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荒野3

 そうして居住空間を見て回っていると、やっと井戸の在る場所を見つける。

「ここが・・・井戸?」

 しかしそれはボクが知っている井戸とは違っていて、見た感想は水溜まり・・・いや、泉だろうか。
 他の空間よりも深く掘られたそこは、通路から入る際に下り坂になっている。その下り坂を下りた先に、泉があったのだ。
 おそらく水脈を掘り当てた後、そのまま周囲を掘って水を溜める様にしたのだろう。
 水面を眺めてみると透明度が高く、綺麗な水に見える。上澄みを汲めば十分飲み水になりそうだ。
 結構な深さに見えるが水棲生物が棲んでいるという事もなく、水面は波紋一つ立たないほどに静か。
 別にこの水を飲む気はないが、見ていると心が澄んでいくような気分になるな。
 少しの間それを眺めた後、通路に戻る。

「この水って下から湧いてきているんだよね?」
「はい。そうです」
「じゃあ、このままにしていたらこの地下空間が水浸しになるのかな?」
「もしかしますと、人間の寿命の数十倍から数百倍ほどの時間があればそうなるかもしれません」
「それはまた、気が遠くなる話だね」

 そういう事であれば、関係の無い話だ。ボクが生きている内にどうこうなる話でもなさそうだし。
 さて、まだ道は続いている様なので、もう少し奥へ行ってみよう。
 プラタと共に奥へと進んでいく。相変わらず広い部屋が連なっている通路を進み奥へ行くと、急に開けた場所に到着する。

「ここは?」

 転がっている骨を横目に、中へ入る。
 中には石で出来た大きな机が在り、その上には一メートル四方の質の悪いボロボロの羊皮紙や樹皮に見えるよく分からない物が広げられていた。
 その皮っぽい物を覗いてみると、血で汚れていて大部分が見えなくなっているが、何やら絵のようなものが描かれているのが辛うじて判る。しかしそれも、端の方の少しだけが辛うじて見える程度なので、本当に絵なのかどうかは自信が無い。

「会議室のような場所です」

 そのよく分からない皮っぽい物を確認していると、プラタが先程の問いの答えをくれる。

「会議室ね。それで、この紙? に何が描かれていたか判る?」
「それはこの周辺の地図です」
「地図?」

 プラタの答えを聞いた後に改めて皮っぽい何かに目を向けてみるも、相変わらず何かが描かれている事以外はよく分からない。

「上の大岩を中心とした狭い範囲の地図で、他の集落の場所が示されていたようです」
「ふむ。なるほどね」

 地図というのは中々に貴重なので、こんな奥に在るのは判るが、これを見て何をしていたのだろうか?

「・・・・・・援軍でも呼ぼうと思ったとか?」

 眺めていて思いついた事を口にしてみる。

「いえ。それよりも被害状況の把握をしようとしていたのかと」
「ほぅ」
「それも被害状況を確かめようとした矢先に襲撃されましたので、無駄に終わりましたが」
「なるほどね」

 まぁ、近くで幽霊の被害があったのであれば、次はここに来てもおかしくはないか。むしろ近場で被害が起きた事を把握出来ていた事に驚くべきだろう。

「結構周辺の同族と繋がりがあったんだね」

 それにしても、幽霊の襲撃よりも早くその情報を得たという事は、幽霊も遊んでいたという事か? 幽霊の実力は判らないが、少なくとも当時のボクよりは強かったはず。であれば、ボク基準で考えるとこれぐらいの規模の異形種ぐらい気づかれる前に排除可能な強さなので、幽霊が出来なかった訳が無いと思うのだが。

「少々極論ではありますが、異形種は全て家族とも言えますので、数が増えて居を移したとしても繋がりは続いているようです」
「ふむ。なるほど」

 判読不能の地図から目を離して、周囲に目を向けながらプラタと会話をしていく。
 何かないものかと周囲に目を向けているも、目を惹くようなものは無い。
 在るのは明かりの魔法道具に、異形種達の骨。服や小物なども在るが、それだけだ。地面に出来ている椀をひっくり返したぐらいの小さな土の山は、もしかしたら用意されていた食事なのかな? 周囲と同じ色の土なのでよく分からない。
 他には何かないかと思うも、何処も似たようなもの。そこまで色々ある訳ではなさそうだ。まぁ、暮らすうえでそこまで色々と必要でもないからしょうがないが。工房もしょぼかったし。
 一頻り確認して何も無かったので、通路に戻る。まだ先は在るも、めぼしい物はもう無いだろうし、そろそろここら辺で戻るとしようかな。
 それをプラタに告げて、地上へと出る為に来た道を戻っていく。上の洞窟に戻ったら崩落現場も一応確認しておこう。
 行きよりも早足に戻るも、それなりに奥に来ていたので上部の洞窟に出るのに時間が掛かってしまった。

「荒野に来てどれぐらい経ったっけ?」

 洞窟や地下での探索が多く、曜日や時間の感覚が曖昧になってしまっているので、崩落現場に向かう道すがらプラタにそう問い掛ける。

「今日で二十日ほどです」
「もうそんなに経ったのか!」

 大体一ヵ月ぐらいを予定しているので、もう残り僅かだ。さっさと崩落現場までいった後は、転移で外に出るとするか。その次に向かう先が荒野で探索する最後かな。
 そんな事を考えながら探索すると、今まで見て回った洞窟の中で一番小さいからか、割とすぐに崩落現場に到着した。
 そこは相変わらず狭い通路一杯に岩や石が敷き詰められていて、先が見えない。
 足下には骨が転がっているが、一人分だ。崩落に巻き込まれたのか、はたまた幽霊に倒されたのか。
 それにしても、視た感じ崩落の仕方はどこも似たようなものなので、やはり幽霊はわざと道を崩落させているのだろう。

「この崩落ってわざとだよね?」
「はい」
「何の為に?」
「不明ですが、意味があるかは疑問です」
「なるほど」

 何かしらのこだわりなのかもしれないが、単なる思いつきという可能性もあるので、そこのところの判断は難しいだろう。まあ正直どうでもいいし。
 他に気になることも無いので、プラタにここで何かやるべき事が残っているか尋ねた後、何も無いらしいので転移で入り口へ戻る事を告げる。その後、転移先を確認してから転移を発動させた。
 一瞬の漂白と浮遊感。クリスタロスさんのところへと転移する時と変わらないその感覚を味わった後、無事に洞窟の外に転移する。振り返ると洞窟の入り口とプラタの姿。

「うおぉ!」

 既にプラタが居た事に驚いたが、まあプラタだからな。後から転移したはずなのに、何の気配もなく背後に立っていてもおかしくはないだろう。

「次に行こうか。そこを見終わったら平原まで一気に転移で戻ろう」
「畏まりました」

 そう告げた後、プラタが次の場所まで案内してくれる。

「次は何処?」
「次は少し離れた場所に地下空間が御座います」
「前に話していたやつではなく?」
「はい。既に幽霊により殲滅され、その後は誰も住み着いておりません。ただ・・・」
「ただ?」
「こちらもやはり幽霊の攻撃により崩落しております。外から見た場合はそこだけ陥没しておりますので、足下にお気をつけください」
「分かった。しかし、そうか。地下であれをやったらそうなるのか」
「はい」

 局所的とはいえ、崩落場所は結構広い範囲に及んでいたからな。以前視た時には大岩の天井までは穴が開いていなかったとはいえ、その近くまで届いていたようだし、それを地下でやれば上が崩れてもおかしくはない。あとはどの程度の規模でそれを起こしたかだろう。
 時間があまり無い事はプラタも知っているので、荒野を今までよりも速度を上げて移動していく。
 そうして半日ほど移動した先で、大きく陥没した場所に到着した。

「ここが・・・」

 地面が陥没しているのはどれぐらいの規模だろうか。近くに寄って周囲を見回すも、端から端まで陥没している様に見える。

「すごい事になってるね」
「はい。崩落が連鎖したようで、地下空間全体に伝播した結果こうなりました。そして時が経ち、壁などに施されていた魔法の効果が弱まった事で更に被害は拡大。依然として陥没の範囲は拡がっている最中です」
「そうなんだ」

 プラタの説明にそう口にした時、遠くで何かが崩れたような大きな音がした。

「本当だね。この地下空間はどれぐらい拡がっているの?」
「おおよそ人間界の一国半ほどの広さかと」
「それは広いね」

 そして、それでもまだ荒野の小さな範囲でしかないのだから、荒野もかなり広い。

「それで・・・これは中に入れるの?」
「はい。崩壊は中央から拡がっておりますので、入り口付近はまだ無事です」
「なるほど・・・」

 無残に地面が崩れている状況を目の当たりにして、無事だからとその中に入るというのは勇気がいるというか、正直微妙な気分だ。しかし、ここまで来て入りたくないと言うのも申し訳ないので、プラタの案内に従って地下への入り口まで移動する。
 移動した先では、赤茶けた厚さ一センチメートルほどの薄い石の板が地面の上に置かれていた。
 周囲には地面に這うように広がる草が生えている以外では、こぶし大の石がごろごろ転がっている。荒野の風景としては見慣れたものだが、それでもその石の板は初めて見た。
 とはいえ、それが風景から浮いているかといえばそういう事はなく、何も知らなければ注意して見なかったかもしれない。
 プラタはその石の板に近づくと石の板の端を掴み、事も無げに持ち上げて横にどかす。薄いと言ってもその石の板は厚さ十センチメートル超、縦幅が二メートルほど、横幅が一メートル半ほどあるのだが・・・まあいいか。
 そうしてどかした石の板の下からは、地下への入り口が姿を現した。
 石の板で塞がっていると出入りが面倒そうだが、地下で大体完結するようだから問題ないのだろう。
 そう思っていると、プラタが先行して地下へと入っていくので、慌ててその後に続く。
 入り口は前回の時同様に下り坂になっているようで、緩やかな下り坂が地下へと伸びている。
 転ばないように気をつけながらその坂を下ると、前回と同じような通路に出た。道幅はこちらの方が少し広いが、見た目は大して変わらない。
 壁や天井に設置されてある明かりの魔法道具はどこも似たような見た目なので、これは共通した形なのかも。という事は、他の魔法道具も同じなのだろうか? もしそうであれば、この先もあまり期待できないかも知れないな。
 それからプラタの先導の下、通路を進む。
 くっつきながら進めば並んで進めるだろうが、それでは流石に狭すぎるので、プラタが数歩前を歩いている。
 ボクはこの先に何があるのか知らないが、プラタはそれを把握しているのだろうし、何か在ってもプラタであれば大抵の事は対処可能だろう。
 暫く歩いていると、広間に出る。この辺りはまだ崩落していないようで、広間だけではなく通路の奥も暗いままだ。
 足下には相変わらず骨と魔法道具が転がっているが、見慣れてきたので踏まないように気をつけながら、プラタの後に続いて奥へと進む。
 左右に迫る土壁に圧迫感を抱くと同時に、地下だからか閉塞感も覚える。やや息苦しく思いながらも進むと、横道が現れる。
 しかし、プラタはそれを気にせず奥へと進んでいく。
 どこに向かっているのかは不明だが、まずは崩落現場にでも行くのだと思う。
 上から見た限りだが、かなり広域に崩落が起こっていたので、程なく行き止まりに行き当たるだろう。まあそれでも、結構広いものだ。
 入り口付近はまだ無事と言っていたが、これだけ広いと無事のままの気もするが、地下空間を保護している魔法が切れたらそうはいかないのかもしれない。
 視た限り、全体的に魔法の効果が弱まってきているが、それでも元から魔法抜きでも問題なさそうな造りに思える。まぁ、専門外なので実際のところはよく分からないのだが。
 そんなことを考えていると、行き止まりに到着する。やはりギリギリまで案内してくれたようだ。
 通路自体が潰れているので、その様子を手前の広間から眺める。崩落で通行止めになった通路を眺めた後、周囲の様子に目を向ける。
 広間には、骨や魔法道具以外にも、異形種達が使っていたのであろう武器や防具も転がっていた。
 以前会った異形種と似たような、あまり上質とは言えない装備の数々。これで戦おうとしていたのだから凄いものだ。

「装備には何も魔法が掛かってないんだな」

 もしかしたら付与ぐらいは掛かっていたのかもしれないが、周囲に転がる装備には何も魔法的な保護や強化がなされていない。足元にあった短剣を手にして眺めながらそう感想を口にする。

「異形種達は魔法が使えましても得意という訳ではありませんので、付加や付与が出来る者は多くはありません。それで、ここに転がっている装備類ですが、元々魔法的な処置はなされておりません」
「そのようだね」

 短剣を調べながら返事を行う。視た限り、そこに何も魔法の痕跡はない。情報を読み取ってみても同じなので、本当にただの鉄製の短剣なのだろう。
 異形種の体格は、人間と比べて少し大柄ではあるが、得物自体は大差ない。強いてあげるなら、長物が人間のよりは少し長いぐらいか。手元の短剣は人間界で見る一般的な短剣と似たような大きさだ。
 形状も似たようなものだが、刃はあまり研いでいないのか切れ味はいまいち。先端は一応尖ってはいるが、思いきり刺さないと刺さらなそうな鈍さだ。
 短剣ではあるが、咄嗟の護り様か何かだろうか? 殺傷能力はそれほど高いようには見えない。

「しかし、これが役に立つのかね?」

 首を捻りながら、短剣を様々な角度から眺める。しかし、どれだけ見ても普通の短剣だ。

「御守りだったのではありませんか?」
「お守りね」

 プラタは色々と世界に詳しいものの、興味のない事には本当に興味を示さない。それでも、何処かでそんな事を見聞きしたかも程度の知識は持っているようだが。

「まぁ、この短剣に当たればなんとかなるかもしれないけれど・・・」

 それでも魔法的な補助が無い武器に限る。魔法攻撃は勿論の事、魔法で補助した武器の攻撃力は、魔法で補助した物でなければほぼ防ぎ切れない。
 もっとも、お守りにも色々あるので、護身用というよりは心の拠り所的な方のお守りだった可能性もあるが。もしくは代々受け継がれる的な・・・いや、多産で成長速度も早い異形種にそれは無いかもしれないな。
 まぁ、何でもいいか。何であれこれが普通の短剣である事に変わりはあるまい。
 元の場所に短剣をそっと戻すと、他には何かないかと周囲に眼を向ける。

「・・・・・・どれも普通の装備ばかりだね」
「はい。魔法的な補助が付いた装備は、限られた者しか扱う事が許されていませんでしたから」
「そうか。魔法が掛かった装備の数が少ないとそうなるのか」
「はい」
「それはここにはないの?」
「崩落した地面の下に幾つか御座いますが」
「そっか。それは上から視ればいいかな」

 わざわざ掘り返すのも面倒だし、何だったらここから探せばいい。ボクの場合は細かく特定するのは色々と集中しなければならないが、それでも不可能ではない。とはいえ、時間が掛かるのでプラタに教えてもらうつもりだが。
 その後にもう一度周囲を確認した後、来た道を戻り途中の横道に入る。

「この先は?」
「工房と井戸が在ります」
「そうなんだ」

 説明を受けながら地下を移動していき、程なくして工房に到着したので、プラタに続いて工房の中に入っていく。
 中に入ると、内部を見回す。
 前回に似た鍛冶や裁縫、工作などをするような造りに加えて、井戸が併設されている。こちらは部屋の隅に泉の様にあるが、壁の下が隣の部屋と繋がっているようで、水源はおそらく隣の部屋だろう。
 こちらも透明度が高く、澄んでいる。生き物は居ないが、よく見れば壁の下の通路も確認出来る。
 ここは工房なので、飲み水は隣から採水していたのだろう。しかし、同じ水だがいいのだろうか? ・・・まぁ、いいのだろう。それに、他に井戸が無いとは言い切れないし。
 他に変わったモノはと目線を巡らせると、部屋の隅に何やら細長いものが転がっているのを見つけた。

「・・・これは何だ?」

 近寄って手に取ると、それを観察していく。
 それは親指ほどの太さの細長い棒で、一定間隔で小さな穴が縦に並ぶように開けられ、棒の中ほどに直径五センチメートルほどの灰色の小さな球体がくっ付いている。
 見た目は縦笛だと思うが、ただの縦笛ではないだろう。そう思い視てみると、幾つか魔法が組み込まれているのが分かった。

「えっと・・・ふむふむ・・・ふむ?」

 その縦笛を観察していくと、それが中途半端に組み込まれているのが判る。
 組み込まれている魔法を解析した結果、この縦笛は笛の音で相手を眠らせる事を目的に造られたようだ。
 しかしまだ半端なようで、魔法は途中までしか組み込まれていない。しかしこれ、たとえ完成したとしても、対象が敵だけではなく味方もだよな? それどころか奏者自身も効果対象なのはどうなんだろう。せめて奏者自身は効果を防げるような魔法も組み込まないといけないだろう。
 まあ容量が足りないからか、はたまた途中で終わっているからかは分からないが。
 この縦笛で創造している部分は、中央付近に嵌っている球状の部分だけ。品質評価は、このまま完成したとしても下位だろう。粗悪品に分類されそうな駄作だ。せめて対象が敵のみか、奏者自身は守られるようになれば、ギリギリ粗悪品にはならないかもしれない。
 他は品質保持系統が無い事も問題か。多少材質を強化して壊れにくくしてはいるようだが、それでも脆そうだ。

「何か気になるモノでも御座いましたか?」
「いや。少し変わり種だから面白くはあるけれど、これが効くのは自身を防御していないような未熟者だけだからね」

 常に障壁を張っておくのは基本だ。直接的な攻撃だけが魔法ではないからな。

「そうで御座いますね。しかし、捕獲用としてでしたら多少は需要があるかと」
「まあ・・・そうだねぇ」

 弱い相手には効果が在るだろうから、非殺傷手段としては在ってもいいかもしれない。でも。

「でも、わざわざそんなモノを魔法道具にする必要があるのかな?」

 そもそも弱い相手であれば、魔法道具を使わずに同じ魔法で無力化すればいいだけ。魔法道具を起動しなければいけないほど手間取る事も無いし、問題ないだろう。
 それに、吹かなければ使えない魔法道具なんて道楽以外の何物でもない。そんな面倒な魔法道具を創るぐらいであれば、魔力を通すだけで起動する魔法道具の方がいいに決まっている。

「その形式ですと、確かに無駄が多いかと」
「まあね。音で相手を眠らせるのが目的だから笛なんだろうけれど、笛にするぐらいなら指輪とかの装飾品にして、魔法を使いながら併用できるようにする方が隙は少ないだろうし」
「はい」

 そう言葉にしつつ大きめの指輪を一つ創造して、それに音波による催眠魔法やそれに対する術者自身への防御魔法を組み込む。ちゃんと組み込まれたのを確認してから、それに魔力を通した。

「こんな感じの方が使いやすくていいな」
「流石で御座います」

 防御魔法を組み込んでいるので自分で創った魔法道具がボク自身に効果がないのは当然として、プラタも当然ながら常時魔法による防御を展開しているので効果はない。
 魔力を切って魔法の発動を止めると、品質維持関連の魔法を組み込み、後は大きさを調整する魔法も組み込んで完成させる。

「こんなものかな」

 指輪を右手に持っていたので、それを左手の人差し指に嵌めてみる。
 指の大きさに縮んだ指輪を眺め、色を周囲と同化させる魔法を組み込んでいない事に気がついたので、そのままそれを指輪に組み込む。そうすると、直ぐに指輪が指の色と同色に変化して、目立たなくなった。

「とりあえず完成かな」

 非殺傷の攻撃手段として期待して、一応そのまま指に嵌めておく事にする。

「さて、他に目ぼしいものも無いようだし、次に行こうか」
「はい」

 プラタが頷くと、一緒に通路に戻る。
 それから通路を進みもう少し奥へ行くと、こちらの方面の行き止まりに辿り着いた。
 その行き止まりから横に伸びる道の先に、隠れるように空間が広がる。工房よりもやや広いその空間は、入ってみても何も無い。
 骨も魔法道具も無く、奥の方に以前別の地下で見た祠のような窪みがあるだけ。しかし、そこには在るはずの神の影像は無く、ただ目線よりもやや高い位置に凹室があるだけであった。
 それを不思議に思いつつ周囲を見渡しながら奥へと進むと、直ぐにその凹室の前に辿り着いたので、何かないかと跳んで凹室の様子を確認してみる。
 ぴょんぴょんと何度か跳ねて凹室の様子を見てみるも、やはり位置が少し高いだけあり、それだけでは一瞬なのであまりよく確認出来ない。
 何か踏み台になるようなものはないかと周囲を見回すも、この空間にはやはり何も無い。
 少し考え、足下に空気の層を敷く。凹室の高さは目線より少し上とそこまで高い訳ではないので、一段だけでいいだろう。それに乗ると、凹室が目線の高さになる。
 そのまま凹室の中を覗いてみるも、中には何も無い。しかしよく観察してみると、中に何かを置いていた跡があるので、おそらくそこに影像が置いてあったのだろう。であれば、どうして無くなったのか。

「襲撃を受けて持ち出した・・・にしては何処にもなかったしな」

 幽霊の襲撃の際に避難の為に持ち出したとしても、持ち出した者を幽霊が見逃すとは思えないので、何処かに影像は落ちていると思うのだが、今のところそれらしいものは見ていない。
 とはいえ、見て回ったのは崩落していない浅い部分のみなので、もしかしたら奥に逃げたのかもしれない。出入口は一ヵ所だけではないようだし。
 他には何かないだろうかと見てみるも、やはり何も無いので諦めて空気の層から降りる。
 それからその空間をもう一度調べてみたが、隠し通路のようなものもなく、本当に何も無い部屋だった。まぁ、影像を拝む為だけの部屋だったのかもしれないな。
 一頻り調べたので、プラタと共に通路に戻る。

「他に見る場所はある?」
「いえ。ここで最後で御座います」
「そっか・・・じゃあ外に出た後に、最後にもう一回崩落している場所を上から見てみようか」
「御心のままに」

 軽くお辞儀をするようにしてプラタが頷くのを確認した後、来た道を戻っていく。
 行きよりも足早に戻ると、緩やかな上り坂を上って外に出た。
 外に出ると、眩い光に包まれて思わず目を瞑る。
 丁度真っ昼間だったうえに、快晴とでも言うべきいい天気だった。
 その光に目が慣れたところで少し移動して、入り口方向を背に陥没している地面の近くに立つ。

「何度見ても凄いものだ」

 入り口に最も近い崩落場所なので、陥没している地面の終点でもある。そこから見る反対方向は、果てがないのではないかと思えてしまうほどに先まで崩落している。
 崩落している地面の幅も大きいので、そちらも果てが見えない。
 ずっと見ていると、巨人の足跡のような、もしくは巨人が耕したのではないかなんて考えも浮かんでくる。それと共に足元も今すぐ崩落しそうな不安も襲ってくる。
 ついでにプラタに教えてもらいながら、埋まっている魔法の補助がついた武具を確認するも、やはり大したものではなかった。
 暫くそうやって色々なモノを眺めていると、満足したのでプラタに声を掛けて離れる事にした。
 もうすぐ荒野に出て一月になるので帰りは転移する事にしたが、折角森の外まで来たのだ、もう少し荒野を歩いてみよう。
 そう思い、プラタと共に森の方角へと歩いていく。魔法で周囲の温度を適温にしているので快適だ。被りっぱなしの帽子も役に立っているのかもしれないが、今思えば、地下や洞窟内では脱げばよかったな。ずっと被っていると、それに慣れてしまって逆に被っている事を忘れていた。
 まあいいかと思いつつ、寂しい風景の荒野を進む。
 見た限りではあるが、荒野はそこまで凹凸の激しい地形をしていないので、歩きやすいといえば歩きやすい。地面が硬いのがやや気にはなるも、別に不便というほどでもないので、問題はないだろう。
 そうして、とりあえず日が沈むまで歩くと満足したので、森と荒野の境界付近まで転移する。

「今日は月が綺麗だねー」

 森の手前に転移した後、森の中へと入る前に天上を見上げ、空に輝く月に目を向けてみる。日中が快晴だったからか、普段よりも月が鮮やかに見えるような気がした。

「そうで御座いますね」

 隣でプラタから返事を貰うも、プラタの目は月ではなくずっとこちらを向いているので、本当に見たのか疑問に思うが、別に聞き返すほどの事でもないか。
 少しの間月を眺めた後、森の中に入る。別にそのまま人間界側まで転移してもいいのだが、森の木に背を預けて休憩しようかと思ったのだ。
 森に入ると、手近に丁度いい大きさの木を見つけて、その根元に空気の層を敷いて腰を下ろす。
 敵が居ないというのは楽でいい。休憩も木の枝の上ではなく、こうして木の根元で出来るのだから。
 木の幹に背を預け、一息つく。枝葉の間から見える夜空には星が瞬いていて、枝葉に切り抜かれてはいるのが、まるで壁に掛けられた絵の様にも思えた。
 そう思えば、部屋で寛いでいるような気分にもなる・・・訳もないか。どう考えてもここは外だ。風が吹けば葉擦れが響き渡るし、小さいながらも虫や鳥の鳴き声も聞こえてくる。
 それでも落ち着くからまあいいが。もう部屋には戻れないだろうしな。

「こうのんびりした生活もいいかもねー」

 折角のゆっくりとした時間なので、今の内に収録で記録した映像を編集していく。
 半年近い映像記録なので時間は長いものの、提出する記録は西の森を散歩した様子だけで十分なので、休憩時間は全て省く。
 ついでに荒野の様子も少し追加しておこうかと思ったが、まあそれは別にいいかと思い直す。

「ご主人様の御心のままに。その際に、傍に私を置いて下さればそれに勝る喜びは御座いません」
「その時はよろしく頼むよ」
「ありがとうございます」

 大袈裟なと思いはしたが、いつもの事なのでそう返しておく。そのボクの返答に、プラタは軽く頭を下げて礼を言った。
 それからも暫くは記録した映像の編集に時間を費やす。
 西の森の様子のみで休憩時間を省いていく。勿論エルフ達の様子を観察していた時間も省くが、それでも編集するべき映像は膨大にあった。
 ただ、少し前に精神干渉魔法で記憶を弄った時に短時間で記憶の確認と編集を結構行ったので、少しは膨大な情報の編集にも慣れていたのは幸いか。
 それでも、流石に早くとも一晩は掛かるだろう。とはいえ、時間はまだ余裕があるので、焦らず確実に編集していく。
 編集作業も記録が脳内にあるので、脳内でそのまま全て行える。落ち着ける場所でじっとしながら作業出来るので楽なものだ。
 記録を確認しながら、六年生になってからを振り返っていく。色々ありはしたが、全体的に自由に出来たので気が楽だったな。
 とりあえず不要な部分を取り除きながら、提出する映像を選定していく。音声は・・・どうしよう。取り除くなら全てだし、残すならこちらも全てだろう。
 聞かれて困るような音声はないとは思うが、会話部分を取り除くかどうかという話になるから、面倒だし全て音声部分は取り除こう。後は映像の編集をしていき――。
 余計なものが映っていても困るので、一度削ってはい終わりではなく、何度も何度も編集しては確認しながら作業を進めていく。
 まずは全体を通して不要な部分を削っていき、それから確認しながら残っていた部分を編集し、更に確認しながら要らない部分を見つけては削り、更に・・・としていくこと一日。
 一日以上の時間を掛けて編集した結果、まだ映像の長さは一ヵ月弱ぐらいはあるが、それでも六ヵ月近い映像をそこまでの時間まで縮められた。
 最後にもう一度確認しておかしなところがないのを確認出来たら、一息つく。頭を使い過ぎたからもう少し休憩しよう。
 そう思い暫く休憩した後、立ち上がって空気の層を散らす。

「さて、平原近くまで転移しようか」
「畏まりました」

 伸びをした後、転移先を確認してから転移する。
 意識の一瞬の漂白と浮遊感を感じた後、転移先に設定した場所に問題なく移動出来た。
 まずは周囲を見回して状況を確認すると、相変わらず森の中だが、空気が先程までと少し違う。何となくこちらの方が湿度が高い気がする。
 あとは相変わらずプラタが既に横に立っていたが、流石にもう慣れたので若干びっくりしたぐらいだ。時間的には早朝なので、森の中は薄暗い。

「さて、じゃあ平原に戻るかな」
「はい」

 頷くプラタ。このまま平原に出ても、その前に何処かに行っているだろう。なので気にする必要もないだろうから、平原に向かって歩いていく。
 程なくして木々の合間から平原が見えてくると、プラタが一言告げて何処かへと姿を消した。
 それから森の中を進み、平原に出る。その頃にはすっかり周囲は明るくなっていた。時刻は朝と昼の間ぐらいだろうか。
 久しぶりに戻ってきた平原は、相変わらず平和なもの。まぁ、目撃する戦闘の数は森や荒野よりも多いのだろうが、それでも戦闘内容は可愛いもの。特に人間界に近くなればなるほどそれが顕著になっていく。
 とはいえ、それも懐かしいものだ。まぁ、同数の異形種達相手であれば、ここの学生でもいい戦いになるだろう。
 平原を進み、襲い来る敵性生物だけはサクサク倒すも、積極的には狩らない。それに意味はないし、他の生徒の邪魔になってしまうからな。
 戻った頃には六ヵ月には若干早いだろうが、用意した記録で目的は達せられるだろうから、そのまま期間一杯まで駐屯地内の宿舎で休んでいても問題ないだろう。その間は、クリスタロスさんのところで訓練や語学学習に当ててもいいな。
 今後の予定を考えながら平原を進んでいく。そういえば忘れないうちに編集した映像を水晶に移しておこう。記録用の魔法道具のまま提出する訳にもいかないし、新しく映像のみの記録装置である録画を創造するのも面倒だ。いや、そもそもそんな事は勿体ない。提出した魔法道具はおそらく戻ってこないだろうから。
 西の森の映像記録を提出後、それの確認にも時間が掛かるので、少し早めの帰還が丁度いいだろう。そう考えれば、いいぐらいに帰ってこれたな。・・・いや、遅いぐらいか。
 周囲の生徒や兵士達に目を向けながら駐屯地を目指す。暫く空けていたが、全体の質はたいして変わっていないな。もう少し成長してもいいと思うのだが、生徒は次々新しいのに変わっているからこんなものか。
 そうなると、問題は兵士の質の方か。見た感じは変わらない。急に成長しろというのは無理だろうが、それにしても成長が無いな。
 西側は平原に砦が無いので、あまり森の近くに人は居ない。敵性生物もそこまで多くはないが、居ない訳ではない。それにしても、森と平原の境付近には蟲が少し居る様だが、あまり平原には出たくないようだ。北側だと平原でも見かけたんだけれど。
 そうして数日昼夜別なく平原を進むと、昼頃になって久しぶりに西門を目にする。

「・・・・・・」

 相変わらず大きな門だ。そう思いながら、兵士の案内で大結界の内側に入っていく。
 それから西門を潜ったら、兵舎に移動して報告を済ませる。
 その際にやや驚かれたのは、長い間帰ってこなかったから死んだと思われていたのかもしれないな。

しおり