バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

西門警固2

 そんな話をしている内に打ち合わせを終えたダーニエルさんと部隊長は、僕に一声掛けてから睡眠を取りに奥へと向かった。
 静寂が詰め所を包む中、僕は飽きもせずに窓から外の世界を眺め続ける。

「ん? 他の見回りの人かな」

 僕達の居る詰め所の前を通っていった反応を感じてそちらに眼を向けると、十人程の反応が離れていくのが視えた。おそらく夜警の部隊だろう。

「明日には北門の境で折り返しかな?」

 途中で魔物を一匹だけ目にしたものの、基本的には平和なものだ。大結界近くの魔物などは生徒が狩っているというのもあるのだろう。
 二年生から五年生までは大結界付近の魔物狩りをするのが本来の姿だ。僕のように森の中に入れるのは六年生以上ではあるが、森の出口付近まで行くとなると、十年生ぐらいか。いや、十年生の中には更にその先へと赴く者も居るとかなんとか。
 とにかく、個人的にはもう十年生相当の実績という事で卒業させてくれないだろうか。・・・無理だろうな。
 それにしても平原というモノは平和なものだ。平原は森に囲まれている為に、その森を抜けてこなければ平原には入ってはこれない。例外は上空と地下だが、地下に住まう存在はこの辺りにはほとんどいない。森の先に洞窟に住まう異形種が居るが、それぐらいで、地下に住んでいる存在というものはあまり聞いたことがない。上空はたまに巨鳥が飛んでくるが、それも最近は目撃数が減っていた。

「退屈なものだ」

 人間ばかりの狭い世界。たまに見かけるのは弱い魔物。欲する知識はこの人間の世界にはもうあまり多くは残っていない。
 それでもまだ公国と帝国しか行った事が無い為に、もしかしたらという思いもあった。

「空が白みだしたか」

 そんな風に色々と物思いに耽っていると、夜も明けてきた。朝食は保存食がこの詰め所に在るらしいので、それを少し貰うのだとか。そして、出発はその後だ。

「本当にずっと起きていたのだな」
「おはようございます。ダーニエルさん」
「おはよう」

 起きてきたダーニエルさんに挨拶を返す。ダーニエルさんは僕に挨拶を返すと、全員分の保存食を取りに保管庫へと向かう。手伝おうかと思ったが、不要だと断られた。
 それから少しして、部隊長と他の兵士の皆さんが起きてくる。生徒以外が起きてきたところで、保管庫からダーニエルさんが大きな籠をもって戻ってくる。
 籠の中身は乾パンの缶や干し肉に干し野菜、それと水だった。
 それを全員分に分ける。
 僕は缶から乾パンを数個取ると、残りを他の兵士に食べてもらう。それ以外は水だけを貰い、残りは他の兵士に回した。

「残りはまだ寝てるのか?」

 ダーニエルさんの問いに、同じ部隊の兵士が返事をする。

「そうか。ちょっと起こしてくるから、先に朝食を摂っててくれ」

 そう言って奥の部屋へと消えていくダーニエルさん。

「じゃ、先に食べておくか」

 部隊長の言葉に、残った兵士達と僕は椅子に座って朝食にする。
 僕は直ぐに朝食を食べ終わると、窓際へと場所を移す。そこから見える朝日に照らされた草原は、日中とはまた違った味があった。
 念のために今日の進行方向へ眼を向ける。魔物の気配はあるものの、それは大結界からは離れた位置なので問題ないだろう。こちらに近づく気配は今のところはないようだし。
 そこで奥の部屋からダーニエルさんに連れられた生徒が三人起きてくる。

「ほら、さっさと朝食にするぞ!」

 ダーニエルさんに促されるままに席に着くと、三人は朝食を食べ始める。
 この保存食は定期的に補充されているらしく、食べ過ぎない範囲であれば、こうして食べるのは一向に構わないのだとか。因みに、乾パンは宿舎の食堂で貰ったのと同じ物であった。
 それから黙々と朝食を終わらせると、詰め所を出発する前に荷物の確認と部屋の掃除を軽く行い、詰め所を出た頃にはすっかり朝になっていた。
 そのまま北へと向けて進む。防壁上から見る景色に大きな変化は無いものの、西門周辺よりは木が増えた気がした。もう少し先に行くと木は一気に減るみたいだが。
 他には何もない。魔物の姿も、生徒の姿も、動物の姿さえ。

「・・・・・・?」

 生徒の姿が無いのは門から離れたからだろうが、魔物どころか動物の姿さえ全く見掛けないのには少し違和感があった。最初は寒さ故かとも思ったのだが、眼の範囲を広げた事でその理由が分かった。
 北側の森の方に強い魔力反応があった。今まではっきりと気づかなかったのは単に索敵範囲外だったのもあるが、おそらく森まで来たのはつい最近の事なのだろう。もしかしたらそれは今日かもしれない。もしや朝に感じた魔物の気配の正体とは、この一端だったのだろうか。
 おそらくその存在の出現に、動物も魔物も逃げたのだろう。それにしても、禍々しいまでの魔力を垂れ流してるのは何かに対する威嚇なのか、それとも制御できていないのか。
 魔力の漏れ出ている範囲が広く濃度が高い為に、その元凶の姿が魔力の影に隠れて捉えにくい。ぼんやりと北の森の大分奥地に居る事だけしか分からなかった。他には、観察している間動いている様子が窺えない事だろうか? それが余計に不気味な気がしてくる。
 とはいえ、現段階では僕には関係ない話だった。敵対するというのならば容赦はしないが、何もしないというのであれば傍観していればいい。まぁ推定の魔力量が西の森の外縁部に居たゾフィ以上ではあるから、念の為にプラタに訊くだけ聞いておこうかな。

『プラタ、聞こえる?』
『はい、ご主人様の清音はしっかりと届いております』

 プラタと通信が繋がった事を確認すると、早速本題を問い掛ける。

『北の森側に禍々しい魔力を感じるんだけれども、その正体が何か分かるかな?』
『あれは変異種のようです』
『変異種?』

 初めて聞く単語に、僕は興味深げに問い掛ける。

『変異種とは稀に魔物の中に現れる変異体の事でして、簡単に申しますと魔力に当てられた魔物です』
『魔力に当てられた?』
『ご主人様もご存じの通りに、人間界から離れれば魔力濃度が高くなっていきます。特に天使や魔族、ドラゴンなどの強者が住まう辺りの魔力濃度は高く、その辺りに生息している魔物は強力な場合が多いのですが、稀にその高い魔力濃度を処理しきれない魔物が現れるのです。その魔物は単に処理が上手く出来ないのか、それとも取り込む調整が出来なくなっているのかによってその後が変わってきます。前者は魔力濃度の低い地域に移り住めば解決いたしますが、後者はそう簡単にはいきません。魔力の取り込みが調整できない魔物は、魔力の排出を増やさなければ直ぐに限界値に達してしまいます。その状態でも魔力の吸収が続いていますので、放置していますと程なく自壊してしまいます。この状態の魔物は魔力排出は正常に働いている場合がほとんどですので、魔力濃度の低い地域に移り住み、魔力排出を強制的に続ければ何とかなります。この魔物は魔法を使用できる場合は多用してくるので、少々強敵です。問題は、魔力排出も上手く出来ない魔物です。この魔物は大抵生まれて直ぐに自壊しますが、かなり稀に適応してしまう魔物が現れます。それが変異体。もしくは変異種です』
『その変異体はどう適応したの?』
『魔力排出量が増えたり、器が大きくなったりします。これも違いがあり、逆に排出量が吸収量を上回ってしまい、魔力が枯渇して消滅してしまう変異種も居ます。かと思えば、変異しても排出量が少なく、自壊するまでが少し長引いただけの存在も居ます。勿論両者の均衡がしっかりとれている変異種も居ますが、消滅しない変異種は総じて強力な魔物です。そして、問題の現在北の森に居る変異体ですが、これは吸収量に比べて排出量が若干少なく、器が大きくなった魔物です。余剰魔力は内で更に濃度を上げるか魔法で発散しているようですが、内包魔力量が多く、長く高濃度の魔力の中に居る影響で外皮は硬質化し、牙や爪はより鋭利で丈夫になり、好戦的になってきているようで、とても強力な魔物のようです』

 聞く分でもとても面倒そうな相手だな。

『その魔物と僕が戦ったとしたら、僕は勝てると思う?』
『勿論で御座います。ご主人様』

 即答だった。考える必要も無く、一変の疑いの余地もないとばかりの即答だった。

『あの変異種も含め、こちら側に流れてきた魔物は総じて敗者ですので』
『敗者?』
『生存競争に敗れた弱者です。あの変異種は他の地域で生きていけなかった程度の存在ですので、ご主人様が負けるなど、どのような事態が起きようともあり得ない話です』
『あれで敗者なのか・・・』

 禍々しく、ゾフィよりも強そうな魔物でも、他の地域では敗者。それは他の地域の強さが異常な事を教えてくれるが、では、魔族はどうやって生き残っているのだろうか?

『でも、あの変異体はゾフィよりも強いよね?』
『いえ。確かに内包している魔力量だけでしたら北の森の変異種の方が高いですが、魔族は魔法の多彩さと正確さの方が脅威ですので、威力だけでは測れないのです』
『なるほど』
『ですから、威力・精確さ・種類とあらゆる要素を高い水準で併せ持つご主人様は圧倒的な存在なので御座います』
『そう、なのか・・・?』

 そこに関してはいまいちよく解らない。人間の中では圧倒的なのは理解できているが、そもそも外の世界の基準というものが分からない。

『まぁ、勝てるならいいや。なら、放置でいいかな』
『・・・そうで御座いますね。今はまだ大丈夫でしょう』
『・・・どういう意味かな? プラタさん?』

 プラタの言葉は、直に大丈夫じゃなくなると言っている様にしか聞こえないのだけれども。

『私に敬称など冗談でも御止め下さい。現在、規模は西側よりは少ないとはいえ北側には魔族軍が居ますので、敗者であるあの変異種では対処しきれず討伐されるか、人間界側に逃げてくると予測できるという意味です』
『ああ、そういえばそうだった』

 現在の人間界は、西側を除いて森の外を魔族軍が囲んでいるんだった。目的は人間ではないらしいんだけれど。

『その際、ご主人様以外では対処が難しいと愚考致します』
『・・・なるほど。どうにかして目立たないようにしたいものだ』

 どうにかその国の最強位を引っ張り出して対処させるなりさせて、その陰で補助すればあるいは? でも、もしそれが王国側だったら・・・。

『とにかく! 助かったよプラタ。ありがとう』
『私には過分な御言葉です』

 正体不明の存在の正体は判明したものの、面倒そうな事には変わりなかった。それにしても、相変わらず部屋の外は面倒事で溢れているな。

『そういえば、シトリーは元気にしてる?』

 昨日顔を見たばかりではあるが、最近連日顔を合わせていたので少し気になり、プラタにそう問い掛けていた。

『元気ですが、私ばかりがご主人様と言葉を交わしておりますので、少し不貞腐れておりますね』
『ああー、なるほど。この後にシトリーとも会話してみるよ』
『よろしく御願い致します』

 プラタの言葉に小さく笑いを漏らす。何かシトリーの姉の様な感じだな。

『どうかされましたか?』
『ううん。何でもないよ。じゃあ、シトリーに繋ぐね』
『はい』

 プラタの返事を聞いて会話を切ると、そのままシトリーへと繋ぐ。

『シトリー、聞こえる?』
『オーガスト様!』

 シトリーの元気な声が脳内に響き、少し顔を歪める。

『元気にしてた?』

 音量を調整しながら、そう問い掛ける。

『元気だったけれど、オーガスト様と離れててつまんなかった!』
『そうか。でも、こっちはもう少しかかるからね』
『ぶー。なら、もっとお話しよー』

 シトリーの子どもの様な物言いに、少し心が和む。会話を続けながらも警戒は継続しているが、今のところ平和そのものだ。

『そうだな。じゃあ、シトリーは北の森に居る変異体をどう見る?』
『あれは上手く適応出来なかった個体だねー。しっかり適応出来た変異種はとても強いからねー』
『強い変異体に会った事があるの?』
『あるも何も、魔物の国の現王は変異種だからね。とっても強いよー。あまり外に対して野心が無いから存在感が薄いけれども、私が見るに、現魔王よりも強いと思うよ』
『そうなのか。一度会ってみたいな』
『オーガスト様になら、魔物の国に行った時に会わせるよ!』
『会わせるって、相手は王様でしょ? そう簡単に会えないでしょう』
『大丈夫だよ! 私はこれでもその王と面識あるからね!』
『そうなんだ!』

 本当に、シトリーって一体何者なんだろう。プラタといい、謎だなー。まぁ、そこまで気にはならないんだけれどもね。

『そういえば、魔物の国ってどこに在るの?』
『魔物の国は人間界からなら南側だよー』
『そうなのか』

 魔物はどこにでも現れるので、教えてもらわないと場所なんて分からなかっただろうな。

『昔から北側では魔族と天使が争い、それをドラゴンが静観してたから、その間に私達魔族は南で栄えたんだ! 今は北側の情勢は変化してきているけれども、南側は魔物の支配地域なのは変わらないんだよ。まぁ、最近は魔族がちょっかい出してくるけれど、南側の魔物を普通の魔物と思ってもらっちゃ困るんだよね!』

 シトリーは自慢げにそう語る。やはり同族の話は誇らしいのかもしれない。それとも、南側にシトリーの故郷でも在るのだろうか?

『そういえば、南側の話は聞いた事なかったな』

 魔族や天使、ドラゴンの話は聞くが、それらは全て北側の支配者達だ。
 人間界でもその北側の支配者の話は聞くが、南側の話は聞かない。これは、南側の森に住まうエルフ達が排他的で好戦的故に手が出せてないからだろう。人間界の南側に領土を持つナン大公国はかつて幾度か森へ派兵してかなり手酷くやられているらしいし、そもそも南側のエルフとは交流が無い。同じエルフでも西側のエルフ達以上に謎の存在だ。

『なら私が教えてあげる!!』
『はは。ありがとう』

 嬉しそうなシトリーにそう返したところで、そういえばと思い出す。

『前にドラゴンが住む山の先に魔境が、その先に最果てがあるって言ってたけど、南側はどうなってるの?』
『・・・南側にも東側にも西側にも第一層を囲むように魔境は存在してるけれど、その先、最果てに関しては東側と西側の半ばあたりから南側まで、つまりは最果ての半分なんだけれど、水で満たされてるんだよ』
『水?』
『最果てには二体の魔物が住むって話をしたと思うんだけれど、その一体の住処がその水の中なんだ』
『そうなんだ』

 水に住むって事は水棲なのかな? という事は神殺しの魔物の一体は魚なのかも?

『まぁ私も詳しく知らないんだけれどね。今は魔境を越えられないから』
『そういえば、シトリーとプラタでもキツイって話だったね』
『うん。今の魔境に行くぐらいなら、第一層の全てを敵に回した方がいいかもしれないぐらいだね』
『それほどなのか』
『うん。いつかオーガスト様も行ってみるといいよ。北側以外からならば大きな河を越えれば辿り着けるから。山越えも楽しいかもしれないけれどね!』

 魔境にも最果てにも興味があるものの、それはプラタやシトリーより強くなれたらだろう。でなければ無駄に命を落とすだけだろうから。

『南側には魔物以外には何が住んでいるの?』
『主な種族は竜人・巨人・幻獣だね! 魔族やドラゴンも住んでは居るけれど、少数派だよ』
『竜人?』

 巨人も気にはなったが、竜人は初めて聞いた種族であった。お伽噺にも出てこない種族だ。

『竜人はドラゴンと人げ――魔族を混ぜた様な種族で、数は多くないんだけれど、強靭な肉体と強力な魔法が使える種族だよ! 好戦的ではないから敵対しなければ付き合い易い相手で、魔物の国の庇護下にある種族なんだ!』
『そうなのか、それは一度会ってみたいな。それじゃあ巨人は?』
『デッカイ奴らでね、東側から南側にかけて住んでいる種族なんだ! こちらも大人しい種族で、主に東側と南側の魔境との境界になっている大河を守る門番の様な役割を担ってるんだ! 北側で言うドラゴンの立ち位置かな』
『へぇー。なら西側にもその巨人やドラゴンみたいに境界を守ってる種族が居るの?』
『それが妖精だよ! 西側の大河の前には妖精の森が広がっているから、正直、強行突破で魔境を目指すなら西側を抜けるのが一番難しいんだよね』
『妖精の森は西側に在るのか』
『うん、そうだよ! 妖精もドラゴンも巨人も境界を守護しているというよりも、第一層の住人が魔境に間違って足を踏み込まない様に、または魔境の住人が侵攻して来ない様に守護してるんだよね。だから、普通は守護者達に手を出そうとはしないし、逆に守護者が第一層の住人に手を出そうなんて考えない。そういう所から、昔から守護者は観測者と呼ばれ敬われているんだけれども、昔は妖精が、今は魔族がそれを破ろうとしているね』
『妖精が魔法を伝えた事?』
『そう。あれは妖精の、オベロンの暴走。いや、驕りかな? 今は大人しくなったけれど、昔は色々面倒な妖精だったんだよ! そして、今は魔王がドラゴンを排して守護者の地位に就こうとしている。それも支配者を兼任した観測者に。こちらも結局は根底に在るのはアイツの真似事だね』
『アイツ?』
『あ・・・な、何でもないよ! それよりオーガスト様! いつ魔物の国に来てくれるの?』
『え? うーん。今のところは明確な期限は決めてないかなー』
『そっか。なら、決まったら教えてね! 張り切って案内しちゃうから!』
『はは。ありがとう』

 話を逸らされたけれど、まぁ深入りするような話でもないかな。
 それからもシトリーと様々な話をしていると、無事に北側との境近くに建っている詰め所に到着する。
 その詰め所に到着したのは昼頃であった。
 僕達はそのまま中に入ると、詰め所の中は前日に昼食を摂った詰め所と似たような造りをしていた。
 入って直ぐの広間には八人の兵士と、三人の魔法使いが詰めていた。見渡した限り生徒の姿は見当たらない。
 中に居た兵士や魔法使いは老若男女が入り混じっていたものの、全員が中々の熟練者のようで、威厳のある雰囲気を持つ者ばかりであった。

「おや、ダーニエルではないか」

 その中で年長者と思しき厳めしい顔の体格のいい老人が、最初に中に入ったダーニエルさんへと座ったまま親しげにそう声を掛ける。

「おぉ! ロビン爺さんではないか!」

 ダーニエルさんの言葉に、ロビンと呼ばれた老人は立ち上がり近づいてくる。

「ダーニエルがここまで来るとは珍しいの」

 ロビンさんは厳めしい顔を崩して笑う。

「俺の管轄は西門の方ですが、たまにはこちらに来ますよ。ロビン爺さんとはたまたま時間が合わなかっただけだろうさ」
「ほ、ほっ! そうか」

 話を続ける二人を横目に、部隊長が僕達に指示を出す。と言っても、昼食にするというだけだが。
 入り口から少し離れたところで部隊ごとに席に着くと、食事を取りに向かった部隊長を待つ。
 その間もダーニエルさんとロビンさんは会話を続けていた。他の兵士や魔法使いは食事をしていたり、窓から外を監視していた。

「こんにちは」

 そんな中、一人の魔法使いが僕達に声を掛けてくる。細身で小柄な体形や額が隠れるぐらいの長さの濃い赤髪よりも、女性の様な顔立ちが印象的な男性の魔法使いであった。

「こんにちは」

 残っていた部隊員の中で最年長の兵士がそれに挨拶を返す。

「見回りかい?」

 その魔法使いの男性は透き通るような笑顔を浮かべながら、僕達四人の生徒へと目を向ける。

「ええ、そうです。昼食を食べましたら西門へと戻る予定です」

 頭を下げる僕達生徒を確認したその最年長の兵士が、魔法使いの男性へとそう返す。

「そうでしたか。若者には頑張って欲しいものですね」

 魔法使いの男性は好意的な笑みを浮かべてそう言うと、離れていく。
 その背を見送りながら、他の生徒に目を向ける。そこに居る男女三人の生徒は、先程の笑みにすっかり魅了されていた。
 表向きは将来の同僚になる可能性がある魔法使いへの気遣いという事だろうが、実際は品定めかもしれない。強い魔法使いは早いうちに囲い込んでおかなければ、他国に引き抜かれるかもしれないのだから。
 しかし、何も無かったという事は、お眼鏡にかなわなかったという事だろう。後で個人的に、というには時間が無さ過ぎる。
 魔法使いの男性が窓の所に立つ他の魔法使いの下に戻ったところで、部隊長が昼食を持って戻ってきた。

「昼食にしようか」

 部隊長はまだロビンさんと会話をしているダーニエルさんの方へと一度目を向けると、持ってきた保存食を僕達に分配する。
 保存食が全員に行き渡ると、僕達は昼食を食べ始めた。
 僕は相変わらず乾パン数個と水で済ませると、他の部隊員達が食べ終わるまでぼんやりと待つ事にする。
 そうしていると、話を終えたダーニエルさんが帰ってきた。

「すまない。遅くなった」

 一言そう謝ると、席に着いて自分用に分配されていた昼食を食べ始める。
 黙々と食事を口に入れているダーニエルさん。他の部隊員の兵士や生徒はもうすぐ全員が食べ終わるところだった。
 周囲に目を向けると、外に出たり、新たに入ってきたりしたので、顔ぶれは変わっている。
 それでも熟練者達ばかりなのは、北側警固隊との境に位置しているからだろうか? ユラン帝国とクロック王国は良好な関係だったはずだが、国境となるとやはりそう簡単な話ではないのだろう。
 それにしても、その西門側の精鋭と思しき魔法使いを観察した限り、ジーニアス魔法学園の生徒と比べれば断然強いものの、おそらく三次応用魔法までしか使えないのだろう。ペリド姫達と比べると、ここの魔法使いの方が若干落ちる。とはいえ、同等と言ってもいいぐらいだろう。あとは経験や覚悟なんかで差が表れる・・・のかな? そう考えると、ここの魔法使いに一日の長があるのか。
 そんな事を考えている内にダーニエルさんも昼食を食べ終える。

「はぁ。食べた!」

 手を合わせて食後の感謝を捧げたダーニエルさんは、全員分のごみを回収する。

「これを片してくるから、整列さておいてくれ」
「分かった。先に外に出てるからな」

 ダーニエルさんの言葉に部隊長は頷くと、全員を外へと出して整列させた。

「これから我らは西門に向けて来た道を戻る。主に壁の内側と壁そのものに不具合が無いかを確認しながらの移動になるが、くれぐれも気を抜かないように!」
「「「はい!」」」

 全員の元気のいい返事を聞いて、部隊長は満足そうに頷いた。
 そこに昼食を片付けたダーニエルさんが、詰め所の中から戻ってくる。

「全員揃ってるか?」

 ダーニエルさんの問いに、部隊長が頷いた。

「それじゃ、西門に向けて見回りを始めようか!」

 行きと同じようにダーニエルさんを先頭に、僕の所属する部隊は後方からついて行く。陽はまだ中天を過ぎたばかりだ。





 太陽光と移動で身体が温まってくるも、外気温がそこまで高くはなく、風が適度に吹いているおかげでそれなりに快適な体温を維持できている。
 防壁の内側には街や村がある以外には平坦な地面と森があるぐらいで、特筆すべき事は何も無かった。街や村の外でも人の姿は散見できるが、そのほとんどが農民であった。当然ながら魔物の姿は無い。

「おや?」

 しかし、遠くを走る一台の自動車を発見する。自動車は軍関係か上の階級にしか行き渡っていない。軍関係と言っても、帝都に駐在しているなどの中央に近く管理しやすい部隊にしか割り当てられていない。貴族や皇族などは移動に使う事もあるらしいが、庶民には関係のない話だった。他にも上が独占している技術は多数あるが、別に帝国だけが特別という訳ではない。他の国でも似たようなものだ。だから、ティファレトさんのような存在を造ってしまうセフィラは少しおかしいし、身の安全を心配しなければならないのではないだろうかとも思う。

「・・・ん?」

 そんな風に考え事をしていると、索敵範囲を広げたままだった僕の知覚に魔物の反応が引っかかる。
 防壁の内側に魔物が居るというのはあり得ない話ではないが、異常事態の可能性があった。なので、僕はその反応の先へと意識を集中させる。

「???」

 そこには欺騙魔法の掛けられた一軒の家があった。その家の中には様々な魔物が集まっていたが、その大半は最下級の雑魚ばかり。中には下級の反応も混ざっているも、その全てが人間製である事だけは分かった。
 何故そんなに人間製の魔物が集められているのか疑問に思いながらも、もう少し詳しく視てみると、その魔物の中に人間の反応が五つあった。内三つは手練れの魔法使いで、少なくとも先程詰め所に居た魔法使いの男性以上の強さだと予想できる。経験や技術の方はまだ判らないので、実際の強さは分からないが、それでも三人の内の一人は突出した強さがあるので、その魔法使いだけは確実に強さは上だろう。
 残りの魔法使い以外の二つは魔力量的には一般人のようだが、よく判らなかった。よくよく視れば、その突出している魔法使いの影に魔物の気配が感じられた。つまりは、最低でも影に隠れるぐらいの強さがある魔物が居るという事で、それを創造したのは、間違いなくその影を作り出している魔法使いだろう。それを理解して、少々興味が湧いた。

『フェン』
『何で御座いましょう? 創造主』

 魔物の事なので、まずは同じ魔物であるフェンに問い掛けてみる。

『僕の眼の先が分かる?』
『あの魔物の群れがある場所の事でしょうか?』
『そう。あの中に影に隠れている魔物が居ると思うんだけれど、分かる?』
『勿論で御座います』
『そっか。あれ、強い?』
『いえ。まだ異形種どもと戯れる方が退屈しないかと』
『そっか・・・。あの魔法使いは? 多分その魔物の創造主だと思うんだけれども』
『人間にしては強いとは思いますが、単独のエルフと平地でいい勝負、ぐらいではないでしょうか?』
『そっか』

 エルフと伍する時点で人間の中では最強位並みの強さらしいのだが、エルフを間近で見て、戦闘も目にした身としては、興味が失せるには十分な情報であった。
 それでも、影に隠れる程の魔物が創造出来る存在が人間界にも居る事には驚いた。人間も最強位の五人ばかりではないようだ。・・・いや、自分の家系を考えればそれもそうか。ウチは母方の家系の魔力が人一倍強い家柄だ。おかげで長姉が王国の最強位なのだから。
 そういえば、妹達は元気にしているだろうか? 彼女達は幼いながらにその長姉であるジャニュ姉さんに次ぐ程の魔力量を誇っている。扱いは大変だろうが、上手くやれているだろうか? もうすぐ十五だから、僕の様に学校に通わされるとは思うけれど、上手に魔力制御できていればいいんだが。そう思うと、魔力制御ぐらい教えておいたほうが良かったかも? まぁあの二人は賢いから大丈夫だろう。それに、魔力の才もあるようだし。

『ありがとう、フェン。助かったよ』
『身に余る御言葉、恐悦至極に御座います』

 フェンとの会話を終えると、念のためにプラタとも連絡を取る。フェンと一緒に連絡すればよかったな。

『プラタ、聞こえる?』
『はい。御声、届いております』
『それは良かった。早速なんだけれど、あの魔物に囲まれている一団が何か判る?』
『あれは奴隷売買をしていた組織の頭目と、その側近達ですね』
『は? それってペリド姫達が追っている?』
『はい。その目的の人物です』
『そ、そうなんだ・・・』

 こんな身近に居たのか。というよりも、即答で断言できる程に事態を正確に把握しているプラタが少し怖かった。まぁ今更だけれども。
 現状ペリド姫達と連絡を取る手段がなくもないが、それは少々彼女達の知らない方法を用いなければならないので、正攻法の連絡手段は無かった。お姫様や貴族相手に知り合いなんていないし、連絡網なんて築いていない。
 なので、僕はそれを無視する事にした。今は防壁上からの見回り中だ、街の警邏中じゃないし。それに、正直もう興味が無かった。
 意識を切り換えると、他の場所に目を向ける。奴隷売買の頭目が居た場所から離れた場所に、少し強めの魔物が集められた場所が在った。そちらはおそらく頭目自身が創造した魔物達だろう。数はそんなに多くはないが、最低でも下級の魔物の集まりで、そこは人里離れた森の中だった。
 他には無いかと目を向けるも、他に魔物が集められている家は見当たらない。この二つの魔物の家がこの辺りの戦力なのだろう。数はそれなりだが、相手がペリド姫達だとすれば、全体的に質があまりに低い。
 それでも、あの頭目だけは別だった。あれをペリド姫達が相手にするには少し早い。彼女達は才能がある為にいずれ通り過ぎる道ではあるが、今はまだ至れてさえいない。

「・・・・・・」

 興味はないが、一応プラタに監視を頼んでおくか。僕もプラタの様に視界を広く確保出来ないものかな? でなければ、何時まで経ってもプラタに頼りきりになってしまって申し訳ない。まぁプラタは頼った方が喜んでくれそうではあるんだけれどもさ。

しおり