西門警固3
『プラタ』
『はい。何で御座いましょうか』
『暫くその頭目を監視していてくれる?』
『畏まりました。彼女達が接触した場合は御報告いたします』
『ありがとう。よろしく頼む』
直ぐに僕の意図を察してくれたプラタに礼を言いつつ、先程の考えをプラタに訊いてみる。
『・・・ねぇ、プラタ』
『はい?』
『僕でもプラタみたいに視野が広げられるかな?』
『今のご主人様でしたら、可能かと』
『そうなの?』
『はい。以前ご主人様は世界の魔力と一体となりましたので、あの応用で世界の魔力を己が眼とすればよいのです』
『なるほど』
索敵とは、自分の魔力を広げて周囲の魔力を検知しているに過ぎない。つまりは、その方法をそのまま持ってくればいいという事か。分解の為に行った世界と同調する事がこんなところで役に立つとは、魔法を分解する為の行程の一つとしか認識していなかったので、この応用は考えてもみなかった。
『ありがとう。試してみるよ!』
『良き成果が得られる事を心より願っております。・・・ですが』
『?』
『出来ましたら、ご主人様がその眼を修得致しましても、私が引き続き御傍に控える事を御許し願えませんでしょうか?』
『? それは勿論ありがたいけれど、急にどうしたの? その眼は他の種族が修得しては駄目だとか?』
確か、世界と同調するのは妖精にしか出来なかったんだったか? 答えてなんだが、それにしてはプラタの言い方はおかしい気も・・・ん~・・・ああ。
『・・・別に探知の為だけにプラタと一緒に居る訳じゃないよ?』
そんな事を思うようになっていたとは、やっぱりプラタに頼りすぎだったかな。
『有難う御座います。より一層ご主人様の御役に立てるように精進いたします』
『ん~。それはありがたいけれど、便利だからではなく、単に僕がプラタと一緒に居たいから、なんだけどね』
『・・・勿体ない御言葉です』
そう言うと、珍しくプラタから接続を切られる。いや、初めてか。それにしても、急にどうしたのか。
プラタとの旅は退屈しないから楽しいんだよね。強さの目標でもあるし。
会話を終えて見回りに集中する。といっても、もう夕方も近い為に近くの詰め所で今日の見回りは終えるらしいが。それもさっき詰め所を過ぎたばかりなので、日暮れ辺りになるだろうか。
何事もなければ、明日の今頃には既に西門に到着している時間だろう。明後日からはこちらとは逆の南側に向けての警固だと聞いている。それにしても、警固任務に就いてから他の生徒をよく見るようになった。思っていたよりは生徒が居るらしい。どうやら普段は防壁上で警固任務に就いているから、外に出ていた僕とは会わなかっただけみたいだ。
そのまま見回りを続け、日暮れ頃には詰め所に到着する。詰め所の中は武器や防具、手入れ用の道具が大量においてあり、人の休める空間は少なかった。それでも二部隊が休憩出来るぐらいの空きは確保されていたので、何の問題も無かったが。
手早く夕食を済ませると、就寝する者はさっさと仮眠室へと行って眠る。僕は相変わらず大して眠くなかったので、外を眺めながら時間を過ごす事にした。魔法をあまり使用してないからか、そこまで疲れてはいなかった。ちゃんと途中で休憩が挿まれているので、移動はそこまで苦ではない。
問題は退屈だという事だろうか。情報改変も行き詰ってしまって何も進展が見られない。何か発想の手掛かりになるようなモノはないものか。全体に手を付けて書き換えるだけでも未だに不可能だし、局所的な改変は更に先だろう。触れると情報が変に歪んでしまって役に立たなくなるし。
そう考えると、転移って難しいんだな。情報改変こそしないものの、間違って情報に触れてしまったらそれで終わりなんだから。それにしても、自分自信の転移は可能なのだろうか? 情報体への変換は可能だが、目的地での再構築は始めからそれを組み込んでおけばいいのだろうか? ぶっつけ本番でそれを試すのは絶対に嫌なので、皆が寝静まったら身体の一部で実験してみようかな。近場への短距離転移だったら大丈夫だろうし、保険を取ってからなら多少の無茶も可能だろう。それにプラタから教えてもらった視界拡大と組み合わせたら、転移先の目印を設定しなくても結構広範囲に転移可能になるかもしれない。
そこまで考えると、退屈だと思っていたがそうでもなかった事に思い至る。まだまだ考える事は山ほどあるし、修得したい魔法もたくさんある。一途に努力するならば、退屈なんて言っている暇は無いのかもしれない。常に思考を巡らせ、試行錯誤と更なる思考を繰り返す。それのどこに退屈が入り込む余地があるのだろうか? ああ、まずは視界の拡大を試そう。人が居なくなったら部分転移を短距離で試そう。まだまだ頂は見えてこない。それが今はただ嬉しい。
まずは視界を拡げる為にも、世界と一体とならなければならない。これは吸収魔法の練習のおかげで大分身に付いた。
自分を世界に合わせてから、存在を溶かして世界の一部になるように思い描く。そうして、世界を観照する。そこに僕は必要ない。ただ事実をそのまま受け取り、それを持ち帰って処理していく。
「・・・・・・」
ただ自前の魔力を拡げるだけよりも遥かに難しいものの、その結果は絶大的であった。少なくとも、西門警固の担当部分ぐらいは今の僕でも知覚出来た。前の知覚範囲はその半分にも満たなかったので、大幅な拡大となった。
世界を視界内とする為にも、世界と一体となって情報を集めるのを続ける。
情報をありのままに受け取り、それを手元に持ってきて処理する。と、言ってしまえば非常に簡単なのだが、現実は得れる情報量があまりにも膨大過ぎて処理が追いついていない。そのせいで視界の拡大が戸惑われる。現在の視界域だけでも既に頭が痛くなってくる程の情報量だ。これは視界拡大より先に、得られる情報の取捨選択が出来るようにならなければいけないな。プラタはこれをどうやって処理しているのだろうか? 人間と妖精ではその辺りが全く違うのかもしれない。
とりあえず視界域を狭めてから、情報の取捨選択の訓練を行う事にする。
まずはこの詰め所内とその外側から始める。確認できる情報は建物やその材質、壁の存在にその材質、掛かっている魔法等々。他にも人間やその構成物質等も頭の中に流れ込んでくる。これは明らかに無駄な情報の山ではあるが、どうやったら取捨選択出来るようになるのか。情報を得る段階では僕は世界の一部でしかないというのに。
やっぱり頭の中で必要個所だけを処理するように心がけなければいけないのだろうか? 情報解析前に取捨選択の処理を行う? それも手ではあるが、まだ無駄が多い気がする。さて、どうしたものか・・・。
試しに取得時に情報を処理しようと、世界に自分の意思を混ぜてみる。すると、世界に弾かれこそしなかったが、途端に世界がぼやけたようになり、ほとんど何も視えなくなった。
情報を得られなければ、取捨選択をどうやってするか以前の問題だ。一度意思を無くして世界に溶け込む。そうすると、ぼやけていた視界が鮮明になっていく。
それではどうやって不要な情報を削ぎ落すか、なのだが。
「・・・・・・」
暫く考えてみるも、答えというものは考えれば出るというものではないらしく、浮かぶのは苦し紛れの案ばかり。残念ながらその中に実行できそうなものは何一つとしてなかった。
そうこうしていると、広間に残っていた兵士や生徒が全員仮眠室へと向かったので、広間には誰も居なくなる。
「・・・気分転換に別の事を考えるか」
誰の目もない事を確認すると、僕は一度情報体として収納していた私物の中から硬貨を取り出し、そして再度収納する。
「うん。大丈夫そうだ」
問題なく構築と収納が出来た事に満足すると、次はそれを自分の左手に施してみる事にする。変換したら血が噴き出したりしないだろうか・・・。
僕は用心しつつも、まずは左腕の手首より先を情報体へと変換していく。
「お、おぉ?」
左手は何の問題も無く情報体へと変換されたものの、気になっていた情報体へと変換後の左手の手首との境だが、何やら靄が掛かったように何も見えなかった。断面に触れてみても何も感じない。痛みもだが、触れられた感じも一切しない。まるでそこから先は存在していないかのような感覚。
とにかく大丈夫そうだったので、僕は変換した左手を少し離れた机の上に再構築してみる。
構築自体は上手くいき、相変わらず断面は靄が掛かったように何も見えないが、とりあえずこれで転移の最初の段階は達成する。
その左手を元々在った手首から先に戻すと、無事にくっ付いて元通りになった。手を動かしてみて何の支障もない事を確認すると、次は再構築を意識しなくても目的地点で行えるように、分解から再構築までの流れを組み込んだ魔法を左手に付与する。
細かな動作を全て定めた魔法を付与した瞬間、自動的に左手の設定範囲が情報体へと変換され、定めた通りの位置に、意図したとおりの向きで再構築された。
「これでいいのかな?」
自分自身を全て情報体へと変換したことがない為に、その際に意思を持って再構築できるという保証はない。それでいて、いきなり試して出来ませんでした。失敗でした。では、全てが終わりかねない。ここは慎重に慎重を重ねて確実性を持って行った方がいいだろう。
それから幾度も左手を転移させる。机の上から左腕に戻す際も任意ではなく、細かに設定した魔法を付与した転移で戻してみる。
何度もやっていくうちに様々な改善点が浮かんできた為、その都度それらを修正していく。おかげで多少のずれぐらいならば勝手に修正してくれるように付与する設定が組めてきた。いつかは動く対象を目標地点に設定して転移を成功させたいものだ。
そのまま長い時間そうやっていると、目視で距離を定められるぐらいの短距離転移なら大丈夫だと確信が持てるぐらいにまで精度を上げられた。と思う。
もうすぐ夜明けになりそうだったので、誰かが起きてくる前に一度転移を試してみようと、緊張しながらも慎重に細々とした情報で組み上げた付与魔法を自分自身に付与する。
「・・・・・・ふむ」
視界が揺らぐと、大体大股で一歩分ぐらいの距離を一瞬で移動する事に成功する。身体の様子を調べたが、何処かが欠損しているとか前後逆になっているとかは一切なく、無事に再構築が出来た事を確認出来て、僕は胸をなでおろした。
「一先ず成功かな」
他におかしなところはないかと魔力の流れなどを調べつつ、そう結論付ける。これを進展させて長距離移動まで行えるようになれば、かなり移動も楽になるだろう。更に世界の眼の情報処理を上手くこなせるようになれば、もっと幅が広がる結果につながる。
そこまで考え、これから先が楽しみになってきたところで、仮眠室から部隊員達が起きてきた。
起きてきた部隊員達は、それぞれが好きな席に着いて雑談を交わしたり、軽く体操でもするかのように身体を動かしたりと、自由にしている。そんな中、部隊長とダーニエルさんは保存食を取りに保管庫へ行っていた。
その一行の様子から、どうやら先程の転移や一連の実験は見られていないようで安心する。
部隊長とダーニエルさんが保存食を持ってきた頃に、生徒三人も起きてきた。
そのまま十人全員で朝食を済ませると、僕達は詰め所を発つ。
見回りをしながら防壁上を西門へと向けて進む。その日は特に何も起こりもしなければ発見するような事もなく、昼過ぎには西門までたどり着いた。
防壁上から下りた後、西門前で一行は解散となり、本日の任務は終了となる。報告は部隊長とダーニエルさんが行うという話だった。
宿舎へ移動して自室に戻ると、セフィラ達が帰ってきていた。珍しく四人が揃っているなと思いながらも、部屋に備え付けられている荷物入れから、着替えを取り出すように見せかけながら着替えを構築して取り出すと、僕はお風呂場へと向かった。
狭い浴場では独りの為に部分転移を試したり、世界の眼を試したり、情報改変について思案してみたりがのんびりとできる。
そんな事をしていると、ふと魔力で会話出来るのならば、こういった時間にでも、それでプラタやシトリーから魔族語が習えるんじゃないかという事に気がつく。
「まぁいっか」
それは直接教わればいい事だろう。それよりも、今は世界の眼の情報処理についてが先決だろうか。
とはいえ、そんな簡単に答えが解るものではない。世界に溶け込んでいる間は自分というモノは持てないし、情報を取得できた時には既に膨大な量を取得している。そこから取捨選択したところであまり変わらない。
「・・・・・・」
さて、どうしたものかと頭を使う。これが上手くいかなければ、超長距離転移は叶わないし、色々なモノを探るのもプラタ頼みになってしまう。
世界と一体化した際、情報を処理する為の方法をどうやって組み込むか、を考えなければならないが・・・。
「・・・・・・ふむ」
様々な方法を考えてみても中々これだという案が浮かばなかったので、初心に戻って考えてみる事にする。すると、そもそも世界と一体となる方法は、相手の魔法に侵入する為に始めた事であったと思い出す。それは自分の魔力を世界の魔力とし、世界の魔力を自分の魔力とする発想からの方法。つまり、世界の魔力は自分の魔力という、自我を介入させる余地があるという事ではないだろうか? 少なくとも、世界の魔力を使って情報の取捨選択が出来そうな気がしてくる。
「・・・・・・」
吸収魔法の時の感覚を思い出す。自分の魔力を世界の魔力と同じに変換していく。僕は世界の一部。そうした後に、世界の魔力を使用出来るか試してみる。
「・・・むぅ」
しかし、そう簡単にはいかないようで、世界の魔力を使って魔法を発現しようとするも上手く形になってくれない。やはり無系統のままに使用するのと、その他の系統に加工して使用するのでは感覚が違う。
「・・・んー、天使の魔法の様に精製する過程を省けさえすれば魔法は発現できそうだけれども」
そう考えて、もしかしたら天使の魔法というモノはそういうモノなのかもしれないと思い至る。
その可能性があるのであれば、それを目指してみるのもいいかもしれない。しかし、精製を挿まない魔法とはどうやればいいのだろうか。
僕はクリスタロスさんの見せてくれた魔法を思い出す。予備動作や予兆など無しに、目の前に突然光の球が表れたあの光景を。
「むむむむむ」
一度だけ見たその光景と観察を元に、どうにか再現出来ないかと思考する。
魔力を精製せずに直接魔法へと変換する方法。僕の知識ではどうやっても同じ事は無系統の魔法でしか出来ないので、無系統以外の魔法を発現させる為には知識が足りていない。そんな現状で新たな方法を組み上げる為には、やはり発想が必要になってくるのだが。
「・・・・・・」
全く思い浮かばない。魔力から直接魔法にすると、どうしても無系統でしかない。どうにかそれ以外の系統にする為の発想が降りてこないかと思考を継続するのだが、何も降りてこない。
「うーん。・・・のぼせてきたかも」
湯に浸かったまま長時間思案していた為に、頭がふらふらしてきた。
僕は思考を一旦切り上げると、湯から出て、精製した水を飲みながら身体に風を当てる。
身体を濡らしている水を火系統魔法で蒸発させると、着替えを済ませる。元々着ていた服は汚れを落として情報体に変換済みだ。
部屋に戻ると、その日はもう任務の無いらしいセフィラ達四人と歓談する事にした。
そのまま夕食の為に部屋を出ていった四人を見送ると、僕は独りベッドの上で横になった。
こういう時に世界の眼の訓練とか出来ればいいのだが、今は情報の取捨選択の為にクリスタロスさんの魔法の再現が必要になってくる。
「いや」
そもそも情報の取捨選択にあんな高度な魔法の再現は必要ではない気がしてきた。
あの魔法の再現には興味があるので引き続き行うとしても、取捨選択には無系統でも、取得する情報もしくは取得しない情報の定義を定められれば問題ないだろう。そう考えれば、あともう少しで完成しそうな気がしてくる。ならば今少しの間、思考の海で遊泳するとしようか。
◆
「ん、んん」
目を覚ますと、世界が暗かった。
時刻を確認してみると、今は未明頃。どうやら考えている間に眠ってしまったらしい。
僕はゆっくり上体を起こすと、階下へと目を向ける。
「おはようございます。オーガストさん」
「おはようございます。ティファレトさん」
目が合ったティファレトさんと朝の挨拶を交わすと、僕は慎重に梯子を下りた。
「相変わらず朝がお早いですね」
梯子を下りきった僕に、ティファレトさんが優しくそう声を掛けてくる。
「早くに寝ましたから」
もしかしたら、見回りの最中に寝てなかったから直ぐに眠れたのかもしれない。
「そういえば、夕食から戻った時にはもうお休みになられていましたね」
ティファレトさんが思い出したように小さく口を開いた。
「初めての見回りは大変でしたか?」
「そうですね。大変というほどではありませんでしたが、寝てなかったもので」
「まぁ! オーガストさんはワタクシの様な事をなさるのですね」
可笑しそうに口元に手を当てて笑うティファレトさん。
「眠くなかったもので」
実際は他の人と一緒に寝たくなかっただけなんだが。
「そうなんですね。ワタクシが言うのもおかしな話かもしれませんが、睡眠は大事ですよ」
冗談めかしつつも、心配そうにしてくれるティファレトさんに、申し訳ない気持ちが浮かんでくる。
「そうですね。今度からは気を付けます」
「はい。是非そうしてください」
まるで言い含める様な口調のティファレトさんに、軽く頭を下げた。
「顔を洗ってきますね」
「はい。いってらっしゃいませ」
ティファレトさんに見送られて部屋を出ると、僕は洗面所へと移動する。
洗面所の冷たい水で顔を洗うと、まだ靄のかかっていた思考がはっきりとしてくる。それにしても、駐屯地には上水道が通っているので、楽が出来て助かる。顔ぐらいは魔法を使わず洗いたいからね。
ついでに歯も磨きながら昨夜の寝る前まで考えていた事を思い出す。
確か、吸収魔法で相手の魔法を掌握する方法を参考に、精製をしないで無系統のまま世界の魔力を動かせるかどうかを試していたらそれが少量だけ成功したので、それでどうにかろ過器の様なモノが創れないかと試行錯誤していた・・・という所までは覚えている。
「・・・・・・」
その後どうなったんだっけ? そこからの記憶が曖昧でいまいち覚えていないので、その辺りで寝たのだろう。
結局、選別する方法は考え付いたのかどうか・・・覚えていない。
「・・・はぁ」
歯磨きを終えて一度部屋に戻る途中、自分の不甲斐無さに、ついため息を零す。
部屋に戻ると、まだセフィラ達三人は夢の中だった。
僕は着替えを取り出すように見せかけて構築した服に着替えると、ティファレトさんに一言伝えてから食堂に移動する。
食堂では最近の日課になっている新聞の確認を行う。そこには奴隷売買の頭目の顔写真が掲載されていた。しかし、横顔なので分かりづらい。
念のためにそれを記憶すると、記事に目を通していく。中身はその頭目についての情報であった。
「ふむ」
頭目の名前はフラッグ・ドラボー。ジーニアス魔法学園の卒業生で、卒業した年を見るにルール学園長の同期のようだ。
そのまま読み進めていくと、帝国の兵士として始まり、華々しい経歴が並ぶのだが、帝国の現最強位にして、当時から最強位だったらしいシェル・シェール氏に挑んで敗れた事がきっかけで人生が転落していき、今の立場となったらしい。
シェル・シェール氏との戦いは最強位を掛けた戦いだったようで、内容はいい勝負だったようだ。つまりはそれだけの実力者で、欺騙魔法が得意だと書かれている。
一通り目を通してから新聞を元の場所に戻すと、朝食を受け取る。食堂にはダーニエルさんが居た。
朝食を食べながら会話をする。どうやら今日の僕の予定が少し変わるらしい。どちらにしろ一度責任者のところに顔を出さなければならないのだが、話を聞くに西門所属の魔法使いの補佐らしい。でも、肝心の内容は責任者に聞けという事らしい。
そういう訳で朝食をさっさと食べ終わると、僕は責任者の居る兵舎へと足を向けた。そこで今日の任務の内容を聞く。どうやら他の二年生が魔物を狩る間の安全の確保らしい。普段は西門所属の魔法使いだけで監督役は足りているのだが、異形種騒動の報告から事後処理や警戒に加え、まだ油断ならない他の門への援軍などで出張っていて、人手が足りていないらしい。そこで、既に規定数を討伐済みなうえに、西の森に足を踏み入れている僕が補佐に就くことになったらしい。
任務の内容の説明を口頭で受けた後、監督役の魔法使いの皆さんと顔合わせをして、生徒と合流する。そこには武装したセフィラ達四人の姿もあった。
四人は僕の存在に気づいたようではあったが、僕が監督役側に居たので声を掛けてくるようなことはなかった。驚いた様子がほとんどなかったのは、三番目のダンジョンの件があるからなのだろうか? まぁどうでもいいんだけれど。
僕を入れた監督役が六人。生徒が四十五人で六班なので、監督役は一人一班に付く計算か。
大結界の外に出ると、それぞれの班に監督役が付いて別行動をとる。僕の割り当てられた生徒はセフィラ達だった。どうやら彼らは今回の生徒達の中では最も優秀らしく、それ故に補佐の僕に割り振られたようだ。
「そういう訳で皆さんの担当になりましたので、よろしくお願いします」
最初に挨拶を交わす。自己紹介みたいなのは流石に省いたが、一応任務なので真面目にやってみる。
その僕の態度を少しおかしそうにしながら受け入れるアルパルカルやヴルフル。セフィラは特に何の反応も無く、ティファレトさんには「よろしくお願いします」 と真面目に返された。
そんな挨拶がつつがなく済むと、魔物を探して僕達は移動を始めた。
魔物を探すと言っても、それは魔物と戦う生徒の仕事である為に、僕は四人の後を観察と警戒をしながらついて行く。
四人が目指したのは、西門から南の方角。大結界から離れ過ぎるのは禁じられているが、日帰りできるぐらいの距離であれば何の問題もない。
僕の視界は魔物の姿を複数体捉えてはいるが、まだ距離がある為に四人は気づいていないようだ。
四人の武装は、ティファレトさんは普段通りの服装ながらも、その手には長さ百センチ程ある槍の先端付近の両側に巨大な翼の様な刃を生やした斧を持っていた。どう見ても重そうなそれを、補助魔法も付加魔法も何も無く軽々と手にしている。
セフィラは他の二人同様に皮鎧を身に付け、長さ五十センチ程の短剣を手にしていたが、この短剣が少し形状が変わっていた。門の様な細長い枠の中に掴めるように二本の横線が付いている柄の部分と、その枠の上に刃が取り付けられていた。あれは斬るというよりも、殴るように突く方が適してそうな形の武器だな。
次にヴルフルだが、支給品の為に皮鎧はセフィラとアルパルカルと同じではあるが、武器は佩いている長さ七十センチ程の剣で、切っ先の尖った鍔の無い剣であった。
最後にアルパルカルだが、彼の持つ武器は長さ百四十センチ程の短めの槍であった。
魔法使いなので基本は魔法で戦うのだが、それでも他に戦える手段は持っていた方がいい。
まぁ、元々ナイフのような短剣のような武器しか持っていなかった僕が言うような事ではないが。後は防具ももう少し硬いのを着たいが、やっぱり重いよなー。付加魔法付きで何か創ろうかな。
僕が装備について考えている間にも四人は索敵を続け、そして、アルパルカルが二体の魔物を発見する。
「あちらに魔物が居ます~」
その間延びした声と共に、アルパルカルが指を指した方角を向いたセフィラ達も魔物の姿を捕捉する。それと同時に四人は戦闘隊形を組む。斧を構えたティファレトさんを前に出し、ヴルフルがその左斜め後方で佩いていた剣を抜く。アルパルカルは右斜め後方で短槍を構えた。セフィラは後方で短剣を持ちつつも、魔法の用意を行う。
四人が陣形を組み終わり、それぞれの武器にセフィラが属性魔法を付与すると、魔物の姿が目視ではっきりと確認できるようになる。
それは子ども程の大きさのネズミのような魔物だった。視た感じ、犬と同程度の魔物だろう。
そのネズミの魔物が二体、セフィラ達目掛けて駆けてくる。
しかし場所が平原なので、草木に多少は隠れるものの、その姿はほとんど丸見えだ。
セフィラとヴルフル、アルパルカルが魔法で迎撃を行うと、回避しきれずに二三発直撃した魔物は二体ともにあっさりと消滅した。
「相変わらず手ごたえがないな」
「まぁそう言わずに~。油断は禁物ですよ~」
近づきも出来なかった魔物の弱さに、ヴルフルが鼻を鳴らすと、アルパルカルがそれをやんわりと諫める。
「さぁ、次の魔物を探しましょう!」
ティファレトさんの言葉に、四人は念の為に武器に掛けた付与をきってから移動を開始する。
そんな探索を一日かけて行い、四人は魔物十二体を討伐した。内訳は最下級が十一、下級が一だった。大結界から少し離れていたからか、防壁上の見回りが大結界付近で発見するよりも数が居た。それでも四人が苦戦するような事は一度もなかったが。それと、下級の魔物と戦った際にティファレトさんも武器を振るったのだが、その強さは予想以上だった。いくら付与魔法が武器に掛けられていたとはいえ、まさか単独で下級の魔物を一撃であっさりと屠ってしまえるとは思ってもいなかった。
そして、日が暮れる前に大結界内に戻り西門前で解散すると、他の監督役の魔法使いの人達と共に責任者の所に報告に行く。そこから学園側へと報告が上がることだろう。
報告が終わり、今日の任務も終了する。そのまま宿舎の自室に移動すると、部屋にはティファレトさんだけが居た。
「あれ? みんなは?」
「お風呂場に行きました」
「ああ。なるほど」
僕は頷くと、僕もお風呂に入ろうかなーと思い、考え直す。今日は人が多そうだから止めておこう。自浄魔法で身体や服の汚れを落とすと、二段ベッドの上に移動する。
「オーガストさんはもうすぐ進級ですか?」
「そうですね。討伐数は既に達しているので、残りは約一月ぐらいでしょうか」
ティファレトさんの問いに、ベッドの上段から顔を覗かせて答える。
「やはり早いですね。せっかくまたこうして同室になれたと言いますのに」
「そうですね。同室が知らない人ではなかったのは、変に気を遣わなくていいので助かりました」
そう返すと、ティファレトさんは「ふふふ」 とおかしそうに笑った。
「?」
「オーガストさんは本当に相変わらずですね」
なんか最近似た事をよく言われる気がする。
「そんなに変わってますかね?」
少し、気になったので訊いてみる。別にそこまで気にしている訳ではない。
「そうですね・・・セフィラさんと似た感じがしますね」
ティファレトさんの少し考えてからの答えに、僕は一瞬固まる。個人的にセフィラは変人だと思っている。まぁ認める部分もあるのだが、やはり変わってるとは思うのだ。
「それは、どう返せばいいんですかね」
ティファレトさんからは負の感じは無い。むしろ好意的だ。まぁ何だかんだと言っても、自分を造ったセフィラの事は誇りのようだからな。
「気にしなければよいのでは? セフィラさんならそうしますが」
「まぁ、セフィラならそうでしょうね」
彼は機械以外に興味が無いからね。しかしまぁ、その通りなんだけれども。
そんな話をしていると、セフィラ達がお風呂から帰ってくる。
「おや、早かったな」
僕の存在に気がついたヴルフルがそう声を上げる。
「報告だけだったからね」
「そうなのか」
会話しながらも、ヴルフルはアルパルカルとセフィラ同様に着替えた服を適当に仕舞う。それが終わると、四人は夕食を摂りに食堂へと移動していった。
それを見送ると、僕は今日も早々に眠る事にした。たまにはこういう日が続いてもいいだろう。いや、むしろ最近がおかしかったのだ。これからはまた一年生の時の様にのんびりと過ごせる事だろう。少なくとも、残り約一月の間はこういう日が続くのだろうから。