第176話 策士の当たり目の無い推論
「ここからは俺の推測だってことをあらかじめ断っておくよ。まあ推測だから断定しない言い方をするからって責めないでくれってわけで……」
そう言うと嵯峨は天井に向けてタバコの煙を吐いた。
「今回の事件には三つの勢力の意図が関係している。そう俺はにらんでいるんだ。一つはお前さん達がこれから潰しにいく研究開発を行っていた同盟厚生局の不死と干渉空間を同時展開可能な法術師の覚醒実験……と言うかその研究成果そのものがその組織の価値と同じ意味を持つわけだがね」
あいまいな言葉遣いに誠は首をひねった。
「本来目覚めるはずの無かった不死と干渉空間展開の素質のある素体をいかにして自分の望む能力を持った法術師にするかと言うノウハウだ。遼州同盟厚生局がそれを独占しようとしているみてーだがまず無理だな。流出してるぜ。あそこは遼北人民共和国の傘下だ。研究を止めてはいてもその成果を吸い上げないと考える方がどーかしてる。そして三人の法術師を登場させた奴等。たぶんあのデモンストレーションはこの法術師の開発者がゲルパルトのネオナチの残党に高値で法術師を売りつけるために仕組んだんだろーな。ネオナチの連中は『近藤事件』の時以来ちょろちょろアタシ等を嗅ぎまわっていたからなアタシ等の事を」
ランはそう言って誠を見つめた。
「そして流通した技術を見て地球人至上主義を掲げるネオナチは遼州人を便利な道具か何かと考える。丁度、私達の存在が彼等にとって兵器と繁殖のための道具でしかないのと同じように」
カウラの声が冷たかった。
「私達の髪の色が自然な地球人のそれと違うのは、私達が人間じゃなくて戦争の道具だっていうゲルパルトの地球人至上主義勢力の思惑だしねえ。人を人とも思ってないのよ、あの連中は」
「アメリアさん」
アメリアの言葉で誠は嵯峨が端からネオナチが絡んでいると知っていてそれを取り逃したのだという意味を理解した。
『近藤事件』以後、東和政府は国民に法術適正検査を実施した。そして遼州人で潜在的に法術適正を持っている割合が4パーセントであるという事実も知った。そしてすでに法術適正をめぐる差別や対立がネットの世界を駆け巡っている事実も知ることが出来る位置にいた。
「厚生局を暴走させればこのままいけば必然的に同盟は割れる。そして力のあるものだけが生き残る世界にまた一歩近づくことが出来る……それを望んでいる勢力が北川や桐野を差し向けた……」
導かれる結論として誠の口からはそんな言葉が漏れた。
「だからこいつ等は……『廃帝ハド』は動いたわけだ。第三勢力。既存の後ろ盾の無い、だが自らの力に自信のある連中の王国でもおっ建てるために……」
嵯峨の言葉に頷くランを見ながら誠は手を上げた。
「質問ね。なんで差別される側の遼州人が動いたかって言うんだろ?なあに昔からこういう時はどっちが先かなんてことは問題じゃないんだ。どちらにしろ『違う』ってことがあればそれで奴らにゃあ力を振るって相手をぶん殴るには十分な理由なんだ」
嵯峨の間の抜けた調子の言葉を聞きながら誠は手を下ろして周りを見る。かなめが生ぬるい笑顔を浮かべていた。思わず視線を落とした。
「で、問題は三体の法術師はこれからどこへ行くのか。ネオナチ連中を今仕切ってるのは何者なのか……」
そう言いながら嵯峨が再び画面を変える。そこには黒を貴重としたゲルパルト風の軍服を着た初老の男の姿があった。
「これって……」
「ゲルパルト秘密警察。階級からして大佐だな」
カウラの言葉で誠も悪名高いゲルパルト秘密警察のことを思い出していた。反体制組織討伐にあらゆる手段を尽くした彼等の行動は永久指名手配と言う形で司法局実働部隊の掲示板にもその顔写真が残されていた。
「ルドルフ・カーン元大佐。今は……」
「ゲルパルト帝国アーリア人民団結党の残党で、その互助会の名目で数十の公然組織で多額の資金を運用している方ですわ。例のバルキスタンのカント将軍の裏帳簿を漁った件では資金運用の助言と言う名目で相当な金額が『バルキスタン三日戦争』で誠さんが倒したカント将軍の政権からこの老人の手元に振り込まれていますの。すでにあの段階であの完成された法術師はネオナチの手駒になる運命だった。あれはコンペと言うより試運転だったってことですわね」
茜の口元が緩む。その姿を見て誠は彼女嵯峨の娘であることがこれ以上ないくらい良く分かった。
「実はとある筋……まあぶっちゃけアメリカがらみの諜報機関なんだけどな、カーンの公然組織からこの数日で大金が引き出されているっていう話が来てさ」
「その金が同盟厚生局と廃帝ハドの組織に振り込まれたってわけか」
かなめの言葉に嵯峨は頭を掻きながらうなづく。
「ファイトマネーを払ったタイミング的にはぴったりだが……裏づけが無い。疑いだしたらそもそも情報の出所すべてが怪しい話だからな」
「人を道具として使うことに慣れたゲルパルトの大佐殿か。厄介な話だだなー。で、隊長のお話は終わりっすか?」
ランが口を開くと少し飛ぶようにしてソファーから降りる。そのままちょこまかと明石が寄りかかっている執務机の脇の固定式端末を操作し始めた。
「まあアタシ等が今できること。例の研究施設の確保ってことになるわけだが……」
そう言いながら操作した画面でデータのIDやパスワードの入力画面が表示されては消える。この場にはいないもののそのような芸当を得意としているのは技術部の情報士官達がネットでこの状況を監視しているということを示していた。
「そいつは色々探し回ったんだがねえ……できるだけ俺等が目をつけそうに無くてなおかつそれなりの規模の研究を行なっても秘密が漏れないところ……病院や厚生局の外郭団体の研究施設も当たったがぴんと来なくてさ。そこで発想の転換で技術部の将校連を馬鹿をけしかけたら以外にあっさり見つかってね」
最終プロテクトが解除された。それを見て誠はあんぐりと口をあけた。