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ありがと、そしてさよなら

――――白い光に包まれ、目を開けた場所は白い空間だった。
 
 先ほどまで黒煙が舞い上がる、列車の残骸に囲まれていた私は、周りに何もないこの白い空間に困惑する。

「ここはどこ……? って颯ちゃんは!? 颯ちゃんはどこ!?」

 私は周りを見渡して確認するも、この白い空間には私しかいなかった。

「誰かは知らないけど、私をこんな場所に連れて来てどうするつもりなのかな! 私はそれどころじゃない、さっさと私を元の場所に戻してもらおうか!」

 元の場所に戻せとがなり立てるも返答はなかった。
 苦しい状況なのに、こんな遊びに付き合ってなれないと、私は歯噛みをして。

「空間魔法か、結界魔法かは知らないけど、私は今、非常に感情が尖っているんだ。だから、姿を現さないんだったらこの空間ごと破壊するぞ!」

 私は魔力右腕に込めて、この白い空間に放とうとした時、

『ま、待った待った! 少し落ち着けよ、真奈ちゃん!』

 幼い子供の変声期前の甲高い声が白い空間に響く。
 空間をも破壊する魔力を打ち込もうとした私は寸での所で止まり、魔力を霧散させる。

「今の声は――――?」

 私は数秒前のことを思い出す。
 やはり、あの声は聞き間違いでも幻聴でもなかった。
 この声に、私は懐かしさを感じて、目が熱くなる。

 私の前で光の球体の形をした粒子が束となり膨れ上げ。
 子供サイズの大きさまで膨れ上がると、球体の粒子が人型へと変貌をして。
 人型になった粒子が色を付き、そこに一人の少年の姿を現した。

『久しぶりだな。真奈ちゃん』

「なっ……ちゃん……」

 私の間の前に現れた少年。
 それは、私が学童の頃の親友の新川夏史、なっちゃんだった。

 予想外な人物の出現に私は増々訳が分からなくなって、震えた手をなっちゃんを指差す。

「なっちゃん……なの? 本当に、本物? 」

『そうだぜ。正真正銘、本物の新川夏史様だ。どうだ驚いたか? 心臓が飛び出そうな程に驚いたか? な、な? どろろ~ん。お化けだぞ~、幽霊だぞ~』

「……………………」

『痛ッ! え、え!? ちょっとふざけたのは謝るけど、殴る必要はないと思うけどな!? 真奈ちゃんって背や胸が大きくなって、性格も凶暴化したのか?」

 そうだそうだ。なっちゃんってこんな性格だった。
 今は聞き流すけどセクハラ紛いな発言に若干イラッて来た。
 別に何処かで聞いた事のある様な台詞を言っていたからとじゃないのはあらかじめ言っておく。
 相手が幽霊かは分からないけど、こうやって殴れたのだから実体はそこにあるようだ。

「幻覚だとか、誰かの陰謀で化けてるとかじゃ……ないんだよね?」

 疑り深い自分が常々嫌になってくる。

『そうだぜ。俺は本物だ。ある姉ちゃんにたましい?ってのを拾われてって、真奈ちゃん……?』

 なっちゃんは何かしら言おうとしていたけど、私の体が咄嗟に動いた。
 温もりは伝わらない。目の前にいる人物が本当になっちゃんなのかは定かではない。
 けど私の体は、そんななっちゃんの体を強く抱きしめていた。

「ごめんね……ごめんねなっちゃん……。私のせいで……なっちゃんが……。会いたかった、会いたかったよ……。会って私はなっちゃんに謝りたかった」

 身を震わし懺悔の言葉を零す私の、突然の行動になっちゃんは戸惑っていた。
 自分となっちゃんの身長差から自身の成長を感じていると、ぽんぽんと彼は優しく私の背中を叩き。

『別に俺は、真奈ちゃんのことを恨んでないし、謝ってほしいとも思ってないぜ。あれは自分のせいでもあるんだ。死ぬ前々から体のだるかったりは感じてたし、それでも俺が真奈ちゃんと遊びたいって思ったから。だから真奈ちゃんは悪くない」

「なんでそんななっちゃんは冷静なの!? なっちゃんが死んだ原因って分かってるの!? 私が……私がなっちゃんを殺したんだよ……。少しぐらい責めても罰は当たらないよ!」

 私は本心でなっちゃんに責められたいなんて思ってなかった。
 私は卑怯者だ。
 なっちゃんに自分が死んだことを責められ、少しでも自分の罪を払拭したかったのかもしれない。
 そして、なっちゃんの先ほどまでの口ぶりから、なっちゃん自身は自分の死の原因は分かっているようだった。
 なのになっちゃんは私に笑いかけ。

『だから俺は真奈ちゃんを責めることはないって。どこに好きな人を責める馬鹿がいるんだよ。少し落ち着けって真奈ちゃん。もう高校生なんだろ? 大人なんだろ? 子供の俺に注意されるって、案外惨めだと思うぜ?』

 茶化す様に宥めるなっちゃんだが、その言葉に冷静さを取り戻した私は、彼から二歩下がってから、目尻の涙を袖で拭い。

「言われなくても分かってるよ、バーカ。こっちは大人なんだから、子供のなっちゃんに慰められるわけないよ。これは、あの……演技だよ演技。やっぱり過失とは言え、自分のせいで死んだ相手には涙を持って謝罪するのが常識だからね。まんまと騙されたねなっちゃん」

 誇らしげに胸を張る私だが、最低な事を口走っているのに自覚がある。
 物凄く冷ややかななっちゃんからの視線に居た堪れなく顔を逸らす私に、まあ自分で言ったことだしな、となっちゃんは話を切り出す。

『それにしても、こうやって真奈ちゃんを見ると、改めて時間の流れを感じるな。あのチンチクリンだった真奈ちゃんが、こんなバインバインな姉ちゃんに成長するなんてな」

「なっちゃん、殴るよ?」

 手をワキワキするエロガキに威嚇の意味で骨を鳴らすと効果は抜群だった。
 怯えた様に後退るなっちゃんに、私は呆れて溜息を吐く。
 確かになっちゃんは正義感が強くて、困っている人がいれば見捨てようとはしない性格だけど。
 蓋を開ければ少し変態な部分があったのを思い出した。
 私の中で少しなっちゃんの事を美化していたようだ。

「それは私だって成長するよ。だってなっちゃんが死んでからもう10年も経ってるんだよ。か、彼氏だっているし……」

 あれ……ヤバい。
 颯ちゃんの事が好きだと自覚してから、彼氏だと言うのってなんだか恥ずかしい……。
 別に嫌だとかじゃなく……なんか、こう。背中がムズムズするって言うか……。
 ………………って。

「あーーッ!」

『うわっ! ど、どうしたんだ真奈ちゃん?』

 奇行で頭を抱えて大声をあげる私に、驚くなっちゃん。

「そうだった! 私、こんな事をしている場合じゃない! なんか、なっちゃんとの再会に浸っていたけど、颯ちゃんが死にかけてるのになにのほほんとしているの私!」

 颯ちゃんの危機を思い出して、私はなっちゃんの肩を掴み。

「ねえなっちゃん。今すぐ私をここから出して! 早く出ないと颯ちゃんの命が! 一刻の猶予もないのにこんな所で話してる場合じゃないよ!」

『ちょ、ちょっと待ってなっちゃん! ゆら、揺らさないでくれ! 幽霊とは言え、なんか吐きそう……!』

 幽霊が吐くかはこの際どうでもいいとして。
 私は今すぐにここから出ないといけない。 
 そもそも、ここに来て数分が経っている。
 もしかしたら、もう颯ちゃんは……。

『あ、安心してくれ、真奈ちゃん。真奈ちゃんの彼氏さんは無事だ。正確に言えば、ある姉ちゃんが言ってたけど、この空間の時間のながれ? と外の時間の流れは違うらしくてな。よく俺には分からないけど、こっちの時間はあっちよりも遅いらしいんだ』

 色々と気になる事をなっちゃんが口にしたけど。
 私の溜飲は下がらなかった。

「それでも私は行かないといけない。最低だと罵ってくれていい。屑だと恨んでもくれてもいい。私が今しないといけないのは、|颯ちゃん《大切な人》を守ること。こことの時間の流れが違っていても、それがどれだけの差なのかは分からない。なら、早くここから出た方がいい。なっちゃんには悪いけど、私はもう……なっちゃんや親の時の様な悲しみは味わいたくない……」

 最初の部分は語気強く言って下で拳を握っていたけど、言葉が進むにつれて弱弱しくなり、握っていた拳も力なく解ける。
 分かっている。自分が最低な奴だと。
 目の前の自分が殺した相手を放って、別の人の許に向いたいなんて。
 
 吐き気がする程の自己嫌悪をする中。
 なっちゃんが私に潜めた声で尋ねる。

『真奈ちゃんは、その人の事が、好きなんだね?』

「…………うん。大好き」

 いきなりの質問に、恥ずかしいってよりも戸惑いで一瞬躊躇ってから答えた。

『それは、俺以上に?』

「…………ごめん」

 ごめんは肯定と取ってほしい。
 それは彼にも伝わった様で、ハハッと苦笑いを浮かばせ。

『そうか……。未練がましく幽霊となってふわふわと空を飛んでいたけど、俺……振られたんだな……。昔伝えられなかった気持ちを伝える前に……。さっきは無視されたけど、俺、真奈ちゃんの事、好きだったんだぜ』

 ニカッと無理やり作った笑顔の中に悲しみの色が混ざる。
 私は罪悪感で苛まれるも、それでも私は……。

「…………ごめん」

 何かを言おうとしたけど、それを飲み込み。
 今自分が言えるのは、それだけだった。

『別に謝ることじゃないよ。俺は死んでるんだし、もう10年も経ってるんだ。それに……俺は真奈ちゃんに謝らないといけないことがあるしな』

 謝らないといけないこと? と首を傾げる私に、真剣な表情で。

『昔スカートをめくってごめ、ごめんごめんごめん! 嘘、嘘だよ!? 今のは冗談だから、その大きく振り上げた手を下ろして!』

 なに真剣な表情でふざけたことを言おうとしているのかな。
 後、それは冗談じゃなくて本当に昔スカート捲られたことあるからね?
 
 場を和ませるための冗談じゃん、とぶつぶつ言うなっちゃんはもう一度真剣な表情で。

『真奈ちゃんには隠してたけど。俺な、元々そこまで長生きが出来ない体だったんだ』
 
 は? と先刻の言葉が尾を引いて、予想外の言葉に呆気を漏らす。

「え、ええ? それってどういう意味? な、なんでなっちゃんは長生きが出来ないって……」

『……俺、さ。生まれ持ってあまり体が強くなかったらしいんだ。病気名はあまり覚えてないけど、心臓に病気があるらしくてさ。医者からもあまり長くはいけいけないって親から聞いてたしな」

 沈んだ表情で言うなっちゃんから嘘は見受けられない。 
 けど私はそれを鵜呑み出来ず、いやいやと手を横に振り。

「え、だってなっちゃん、私とよく一緒に遊んでたじゃん。山だって行ったし、外でボールを追いかけたりしたよね。あれを見てどこが心臓に病を患ってるの」

『あれは、まあ……。俺も無理してたってのもあるけど。医者からは長くても中学上がる頃には病院生活になるって言われたし。一日一日を全力で生きていたからな』

 そうだったんだ……。
 私は遊ぶのが楽しくて、そんななっちゃんの辛さに気づかずに……。
 
「それでも……私が殺したのには変わりないよ……。今の現代医療は進んで、もしかしたらなっちゃんの心臓の病気だって治せたかもしれないないのに……」

『そんなもしかしてって話をされても……。俺、もう死んでるし。何度も言うけど、俺、あまり気にしてないから。俺をここまで運んで来てくれた姉ちゃんが、この後俺をアニメの様な世界にてんせい?ってのをしてやるって言ってたし。てんせいってのはよく分からないけど、つまりは俺を別の世界で生き返らしてくれるって意味なんだろ? 俺、アニメの世界ってのに憧れてたから、嬉しんだよな。死んでなんだけど』

 アニメの世界……つまりはファンタジー世界か。
 転生って事は、その姉ちゃんってのは、天界の人か。

「ねえなっちゃん。そのさっきから姉ちゃんって言ってるけど。その人の特徴とかってどんなのか教えてくれるかな?」

『うーん。姉ちゃんが真奈ちゃんには言うなって言われてるからな。言ったらてんせいってのをしてあげないって言われたし。ごめんな、真奈ちゃん』

 うぐっ。なんとも卑劣な脅しだ。
 ……まあいいや。転生出来るのは天界の者だけだから、ある程度の目星は付く。
 おそらくこの白い空間も、その者がした術なのだろう。力ない霊がこんな事が出来るはずがない。
 もし彼女だったら、まあ……礼の一つはしてあげなくもないけどね。多分その後喧嘩する事になるけど。

「それはともかく、どんな経緯でなっちゃんが私の許に来たかはいいとして。なんでなっちゃんは、私の所に来たいって思えたの……? 何度も言うけど、もし仮になっちゃんが病気で長生きが出来なかったとしても、最後は私の所為で死んだようなもんだよ……。……恨んだりとかしてないの?」

『だーかーら。これも何度も言うけどな、俺、真奈ちゃんのこと恨んでないから。確かに自分が思ってた以上に早く死んだけど、それでも、俺は自分の人生に後悔はしていない。もし仮に未練があって幽霊になったとしてら』

 そう言ったなっちゃんは真摯な瞳で私を見据えて。

『短い人生だったけど、その間は本当に楽しかった。俺は真奈ちゃんと遊べて楽しかった。真奈ちゃんと出会えて良かった。真奈ちゃんを好きになれて嬉しかった。だから、そんな楽しい人生をくれた真奈ちゃんに、俺は一度礼を言いたかったんだ。ありがとう真奈ちゃん。短い間だったけど、本当に楽しかったぜ』

 笑顔のまま涙を流して手を差し出すなっちゃん。
 私も涙腺が緩んで涙を流し、なっちゃんの小さな手を両手で包み込んだ。

「私もなっちゃんに出会えて良かった……。もしなっちゃんに出会えてなかったら、私は人間界をつまらない世界だって決めつけてた。けど、違った……。どんな世界にも惹かれる部分が沢山あるって知れた。そして、私の全てを受け入れてくれる|颯ちゃん《存在》に出会えた……。魔王の私が言うのも可笑しいけど、次のなっちゃんの新しい人生に祝福がある事を、心から祈ってる。ごめんねなっちゃん……そしてありがとう」

 私が言い終わると、コツンとなっちゃんは自分の額を私の額に当て。

『|立花颯太《あの人》に伝えてほしい。もし真奈ちゃんを泣かせたら、俺は絶対に許さないって。俺はあの人に真奈ちゃんを託すんだ。もし泣かしたら、転生先からでも化けて出てやる』

「……うん。伝える……。絶対に伝える。私、絶対に颯ちゃんを救って、なっちゃんのその言葉を、絶対に伝える」

 なっちゃんは未練が無くなったかの様な優しげな表情で私から離れ。

『もう時間らしいな」

 なっちゃんがそう言うと、足元から徐々に消滅しかかる。
 私は咄嗟になっちゃんへと手を伸ばそうとするが、伸ばす直前で止まり、ぐっと胸の前で拳を作る。
 
 今私がなっちゃんに出来る最後の手向けは、泣いて消えないでと縋る事じゃない。
 なっちゃんが何の気負いもなく、未練も残さず消えるには、涙じゃない。

「さよなら、|私の初恋の人《なっちゃん》」
 
 私は曇りない屈託のないとびきりの笑顔で手向けを送った。

――――そして、なっちゃんは安らかな笑顔で昇天していった。


 
 

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