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本心の想い

――――私は全てを話した。

 過去の小学生の頃に私が原因で幼い命を奪った事を。
 颯ちゃんと付き合いだした当初の、私の真意を。
 そして、颯ちゃんと関わる事で、少しずつ変わり続けた私の心情を。
 
 時短の為に、大まかに省いた部分はあるけど、|瞞着《まんちゃく》せず、私は全てを颯ちゃんに伝えた。
 それを黙々と傾聴していた颯ちゃんは、ハハッと苦笑いを浮かばせ。

「そう……か。そんな事を……思ってたんだね……それで……か」

 颯ちゃんは悔しそうに小さく歯噛みして、目尻から一滴の涙が頬を伝る。
 それを見て私は罪悪感で心臓を握られ、ごめんとふるふると背中を震わせた。

「ごめんなさい……。ごめんなさい、颯ちゃん……。私、とんでもない過ちを犯した。颯ちゃんは私の事を本気で好きだと思ってくれていた。こんな最低な女のことを信じるとも言ってくれた。なのに……私は、颯ちゃんの好意を踏みにじり、剰えこんな危険な目に遭わせて……。こんなのどんな償いしても許されることじゃないよ……」

 最低な自分に悲嘆してポタポタと滴らす私だけど、颯ちゃんは頭を地面に付けたままに横に振り。

「違うよ真奈ちゃん……。僕が言いたいのは、これで全て合点いったってことなんだ」

「それって……どういう意味?」

 私が聞くと、颯ちゃんは私の目を見据えて。

「だってそうだよ……。僕と真奈ちゃんは……僕が告白するまで全く接点がなかったんだよ……? 告白しては振られてを三回して……三回目でやっとで成功しても、あれだけで真奈ちゃんの……心を揺るがしたなんて……思えないよ……」

 徐々に息苦しくなり颯ちゃんの言葉が途切れ途切れになりつつある。
 十分な酸素が体に行き渡ってないのだろう。
 私は全力で回復魔法に魔力を注ぎ込む。

「だから……僕は薄々分かって……たんだよ。真奈……ちゃんが、しつこい僕に嫌々……付き合ったんじゃないかって……」

「違う! 嫌々なんて思ってない! 確かに颯ちゃんの事が好きではなかった……。けど……。少なくとも私は颯ちゃんの告白に胸がドキッとした……。私の直感で、颯ちゃんは他の人とは違うって……本気で私の事が好きなんだって……だから私は颯ちゃんと付き合おうと思ったんだよ!」

 今更言っても私の言葉に信憑性がない。
 けど、颯ちゃんにその想いが届かなくても、今言った言葉は私の本心だ。
 伝わったか伝わってないかは定かではないけど、颯ちゃんは小さく嬉し気な笑みを浮かばせ。

「ありがと……。真奈ちゃんは好きって言われて……相手の事が好きになる様な人じゃないって分かってた……。けど、それでもやっぱり……告白を受け入れてくれたこと……本気で嬉しかった……。だから、今は真奈ちゃんが僕の事を好きじゃなくてもいい……。いつか……真奈ちゃんが僕の事を……ほんの少しでも……好きになってくれれば……いいかな……って」

 颯ちゃんの言葉を聞き、私は更に罪悪感に苛まれた。
 今すぐにでも自分の喉を掻き毟りたい自虐衝動を駆り立てるも、私の手は今、颯ちゃんの治療に充ててるために使えない。
 今の私は、悪戯がバレて泣く子供の様に、涙を流すだけだった。

「それで……真奈ちゃん……。まだ少ししか付き合えてないけど……僕の事……ほんの少しでも……認めてくれたかな……」

 認めてくれたかな。それはつまり、好きになってくれたのかを遠回しに聞いているのだと思う。
 流石に死に際だからと言って、直接好きって尋ねる事を躊躇したのだろう。
 
――――私の颯ちゃんに対しての気持ち。

『僕、頑張るから! 真奈ちゃんを失望させないように。精一杯に!』

 もう分かっている。自分の気持ちを。

『最初は本当に驚いたよ。魔界に来れた以上に、真奈ちゃんの色んな一面が見れたこと。僕が学校で見てきたモノがほんの僅かな真奈ちゃんの顔だったんだと知れて悔しかった……そして知れた事が嬉しかった』

 初めて感じる。湧きあがる胸を穿つ感情。

『全然。失望どころか増々好きになったよ』

 それはまるで。欠けたピースが徐々に隙間を埋めていく感じ。

『勿論真奈ちゃんが人を殺したのは驚いたし、怖いとも思った。けどもし、真奈ちゃんが人の命を本当になんとも思ってないって思ってたのなら、僕は本気で真奈ちゃんを軽蔑してたと思う。本気で嫌いになってたと思う。……けど違った。真奈ちゃんは苦しみ、悩み、辛い思いをしていた。それが知れただけで十分だよ。そして、そんな真奈ちゃんをずっと支えていいこうって本気で思えたよ』

 今ならハッキリ言える。
 私は颯ちゃんに恋をしている。
 人にはチョロイ人とか言ったけど。
 私も大概だね。
 言ってほしい言葉を言ってくれた相手に、こんな簡単に落ちるなんて。
 いや、私はそんな軽い女じゃない。
 颯ちゃんだからこそ、私はこんなに胸がドキドキするんだ。

 けど、不思議と嫌じゃない。
 逆に感謝をしている。私に恋という感情を教えてくれたことを。
 苦しも辛く、それでいて嬉しい。
 恋を知って間もない私が言葉に表す事は出来ないけど、これだけは言える。


「認めるどころじゃないよ。これは私の本心で、心の底からの本音だよ。私、三森真奈は……立花颯太の事――――大好きです」


 あぁ……恥ずかしいな。
 人に好意を伝える事って、これ程顔に熱が伝わるんだな……。
 今の私、今どんな表情をしているのか鏡で見てみたいよ。

「あぁ……そうか……。真奈ちゃんが……僕の……ことを……。そうか……そうか……。それを聞けただけで……僕は…………ゴハッ!」

 前触れもなく、突如颯ちゃんの口から血が吐き出された。
 ゴハッゴハッと咳込み、息を荒くして、顔色を真っ青になる颯ちゃん。

 私はしっかりと回復魔法を颯ちゃんに施している。
 颯ちゃんの傷の度合いに対して、私の回復魔法はあくまで延命処置程度しか機能しないけど、ある程度の傷は回復できる。
 鉄くずが貫いた腹は私の回復魔法で塞がりつつある。
 これならホロウ達が駆けつけるまで颯ちゃんの命を繋ぎ止められると思っていた。
 魔界にも天界ほどではないけど肉体回復の手段はある。
 少し危険であるけど、颯ちゃんの命を助けられる方法があったのだ。

 だけど、私は身誤っていた。
 颯ちゃんの外傷ばかりに気を取られ、臓器などの内傷の方を怠っていたのだ。

 内臓破裂。肺挫傷。体の血管が何か所も千切れている。
 私が延命処置を施していたからだけど、この傷でよく今まで生きていたのか不思議だと思う程に、颯ちゃんの損傷は深かった。

 徐々小さくなる心臓の鼓動。 
 先ほどまで喋れていた口も、今ではひゅうひゅうと息苦しい呼吸音が聞こえるだけ。
 
 小さくなる命の灯。吹けば消える程に切なく灯る程の大きさ。

 颯ちゃんと交わした主従契約には、主君が交わした相手の居場所を感知するだけでなく。
 契約者の生命、つまり心臓の鼓動までも感じられる。

 だけど、それが小さくなり、颯ちゃんの手の甲に刻まれた契約の紋章が徐々に薄くなっていく。
 主従契約は相手が死ねば強制で契約は解除される。
 つまり颯ちゃんの手の甲から紋章が消えれば、颯ちゃんは死んだことになるのだ。

「嫌だ嫌だ! 死なないでよ颯ちゃん! 私……私やっとで……颯ちゃんのことが心から好きになれた! だから償いたい! 颯ちゃんが私に失望して、私のことが嫌いになっても、颯ちゃんの近くで颯ちゃんを傷つけた分償いたい! 恋人関係を解消してくれてもいい、続けても浮気だってなんだってしていい! お願いだから、死なないでよ! ……颯ちゃんが死んだら……私……」

 消え入りそうに切なく囁く私。
 
 お母さんが死んだ時も、お父さんが死んだ時も、なっちゃんが死んだ時も、こんな感じだった。
 ただ泣き叫び、ただ見てる事しか出来ない。無力な自分……。

「なにが魔王だ……。なにが魔族を統べる、魔界に降臨する絶対なる王だ! 大切な人一人守れないで、魔王なんて言えないよ!」

 自分の頭を勢いよく地面に叩きつけた
 何度も、何度も、自分を痛めつける様に、額から血が流れようとも私は続けた。

「本当に……私は無力だ……。なっちゃんが死んだあと、誰も死なせたくないって魔法の修行だってしたのに……。目の前の大切な人を助けられないなんて……。今、私は欲しい……。魔王なんて立場を捨ててでも、颯ちゃんを助けられるだけの力が……欲しい」

 自分の無力さを改めてに痛感して涙を流す私が、切に願う様に呟い時だった。


『真奈ちゃんは無力なんかじゃないぜ』


 突如聞こえた、懐かしき声と共に、私は白い光に包まれた。

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