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第174話 不死の咎人

「なんだ、ベルガーのとこの博士もお手紙をよこしたのか?どの博士もマメだな。まあ、博士になるくらい勉強ができるってことはそれだけマメに勉強ができる証なんだろーけどな」 

 ランがテーブルに置かれていた自分の端末を覗きこんでつぶやいた。その様子を立ったままで嵯峨が見下ろしていた。

「ああ、隊長!座っといてくださいよ!いい加減いつまでも経っていられるとこっちが迷惑なんで」 

 帰ってきた明石を見て嵯峨は仕方が無いと言うように端末のキーボードを叩いているラーナの隣の椅子を引っ張って、誠達の座るソファーの前の応接用のテーブルに持ってきて腰掛けた。

「状況は悪いな……と言うか……」 

 そんな嵯峨の一言に奥で茜が唇をかみ締めているのが見えた。

「茜、お前を責めてるわけじゃないんだ。俺達が動けるのは何かがあった後の話だ。今回、法術の違法研究の証拠が出てきてからようやくお前さんのところにも捜査の依頼があったわけで、その頃にはすでに手遅れになってたのかも知れないしな」 

 沈黙が部屋に漂った。

「とりあえず証拠の完全隠滅だけは阻止したんやから。ええ仕事したと思うとるでワシは。後はそのさきどう落とし前をつけるかだけ。しかも今回の犯罪の首謀者は同盟厚生局と言うところまで結論はきとるんや。後は厚生局がなんでこんな研究に手を染める気になったのか。疑問点はそれだけなんと違うか?」 

 明石の声に静かにかなめが頷いた。

「良いこと言うねえタコ。恐らく厚生局は自らの権限拡大の為に資金と影響力を拡大する目的で研究を始めた。ただ、そんな抽象的な目的で動くほど役所ってのはロマンチストの集団ではない。明らかに資金を得る見込み、影響力を拡大できる相手がいたと考えるのが普通だ。なあベルガー……幾つか収穫はあったんだよ」 

 嵯峨の言葉で二人きりで話を進めているカウラと茜のほうに一同の目が向いた。

「とりあえずこれを見ていただけますかしら?それと、お父様。少し臭いですよ。シャワーちゃんと浴びてらっしゃる?」 

 そう言って茜は手にした端末を操作した。明石の机の上に大きめな画像が展開し、表が映し出された。

「なんだ……こりゃ?例の化け物がさらに三倍化けたみたいじゃないか」 

 嵯峨がこめかみを押さえながらつぶやいた。それを一瞥した後、カウラが立ち上がった。

「これは北博士の指揮による工程表です作業担当は同盟厚生局の関係機関ですが、北博士は直接コンタクトを取れなかったようです。間に役人が何人か入っていたようですが、彼等も研究内容については詳しくは知らないあくまでも連絡役程度のクラスの役人が回されてきたそうです」 

「厚生局の下っ端役人か。どうせしょっ引いても何も知りませんでしたでトカゲのしっぽきりで終了か……やっぱり厚生局が直々に囲ってる臨床研究者に手が届かねえのがいてーな。そいつを捕まえないと厚生局の上層部のどのクラスまで責任追及ができるかが分からねー。まあ最上級のクラスはどう頑張ってもアタシ等じゃ相手なんぞしてくれそーに無いのは分かってんだけどな」 

 緊張している茜にランが声をかける。幼い見た目に関わらず実戦を潜り抜けた猛者であるランの言葉には余裕すら感じられて、誠には不安げな茜の表情が少しだけ和らいで見えた。

「残念ながらその通りですわ。この工程表の原本はたぶん厚生局の監修によるものと推測されます。ですけどあくまでそれは推測。推測で非人道的な技術が使用されているというだけで役所の幹部を敵に回すのは少し無理があるのではないかと」

 茜はここにきて厚生局が確信犯で違法法術研究をしている事実の裏付けが取れたことを逆に恐れているように誠からは見えた。吹けば飛ぶような司法局の中の一分室扱いに過ぎない法術特捜の主席捜査官。確かに相手とは身分が違い過ぎた。 

「そのデータは後でひよこに送っておけ。そいつが作られた理由はおそらく基礎理論書の中にあるはずだ。で?続きを聞こうか」 

 嵯峨の目が鋭く光って娘の茜を捕らえる。ようやくペースがつかめたというように茜は画面を切り替えた。

「さっき言いましたけど、最初からこの計画ではまだ完成した法術師を作ることができない……できたとしても同盟本部ビルを襲った少女のようなものだけ……あの三人の完成された法術師を作った別の組織とは明らかにレベルが落ちる研究しかまだできていないのが厚生局の法術研究の現状です」 

 そう言って茜は島田を見つめた。やりきれない思いのようなものを感じてか、目をそらした茜は大きく深呼吸をして画面に動画を映し出した。

 その中央には肉の塊が浮かんでいた。ぼこりぼこりとその床に付く面からはオレンジ色の部屋の照明に照らされながらなんとも知れない液体が流れていた。

「なんだよ、これは。こんなものが戦場で何の役に立つ」 

 非人道的行為を見飽きるほど見てきた嵯峨ですらその光景に目を丸くしていた。茜の言いたいことは誠にも分かった。それが法術師の成れの果てだということ。そしてそれが一人の法術師のものでないことは何本かの突起が人の腕や足であることが見えたところで分かってきた。

 それに完全密閉の防護服を着た技師が巨大な注射器のようなものを突き立てる。表面の膜をうごめかせながらそれを受け入れるかつて人であったもの。

「こんなのを作ろうとしたわけか?これは兵器じゃないな……プラントか?ここから何かを抽出する。そんなプラントを作ろうとしてたわけだ。厚生局の役人はご苦労なこった」 

 嵯峨の言葉にカウラが頷いた。

「片桐博士のデータによると、工程表にある『α波遮断型血清254』と言うのを製造するために作られた生体プラントだそうです。この組織に送られた法術適正者はこれを製造するために使用されたことが工藤博士の手記からも裏付けられています。この『α波遮断型血清254』を力のまだ覚醒していない不死の素養を持つ法術師の脊髄に注入することでその人物を不死にする……まあ、その結果があの少女のような化け物に変化してしまうと言うのが現段階での技術的限界のようですが」 

 カウラの言葉は冷静だが、人をものとしか見ていない博士達への怒りに顔の表情は引きつっていた。

「その過程で生体プラントに使用できない法術師を廃棄処分にしようとして逃げられたのが……」 

 かなめが唇をかみ締めている。その怒りを溜め込んでいるような視線に誠は思わず目をそらしていた。

「これが人間のやること……なんですかね」 

 震える声で島田がつぶやいた。その隣には画面の不気味な塊に恐れをなして彼の腕を掴んでいるサラの姿もある。

「つまりコイツの移動さえ出来れば、後の施設はどうとでもなると……まあ他の必要な資材は三人の博士の全面協力と……」 

「厚生局をはじめとするシンパの公的機関と大学、病院、研究機関からの補給ですぐに復活が出来るってわけか」 

 嵯峨の震える声をランが強い調子で受け継ぐ。

「そして対抗勢力の三人の調整済みの法術師の試験運用が例の同盟本部ビル襲撃事件……」 

「つながりましたね」 

 そう言って茜を見るラーナだが、茜の表情は暗いままだった。

「そうだつながっちまった……最悪の形でな。そしてその血清とやらを打つのは……当然兵隊だろうな。あんな化け物を戦場に投下されてでも見ろ。戦場は大混乱だ。そうなるとどこかの軍が売り手って訳だ」

 嵯峨はそうこぼすと静かに頷きながら茜を見つめた。

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