西門警固5
詰め所内に入ると、先客は居なかった。
それぞれが好きな場所に腰掛け、部隊長達が持ってきた保存食を食べる。僕は何故かまた生徒三人組と一緒に机を囲んでいた。最初は一人だったのに、おかしいな。
『そういえば、北側に居た奴隷売買の頭目はどうなってる?』
生徒達と会話を交わしながらも、プラタ達との会話を続ける。
『前回の魔物の居た家からほど近い場所に居を移してはいますが、大きな移動は確認しておりません』
『なるほど。相変わらず魔物を?』
『はい。他の二人の魔法使いと共同で魔物を創造して警備兵としているようです』
『ああ、そういう事か。でも、数ばかりじゃ・・・ここじゃ最下級でも脅威か』
『そうだねー。大半の人間は弱いの一匹でも倒せなさそうだもんね』
魔法を使えない人間は正攻法で魔物を倒せない。魔法が使えない人間が魔物を倒すには、罠や自働で効力を発揮する類いの付加武器や魔法道具などが必要になってくる。ただし、それらはそれなりに性能がいいので、値段もそれなりに張る。最下級の魔物一匹倒すのに庶民では家が傾くか、下手すると破産しても足りない程だ。
『あそこは街が近かったか。いや、通路の一部は街の中に建っている建物に繋がっていたから、ほとんど市民が人質状態だな』
面倒なものだ。あれを取り締まろうというのだから、情報収集はしっかりしないといけないだろうな。
『いかがいたしますか? 魔物だけでも潰しておきますか?』
プラタの提案に、暫し考える。まぁなんというか、僕には関係のない話だ。
『いや、必要ないよ。そっちはペリド姫達が対処するだろうし』
快適に暮らすためには住み分けというのものは大事だ。下手に相手の領域に手を出すモノではない。
『畏まりました』
『しかし、魔物創造ってあんなに数をこなせるものなんだな』
まだ一回しかやったことない為に、短期間に何度も行うというのはよく分からない。ただ、フェンを創造した時は一度で結構疲れた様な気がする。
『質に拘らないのであれば可能です』
『なるほどね。個人的には質に拘りたいから、連続してやろうとは思わないけれど』
『フェンは質が高いもんね!』
『まぁ僕の自慢だねぇ』
『創造主のその評価を裏切らぬよう、益々精進いたします』
『はは。そう畏まらなくても、気楽でいいよ』
『そういえば、オーガスト様はもう魔物は創らないの?』
『もう一回ぐらいは創ってみたいとは思ってるよ』
やはり影の中に独りというのも気になるからね。それに、あれからまた魔力の扱いが成長したと思うから、今度はどんな魔物が創造出来るか楽しみでもある。
『次はどんな魔物が出来るのか楽しみだね!』
期待するようなシトリーの声。
『やるにしてもまだ先の話だけれどもね』
『分かってるよー』
分かっていなさそうな機嫌のよいシトリーの声を聞きながら、昼食を終える。まだ全員が食べ終わっていないので、暫く休憩していよう。しかし、魔力で会話しながら、正面の相手と会話するというのは結構大変だな。たまにこんがらがってしまいそうになる。
それにしても、何故に一緒に机を囲むのか。部隊内では少ない生徒とはいえ、三人はパーティーを組んでいるのだから、最初の昼食時の様に三人だけで食べればいいのに。・・・一人だから同情されてるとか? まぁもうすぐ西門に着くから別にいいんだけれどもさ。
そのままプラタ達三人と生徒三人との会話を継続する。これも慣れてしまえばなんとかなるものらしい。
他の部隊員も食事を終え、少しの食休みを挿む。その間も生徒三人組との雑談は続けられる、それによくもまぁ話題が尽きないものだと感心する。
そういえば、どうやら保存食に一品多かったのはあの境付近の詰め所だけだったようだ。何故かは知らないけれど。
その休憩時間も終わり、僕達は詰め所を後にして、見回りを再開する。
防壁の内側は平和そのものだった。人の姿もあまりないので、ほとんど自然を眺めているだけだ。街や村は防壁から離れたところにあり、観察するにしても、肉眼では難しい。
見回りの間もプラタ達との会話を続けている。雑談半分情報半分といったところだが、有意義なものだ。
『そういえば、シトリーがフェンに擬態するってやつまだだったね』
それは前に分解・吸収魔法の訓練をした時に夜にでもと思っていたのに、訓練が終わったのが朝だったから果たせなかった約束。
『そういえばそうだった!』
どうやらシトリーも忘れていたらしい。
『今度時間作るね』
『約束だよ!』
『うん。今度こそ、ね』
『わーーい!!』
喜ぶシトリーの声を聞いて、僕は安堵する。進級するまで一人の時間はないが、やはり約束は守られないとなと思いながら、何か他に訊く事があったかな? と思考を巡らす。
しかし、今訊きたい事は大体訊いたような気がするし、雑談は話題を提供するのが苦手なんだよな。
そんな風に考えていると、右から左に抜けていくような一瞬の頭痛が起きる。いつもならただ一瞬の痛みだけなのだが、今回は何かが脳裏にチラついた。それは誰かの後ろ姿。背の低い少年のように思えたが、その後ろ姿にとても懐かしい想いがこみ上げてきて、僕がその少年の事をよく知っているという事だけは分かった。しかし、それが誰なのかまでは思い出せない。
『ご主人様? どうかなさいましたか?』
プラタのその問いに、我に返る。どうやら頭に浮かんだ少年について思い出そうとして、少し呆けていたようだ。足は止めていないので、見回りの方は問題なかったが。
『何でもないよ』
それにしても、数拍程度の空白でプラタはよく分かったものだ。流石はプラタというべきか、それとも僕はそんなに分かりやすいのだろうか?
『そうで御座いますか・・・?』
まだ何か言いたそうな雰囲気があったが、それでもプラタはそれ以上口を開かない。本当によく気がつくものだ。
『そういえば、ドラゴンが住む山ってどんなところなの?』
いつかは行きたいと思っている場所であり、強者であるドラゴンが住まう峻厳な山々。しかし詳しい情報を僕は持っていなかった。人間の未到達地点でもあるからな。
『そうで御座いますね。峻厳な山が連なる広大な地で、ドラゴンの王が住まう山の頂は極寒の地です。麓もそれなりの寒さではありますが、住むドラゴンの種類によっては灼熱の場所もあります』
『気候は様々なんだ』
『そうだねー。あいつら自分好みに周囲の環境を調整するから、影響の及ぶ範囲で環境が変わってるんだよねー。しかも結構広い範囲で調整してるから、訪ねる方にしてみれば迷惑なんだよね』
『シトリーはドラゴンが住むその山に行った事があるの?』
『あるよ! ドラゴンの王に用があったからね! もう何の用だったかは覚えていないけれどもね』
『そうなんだ。ドラゴンの王ってどんな感じ?』
『高圧的でいけ好かない奴だったね! 間違いなくあれは友達いない奴だよ!』
『そ、そうなんだ』
ドラゴンの王に友達とか必要なのかな?
『そうだよ! まぁ私は軽く殺意を覚えたぐらいだけれど、妖精は徹底的に嫌ってるよね』
殺意覚えたんだ。シトリーの殺意とか、とても恐いんだが。
『あれは我らではなく、ドラゴン側が勝手にこちらを敵視しているだけです』
『何があったの?』
『特に何も。妖精とドラゴンはある意味双子の兄弟のようなものなので、そのせいで劣った方が優れた方を妬んでいるだけです。よくある兄弟間の確執というやつですね』
『そ、そうなんだ。兄弟のようなものなの?』
『出自が近いのです。ただそれだけですが』
『へ、へぇー』
『何だかんだ言って、しっかり意識してるよねー』
『火の粉でも気にしなければ、大火事になりかねませんから』
シトリーのからかうような声に、プラタは相変わらずの平坦な声でそう返す。
『まぁもっとも、今はもうそれさえ興味がないですけれど』
『そうなの? 根が深そうな問題だと思ったんだけれど?』
『今の私にはご主人様が居りますから。ドラゴン如き小物に用はありません』
誇るようなプラタではあったが、それでも少し思う所があるようだ。
『それでドラゴンの住む山ですが、険しいだけではなく広大なので、場所によって住んでいるドラゴンの種類や階級が決まっております』
『階級?』
『強さだと解釈して頂ければ宜しいかと』
『なるほど。つまりは頂に住まうドラゴンの王が一番強いという事か』
『そうなっております』
『ドラゴンの王も気になるけれど、その先に在るという魔境も気になるし、世界は広いもんだ』
知らない事だらけでわくわくするが、今は聞くだけで満足しておこう。それに、そんな話をしている内に西門が見えてくる。もうすぐ終点に到着だ。
結局、南側の見回りは特に何事も起きずに終わる。日暮れ前に西門前で解散して、今回の任務は終わった。
任務が終わったので、僕はこのまま自室に戻ろうかと宿舎の方へと足を向ける。そこに。
「オーガスト君!」
一緒に見回りを行った生徒三人組が声を掛けてくる。
「ん? どうしたの?」
僕は振り返って三人の方を向く。
「今日はもう帰るところ?」
「そうだけれども?」
「オーガスト君ってどこの宿舎に泊ってるの?」
「あっちの方の区画にある古い宿舎で――」
僕は自分が割り当てられた宿舎の方を指差しながら説明すると、三人もそれぞれが泊まっている宿舎の場所を教えてくれる。どうやら三人共にそこそこいいところの出らしい。
「昨日はありがとうね! おかげで自信が持てたし!」
一人の女子生徒がそんな事を言ってくるが、何に対してかはいまいち覚えがない。だけど、それを正直に告げるのも悪い気がしたので、「それはよかった」 とだけ返しておく。
「うん。またオーガスト君と一緒の任務に就きたいけれど、オーガスト君はもうすぐ進級だから無理かもね」
残念そうにするその女子生徒だったが、直ぐに笑顔になる。
「もしまた一緒になったらよろしくね?」
「はい。その時はこちらこそよろしくお願いします」
そう言いあっていると、もう一人の女子生徒が一つ手を叩く。
「そうだ! これから一緒に夕食を食べない?」
その提案に、三人組唯一の男子生徒が呆れたように口を開く。
「いや、宿舎が違うからそれは無理でしょう。少なくとも、異性の宿舎には何か特別な用がない限りは出入り禁止じゃなかった?」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
「あら、それは残念。じゃあさ! 休日が重なったら遊びに行こうよ!」
代わりにそう提案してくるが。
「ごめんね。僕は進級まで休みなしなんだ」
そういう事にしたので、それを伝えておく。僕は二年生の内にはもう休日はない。
「そうなの!?」
僕の言葉に驚く三人。
「うん。もう警固任務だけだから、進級まで一気にやる事にしたんだ」
「そうなのか、それは残念だなー」
「だから、また任務で一緒になった時はよろしくね」
「そういう事なら、その時はよろしくね」
そう言って三人と言葉を交わすと、僕はその場で三人と別れて改めて宿舎に戻る事にした。
◆
南側の見回りを終えてから十数日が経過した。
あれから、北側と南側の見回りを行いつつ、たまに二年生が魔物討伐する際の監督の任に就くという事を繰り返していた。
そして、先程責任者から聞いたのだが、ペリド姫達はもう三年生に進級していたらしい。ペリド姫達はずっと奴隷売買組織の取り締まりを行っていたので、僕が休日を貰ったり学園に行ったりしている間も任務に就いていたという扱いだったらしい。
しかし、まだ奴隷売買組織の取り締まりが終わっていないが、それも引き続き警固任務として加算されるのだとか。組織が王国にも根を広げているのが理由という話だ。王国でも一部の奴隷に関しては禁止されているらしい。
まぁつまりは、ペリド姫達が先輩になったという事か。あと、ペリド姫達は一年生に引き続き二年生でも進級速度を記録更新したとか。
これで正式に単独になったという事だが、別に何の問題もなかった。ペリド姫達なら四人でも十分やっていけることだろう。これで平穏に過ごせるかもしれない。
そんな事もあったが、本日は西門街の警備の任に就くことになった。
西門街の警備は五人組を一部隊として、四部隊で一つの警備部隊の扱いらしい。その警備部隊五つで一個警備隊として編制され、その一個警備隊で手分けして西門街全体を警備しているのだとか。これが交代制で常時行われている。
これに従事しているのは、基本的に街の警備専任の兵士達らしい。勿論、西門街の警備部隊には兵士だけではなく魔法使いも常駐している。生徒は最低一度はこれに組み込まれるが、基本は防壁周辺の警固任務だ。
西門街の隅の方にある警備兵の兵舎前で専任警備兵達と合流する。
合流した生徒は僕を含めて十五人。僕以外は全員進級して間もない生徒ばかりで、四パーティーの寄せ集めのようであった。
僕の組み込まれた警備部隊は、僕の他に生徒が二人。専任警備兵は兵士十五人と魔法使い二人であった。警備部隊長はまだ年若い魔法使いの女性で、もう一人の少し年上の魔法使いの女性が補佐している様だった。もしかしたら警備部隊長になりたてか、経験を積ませるのが目的なのかもしれない。
僕の所属する警備部隊が担当する区画は、東西に広がる西門街を北を上にして横に五つに分けた区割りの、上から二番目の区画だった。
そこは主に民家が集中している区画ではあるが、一部古い家の密集地帯があり、そこは少し治安の悪い場所らしい。
兵舎から発った僕達は、まずは真新しい民家の建ち並ぶ区画へ入っていく。
道中、一緒に警備任務に当たっている兵士が、西門街の簡単な説明をしてくれる。
その説明によると、真新しい家は壁際、西門街の外側に建っており、中央に近づけば古民家が増えていくのだとか。
それは、西門街が中央からどんどん外側に発展していったためらしいが、肝心の中央付近は、少し前に建て替えられたためにそこまで古くはないという話だった。
その中央と街を取り囲む壁の間にある古民家の密集地帯には変わり者が多く、また治安もあまりよくないので、通る際には気を付けるように。と説明された。
そのまま真新しい民家が建ち並ぶ場所を過ぎると、少し幅の広い横道に出る。その道を挟んだ反対側からは古民家が建ち並んでいるので、まるで目の前の横道が境界線を示す河の様に思えた。
横道を越えて古民家の密集地帯に入る。
その瞬間、周囲から突き刺さる視線が急激に増える。それもあまり友好的ではない視線。
それを感じ取ったようで、一緒に歩いていた生徒の二人が小さく悲鳴を上げた。流石に兵士達は揺るがず毅然としている。
視線は主に観察するような温度の無いものではあったが、中には憎悪のようなものも向けられている。一体何があったのだろうか。そちらの方が気になった。しかし、視線だけで手を出そうという動きは見られない。
僕は警備がてら周囲に目を向ける。
古民家の密集地帯も舗装された地面ではあったが、使われている石は痛んでいて、所々今にも砕けそうであったり、ひびが入っていたりしている。
そのまま埃っぽいにおいの中で目を光らせながら進む。周囲に魔力的な反応は乏しく、ここに住む人達が一般的な人間である事が窺える。
結局、緊張があっただけで何事も無いままにその古民家の密集地帯を抜けていく。
古民家の密集地帯の先には、また少し幅の広い横道が通っており、その先には先程までではないにしろ、少し古い家が建ち並ぶ場所があった。
そこの塗装された地面は綺麗なもので、目に入る住民は特別綺麗な服を着ている訳ではないが、先程のような荒んだ雰囲気はなかった。専任警備兵の人達も、どこか肩の力を抜いている様にも見える。
警備兵に挨拶をしてくる住人もいたりして、道を一つ越えただけで随分な変わりようであった。
それにしても、街という所は平和なものだ。多少の緊張しかないのだから。森のあの全方位警戒しなければならなかった頃が懐かしく思えてくる。恋しくはならないが。
少し古い民家の場所を抜けると、その先には小さな商店街があった。日用品を扱う店が多いが、大通りと違って飲食物を扱う店がほとんど見当たらない。
僕は周囲を警戒しながら建ち並ぶ店に目を向けていると、そこに本屋があるのを見つけて軽く衝撃を受ける。前に西門街に来た時にはやっと古書店を一軒見つけられただけだというのに。
横を通り過ぎていく本屋は、どうやら新刊を取り扱っているようだ。
別に古書が悪いとは言わないが、やはり新刊も目を通しておきたい。それに、僕は田舎の書店しか知らないから、都会の書店にどんな種類の書籍が並んでいるのか興味もあった。しかし、現在は警備任務中。今後三年生まで休日はないので、ここでは諦めるしかないけれど・・・諦めるしかないけれど。
残念に思いつつも、通り過ぎていく本屋を目で追う。ああ、残念だ。
そうして何事もなく商店街を抜けると、終着地点は教会を中心とした小規模な広場のような開けた場所であった。
教会があり、噴水があり、長椅子と出店が少し確認出来る。台座に乗った石像もいくつか建っているが、どれも聖人と呼ばれている人物のモノだ。
現在は夕方前だが、それでもそれなりに人の姿がある。
よく見れば、白を基調とした丈の長い簡素な服をみんな着用している。その服はどこかで見た事があるような・・・ああ、教会の服か。という事は、ここに居るのはほとんどが教会関係者か。
教会の前まで来ると、警備部隊長は僕達を待たせて補佐の魔法使いの女性と一緒に教会の中へと入っていく。礼拝でもするのだろうか?
そう思ったのだが、西門街について説明してくれた兵士の人に尋ねてみると、どうやら教会の監督者に報告に行ったらしい。やはり教会というものが力を持っているという事か。
それから暫くして警備部隊長達が教会から出てくると、僕達は兵舎まで引き返す為に整列し始める。
教会から反対側にある兵舎まで引き返すとはいえ、現在が夕方前なので、このままでは途中で夜になる事だろう。
それでも今来た道を引き返す為に隊列を整えていると、他の警備部隊がやってくる。あれは割り当てが僕達の隣の区画担当の警備部隊かな?
「今から帰りかい?」
やってきた警備部隊の警備部隊長と思しき男性が、こちらの警備部隊長の女性魔法使いに声を掛ける。
「はい。報告が終わったので、これから兵舎に戻ります」
「そうか、気をつけてな」
「はい。そちらもお気をつけて」
そう短く言葉を交わすと、警備部隊長の男性は教会の中へと入っていった。
「では、帰ります! 暗くなってきますので足元に気をつけて、はぐれないようにしてください」
警備部隊長は僕達にそう注意すると、移動を始める。
商店街から民家へと来た道を戻っていくと、古民家の密集地帯の手前ですっかり日が暮れてしまった。
特に注意が必要な場所を前に夜の帳が下りた事で、部隊の緊張が一層高まる。しかし、暗視が使える魔法使いにとっては夜も昼の様にはっきりと視える。
警備部隊長とその補佐の魔法使いの女性二人と、僕を含めた生徒三人の五人の魔法使いは暗視を用いて周囲を警戒する。
魔法の使えない兵士は懐中電灯を片手に周囲の警戒を始めた。
そこに警備部隊長が魔法の光を頭上に灯して併せて周囲を照らすも、上空のその明かりはそこまで強くはない為、二メートル程が薄っすら見える程度でしかない。それでも何も見えないよりは遥かにマシだろう。それにここは街の中だから、自分達を照らしていても矢が飛んできたりは多分しないだろう。一応警戒はしておくが。
行きよりも慎重な足取りで歩く一行。今のところ視線を向けられるだけで飛び掛かってくるような事はない。僕の視界にも強い魔力的な反応は感じられない。
視える人の姿に動きはほとんど無く、まるで警備部隊が過ぎ去るのをじっと伏して待っているようにもみえなくもない。
しかし、視線を少し下げた時にそれを捉えた。
「・・・魔物?」
「え?」
僕のつい漏らしてしまった小さな呟きは、どうやら隣に居た男子生徒に聞こえてしまったようだ。
「どこに?」
きょろきょろと周囲を見回すその男子生徒に、僕はとりあえず落ち着くように伝える。
「う、うん。それで、魔物はどこに?」
その男子生徒の疑問に、僕は少し離れた場所の地面を指差す。
「あの辺りの地下」
その僕の言葉に、男子生徒は僕の指差す先を魔力視で凝視する。
「ほ、本当だ! で、でも何でこんなところに!?」
男子生徒が当然の疑問を口にする。まぁおそらく奴隷売買の頭目かその関係者が創った奴だろう。以前にこの街で行われていた奴隷売買の残りというよりは、この地下の道を辿ればどこかの隠れ家にでも通じているのだろう。
「そんなに怯えてどうした?」
狼狽える男子生徒に気づいた警備部隊長は、一度部隊の歩み止めて男子生徒にそう問い掛けた。
「あ、あの! そ、そこの地下に魔物の気配が!」
「何!?」
魔物という単語に、警備部隊長は鋭い視線を男子生徒が指さす先に向ける。
「確かに。弱いとはいえ魔物の反応があるな」
警備部隊長は確認したと頷くと、視線で地下道を辿ってから、部隊の進路を魔物が居る地下へと道が延びている地上部分に向ける。
そこには一軒の古ぼけた民家が建っていた。中には視る限り五人が隠れている。全員魔法使いではなかったが、何かしらの武器を手にしているのが視えた。
「家主は居るか!?」
警備部隊長は扉を強く叩くと、外から大きな声でそう問い掛ける。しかし、反応は何も返ってはこない。それを更に二度行うが、結果は同じ。
「壊します」
そう言うと、警備部隊長は扉に向けて空気の塊をぶつけようとする。その後ろでは、兵士達がいつでも中に入れるように準備を整える。
しょうがないので、警備部隊長が魔法を放ったと同時に、家の中に居る住民が手にする武器を全て無力化しておく。
扉が壊れると、魔法光を先行させて、それに兵士達が警戒しながら続く。一部は外で警戒している。生徒達も外での待機組だ。
中に入った警備部隊長と兵士達はばらけずに一緒に動き、家の中に居た者達を見つけては無力化していく。
隠れていた者達が手にした武器は悉く壊したので、突入した部隊員達に怪我は無い。流石に鍛えているだけあって、徒手空拳の相手に負けるような事はなかった。数も兵士の方が上だし。
そうして抵抗してきた住民を無力化した後、警備部隊長は外で指揮を執らせていた補佐の女性を呼び寄せ、地下への入り口があると思われる辺りに向かう。そして、目鼻を付けた床板を外すと、そこには真新しい金属製の扉が姿を現した。
「開けますよ」
開いている家の扉の先から、警備部隊長のそんな声が聞こえてくる。
広げた視界の先では、罠が無い事を確認した兵士が四人がかりで金属の扉を開けようとしていて、警備部隊長と補佐の女性が戦闘態勢で扉の先を睨む。しかし、金属の扉はゴンゴンと重い音を上げるばかりで開く気配がない。
「どうしました?」
それに警備部隊長が兵士に声を掛ける。
「この扉、開きません」
兵士の一人が扉に取りつけられている
その報告を聞きながら、警備部隊長はその扉を観察する。
「・・・それは持ち上げるのではなく引くのでは?」
「は?」
警備部隊長の言葉に、把手に手を掛けて思いっきり持ち上げていた兵士が間の抜けた声を上げる。
「それは開き戸ではなく引き戸なのでは?」
その警備部隊長の指摘に兵士は扉を横に引くも、扉はビクともしない。
「・・・少し変わった引き戸のようですね」
警備部隊長は扉の先の警戒を補佐の女性に任せ、自分は扉の構造を調べる事に専念する。そして。
「判りました」
警備部隊長は頷くと、早速扉を開けようと手を伸ばす。
扉の端に取り付けられている把手を上から押し込むと、把手が取り付けられている方に扉を押し付ける。そのまま扉を手前に引いて、今度は把手が付いている方とは反対側に引いた。
「・・・開きましたね」
その面倒な工程を見ていた兵士の一人が、どこか呆れたように呟く。
「さぁ、行きますよ」
警備部隊長は兵士二人をその場に残して、真剣な面持ちで開かれた扉の先へと続く闇の中へと足を踏み出した。
広げた視界でそれを視ながら、僕は暗闇の先の様子を確認する。
扉の先は急な階段になっていた。その階段の先は細い通路になっていて、少し先には広い空間があり、そこに魔物が二匹待機している。
二匹ともに最下級の弱い魔物なので、警備部隊長達ならば問題なく倒せる事だろう。
その空間の先は行き止まりになっているが、魔物が居る空間の手前の通路には巧妙に欺騙魔法が施された隠し通路があるのが視える。その隠し通路の先を辿っていくと、そこには魔物だらけの空間が待っていた。位置的には西門街の北側だが、村や街の中という訳ではないようだ。
そこに居る魔物は大半が最下級だが、数匹下級の魔物が混ざっている。
「・・・・・・」
どこにでも魔物の巣を作っているものだと呆れながらも、世界の眼で現在地を中心に北側広範囲の魔物の反応を探ってみる。
すると、魔物の巣がまだ他に七つあるのを見つける。
『プラタ』
『はい、何で御座いましょうか?』
『例の頭目が作っている魔物の巣を幾つ確認している?』
『それは帝国領内だけででしょうか? それとも人間界全土ででしょうか?』
こんなモノを他国にも作っているのか。
『両方頼む』
『畏まりました。魔物の巣は帝国領内で二十三ヵ所。人間界全土ですと、五十一ヵ所確認しております』
『そうか・・・』
想像以上に大量に作っていたようだ。
『ふむ。その魔物を倒すと、その事が創造主側に伝わる?』
『いえ。質が悪いのでそこまでの繋がりは御座いません』
『なら悪いけれど、帝国領以外の魔物の巣を掃滅して来てくれる?』
『畏まりました』
『よろしく』
そこでプラタとの連絡が途切れる。早速動いてくれたようだ。これで直ぐに帝国領以外の魔物の巣は消え去ることだろう。
後は帝国領内の魔物の巣だが、掃除が終わったら場所をプラタに訊いて把握しておこう。何となく頭目の小物加減に少しムカついた。これが量ではなく質に拘っていたなら静観していてもよかったのだが、高みを目指さない老いた魔法使いに用はない。
とはいえ、その老いた魔法使いを捕らえるのはペリド姫達の仕事だ。
帝国領内の事も彼女達が頑張ればいい・・・ああ、他国の魔物の巣の掃滅はやりようによっては恩が売れたか? まぁ今更だが。だって。
『ご主人様』
『ん?』
『帝国領以外の魔物の巣の掃討が完了致しました』
『お疲れ様。ありがとうね』
『いえ。ご主人様の望みを叶えるのが私の喜びなれば』
既に帝国領以外の魔物の巣はプラタが掃除し終わっているから。相変わらず仕事がもの凄く早い。
『それで、帝国領内の残っている魔物の巣がある場所を全て教えてくれる?』
『勿論で御座います』
プラタから残っている帝国領内の魔物の巣の場所を聞いた後、一応そこへと眼を飛ばして、自分の眼でも確認する。
『こちらでも確認した。全く、面倒な事をするものだ』
『全くです。そんな事をせずとも、ご主人様のフェンの様に一匹で人間界など簡単に滅ぼせる魔物を創造すればいいだけですのに』
『まぁ滅ぼされても困るんだけれどもね・・・因みに、フェンが人間界を襲ったらどれぐらいで滅ぼせると思う?』
プラタの物言いに若干困惑しつつも、興味本位でそう尋ねる。
『そうで御座いますね。ご主人様が何もなさらないのであれば、一瞬で滅ぼせるかと』
『え・・・そうなの?』
『はい。一飲みで全てが終了です』
フェンはそんなに大きくなれるのか・・・じゃなくて、フェンの強さはそこまで圧倒的なのか!
『そ、それは凄いね』
『ご主人様が創造された魔物ですから、それぐらいは容易い事かと』
「・・・・・・」
「ん? どうかしたの?」
どう反応すればいいのか分からず絶句していると、隣で周辺警戒をしていた男子生徒がそれに気づいて不思議そうに声を掛けてきた。
「何でもないよ」
それにそう返しつつ、気を取り直して警備部隊長達の様子を確認すると、丁度魔物との戦闘中であった。
生徒ではない魔法使いの戦闘を見学できるいい機会だと観戦する事にする。既に魔物の一匹は倒されていたが。
残った一匹に、横合いから警備部隊長が空気の塊をぶつけて吹き飛ばす。そこに補佐の女性が大きな氷の槍を発現させて貫いた。
それで魔物は消滅する。どうやら最後の瞬間だけは視れたようだ。それにしても、やはり魔法の完成度や威力は一般的な生徒と比べるまでも無く高い。それでも、単純に魔法使いとしてはペリド姫達の方が少し上だろうか。
魔物を倒し終えた警備部隊長達は魔物が居た部屋の様子を調べるが、特に何も発見出来ずに引き返す。
その道中も隠し通路や隠し部屋がないか調べていたが、結局隠し通路を見つける事は出来なかったようだ。
そのまま地上へと戻ってきた警備部隊長は、数名の兵士に指示を飛ばし、増援要請の為に兵舎へと走らせた。