第173話 『不死人』の哀しみ
「お父様、何しにいらしたのかしら?」
茜の反応はつれなかった。疲れた表情の父親にそれだけ言うと端末の操作を再開した。
「おいおい、ひでえ歓迎だな。俺がいるのがそんなに不服か?俺だって一応、司法局実働部隊の隊長をしてるんだぜ、お前さんの後見人みたいなもんだ。それなりに話の一つも聞かせてもらっても良いんじゃないかな?」
嵯峨は思わず苦笑いを浮かべた。トイレに行くのだろう、そのまま明石は廊下を誠達が来た道を戻る方向に素早く歩き始めた。
「おう!雁首そろえての密会に俺を誘ってくれないとは……つれないねえ。いつもは知りたい事が有ると俺を頼ってくるのに自分に情報があると俺にはだんまりだ。それってあんまりじゃないの?」
誰も自分に反応してくれないことに少し腹を立てているのか、嵯峨はそう言って苦笑いを浮かべた。
「隊長。疲れた顔してる割に暇なんすか?情報って言ってもいつも通り隊長はすでに知ってる話ばかりだと思うんですけど」
嵯峨の言葉にやり返すランだが、隣にはうつむいているサラの姿があるのを見て全身に緊張が走るのを誠は感じていた。暗い表情のサラの隣、応接用のソファーの一番奥に島田が頭を掻きながら座っている。その右手には血で染まった包帯が巻かれていた。
「ちょっと手を切っただけですよ。もう……ほら!不死人の身体って便利でしょ!」
血で固まってなかなか解けない左腕の包帯を無理に引き剥がしてかざして見せる。そこにはそれまで白い包帯にこびりついていた血がどこから流れ出たのか分からないほどのいつもどおりの島田の手があった。
「やっぱりオメーも『不死人』なんだって自覚する時が有るんだな。アタシもそうだが、怪我をするとすぐにそのことを思い出すんだ。自分は年を取ることも死ぬこともできない不完全な存在なんだって。人は羨ましがるかもしれねーが、そう産まれちまった本人としては最悪なんだ。特にアタシの場合、遼南内戦では死んでも償えない罪を犯してる。そのことを永遠に償い続けなきゃなんねーとなると辛いなんてもんじゃねー」
ようやく明石の部屋の応接ソファーに身を投げて足の長さが足りないのでぶらぶらさせているランが島田に目を向けた。その言葉に島田は引っかかるような笑みを浮かべて再びソファーにもたれかかった。
「面倒なものだよなあ、擦り傷から心臓や額に穴をあけられても自然に治っちまう。ただその痛みだけは永遠に記憶に残る。年を取らない分だけまさにその痛みの記憶は永遠なんだ。俺にも覚えがある。それに俺も罪を犯した身だ。ランの気持ち、分からないでもないな」
嵯峨の言葉に島田は愛想笑いを浮かべた。そして、嵯峨の言う『永遠』と言う言葉の意味に少し戸惑ったような表情がそこにあった。
「でも……私……正人より早く死んじゃうんだよね。ごめんね、正人」
そんな島田の手を見てサラは震えていた。
「気持ち悪いだろ?隊長の言うとおりなんだ。俺は簡単には死ねないんだ。細胞の劣化もほとんど無くただ生き続けるより他に仕方が無い、そんな存在なんだ。そしてサラの死んだ後も俺はこの姿のまま生きていくことになる。まあ、俺は先の事はあまり考えない主義だから、そん時の事はそん時考えるよ」
島田とサラは見つめあった。いわゆる『青春ごっこ』である。
「え?便利じゃねえか。アタシみたいに身体を使い捨てに出来るサイボーグだって脳の中枢と脊髄の一部は替えがきかねえんだぞ。その部分が劣化し始めればもうおしまいだ。永遠とはとても言えない存在なんだぜ。アタシはそん時の事を考えると少し怖いね。アタシでも怖いことくらいは有る」
かなめの言葉に島田が力なく笑う。だがその隣にいつの間にか座っていたカウラは手に端末を持って隣でそれを覗き込んでいる茜と小声で囁きあっていた。