巧い具合に嵌ってくれない。これはという感覚もないので、ひたすらに空回りしているのだろう。
 そうこうしている内に疲労がたまり、思考を止める。
 寝台の上で手足を伸ばして身体の力を抜く。時刻を確認すると、新しい魔法の思考を始めてまだ二時間ほどしか経過していなかった。いつもであれば一日とまでは言わずも半日ぐらいは集中してしまうというのに、やはり理を異にする魔法というのは負担が大きい。
 今日はもう疲れたので、さっさと寝る事にする。明日は昼頃からプラタも戻ってくるようなので、朝食だけどうにかすれば大丈夫だろう。戻ってくると言っても一時的らしいが。
 とはいえ、いくら疲れを知らないプラタが相手でも、戻ってきて早々に模擬戦は頼めないからな。まあいいや。今日はもう寝よう。
 そう思うと、直ぐに意識は沈んでいった。





 ヘカテーの作戦の後処理を粗方終わらせて幾日か経過した。
 めいが処理する必要がある書類は全て処理したので、めいにとってはヘカテーの作戦の件はほぼ終わったようなもの。後は部下たちが処理を済ませて、その報告を受けるだけ。
 そこまで終えたところで、改めて死後の世界の兵力について考える。
 ヘカテーの件で損耗した魂については処理が終わったので、もう一度復活させてもほぼほぼ問題ないだろう。勿論正規の手続きを経てとなるが、その辺りは支配者であるめいに掛かれば直ぐに終わる。
 それ以外の魂はと言えば、まず当然ながら、ある程度まで浄化が進んでいる魂については除外する。死後の世界に来て間もない魂も極力避けたい。死後の世界に来たばかりという事は力の量が多いという事なので、何かあった後では、対処に苦労するだけだ。
 その中間辺りの魂の中で兵士として使えそうな魂を選定していくも、これが中々に難しい。

「量より質ですからね。とはいえ、正直集めたところで無意味でしょうが」

 相手の戦力を頭に思い浮かべためいは、それに対処出来そうな者達を頭に思い浮かべる。そうすると、兵数の上ではめいの方が有利なのだが、実際はやや劣りそうだ。

「相手も強くなりましたからね。こちらは幹部の一部が魂の損耗を癒している段階ですし」

 彼我の戦力差を考え、どうしたものかとめいは息を吐き出した。ここでヘカテーが使えたならば、そこまで悩まずとも済んだかもしれないが、それも今更の話だった。





 結果と費やした時間は等価とはいかない。それは解っているのだが、解っているのは頭の中だけであって、感情の方では納得出来ないところがあるのは致し方のない事だろう。これだけ頑張っているのになんで? そんな疑問をどうしても抱いてしまう。理由など解っているはずなのに。
 違う世界の理で構築された魔法。それを練習してどれだけの時間が経っただろうか。何となくこの魔法は修得しておかなければならないような気がして、重点を置いて一日の大半の時間を割いてきたのだが、進展はそこまで大きくはない。現在は従来の魔法でいうところの基礎魔法がそこそこ使えるようになったぐらいで、それ以上はまだ進展していない。
 その魔法も十数発ぐらいが限度で、威力としては基礎魔法にしては高いだろうが、それでも中級辺りの魔物なら倒せるだろう程度。これでは死の支配者と戦うには遥かに遠い。
 従来の魔法であれば、同じところから始めて同じ時間を費やせば結構な階梯の魔法まで修得出来た事だろう。それこそ上級の魔物どころかドラゴンとすらまともに戦えるかもしれないぐらいには。現在のボクの能力は、それだけ高いのだ。
 しかし、それを異なる理の魔法に費やしてみると結果は芳しくないという状況を改めて認識して、もの凄く疲れた気がした。何と言うか、自分は魔法の才能がないのだろうかと落ち込んでしまうほど。
 そんな自身の様子に、冷静な部分が呆れたようにしているのも理解している。自分で言うのもなんだが、ボクは魔法に関しては才能が有る方だと思う。なので、それが無いと自嘲するのは周囲から見れば嫌味だろうとも。
 もっとも、ボクは地下に籠っているので周りにはプラタぐらいしか居ないのだが。
 そのプラタは今でも忙しいらしく、ちょくちょく姿が見えなくなる。とはいえ、食事時には大体戻ってきているので、今のところは一日中姿を見ないなんてことはないのだが。
 ボクはずっと地下に籠りきりだから知らないが、どうも最近外の様子が不穏だと聞いている。もっとも、何処がどう不穏なのかまでは分からないらしいが。要は勘みたいなものだろう。
 しかしプラタの勘なので、きっと何か良くない事が起ころうとしているのだろう。であればこそ、この魔法の修得は急務という事になる。

「んー・・・何で上手くいかないかな」

 焼け焦げた的を眺めながら、第一訓練場で一人困惑しながら呟く。プラタは少し前に転移で何処かに移動したのでここには居ない。
 基礎魔法から上の魔法に進めないのだ。異なる理について知識がないので手探りだからというのもあるが、それでも少し上の階梯の魔法ならばある程度までは解析が済んでいる。後は発現だけなのだが、これが上手くいっていない。どうもこちらの世界で再現するには土台が必要らしい。まぁ、その土台を用意するのが難しいのだが。

「この世界の理との接点ねぇ・・・もう少し背嚢を解析すれば分かるのだろうか? いや、あれはあれで中が既に別世界だからな」

 様々な理が混在している混沌世界。それが背嚢の中を構築している情報体の正体だ。それを統べるのはボクでは難しいが、しかし読み解いた魔法に新たな足掛かりを渡すぐらいは出来るだろう。そこまでいけば再現可能だ。
 そう思ったのだが、それがそう上手くはいかなかった。この世界との接点となる部分の構築、これが存外に難しい。たとえ別の理の魔法について既に解析を終えていたとしても。
 何と言えばいいか言葉に困るのだが、中々馴染まないのだ。小さな足掛かり程度であれば何とかいくのだが、それこそ基礎魔法が精々。
 その辺りを奮闘中ながらも、あまりにも進展がないのでやる気が低下中なのだ。こちらの理を混ぜればもう少し上まで行けるのだが、それでは意味がないと思う。多分、そんな気がしている。
 ではどうするかだが、そこが不明。プラタにも相談したが、今回ばかりはプラタでもそう分かるものではなかった。ああそういえば、時間に関する魔法について質問した際も、その辺りが難しくて再現出来ないみたいな事を言われたのだったか。
 であれば、これが上手くいけば時間に関する魔法が使用可能になるかもしれないという事だ。

「・・・・・・」

 それを思えば、僅かばかりだがやる気が湧いてくる。それでも僅かでしかないので、あまり意味がない。

「気分転換に別の事に着手してみるべきか」

 そう思ったが、現在はどれも行き詰っていたのだった。まさに八方塞がり。これからどうすればいいのやら。誰か何かしらの答えを持っていないだろうか。
 シトリー達にも訊いてみたが、そちらも空振りだったしな。こういう時こそ兄さんが居てくれればと思うのだが。そういえば、あれから兄さんはどうしたのだろうか? そもそも何処に行ったのかも分かっていないけれど。
 少し考え、無駄だなとその思考を破棄する。であれば、何か知っていそうな候補は・・・死の支配者かソシオ辺りかな? 前者は無理だとしても、後者はどうにかならないだろうか。どうにかして連絡がつかないかな? ちょっとプラタに訊いてみる事にしよう。

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