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変わりゆくモノ8

 しかし、直ぐに虚無の終わりが来てしまう。

「もう少し保って欲しいものだ」

 少々の愚痴をこぼしつつ、オーガストは虚無が塗り替えられる前に世界を移る。
 新たな世界でもまずは観光を行う。このまま壁を観察する事も出来るのだが、世界が構築されたままだと薄っすらと靄がかかったような感じになるので、不鮮明な為に観察するには少々向かない。
 それに、世界が消滅した瞬間に光が壁を越えるのはいい資料になるのだ。
 そういう訳で、観光を終えたオーガストは世界を破壊する。オーガストにはいたぶる趣味は無いので、世界の消滅は一瞬で終わた。
 世界の消滅の瞬間を眺めながら、壁を構成している理について考える。
 もうすぐ何か閃きそうな気もしているのだが、今までと全く異なる理という事で、オーガストも苦戦していた。
 そうして暫くすると、虚無が終わりを迎える。
 完全に虚無が終わる前にオーガストは世界を移動する。それを繰り返しながら壁を解析し続けたオーガストは、ふと思いつき、試してみる事にした。
 試すと言っても、軽く干渉してみるだけだ。もしもそれで触る事が出来たならば、それはもうオーガストにとっては解析を終えたのも同義である。
 そういう訳で、解答がが正しいのかの確認を行う。
 まずは壁の在る場所まで移動し、壁に接触する。そして少しの間調べて、終了である。

 ――バキィッ

 何か硬質な物に大きくひびが入ったような音がその場に響く。それと共にオーガストが楽しそうに笑う。しかし、見た目には壁に変化はない。
 変化はないが、ややもすると微かに空間が歪みだす。
 それは熱せられて少し空気が揺らいでいるような、僅かな歪み。
 よく見なければ分からないような僅かな変化ではあるが、それでも変化は変化。今まで何も出来なかった壁に変化を生じさせたという事は、オーガストの解析は完了していたという事を示す。
 先程と同じ硬質な物に大きくひびが入っていく音がそこかしこから鳴り響き、今にも空間が崩壊しそうな錯覚を抱く。
 しかし、変化はやはり先程からの空間の微かな歪みのみ。
 それからどれだけ経ったか。先程までオーガストの周囲で硬質な物に大きくひびが入る音が合唱のように響き続けていたのだが、今ではそれもぴたりと止み、急に場に静寂が戻ってくる。
 その静寂の中、オーガストは口角の上がった口元のまま小さく呟いた。

「道は繋がった」

 そう呟いた後、オーガストは少し壁から距離を取る。それから少しして、何事もなかったかのようにゆっくりと壁に近づいていく。
 そのままゆっくりとオーガストが近づいていくも、今までであれば途中で見えない壁に遮られていたというのに、今回は一切の邪魔が入らない。
 壁も壊れた訳ではなくそこに在るはずなのに、オーガストの進路を拒む事はしなかった。
 それから直ぐに壁を越えたオーガストは、そのまま何も無い世界を進んでいく。
 何処まで続いているのかも分からない空間だが、そこら中に星を散りばめたような小さな輝きが見える。だがそれは星ではなく、それどころか。

(幻影か? そもそもここには細い道が一本あるだけで、周囲には何も無い。それは理解出来ているが、周囲に星々の輝きがあるように見えてしまうな)

 本当は光の一筋もない世界だというのに、そこまでの光景を見せる幻影にオーガストは愉快そうに口元を綻ばす。
 そんな世界を楽しみながら、オーガストはどれだけ歩いた事か。
 とはいえ、時間の概念がこの世界には存在していないようなので、どれだけ歩いたと言っても実際には一瞬の出来事でもあり、永遠の出来事でもあるのだろう。
 そんな事にオーガストは興味が無いので、特に考えもしない。疲労も感じないので、どうでもいいという事か。周囲を幻影で囲んで楽しませてくれている訳だし。
 ただ、オーガストはそんな中でも道を理解しているので、その道の終わりぐらいはしっかりと理解している。その先に何があるのかまでは知らないが。
 本来は誰も到達出来ないはずの星々が瞬くその空間。仮に到達出来たとしても、長く続く一本の細い道を寸分違わず進んでいける者など存在する訳もなかった。
 なにせ、一度でも一歩でも道を踏み外してしまえば、そこに待っているのは消滅のみ。そこに例外はなく、オーガストとてそれには消滅してしまうだろう。
 働いている理が違うのだ。いくらある程度は理解出来たと言っても、オーガストを構成している理とここの理は違い過ぎて、干渉出来てしまえるほどに。
 無論、その理屈でいえば逆も然りではあるが、前提としてそこに存在している情報量に差がありすぎるのだ。
 オーガストは世界の一つや二つ程度なら容易く消滅させられるが、それら世界を全て内包している更に大きな世界はとなると、かなり難しい。不可能とは言わないが、途方もなく時間が必要になるだろう。
 それの理由が、存在している情報量。そこを崩して侵食して書き換えてしまわねば、流石に消滅までは難しい。そしてそれを行うには、オーガストでは少々小さすぎるのだ。
 切っ掛けさえもう少し大きく出来れば話は変わってくるのだが、そこまで必要性を感じていないので、オーガストはそれにそこまで熱心に取り組んではいなかった。
 その結果として、道を踏み外せばオーガストでも消滅してしまうという事に繋がるのだが、オーガストは道をはっきりと知覚しているので、そもそもそんな心配は必要ない。
 という訳で、本来はありえない事を行っているオーガストではあるが、出来てしまっているのだからしょうがない。仮に誰も来る事を拒むのであれば道など存在しないだろうから、必ずしも拒絶している訳ではないのだろう。
 そう思いつつ、オーガストは長い長い道を進んでいく。
 何処を見ても、何処まで言っても同じ景色が続いているように思えるが、オーガストはどんどんと周囲に漂っている何かの力の気配が増しているのを捉えていた。
 それに道の終わりももう近い。力の気配を測らずとも、オーガストにはそれが解っている。
 更に進んだ先で、急激に光が満ちていく。何かが爆発して閃光を迸らせたのかと思うぐらいに突然の光の波であったが、オーガストは気にせず道を進んでいく。そうして進むと。

「・・・・・・」

 穴に落ちたかのような浮遊感を感じた後、オーガストはごろりと着地と同時に上手く転がる。幸い落ちた先はふかふかとしていて柔らかかったので、特に怪我はない。まぁ、オーガストであれば硬い場所だったとしても問題なかったが。
 起き上がったオーガストは、ゆっくりと周囲を見渡す。
 そこは先程までの星々の空間でも光の中でもなく、何処かの一室のようだ。天井や壁は落ち着いた木目調で、床には毛先が短いながらも一面ふかふかの絨毯が敷かれている。
 部屋の中には本棚が幾つも連なって壁に並び、棚には本がびっしりと詰め込まれていたり、クマのぬいぐるみや積木で出来た車が飾られていたり、ふわふわとした白いモノで雪を表現して何処かの街並みの一角でも再現していたりと、色々なモノが置かれている。それらは少女の棚のようにも、少年の棚のようにも、はたまた大人の棚のようにも感じられた。
 他には壁の一角には暖炉が埋め込まれており、そこに灯る穏やかな火がこの部屋を照らしている光源のようだ。パチパチと小さな音を立てて燃えているが、見た限り薪のようなモノは火の下に数個置かれているだけだ。これでは直ぐにでも燃え尽きてしまいそうなのに、火が弱くなる気配はみられない。
 暖炉から少し離れた場所には窓が取り付けられている。そこから見える空は暗いながらも、月の明かりが弱弱しく差し込んでいるようだ。
 見たところ、気にはなってもおかしなところは無い普通の部屋。だがしかし、明らかに普通じゃない部分が二点あった。
 まずその一点目だが、それは大きさ。
 部屋で周囲を見回しているオーガストの身長は軽く百七十センチメートルは越えているというのに、それでもその部屋ではとても小さく、立ったまま問題なく扉の下の隙間から外に出ていけそうなほど。実際、立った状態でも部屋に取りつけられている扉の下から廊下の様子が確認出来るのだ。
 しかし、オーガストが廊下の様子を眺めていると、何だかこのまま外に出てはいけないような気が強くしたので、そちらは意識の外に追いやる事にする。
 次に二点目。部屋の中央には、網の両端を天井に取り付けた吊り下げ式の寝具があるのだが、そこに何かが寝ているのだ。
 おそらく部屋の主であろうそれは、大きさでいえば部屋との対比で子どもだろうと推測出来る。もっとも、途轍もなく巨大な部屋と比べてなので、その部屋の主もまた途轍もなく大きい。
 すーすーと小さな寝息を立てているそれは、下から見る限り深く濃い赤色をしている。暖炉の火に照らされて映るその巨躯は、闇そのものを纏めたかのように非現実的で、そこに実在する物質のような現実味がない。
 まるで幻影ではないかと思わせるようなふわふわした虚像の如き身体は、横になっている網の隙間から零れ落ちてこないのが不思議に思えてくるほど。
 オーガストはこの場でも魔法が使えるかどうか調べる為に、この場を支配している理を読み解いていく。そうすると、場を満たすは知らない理であったが、それでも幸いと言えばいいのか、今まで蓄積させてきた知識に類似点が多く、問題なく解読が完了した。
 魔法も無事に使えるようになったところで、オーガストはまず空を飛び、部屋の主の様子を上空から窺う事にする。
 部屋が途轍もなく大きいので、部屋の主を見下ろせる高さまで飛ぶのに少し時間が掛かったものの何とか到着した。そうして見下ろした先に居た部屋の主は。

「ふむ」

 それを見て、オーガストは考えるように小さく唸る。
 そこに居たのは、下から見上げた時と同じくふわふわとして境界の曖昧な夢幻の身体に、やや黄色がかった緑色の口を閉ざし、白いまぶたを閉じた何かだった。
 その何かから感じるのは、圧倒的な存在感。その存在感は、上から眺めながら思案しているオーガストの額に薄っすらと汗が滲むほどに大きい。
 オーガストは多分勝てないなと思わせる相手を上から眺めながら、色々と思案していく。来たばかりなので当然の事ではあるが、考える事が色々とありすぎた。
 まずはここが何処か、という点だ。答えを求めて周囲に視線を向けてみるも、これといった手掛かりは見当たらない。
 それでも上空から軽く見渡しただけなので、もう少し詳しく探ってみる事にする。だがその前に、オーガストは何か分からないかと窓の外へと視線を向けた。
 視線の先には、大きな窓が取り付けられている。
 大きさは窓に限らずどれも大きいのでこの際横に措くとして、その窓にはガラスが嵌め込まれているようだ。開閉は出来ないようになっているみたいだが、外の様子は問題なく窺える。
 その窓から見た外の風景は、一面銀世界。月の明かりを反射させて雪が天上より降っているのは解るが、他には何か場所が判るようなものはない。
 家の周囲を除き、何処までも穢れなき雪が続いているようで、周囲には他の建物どころか木の一本も見当たらない。なんだかとても現実味の無い風景を眺めた後、オーガストは本が詰まっている本棚の前へと移動する。
 そこから何か情報を得られないかと思い背表紙を確認してみるも、どれも見た事のない文字ばかりが並んでいた。
 他には何かないかと部屋の隅々まで飛んでみるが、子ども部屋と仕事部屋を混ぜたような部屋の中には、手掛かりは全くない。街の様子を一部再現したようなモノも覗いてみたが、変わった建物がぽつぽつとかなりの間隔を空けて建っているだけの、寂しい街並みだった。
 一通り部屋の中を確認した後、オーガストは途中で見つけた引き出しが付いている棚の、その引き出しを開けてみる事にする。
 見たところ鍵のようなモノは掛かっていないようなので、とりあえず普通に開けてみようと、取っ手に両腕を引っ掛けて全力で引いてみる。しかし、やはり質量というのは単純なだけに偉大らしく、僅かに動いただけに終わった。
 それでもとりあえず僅かに開いたので、その僅かに開いた隙間に何処からか取り出した棒を差し込み、こじ開けるようにして動かしてみる。

「・・・はぁ。流石に無理か」

 ぐっと力を入れた後に、オーガストは大きく息を吐き出す。
 一応カタッと微かに動きはしたが、やはり大きな引き出しの片側だけに力を加えても、思うようには動いてくれないようだ。
 途中魔法を使ってみようと思ったのだが、どうもまだ身体が馴染まないのか、大きな魔法は使用出来ないらしい。
 しょうがないと思いつつ、部屋の中央で寝ている部屋の主を起こさないように気をつけながら、オーガストは行動を開始する。
 最初は引き出しの両側を交互に棒で少しずつこじ開けていこうかと思いはしたが、もの凄い労力と時間が必要なので、それは直ぐに却下した。その代わりに採用したのが、引き出しに穴を開けるという方法。
 現在オーガストの身体は別に縮んだ訳ではないが、それでもそう錯覚するぐらいに部屋が大きく、引き出しもそれに比例した大きさだ。つまりは、引き出しの一段だけでオーガストの背丈よりも高いという事。
 そして、あまり規模の大きな魔法は使えないようだが、それでも規模の小さな、それこそ自身の背丈程度の穴を開けるのに必要そうな規模の魔法であれば、どうやら行使可能のようだ。
 そういう訳で、調べたところ引き出しは木製のようなので火の魔法で焼く事にした。のだが、どうもこの引き出しは木製だが耐火処理が成されているようで、どれだけ焼いてもろくに表面すら黒くならない。
 なのでしょうがないと、次は大槌を創造してそれを思いっきり振るって引き出しの破壊を試みる。だが、結果は失敗に終わった。
 ではしょうがないと、次はつるはしを創造して地道に削っていく事にした。
 先の尖った金属を引き出しに思いっきり叩きつけると、今度は僅かい穴が開く。だが、穴と言うには微かな凹み程度のそれでは、時間がかなり掛かりそうだ。
 それでも唯一効果があったので、そのまま同じ場所を何度も何度も叩いていく。そうすると、木の表面を何かで覆っていたのか、ヒビが入って放射状に広がった。
 そのひびが入った部分の一部をなんとか取り除いてみると、木の表面が姿を現す。
 それを見たオーガストは、今度こそはと火の魔法を使ってみる。そうすると、今度は若干だが表面が焦げた。どうやらこのひび割れた部分が、火の脅威から木製の引き出しを護っていたようだ。
 それが分かればこちらのモノと、オーガストはまずひび割れた部分を頑張って取り除き、頭ほどの部分の木を露出させる。あとはそこに火の魔法を集中させて放ち続ければ、本当に浅い部分ではあるが焼く事に成功した。
 その結果に気を良くしたオーガストは、引き続き露出した木を焼いていくと、ある程度焼いたところで大槌でたたき割ってみる。そうすると、炭になった部分がパラパラと床に落ちていった。
 これなら穴が開けられるかもしれないと、当初の目的を忘れた訳ではないが、それでも穴を開ける事に夢中になっていくオーガスト。今までこれほどまでに手間がかかる事などなかったので、余程楽しいらしい。
 かなりの時間が経過した頃、やっと引き出しに穴が開く。しかしその穴は腕二本なら余裕で入る程度。それぐらいでは、流石に引き出しの中に入ろうだなんて無理だろう。
 そう判断したオーガストは、代わりに偵察出来る小型の魔物を創造して、それを穴の中に入れる。
 視覚と聴覚を共有して周囲を調べてみるも、創造した魔物の目ではどうやら暗いらしくあまりはっきりとは見えない。しょうがないのでオーガストは、今度は穴の中へと小さな光球を放り込む。
 オーガストが発現させて穴に放り込んだ光球は、風に流される綿毛のようにふわふわと飛んで中へと入っていく。
 程なくして魔物の目に光が映る。それほど強い光ではないが、それでも周囲の闇を払う明かりとしては十分な明るさだった。
 浮かび上がった周囲には壁があった。いや、正確には引き出しに収められている物か。
 あまりにも大きさに違いがある為に、ちょっとした小物でもオーガストが創造した魔物の視界には壁や山のように見える。
 そんな物の隙間を縫って奥へと移動していく。見た目には普通の引き出し付きの棚なのだが、やはり魔物に比べてあまりにも大きいので、その分引き出しの中がもの凄く奥深く感じてしまう。
 引き出しの奥にも変わらず小物が収まっているが、大きさを除けば特に目を引く物はない。他には何かないかと思うも、小物以外には引き出しの壁・・・いや、引き出しの横幅を考えればもっと広いはずなので、その壁は引き出しの壁ではないのだろう。そう思い、オーガストは魔物と触覚も共有して壁に触れてみる。するとそれは書籍だった。

(大きすぎるというのは、度が過ぎれば厄介なものだ)

 オーガストは内心で溜息を吐きつつそう思う。今までの世界の中にも、巨人の世界は存在していた。それでも限度というモノが在るだろう。その世界では、大きくともオーガストは巨人の脛辺りまでは身長があった。だがここでは、部屋との対比から考えれば、おそらく足首辺りまであるかどうかといったところだろう。
 大きすぎる世界に圧倒されながらも、その書籍を迂回出来ないかと魔物を書籍に沿って並走させる。
 そうすると、奥のギリギリの部分に道が出来ていた。
 見つけた道を通って向こう側に行くと、先程と同じぐらいに広い場所に出る。まだこんなにあるのかと感心しつつ、オーガストは魔物を走らせて引き出しの中を探っていく。
 それから暫くの間引き出しの中を駆け回るも、これといった成果は得られなかった。
 オーガストはしょうがないと諦め、創造した魔物と光球を消す。
 その後に周囲に目を向けると、オーガストはもう一度窓の方へと移動する。

(時間が経っていないのか?)

 窓の外には変わらず降り続けている雪と、真っ暗な世界。
 先程まで引き出しの中の探索で結構な時間が経過していたはずなので、少しは明るくなっていてもおかしくはないだろう。雪の方も地面に落ちているはずなのだが、あれからなんら変化していないように思えた。
 そんな外の様子を見て、暖炉の様子を思い出したオーガストは、一つの結論に行き着く。

(ここにも時間が存在していないのか)

 であれば、今オーガストが見て感じているモノは何処までが存在しているのか。それが気になってくる。ここに来る直前の道では、世界は幻覚に包まれていた。
 オーガストは思案した後、目に魔法を施す。類似性が在るといっても今まで見た事のない理の中で組んだ魔法なので少し時間が掛かってしまったが、それでもしっかりと魔法を施せたはずだ。それにより、幻の類いは打ち破れるはずなのだが。

(変わらないな・・・という事は、見ているモノは存在しているという事か?)

 腕を組み、疑問に思う。
 そこまで考え、それにとオーガストは振り返って、部屋の中央で寝ている部屋の主に目を向ける。

(あれはいつまで寝ているのだ? もう結構な時間が経つと思うのだが)

 オーガストの感覚では、この部屋に来た時が夜中だとしたら、既に朝になっていてもおかしくない時間だった。しかし、部屋の主に起きる気配はない。
 その間にもう少し部屋を調べてみるかと思い、オーガストは部屋を調べていく。
 やはり何もかもが大きいので探すのは一苦労ではあるが、同時に相対的に自身が小さいからこそ調べられる場所も存在していた。
 そうしてかなりの時間を使って部屋中を調べ終えるも、結局は何も見つからなかった。どれだけ調べても変わったモノは無いし、音も暖炉で火が燃えるような微かな音と部屋の主の寝息ぐらい。

(部屋の主以外の生き物の気配も存在しないな)

 オーガストは感知系統の様々な魔法を駆使して周辺を調べてみたが、部屋の主とオーガスト以外には、それこそ虫の一匹さえ存在していない。
 部屋の外の様子は分からないが、魔法で調べた限りは生体反応は何も無かった。
 それから更に思案してみるも、オーガストは部屋の外に出てみようとは考えなかった。扉と床の隙間からいつでも出られるというのに。ただ、それに関しての理由は簡単である。

(あの先に進むのは嫌な予感がする。それこそ、絶対にこの部屋を出てはいけないような・・・)

 部屋の外には出てはいけない。まだはっきりとした理由は解ってないが、オーガストはそう感じていたのだ。扉の下から廊下は見えるし、窓からは外が窺える。だが、そこは決して行ってはいけない場所なのだと、何故かそう感じてしまっていた。
 それについて思案したオーガストは、部屋を調べてみてもこの場所の手掛かりが何もなかったので、とりあえずそちらに意識を集中させてみる事にした。
 扉に近づき、まずは床との隙間から廊下を眺めてみる。
 床と扉の隙間から確認出来る廊下は何処までも続いており、同様に何処までも薄い青色の絨毯が敷かれているようだ。
 壁は白一色で使用されているのは石材のようにも見えるが、見た感じ多少の弾力がありそうなので正確なところは分からない。
 天井の方は、床に頭を付けて部屋側の隙間ギリギリから見上げてみて僅かに確認出来るが、土気色をしているとしか確認出来なかった。
 廊下に人の気配は勿論無いし、音もしない。ただ、何処かに明かりが灯っているようで、廊下は明るかった。
 とりあえず部屋の中から廊下の様子を確認したオーガストは、そのまま部屋と廊下の境界辺りを調べていく。
 時の無い世界なので認識しづらいが、この場に来てそれなりに時間が経過しているので、この場を支配している理にも大分慣れてきたオーガストが集中して部屋と廊下の境界を調べていくと、どうも何かしらの壁があることが解った。

(結界、とも少し違う気がするな。これはあの時の壁に似ている気がするが、おそらく別物だろう。効果のほどはもう少し調べてみないと分からないが・・・)

 思っていた以上に面倒そうで、オーガストは内心で溜息を吐きそうな声を出す。しかし、その表情はとても楽しそうに活き活きとしている。
 まるで新しいおもちゃを買ってもらった子どもみたいな雰囲気で調べていたオーガストだが、調べがつくのにそれから意外と時間が掛かった。それでも、おかげでその壁について理解する事が出来た。

(この壁はあの時のような隔離の為の壁ではなく、ただの仕切りのようだな。そもそもこの部屋の外は存在していない。この仕切りがそう見せているだけで。なので、無闇にこの仕切りの向こう側へ行けば、仕切りを越えた瞬間に存在が消滅してしまうだろう)

 調査の結果、この場の世界は現在オーガストが居る部屋だけのようであった。そしてそれを創り出しているのは、部屋の中央で眠っている主。どうやらこの主、オーガストの居た世界的に言えば神だったようだ。それも始まりの神のような世界の起点。

(・・・・・・んー、それだけでもない気がするな。今度はこの部屋ではなく、あの眠っている主を調べてみるとするか)

 極力刺激しないように調べようと考えながら、オーガストは部屋の中央で眠っている主の近くに寄る。何故そう思ったのかは不明だが、当然ながら廊下や窓の外以上の危険を感じていた。
 改めてそっと近づいてみる。相変わらず夢の中のようで、オーガストの接近に全く反応しない。オーガストとしてはその方は都合がいいので、引き続き慎重に近づきながら調べていく。
 まずは主そのものを調べたいところだが、変に刺激してしまってはいけないので、オーガストはとりあえず周辺から調べてみる事にした。
 そう思い、始めに目についたのは、吊り下げ式の寝床だろう。天井に網の両端を間隔を空けて取り付け、その間に部屋の主が包み込まれるようにして入り、僅かに左右に揺れているその寝具をヒヅキは調べていく。
 そうして調べていくも、いくら調べてみても特に変わったところのない網だった。眠っている主の見た目は現実味が無くふわふわしているので、重さもあるのか疑わしいほど。なので、網の耐久性を向上させているとかも無いようだ。
 ついでに天井も調べてみたが、こちらも特筆すべき点は何も無い。
 網を天井に留めている部分や寝ている主の周辺も調べてみたが、どれもおかしな部分は見当たらなかった。
 では、やはりおかしいのは主だけかと思い、意を決して主を調べてみる。

「ッ! ほぅ」

 その瞬間、オーガストは意識を飲み込まれてしまいそうな感覚に襲われ、感心したように声を漏らす。
 どうやらこの主は見た目以上に存在が深いようで、オーガストでも気を抜けば飲み込まれてしまいそうなほどだ。それにオーガストは楽しそうにしながら、集中して主を調べていく。
 深い深い存在を調べていくというのは、下手をすれば逆に存在を取り込まれて終わりを迎えてしまうものなので、普通は敬遠するものだ。それ以前に、そんな存在というのは自分よりも圧倒的に格上の場合がほとんどなので、普通の感覚であればまず触れない。
 そんな存在を前にして、オーガストは実に楽しそうに存在を調べているのは、やはり自分以上の存在を見つけたからだろうか。それも圧倒的な。

(・・・・・・ふむ? ふむ。これは興味深い)

 そうして嬉々として調べていくと、どうやら上手くいったようで、ほんの一部だが情報を解析する事に成功したようだ。それもオーガストにとっては結構重要な部分であった様子。
 その為、オーガストは一旦調べるのを止めると、顎に手を置いて今調べた事について思案を始めた。

(もう少し調べていく必要はありそうだが、それでもこれであの世界というものが理解出来そうだな)

 それからある程度考えを纏めたところで、オーガストは再度主を調べ始める。更なる好奇心が加わった事で、その顔はとても活き活きとしていて輝いていた。

しおり