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西門警固4

 翌朝。いつものようにティファレトさんに挨拶をしてから準備を済ませると、朝食を摂って責任者の下まで移動する。
 本日の予定は西門から南進して、西門と南門の警固管轄の境近くまでの見回り。
 一緒に見回りを行う部隊と合流する為に、既に集まっているという西門前へと移動する。
 どんよりとした天気の下、西門前に集まった面々と挨拶を交わす。
 僕の入る部隊は、三人の兵士と一人の女子生徒。一緒に見回りをするもう一つの部隊も、三人の兵士と男子生徒と女子生徒が一人ずつの二人の生徒だった。
 適当に挨拶を済ませると、僕達は防壁上へとあがり、南に向けて移動を開始する。
 流石に西門周辺の景色は前回とそこまで変わらない。南側の平原は背の高い草が多いと聞くが、まだ寒い時期なのでそう多くはないかもしれない。とはいえ、それでも少しは楽しみだ。
 視界を拡げながら見回りを行う。当たり前かもしれないが、確認出来る魔物も大して変わり映えがしない。
 その片手間でろ過器のようなモノを創れないか、自分の視界で試してみる。
 対象とする物体の素材だったり構成物質などは基本的に必要ない。掛かっている魔法は一応取得しつつも、手元で簡単に処理できるようにはしておきたいところだ。位置や距離は立体的に知りたいが、全てを一気には必要ない。これは事前に取得範囲を設定しておいて、その範囲だけの位置情報を取得するようにしておきたい。・・・いや、それならば位置情報に限らず、始めからその設定範囲内の情報だけを取得しておくように大枠を作ればいいか。それから細かな取得情報を設定していけば、ろ過器として機能する魔法を構築しやすくなる。

「・・・・・・」

 プラタの知覚範囲は判らないが、得ている情報量から考えるに、やはり僕では遠く及ばないか。範囲を絞って、それから細かく選別してやっと可能性が見えてくる程度なのだから。
 まぁそれでも、視界が拡がるのはいい事だ。世界の眼を試した感じ、何もしなければ西門の警固管轄の防壁ぐらいは何とかなった。しかし、最初はもっと狭い範囲で試すべきだろう。その大枠の範囲指定と、その範囲内での何を捨てるのかの設定を細かに行う。この設定外の情報は勝手に取得してしまうので、取得しない情報の設定はとにかく細かい方がいい。他にも優先して取得する情報も組み込んだ方がいいだろう。
 それらの指定を一つひとつ細かに組み合わせて、一つの大きな魔法として組み上げる。これは、転移で行動を勝手に行ってくれるようにした魔法と似たようなもので、小さな事しか出来ない魔法を連続して実行させることで、目的の魔法とする。
 発想自体は至極真っ当で簡単なモノではあるが、魔法使いというモノは一つの魔法で一気に事を成したい生き物なので、応用魔法以外で組み合わせて魔法にするというのは発想が思い浮かばないらしい。これは魔法が形を成す前に組み合わせるので、合成魔法とは別物なんだけれどな。どちらかといえば応用魔法に似ている。
 その選別の為の魔法を組み上げると、自分の視界に組み込んでみる。すると、設定通りに魔法が働き、目的通りの結果となる。結構視界がすっきりしたが、設定通りにしか選別できないので、融通が少し利きにくいのが難点だな。
 そうは思うが、世界の眼を使用するのには必要な事だ。後は状況に応じて設定を変えていけばいいか。
 まずは世界の眼を実行する。あまり広範囲で行わなければ、魔力視で警戒しながらの片手間でも何とか行えるようにはなった。
 そのまま世界の魔力を操作して、先程完成した選別の魔法と同じ魔法を組み上げる。小さい挙動の魔法の集合体であるために、動かせる魔力だけでも何とか組み上げられた。その魔法を発動すると、先程同様に視界が一気にすっきりする。
 これなら何とかなりそうだと確認出来たので、僕は世界の眼を閉じた。

「・・・・・・」

 とりあえず初期の段階としてはこれでいいだろう。そう結論付けると、僕は見回りに集中する。
 天気が曇りの為に時間が分かりづらいが、こっそり時刻を確認してみると、もうすぐ昼になるようだ。少し先に詰め所が見えてきたので、あの詰め所で一度休憩だろうか。
 大結界近くには魔物の姿も、生徒の姿もない。動物はたまに見るが、風景に大きな変化が無い為に割と退屈だ。昼食は今回も持って来ていないので、昼休憩中は何をしようかな?

「あの詰め所で昼休憩にする!」

 もう一つの部隊の部隊長である女性がそう声を上げて、近くなった詰め所を指差した。
 それから直ぐに詰め所に到着すると、僕達は次々と中へと入っていく。
 みんなが詰め所内に入ると、部隊長は昼食を摂る事を告げた。それに従い、それぞれが幾つか置いてあった机を囲む。どうやら今回は部隊で固まらなくてもいいようだ。
 僕は一人で席に付く。近くには生徒達が三人一緒に座っている。聞こえてきた話から、どうやら三人は同じパーティーらしい事が分かった。
 それぞれが食事を開始する中、僕は窓の外を眺めつつ、一応背負ってきていた中身が空の背嚢から水筒を構築して取り出し、水を飲む。そうしながら世界の眼を試す。やはり何事も慣れが必要だ。
 窓の外、平原に居る魔物を視界に収めると、今いる場所との距離を正確に測る。それが済むと、周囲の情報を確認する。それらが分かれば、転移に必要な情報は揃った事になる。後は周囲に脅威が無いかの確認を行うだけだろう。まぁ転移はしないけれども。
 ついでに色々視ていると、どうやらその間にみんなの食事は終わったようであった。
 昼食を終えると、少し休憩を取るらしい。
 僕は水筒の水を少量ずつ口に含みながら、座ったまま変わらず窓の外に目を向けていた。

「ねぇ、確かオーガスト君、だったよね?」

 そんな僕に、横から声が掛けられる。
 その声に顔を向けると、そこには同じ部隊の女子生徒が少し緊張したような笑みで立っていた。

「そうだけれども?」

 何の用だろうかと首を傾げる。この女子生徒を含む生徒三人とは面識はないはずだ。

「昼食食べてなかったけれど、大丈夫?」
「ああ、問題ないよ」

 投げられたのはいつもの問いで、少し安堵する。

「そうなんだ。お腹空かない?」
「大丈夫だよ。燃費はいい方なんだ」

 愛想笑いを浮かべつつ、そう返す。人と接するようになって、愛想笑いの重要性が理解できた。人と接する際に笑顔は重要な武器の一つだ。同級生だし、砕けた喋り方の方がいいだろう。

「オーガスト君は西門に来てどのくらいになるの? 私達はまだ一ヵ月ぐらいなんだけれども」

 やはりパーティーなのか。それにしても、おそらく彼女達が入学したのは僕と同じ頃だと思うのだが、僕の事は知らないらしい。思ったよりも三つ目のダンジョン攻略の話は広がってないか、ペリド姫達の存在が大きすぎてそれしか伝わっていないのだろう。

「今で五ヵ月ぐらいかな」
「じゃあ、もうすぐ進級なの?」
「そうだよ」
「すごーい! 魔物の討伐も済んだんだ!」
「うん。外に出た時に頻繁に魔物に会えたからね」
「そんなに出たら恐くなかった? 私は今でも魔物と戦うのが恐いんだ」

 それが普通の反応だろう。僕の場合は他の人よりも魔力が多いのと、魔物との戦いに慣れているだけだし。

「うん。魔物と戦うのは恐いよね。でも、それでいいんじゃないかな? 恐くなくなった頃が一番危ないよ」

 油断というものは往々にしてそういう時に生じやすく、その油断によって足をすくわれるものだ。僕も油断しない様に常に気を付けてはいるが、やはりどこかで気を抜いてしまっている部分があるのは否めない。

「そんなものなのかな?」
「そんなものだと思うよ」

 適度な恐怖は生き延びるためには必要なモノだ。臆病なぐらいが丁度いい。だから、僕は安全の為にどこかに引き籠りたいな。

「そっか。ありがとう!」

 はて、僕は何故礼を言われているのだろうか? まぁいいか。
 そんな会話をしている内に休憩が終わり、僕達は詰め所を出ると、外で隊列を整えて南進を再開する。
 その頃には少し雲量が減ったような気がする。それでも直接太陽が見れないぐらいの量はあるのだが。その代わり、頬を撫でる風が僅かに湿り気を帯び始めたような気がした。もしかしたら近いうちに雨が降るのかもしれない。
 それに他の部隊員も気づいたのか、気持ち進む速度が上がる。魔法使いにとっては雨を弾くのは簡単な事なので大したことではないものの、魔法を扱えない兵士にとっては鬱陶しい限りだろう。
 そんな事を思いながら進むも、残念ながら昼過ぎに急激に雲が厚くなり、雨が降り始める。最初は降っているかどうか分からないぐらいに弱い雨ではあったが、直ぐに勢いを増していき、今では一応視界が確保出来ているぐらいの勢いになっている。
 生徒はそれぞれ魔法の傘を展開するが、兵士は何もしない。一応兜を被っている兵士もいるが、部隊長達は広く視界を確保する為に素顔のままだ。まぁ基本的に敵は大結界の外なので、防壁上に完全武装の兵士は少ない。危急の事態の際には詰め所に装備一式は用意されているし、第一、魔法が使えない兵士では外の敵には完全武装でもそこまで役には立たない。
 しょうがないので、僕は十人全員が入れる大きな傘を創り、頭上に広げる。これで雨に濡れる心配はないだろう。
 実際、土砂降りの中でも兵士達が雨に濡れるような事はなかったが、これでも少しやりすぎなのか、生徒達には軽く驚かれた。どうやら生徒達が自分達だけ傘を展開していたのは、全員が入れるだけの傘が展開出来なかったからのようだ。もしくは維持が長く出来ないか。
 それでもまだ許容範囲だったようで、軽い驚き程度の反応だけで済んだ。攻撃系の魔法は大体基準が分かったが、生活魔法や特殊魔法の基準はまた別物らしい。
 一つ勉強になったと思いながらも進み、日暮れ頃に目的の詰め所に辿り着く。今回は魔物を見なかったので、雨は降ったが予定通りに進んだ。
 そのまま詰め所の中に全員が入ると、僕は傘の魔法を解除する。
 北側同様に、詰め所の中には先客が居た。
 やはり誰もが熟練者の風格がある兵士や魔法使いで、常にここに詰めているのだろう。
 僕達は部隊長達に従って複数の机を囲む。今回は僕も他の生徒と同じ机を囲む事になった。
 夜食は保存食ではあったが、北側で食べた他の詰め所の保存食より一品多かった。これはこの詰め所が特別なのか、それとも南側は全てこうなのかは明日にならなければ分からない。
 食事は適当に少量摂る。量は食べられないが、別に乾パンでなければ食べられない訳ではない。
 食事を終えると、部隊員の何人かは早々に寝る為に部屋へと移動した。僕は残って、雨の降り続ける窓の外をぼんやりと眺める。
 雨音は少々大きいものの、屋内から眺める雨は実にいいものだ。外に出たいとは欠片も思わないけれど。そうやっていると、詰め所に居た先客から声が掛けられた。

「貴方達はジーニアス魔法学園の生徒さんでいいのかしら?」

 最初に声を掛けてきたのは、上品な雰囲気を身に纏う、貴族だと思われる妙齢の魔法使いの女性であった。

「はい。そうです」

 大人な女性だからか、それとも西門で目にする魔法使いとはにじみ出る風格というか雰囲気が違うからか、起きていた女子生徒二人は驚きと緊張とで固まっている。なので、代わりに僕がそう返しておく。

「じゃあ、いつかは俺らの同僚になる訳か」
「可能性があるってだけよ。選ぶのはこの子達」

 隣に立っていた、生意気な少年のような笑みを浮かべる年若い魔法使いの男性の言葉を、女性が(たしな)める様に訂正する。

「どうかしら学園の外は? 結界の外にはもう行ったかしら?」
「はい。外には出ました」
「恐かっただろう」
「もぅ、貴方って人は」

 僕の返事に、魔法使いの男性が脅かすような意地の悪い笑みを浮かべる。その物言いに、魔法使いの女性が困ったように息を吐いた。

「そうですね。学園のダンジョンで慣れたと思っていましたが、また違った恐さがありました」

 それに僕は笑みを絶やさずに答える。愛想笑いに集中している間は他が気にならなくなるのでなんとかなるが、正直もうどこかに行って欲しかった。そして、そろそろ女子生徒の二人には現実に戻ってきて欲しいのだが。

「へぇ。君はしっかりしてるのね」
「そうでしょうか? 過分な評価を有難う御座います」

 感心した様な魔法使いの女性に僕はそう返したが、ほとんど何も考えてない反射的なものだった。一人で相手しなきゃいけないとか、もう泣きたい。

「ふふ、面白い子ね。私の隣の男よりも大人だわ」
「あ? それはどういう意味だよ!?」
「そのまんまの意味よ。貴方はもう少し落ち着きと余裕を持ちなさい」
「ハッ! 俺はこれでいいんだよ」
「はぁ」

 男性の言い様に、女性は疲れたようなため息を吐く。

「ごめんなさいね。これでも実力の方は確かなのよ。ただ、この通りの性格だから誰にでも大人げなく噛みついちゃうの」

 女性は僕達に顔を寄せると、声を落として申し訳なさそうに謝ってくる。

「いえ。私は大丈夫ですので」
「そう? やっぱり君はそこの男よりしっかりしてるわね」

 女性は一度呆れた様な視線を男性に向けると、視線を僕に戻す。

「君みたいな子なら私は大歓迎よ。というか、今からここに就かない? なんならあの男と交換で」

 冗談っぽくそういうものの、最後は少し本音が混ざっていたような気がした。

「光栄なお話ですが、まだ学生の身ですので」
「そうね、君はこれからだものね。なら、卒業して気が向いたらここに来てね?」
「はい。その時は」
「うん、忘れないでね。そうだ! 名前を教えてもらえるかしら? 私はロビン・・・ああ、こっちだと御祖父ちゃんと同じだから、私の事はアナスって呼んでね?」
「はい。アナスさんですね。私はオーガストと言います」

 やっぱり貴族だったのかと思いつつも、ロビンって北側でダーニエルさんと語らっていたあのお爺さんの事かな? と思い出した。

「オーガスト君ね。覚えたわ。ふふ、君の将来が少し気になるわね」

 アナスさんは少し蠱惑的な笑みを浮かべると、不審げな視線を向けていた魔法使いの男性を引っ張って離れていった。

「ああ、緊張した!」

 そう隣から声がしてそちらに目を向ければ、そこにはアナスさん達と会話中ずっと大人しかった二人の女子生徒の姿があった。

「綺麗な人だったね!」
「ね! 理想の女性! って感じだった!」
「・・・・・・」

 アナスさんの話で二人が勝手に盛り上がっているが、まぁいいか。できたらもっと早くに復活して欲しかったが。

「オーガスト君はよく普通に話せたね」

 とか考えていたら、こっちに話を振ってきた。

「まぁ、最近は大人と会話する機会が多かったからね」

 思い返してみても、ルール学園長やバンガローズ教諭などの学園の教諭達や、ダーニエルさんをはじめとした西門の兵士達、ここ数日は責任者とも言葉を交わす機会があったし、西の森ではエルフ達やナイアードとも会話をした。プラタやシトリーも年上だし、何だかんだで年長者と話す機会の方が多い。同級生とはペリド姫達と離れてからは縁が無かったし。というか、関わろうとしてなかったからな。

「そうなんだ。私は今でも兵士さんと話すだけでも緊張しちゃうよ」

 年上ってそれだけで対応に困るからな。

「僕も緊張するけれど、変に気にしなければ何とかなるよ」

 相手を見なければ緊張なんてそこまでしない。なんだったら、相手を対等以上にみなければ緊張も和らぐ。

「それは難しいなー」

 まぁ急に言われてすんなり出来るようなら、そもそも今こうやって苦労なんてしてないだろうからな。

「やっぱり慣れるしかないのかな。はぁ」

 女子生徒はため息を吐くと、「寝ようかな」 と言って二人して立ち上がった。

「オーガスト君はどうするの?」
「まだ起きてるよ」
「そっか。じゃ、お先ー」
「オーガスト君、おやすみ」
「二人共おやすみ」

 そう言って二人は仮眠室へと向かう。仮眠室は一応男女で部屋が分かれている。現在ここの詰め所に居る女性は少ないので、男性よりは広々と眠れる事だろう。
 僕はそんな複数人で使う部屋なんかで眠りたくないけれど。宿舎でしっかり睡眠はとったので、別に眠たくも無いしな。さて、朝まで何してようかな。
 屋根を叩く雨音を耳にしながら、思考を回転させる。考えるのは情報改変の方法。
 そもそも情報体とは、魔力のようで微妙に異なる。いや、魔力自体も情報を持っているのだが、その構成している量が違う。
 魔力は基本的な部分、構成の根幹の情報しか載っていない。情報体はそこからその存在としての情報が刻まれているのだが、最初の情報は魔力としての情報だ。
 全体を弄るとなると、その根幹の部分に最初に触れる事になる。情報が歪むのは、その影響であると予想される。
 部分改変が上手くいかないのは、情報が全体で一つとなっているからだと思われるが、実際の所は不明だ。結局あまりよく分かっていない。
 現在可能な情報改変は、一度実体化させてから実物に傷を付けるなどの改変を行う事ぐらいしかできない。情報を、その存在を弄るというのはそれだけ難しい事だということか。まぁ、それぐらい強固でなければ困るのだが。
 それでもどうにか出来ないだろうかと頭を悩ます。
 仮定を前提に方法を想定するのであれば、どうにか最初の根幹部分に触れない様に素通りして目的の情報に触れるか、文章を単語に区切るように情報を幾つかの塊に分けてから目的部分に手を加える必要があるのだろうか。正直そのどちらも方法が全く思い浮かばないのだが。

「・・・・・・」

 理想は目的部分まで素通りしたり小分けしたりせずに、目的部分だけを抽出して直接弄る事なのだが、これもまた理想でしかない。
 そもそも魔力に干渉するという事自体が特殊なのに、情報体を知覚してそれに干渉するのはかなり特殊だ。
 人間が魔力に干渉しているといえるモノは魔法ぐらいだが、それも触れられるわけではなく、一度自分を通す事で影響力を強め、誘導するようにして形を創っているに過ぎない。
 情報体は転移で触れる部分だが、その辺りについても人間は詳しくない。というか、知らない可能性がある。人間の認識している転移は、魔力に変換してから移動し、目的地で再構築するという大きな枠組みの構成だけだ。

「・・・・・・ん?」

 そこまで考え、少し浮かぶ考えがあった。それは、自分の影響力を強めるという部分。
 無理に情報体に干渉するのではなく、外堀を埋めてから攻略するという方法。魔法では基本ではあったが、干渉して改変する事だけ考えていただけに、すっかり失念していた。
 その考えを元にどうにか出来ないか方法を模索する。
 とりあえず魔力に自分の影響を与えるように、情報体を一度自分の器に通してから観察してみよう。実験の為に用意していた複製した情報体は沢山ある。
 情報体とはいえ、魔力に刻んで記録している為に、扱いは魔力と同じだ。それを魔法を精製する過程と同様に一度器を経由させる。これで少しは僕の影響が及んでいるはずだ。暫くそれを観察してみる事にした。
 ただじっとそれを視る。内側での観察なのでこれには少々技術が必要ではあるが、まぁ慣れているので何の問題もない。
 観察している情報体には、確かに僕の影響力が及んでいる様に視える。念の為に僕の影響が及んでいない、同じ情報体から複製した情報体を比較対象として用意しているが、器に通した方は確実に影響が及んでいるのが認識出来る。
 しかし、そのまま観察しても何の変化も見られない。これを構築してみたらどうなるのか興味があったが、それは次回の実験で行うとしよう。
 変化がないので、早速影響力が及んでいる情報体に干渉を試みる。

「・・・・・・」

 すると、驚く程簡単に干渉が出来た。外殻がふやけている様な感覚と言えばいいのだろうか。そのまま部分的な干渉を試みるが、それは上手くいかなかった。情報に触れた瞬間に、情報が歪んでしまった。影響がない場合よりは歪みが少ないので、方向性は間違っていないのかもしれない。
 新たな手法が見つかったところで、まずは僕の影響を及ぼした情報体を量産していく。一度器に通さなければならないのは少し手間だが、一度に一つずつではないのが救いと言えよう。
 ある程度の数が揃ったところで、実験を開始する。
 先程は部分改変を試みて失敗したから、今度は全体に干渉してみよう。それが駄目なら目的個所まで素通りできないか、次は目的部分の情報を抽出出来ないか、だな。

「・・・・・・はぁ」

 結果は全て駄目でした。影響なしの情報体に対して干渉や抽出を行った場合の結果に比べれば、幾分か和らいでいるので方向性は間違っていないとは思うんだけれどな。
 つまりは影響を及ぼすという部分までは間違っていないということ。あとは干渉や抽出の方法に問題があるという事なのかな? 他の方法ってあったかな・・・。
 そう思いながらも記憶を漁る。魔法的なモノに限らず、記憶にある様々な分野に手を広げて。
 屋根を強く叩く雨音は衰えるどころか強さを増していく。その雨音の影響で、探る記憶に雨の幕が下りていく感じがしてくる。
 視界の取れないような豪雨のなか、あるかも分からない答えを探す。それはあまりにも漠然としていて、途方に暮れそうになる。それでも探究心や好奇心というモノは偉大なもので、その程度では心が折れるような事にはならない。むしろ奇貨を求めているようで昂ってくる気さえしてくる。
 しかし、物事というモノは必ずしも熱量があれば上手くいくというモノではないようで、考え探し続けて朝になっても、満足のいく答えを見つける事は叶わなかった。





 朝になって部隊員が目を覚ましてくる。
 結局夜通し考えていたが、目的の結果は得られなかった。それでも進展があったので良しとしよう。
 夜中の豪雨も朝には弱まり、窓の外に見える雨は弱弱しい。そんな中の朝食は恒例の保存食。前夜と同じく生徒同士で机を囲む。
 昨夜の事で僕に少し慣れたのか、その時に女子生徒の二人が話し掛けてきた。内容は特に意味のない雑談ではあったが、おかげで賑やかな朝食となった。疲れたけれど。
 朝食を終えて詰め所を後にすると、ほぼ止んでいる様な弱い雨の中、西門へ向けての見回りを開始する。
 南側も北側と同じように平坦な地形ではあったが、木が少なく農地もあまり見かけない。代わりに放牧が盛んなようで、広い土地を柵で囲み、その中で牛や馬、羊などを放し飼いにしている。
 他には民家が少なく、人の姿もあまり見ない。雨だから建物の中にでも入っているのか、単に確認出来る民家の数が示すように、この付近の住民が少ないのか。
 平和なまま見回りを続ける。この時間に昨夜の続きを考えようかと思ったが、折角だからプラタとシトリーとフェンと会話する事にする。
 その為に三人と魔力を繋げ、それを途中で一度纏める。

『プラタ・シトリー・フェン、聞こえる?』
『よく聞こえております。ご主人様』
『オーガスト様、どしたのー?』
『いかがいたしましたか? 創造主』

 全員の返答があった事を確認する。どうやらうまくいったようだ。

『少し空いた時間が出来たから、みんなと何か話そうかと思ってね』

 こうやって気軽に話せる相手が居るというのは実にいいものだ。

『どの様な話題を御所望でしょうか?』

 プラタの問いに、僕は暫し考える。そこは特に何も考えてはいなかった。

『そうだな・・・人間界の北にある砂漠地帯について訊きたいかな』

 三年生から北門に行くので、北の森の更に北側にある砂漠地帯について尋ねてみる事にした。森についてはそれなりに情報があったし。

『砂漠地帯ですか・・・そうですね』

 そう言ってプラタが考える間を置くと。

『砂漠はね、この前みたいなでっかい蟲が沢山居るんだよ!』

 その間をすかさずシトリーが埋める。

『・・・そうですね。砂漠地帯には変わった蟲や植物が多いようです』
『変わった蟲や植物?』
『蟲の場合ですと、単純に大きい蟲や地に罠を仕掛ける蟲、羽の中で子育てをする蟲に、身体中を特殊な毛で覆っている蟲も生息していたりと、少々変わり種が多いですね。植物も地面近くに()る果実の様でいて実際は口であったり、トゲで武装していたりと様々ですね』
『へぇ』

 それはそれで興味深い。砂漠だから暑そうで寒そうだけれども。

『フェンは砂漠の上を走れる?』
『恐らく大丈夫かと』
『そっか、そういえば砂漠に行ったことないもんね』

 基本的に知識は僕のモノだ。砂漠に関するモノは僕も知識でしか知らない。

『プラタとシトリーはどう思う?』
『フェンでしたら問題ないかと』
『フェンなら大丈夫でしょー』
『それならばよかった』

 砂漠を旅する機会があった場合、フェンの背に乗って進もうかと思ったので、問題ないのであれば安心できる。

『やっぱり砂漠にも魔物は出るの?』
『他と同じように魔物は出ます』
『私達にとっては、砂漠も森も平原も大して変わりないからねー』
『ああ、それもそうか』

 魔物は基本的に魔力があればどこででも生きていける存在だ。生物にとっては過酷な環境でも、魔物にとっては何の問題もないのだろう。

『そういえば、砂漠地帯には今魔族軍が居るんだったっけ?』
『はい。この前のゾフィとは違う者に率いられておりますが、ラジ配下の軍である事には変わりありません』
『目的は?』
『魚を捕えに来たのではないかと』
『魚?』

 砂漠に水場でもあるのだろうか?

『はい。砂漠を遊泳する砂魚です』
『すなざかな?』
『とってもおっきな魚でね、それを好物にする巨鳥も砂漠には住んでいるんだよ!』
『そうなのか。でも、なんで魚捕り?』
『砂魚は鱗が硬く、牙も鋭く、骨は丈夫で、加工は難しいものの素材として重宝されているのです。それに、内臓は薬の材料になり、肉は美味だとかで需要が非常に高いのです』
『砂魚って牙あるんだ』
『とても鋭い物が備わっております』
『骨はね、柔軟性が高いのに簡単には折れないんだよ!』
『それは一度見てみたいけれど、そんな砂魚を好物にしている鳥って』
『すんごいでかいんだよ! それでね、爪と嘴が硬くて鋭いの!』
『ほぅ。それもまた興味があるな』
『オーガスト様が望むなら、私が擬態しようか? すごく広い場所が必要だけれども』
『ありがとうシトリー。だけど、いつか本物をこの目で見るまで我慢するよ』
『そっかー』

 少し残念そうなシトリーだったが、やはりそういうモノはその場で見てこそだろう。行こうと思えば見に行ける訳だし。
 三人とそんな会話をしている内にすっかり雨は止み、昼になっていた。部隊長が近くにあった詰め所で昼休憩をする事を伝えてくる。
 僕達はその指示に従い、最寄りの詰め所に入っていく。その間も三人との接続は維持したままにしておき、昼休憩の間も引き続き会話を継続する事にした。

しおり