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変わりゆくモノ7

 緊張感が場を包む。
 めいの殺意は本物で、女性は不敵な笑みを浮かべながらも、よく見れば僅かに頬を引き攣らせている。
 女性は自分が相対しているめいよりも劣っているとは思っていないが、それでも今の自分でいい勝負といったところなのは少々予想外。
 それでもそんな内心を押し隠しながら、女性はめいへと傲慢なまでの視線を向け続ける。
 そうして暫く睨み合いが行われると、めいが視線を手元の本に戻す。

「やはり駄目ですね。貴方は貴方でこそこそと色々やっていたようですが、それでもその程度。一部面白い変化はありますが、全体で見れば及第点にはやや足りませんね。まだ少し前の方が差が無かったでしょう」

 本を捲りながら、めいはつまらなそうにそう告げる。
 確かに女性は強くなった。しかし、めいから見れば大した事はない。違う理を取り入れたのは良い着眼点ではあったが、それでも変化が小さすぎた。
 現在のめいは、流れだけみれば同じ過程を経ているのだが、その変化の幅が天と地ほどの差がある。結果として、縮まり始めていた差が最初の頃に戻り、また拡がり始めていた。
 それを理解しためいは、手元に視線を落としながら、もう興味は無いとばかりにそう言葉にする。
 しかし、女性としてはそこまで差が拡がったとは思っていないので、少し身を乗り出すようにした後、相手の力量を見定めるように目を細めて確認していく。
 そんな視線を感じながら、めいは少し考える。そろそろこの女性も用済みだろうかと。
 確かに同じ相手を想う仲ではあるが、別に協力者という訳ではないし、むしろ邪魔をしてくる始末。
 想い人が創造した身体を持つ存在だし、その相手と最も長く居て恩恵も授かっているほどではあるので、敵と呼べる存在ながらも一定の敬意を持ってはいたのだが、それもここに来て一気に冷めてしまった。

(やはり全体像が見えていない)

 ここに来てまだ世迷言を口にする女性に、流石にめいも見切りをつけた。それでも今まで多少は楽しませてくれたので、その実績に応じて与えるのは平穏な死にする。

(さて、ではどう終わらせますか。ここに何しに来たのかは知りませんが、少々不用心といいますか、驕っているようですから丁度いいですが)

 どうせ殺される事はないとでも思っているのだろうと予想しながら、未だに彼我の差を把握出来ていない女性に、めいは逡巡の後に力を振るう。
 力を振るうといっても、めいの魔力を対象に向けて放出するだけなので、それに解りやすい変化は伴わない。大きな音が鳴る訳でも、派手な光を放つ訳でもなく、ただ静かに誰に気づかれるでもなく事は終わるのだ。
 しかしただそれだけで、確実に強者の側であった女性は、糸が切れたかのように机に突っ伏して倒れる。
 めいはそれを確認するでもなく、読書を続ける。めいの力を濃縮した魔力は、ただそれだけで絶対の死を与える力であった。

(もっとも、これでも我が君だけは殺せないのですが)

 その絶対の死の前では、相手の力量は関係ない。めいよりも強かろうが弱かろうが、そこには平等な死しか存在しない。現在この世界で唯一めいよりも強いヘカテーですら、この絶対の死からは逃れられないだろう。
 だが、それでもめいの想い人だけは殺す事が出来ない。というのも、そもそもその想い人は住んでいる世界が違い過ぎるのだ。
 それは強さに差があるという話ではなく、文字通りに住んでいる世界が違う為に効果が及ばない。
 どれだけ地上を蹂躙して破壊し尽くしたとしても、空の上に住む者には関係ないのだ。空の上の住人を殺めるには、どうにかして空の上に手を届けなければならない。
 もっとも確実で正攻法なのは、空を飛んで同じ場所に到達する事だが、何もそれが全てではない。地上から上空目掛けて攻撃をする事も出来るのだから。
 だが残念ながら、めいの射程範囲では想い人が住む高さには届きそうもない。無論、その高さに到達するなどもっと難しいだろう。
 それを思えば、めいはなんて自分は無力なんだと自然とため息が零れてしまう。既にめいの意識の中には、向かい側で机に突っ伏している女性の事など存在していなかった。それはもう過ぎた事であるので気にする必要はない。
 その女性は、いずれここに来るであろう誰かがちゃんと回収してしっかりと処理してくれることだろう。そんな雑用は女性の仕事ではなかった。

「もっと新たな理を手に入れたいところですね」

 誰に言うでもなくめいは呟く。乾いた風が頬を撫でていくと、めいは気持ちよさそうに少し目を細めた。
 それから幾度か太陽が沈んでは昇ってを繰り返した辺りで、めいの許に新たに誰かがやってくる。
 その気配を感じためいは、本に向けている目をやや細めて思案する。とはいえそれも僅かな時間で、直ぐに答えには行き着いたが。

「中々面白い試みですね。その身体は幾つ目ですか?」

 若干の険のある物言いでの問いに、新たな客は肩を竦める。

「まだ二つ目さ」
「そうですか・・・なるほど、そこまで落ちましたか」
「保険さ。別に捨てた訳ではない。事実、こうやって回収しに来た訳だし」

 新たな客はそう言うと、机に突っ伏している女性を持ち上げる。

「それにしては遅かったですね。こちらが先に処理していたかもしれませんよ?」
「それはないさ。今君にそんな余裕はないだろう?」
「そうでもありませんがね」

 本を読みながら、めいは呆れたようにそう返す。しかし、担いでいる遺体の女性と瓜二つの客は、ははと小さく笑い声を零した。

「そうでもあるさ。この世界の変革はそろそろ詰めの段階に入ってきたのだろうし」
「まぁ、確かに。しかし、私がここでこうしてのんびりしていられるぐらいの余裕はありますよ」

 そう告げたところで、わざとぺらりと紙を捲る音を響かせる。
 ここでめいが本を読んで数日が過ぎようとしていた。その間めいが動く事はなかったが、誰かがやって来る気配もなかった。

「それは君の出番が今は無いからだろう? 君は万能だが、強すぎて逆に使いづらい」
「ふふふ。まぁ、そうですね」

 めいは感心したように言いながら、その実期待外れとでも言いたげにそう返す。

「・・・そもそも、今君がここを動く訳にはいかないだろう?」
「何故です? 別にそんな事はありませんが」

 不思議そうに問い掛けるめいに、客は小さく息を吐き出した。

「今君がここを動けば、変革の前にこの世界は亡びかねないからね。それでも君は無事だろうが、この世界は消滅する」
「ふむ。まぁ、貴方にしては悪くないですね」

 変わらず本読みつつ、めいは気軽な調子でそう評する。

「しかしそうなると、貴方は何故わざわざここに? 仮に私がここに居なければならないのだとしたら、貴方は私に手出しは出来ない訳ですが」

 興味なさそうな口調ながらも、話の流れ的にしょうがなくといった感じでめいが客に問う。
 そんなめいに肩を竦めた客は、担いでいる女性の身体を担ぎ直しながら口を開く。

「別に手出ししに来た訳ではないからね。君の真意を確認しに来ただけだし」

 そう言った客へとめいはちらと視線を向けると、小さく鼻から息を出す。

「まるで心の籠っていない言葉ですね。それで? 私ではなく貴方の真意は何処に在るんですか?」
「そうだね・・・・・・うーん」

 めいの問いに、客はどう答えるべきかと首を捻る。
 そうして暫し黙考した客は、大きく息を吐き出す。そうする事で、客の纏う空気ががらりと変化した。それを感じ取っためいは、興味深げに視線を客に向ける。
 そこに居たのは、見た目は先程までと変わらない中性的ながらもまだ少女とも言えるあどけなさを残した可愛らしい容姿の女性であったが、纏う雰囲気が変わったせいか、それが酷く歪に見えてしょうがない。
 まるで悪意が、いや、欲望がむりやり女性の形を作っているいるかのような、そんな気味の悪い歪み。
 それを見ためいは、ぱたんと本を閉じ、初めて正面から顔を向ける。ここにきて、めいはやっと目の前の女性を客人として向かえる事にしたようだ。

「まあ正直な話をするとだね、今まで色々言いはしたが、君の好きなようにすればいいと思う。だってこの世界は君の世界だからね、君がどうしようとぼくには関係のない話さ。仮に君がこの世界の破壊を望むのであれば、そうすればいい。もうぼくは君を止めないさ」
「・・・ふむ。どういう風の吹き回しですか?」

 今までの女性であれば浮かべないであろう独善的な笑みを浮かべる相手に、めいは思案げに問い掛ける。

「どういうと言われても、元からそう思っていたさ。この世界はあの方から譲り受けた君の世界。君が正当な後継者にして、君こそがこの世界の管理者。だから、最終的には君の好きにすればいいと」

 何処となく優越感さえ感じさせる相手の笑みに、めいは内心で首を捻る。確かに言っている事は正しいのだが、事実を言っているに過ぎない。この女性の目的が未だにはっきりとしていない。

「だからね」

 とそこで、女性の瞳の光が淀んでいき、瞬く間に狂気を感じさせるモノへと変化する。

「君は生涯この世界と共に在ればいい」

 その言葉を聞いて、めいはなるほどと納得する。つまりはこの女性の目的は――。

「おやおや、抜け駆けでもしようというのですか?」
「はは。ぼくはね、ずっと君が羨ましくて気に入らなかった」
「それはこちらも同じですが?」
「はは。そうだね。ぼくにはあの方と最初から居た時間がある。でもね、それでは君には届かなかった」
「まぁ、根本が違いますからね。貴方は有限で、私は無限」
「そう。だからまずはそこを変えねばならなかった」
「・・・なるほど。最近貴方が籠っていた理由はそれですか。確かに今の貴方は大分近い」
「それでもまだ違う。まぁ、これももう少しだし、目処は立っているけれど」
「では、十分では?」
「これでやっと始まるだけさ」
「ふむ・・・それで、貴方の目的は?」

 冷静に問い掛けるめいと、何処となく陶酔しているような話し方をする女性。明らかに危ない様子ではあるが、それでもしっかりと理性は働いているらしく、めいの問い掛けに、女性はめいの方に視線を向けたまま思案する間を空けた。

「なに、そう難しい事ではないさ」
「と、言いますと?」
「ぼくの目的はね、ずっとあの方の隣に居る事さ」
「ふむ」

 それは普通というか、当初から変わっていないような? と内心で疑問に思っためいだが、そこに女性は言葉を追加する。

「そして、他が居なくなる事さ」
「ふむ?」

 そこでめいは僅かに眉を動かす。一見すれば、それは変わらずめいとの敵対を示しているように思うのだが、何故だか少し違うようで、そのまま受け取るには少々危険な気がした。

「・・・他が居なくなるとは?」

 とりあえず、めいは訊いてみる事にする。予想は出来るが、それが正しいとは限らない。こういう確認も大事なことなのだ。
 しかし、めいが尋ねると女性は途端に悲しげに目を伏せて、少し恨めしげにめいの方へと視線を向ける。

「そのままの意味さ。だが、残念ながら今のぼくでも君には勝てないようだ。差は縮まったと思ったが、思った以上に君も成長していたようだ」

 女性の話を聞きながら、めいは反応は返さずに先を促すような視線を向けた。
 それを受けてという訳ではないようだが、女性は話を続ける。

「だからね、もうぼくはこの世界については諦めたのさ。元々この世界は君の世界。なら、君は独り寂しくこの世界を管理していればいい。その間にぼくは、あの方の隣で幸せな時を過ごすからさ。二人の世界に邪魔なモノは全て排除しながら」

 そう語る女性の瞳は、めいに向けられているが何処か遠くに向けられている。その瞳の先には何を映しているのか、何となくめいには解った。
 それと共に、そういえばと思い出して納得する。

(今は分類不明の種族になっていますが、そういえばこの者は元は妖精でしたね)

 分類不明の種族というのはめいも同じだ。所謂、人間とか精霊とかドラゴンとかの何かしらの種族という枠組みに収まらない種族という意味。
 めいの場合は、彼女を知る者からは『死の支配者』『常世の王』『めい界の主』『死者を統べる者』などと色々言われる事はあるが、種族に関しては不明。人間の様な見た目ではあるが別に人間ではないし、内包している魔力量はドラゴン数万頭分を軽く凌駕する無尽蔵な量。魔族なぞ足下にも及ばぬほどに魔法に精通しているし、そもそも使用している魔法は、既存の魔法とは根本からして異なる。
 なので敢えて言うのであれば、『死の支配者』などの異名がそのまま種族名のようなモノなのかもしれない。つまりは、他に居ない特別な存在という事。それがここで言うところの分類不明。種族が未分類という訳ではない。
 それでめいが思い出したのは、女性が元々妖精という種族であった事。
 妖精という種族から始まり、力をつけ根本から変化したのが現在の種族不明の女性という存在。そしてその妖精であるが、観る種族とも言われ、観測者とも言われていた存在。
 その妖精の特徴の一つに、何にも興味を示さないというものがあった。というのも、元々妖精というのは感情の起伏が極端に少なく、何を観ても同じようにしか感じなかったのだ。
 だからいつからか、妖精というのは何にも興味を示さない感情の無い種族だと言われるようになる。しかし実際は、心があまり揺り動かないというだけで、感情はしっかりとあった。それどころか、ひとたび何かに興味を示せば、それにかなりの執着をみせる種族なのである。
 例えば、現在この世界には目の前の女性を除いて二人の妖精が存在しているが、その内の一人に妖精という枠からはみ出してきている存在が居るのだが、その一応まだ妖精であるそれは、現在とある人間に固執していた。
 その固執の仕方は凄く、様々なモノが変化しようとも常に傍にいるぐらい。そして、出来るだけ外との接触を減らそうとしてか、それと気づかせずに囲って閉じ込めて他との交流を減らしているぐらいだ。
 しかし、それはまだ相手の自主性を重んじているので、酷くはない。対象が望めば外にだって自由に出入りできるのだから。少なくとも、目の前の女性よりはずっとマシだろう。そう、めいは考える。
 対して、眼前で瞳に明らかに狂気を宿している女性はというと、妖精という枠を遥かに超えてしまった故か、執着の度合いが高すぎるように思えた。

(救いは、我が君が絶対者に相応しい強さを有している事でしょう)

 もしも執着している相手が女性よりも弱かった場合、確実に何処かの世界を滅ぼした後でそこに監禁して、二人だけで暮らそうとしていただろう。
 めいは死後の世界を支配下に置く王である。それに相応しく、死というモノを象ったような存在という側面も持ち合わせているのだが、そんなめいが女性の狂気に触れて、思わず敬意を払いたくなるほどに、それは深く純粋であった。
 かといって、許容も出来ない。女性ほどではないが、めいだって想い人をこの世界に呼び戻して共に暮らしたいぐらいは思っているのだから。もっとも、その為にこの世界を破壊しつくして、二人だけの世界を構築しようなどとは考えてもいないが。
 めいの場合は、相手の願い通りに己が手で殺してあげたいと思っているだけで・・・。
 それはさておき、めいは目の前の女性をどうしたものかと思案する。
 確かに消したはずなのに生きていたという先程の事を思い出し、どういう理屈か考えた後、久しぶりに能力を全開にして世界を隅々まで調べてみた。その結果として、今確実に仕留めきるには手間がかかりすぎるという事が解った。

(何ヵ所か視えない場所もありましたし、欠片を分散させすぎでしょうに)

 そんな風にめいが世界を調べながら思案している最中、女性は今の内にと思い、担いでいる身体ごとその場から姿を消す。
 めいはそれに気づきはしたが、世界を調べるのに力を集中させすぎて、そちらの対応に割く余裕が出来るまでに数秒ほど掛かってしまった。
 女性が去った方に目を向けながら、めいは追うかどうか思案する。

(先程まで世界中を調べていたのですから何処に行ったかは粗方分かりますが、わざわざここを離れてまで追うほどの相手かどうか・・・)

 めいは世界中の情報を一身に集めて瞬く間に処理してしまったのだが、その中には、先程何処かへと消えた女性の行方の手掛かりも含まれていた。
 とはいえそれは、世界中に一瞬にして現れた女性と同質の魔力反応であった。普通であれば処理しきれないか、処理するのに時間が掛かるそれを、めいはその一瞬でほぼ同時に処理しきってしまう。
 そのうえで、世界中に出現した魔力反応の魔力総量と、女性が内包している魔力総量に差がある事を瞬時に把握までしてしまった。
 その結果を踏まえて、めいは女性が感知出来ない幾つかの場所の何処かにも移動したと結論付ける。
 面倒な事をするものだと感心しながら、その結論から女性を追うべきか否か思案したのだが、現在めいはその場からあまり長く動く訳にはいかないので、女性の事など些細な事として捨て置くことにした。

(結局、私が世界をどうこうするのに反対という訳ではなかったようですし、今は措いておきましょう。色々思うところはありましたがね・・・)

 一瞬どす黒い感情が溢れそうになったものの、めいは小さく息を吐いてそれを抑えると、再度本を開く。
 そうして、何も書かれていないように見える減らない本へと再度目を落としためいは、誰かが報告に来るのを静かに待つ事にした。
 そのついでに、頭の片隅で女性が復活した事について再考してみる。

(あれは魂を細分化して、各地に散らしていたという事でしょうかね? そして、人形を用意してそれに憑依させる。来るのに時間が掛かったのは定着に時間が掛かったのか、単に魂の量が少なかったのか・・・それにしても、最初の魂は消滅させたと思いましたが、あの欠片も別のところに移動したのですかね?)

 自分の考えを纏めていると、新たな疑問が浮かんでくる。
 女性の魔力による魂の消滅は、不可避の絶対なる死だ。それを喰らって無事という事は普通はないだろう。しかし今にして思えば、あれは完全には消滅させられていなかったのだろうと女性には思えた。勘という訳ではないが、言葉に出来ない感覚的な部分でそう感じたのだ。
 しかしそうなると、当然ながら、ではそれをどうやって回避したのかという疑問が生まれてくる。
 めいの魔力による魂の消滅は、広範囲に及ぼすと魔力濃度が薄くなって効果が落ちる。そうなってくると、一部耐えきってしまうモノが出てきてしまうのは理解出来るのだが、しかし今回行ったのは単体相手。めいは女性の強さを高く評価しているので、手など一切抜いていないし、それどころか念のために少々濃いめにしていたほど。
 その結果が取り逃がしである。これは少しばかり由々しき事態なのかもしれない。だが、対策はまだ大枠ではあるが立てたので、慌てるほどではない。それでもこの事について考えてみるかと、時間を持て余しているめいは思う。
 本来であれば、めいが本拠地である山の中から外に出るという事自体ほとんどない。それだけめいがそこに居るという事が重要な意味を持つという事だが、重要なのはめいがそこに居るという事だけ。別段ここで何かしなければならないというのは、実はほぼ無い。それでいながら周囲に誰もいないのは、女性の指摘通りに皆忙しいから。

(とりあえず、欠片が確認出来た部分だけでも捕捉しておきましょう。ついでに監視もしておきますが、多分彼女は何処にも現れないでしょうね)

 暇なめいは、膨大な量になるはずの情報を全く苦もせず処理し続けながら本を読む。誰か暇つぶしの相手になってくれればいいのにな、とちょっと内心で思いがら。
 もっとも、めいが普通に読んでいる何も書かれていない本は、常人であれば一行も読めずに狂ってしまうほどの莫大な情報量を秘めたとんもない本なのであるが。
 それこそ、その本を読む為には世界を幾つも同時に管理出来る程の馬鹿げた処理能力を要求するほど。なにせその本は、本来世界を幾つも同時に管理する存在を選定する為に使用されていた本なのだから。
 それを何故めいが所持しているのかは不明だが、少なくともめいにはその資質があるようであった。

(・・・・・・しかし、この本はつまらないですね)

 同時に世界から収集した情報の処理も行いながら、めいは他に暇つぶしが無いので渋々本を読み続ける。本人には他の世界を管理する気などさらさらないようだ。





「・・・・・・」

 始まりの神を探して世界を渡っていたオーガストは、とうとうその始まりの神の近くまで辿り着いていた。後少し世界を越えた先というところでオーガストは立ち止まり、虚無の中で顔を上に向ける。

「・・・ふむ。このまま何もせずに始まりの神を訪ねて、そのまま始まりの神を倒してしまうと不味そうだな」

 道中で何かに気がついたオーガストは、そう呟きながら何かを考える。時という概念さえ消滅している虚無の中では、それも一瞬の出来事だし、永遠の出来事だ。
 そんな事など気にもしていないオーガストは、そのまま思案を続ける。この後の選択によっては、おそらく取り返しのつかない事になるだろうから。もっとも、それでもオーガストは気にしないであろうが。
 そうして暫く思案した後、ヒヅキは虚無の世界から脱出する。
 虚無の世界から脱出後、近くの世界に移動する。狭間の住民達も元気に他の世界を潰しているが、途中で数を増やしたので、世界の数も結構減った。それでもまだまだ無限とも言えるほど大量に存在しているが。
 オーガストはその中でも始まりの神へと到達する道を選んで進んでいるので、周囲の世界を手当たり次第に襲撃して、漏れなく壊している狭間の住民達とは距離が離れていた。
 しかしそれで何か支障がある訳でもないので、オーガストは気にせず進んでいく。
 始まりの神に大分近づいてきたからか、世界の強度が上がっている。それに伴い中身の質も上昇しているのだが、オーガストにとっては大して変わりはなかった。といっても、しっかりと質が増している事には気がついているが。
 最近はオーガストも世界を壊すのを再開させているが、相変わらずその前にどんな世界を調べている。
 例えば、今居る世界は氷の世界のようだ。
 世界が氷で出来ているようで、非常に寒い。普通であれば生き物など存在しないような寒さの世界だというのに、適応するように創造されたのか、大小様々な生物の姿が確認出来る。
 ただ、何処の世界でもよく見かける人間のような生き物は存在していないようだ。
 だからといって、知的生命体は居ないのかと言えばそういう訳ではないようで、海の中のように様々な見た目の生き物が地上で文明を築いていた。
 その文明も高度なもので、氷に閉ざされた世界だとは思えないほど。
 オーガストはそんな世界を巡り、存分に堪能したところで、さっくりと虚無に還した。
 それは一瞬の出来事だったので、誰も終わりに気づきもしなかっただろう。瞬きしようと目を閉じた瞬間には生命を終えているなど、誰が気づこうものか。
 世界自体も今までに比べて頑強だったというのに、まったく意味を成さなかった。管理者も自身の終わりを未だに知らぬのだろう。
 上下左右の分からぬ虚無の世界で、オーガストは上の方に顔を向けていた。

「・・・やはり向こうに何かある・・・いや、居るだろうか?」

 世界が崩壊した刹那、オーガストが見上げている視線の先で、世界の最期のきらめきが何処かに戻るように消えていったのをオーガストは見逃さなかった。その先を眺めながら、どうやってそこに行けばいいのかを思案していく。

「あそこには、通常の移動では行けそうにないな」

 無限に拡がる世界の好きな場所へと好きな時に向かえるヒヅキではあるが、それでも目的の彼方は今までと同じ方法では何かに阻まれて進めそうにはなかった。
 それは見えない壁とでも表現すればいいのだろうか、そこに向かおうとすると、一定の地点でそれが置かれているのだ。それはまるで線を引くかのように。
 オーガストはそれを観察しながら、さてどう飛び越えようかと思案していく。
 見えない壁は、今までオーガストが体験してきたどの壁よりも厚く高い。それでもその程度であれば越えられない訳が無いのだが、問題はその壁が完全に別の理で存在しているという事。
 その理はオーガストの知識の外。現在解析中ではあるが、根本部分が似ているようで違っている。

「・・・・・・ふむ。似ているのはあの壁ではなく、こちら側なのかもしれないな。そしてそうなると、向こう側こそが原点? うーん・・・どういう事だ?」

 自身の声を聞きながら理解力を高めようとするも、どうも上手くいかない。
 目を細めて壁を調べていくも、虚無の終わりがそろそろやって来る。世界の終焉後に現れる何も無い世界、虚無。しかしそれも一定の時間が経過した時点で消滅し、代わりにそこには新たな世界の土壌で上書きされる。
 その土壌から必ずしも世界が生まれる訳ではないが、これは言ってしまえば、世界の消失に伴い開いた穴を埋めたに過ぎない。
 それに囚われると出るのに面倒な手間がかかるので、それに巻き込まれないようにオーガストは次の世界へと移動する。
 次の世界は、先程とは打って変わって灼熱の世界。世界そのものが燃えているのではないかというほどの高温の世界だが、当然のようにそこにも生き物が存在していた。
 オーガストはその世界を見て回った後、一瞬で破壊する。世界の破壊と共に、上に目を向ける。
 世界の崩壊と共に世界から光のような何かが飛び出て、その壁の向こう側へと移動して一瞬で消えるのだ。
 その瞬間を観察しながら、壁の越え方をオーガストは学んでいく。ついでに壁の先に在る世界についても考察していく。

(こちらの世界はあちらの世界の力によって創られ、最期はあちらの世界に還っていく。と言って感じだろうか?)

 僅かにだが窺えた情報からそう推測してみるが、それは微妙に合っている程度な気がしている。かといって、現状ではそんな推測で精一杯だ。まずは壁をどうにかしなければ、それ以上の情報は収集出来ないかもしれない。
 その為にも壁に焦点を合わせて。オーガストは思案していく。

しおり