第133話 傍観を決め込むべき時
「しかしまあ……派手だねえ、どうも。化け物相手に警察官が苦労しても倒せないと分かったところで颯爽と登場と言う訳だ。あの『正義の味方』は出てくるタイミングをみはからってたみたいじゃないの。見事なもんだこんなこと考える奴の頭の中、覗いてみたくなるよね」
司法局実働部隊隊長室。そこで三次元映像装置を頬杖をついて眺めながら、司法局実働部隊隊長嵯峨惟基特務大佐は薄ら笑いを浮かべていた。
「あの化け物はおそらく茜さん達が追ってる厚生局のどこかの機関が作った法術師の成れの果てであることは置いておいて。まるでこの第三勢力の介入は想定していたような顔じゃないですか?第三勢力の方が兄さんの本命ですか?その顔つきからするとその組織の名前まで分かってるんじゃないですか?」
机のそばに立って厳しい表情を浮かべているのは司法局実働部隊管理部長の高梨渉参事だった。
画像の中の肉の塊、それまではただ周りを取り囲んで浮かんでいる東都警察の切り札の法術機動隊の攻撃を受けても平然と周囲の破壊を続けていた化け物は、すでに新しい敵に攻撃を受けて五つに切り分けられ、それぞれがうめき声を上げて苦しんでいるように見えた。
「ずいぶんと趣味の悪い奴等だな。一撃で仕留められるのにいたぶって殺す気満々だ。やはり連中も法術師の戦いの鉄則は覚えているようだな。法術師同士の戦いでは使える手はすべて出したら負け。敢えて手札は残したままであたかも自分の能力を最大限出している芝居をしてどこかの誰かに売り込んでいるみたいな戦い方だ。ああ、いい物を見させてもらったよ。ああ、渉。さっきの答えな、おそらくの見当はついてるよ。それと買い手の方も大体限定されてる。こんな技術の高い法術師をおいそれと買える組織なんて数えるほどしかないもの」
「でも、さっきから的確に法術師の動きを読んでいるようなんですが……兄さんには見えるんですか?あの法術師の動きが。私は切り刻まれた結果しか見えないんですけど」
高梨の言葉に嵯峨はニヤリと笑った後ポケットからタバコを取り出して火をつけた。
「なあに、三人の法術師が干渉空間の時間軸をずらして加速をかけていたぶっている。万が一の事態に備えて一撃でけりをつけてやるって言うところが無いのはどこかに売り込みたいのか……そう言う趣味の連中なのか……売られた法術師か……『廃帝ハド』だと思ったが……奴が同じ力を持つ支配者たる法術師を売るなんてことはするかな?それとも仲間割れか?たぶん部下が勝手に暴走したってところかな……上司思いの部下を持つと言うのも大変だねえ。あと、買い手はおそらくあの男。俺の大嫌いなルドルフ・カーン。アイツの持ってる資金力ならこんなコンペを実施して値を吊り上げられても大枚はたけるくらいの金は持ってるもの。あの爺さん、東和に来てたんだ。まさに神出鬼没だね」
嵯峨が伸びをして煙を吐くのを見つめた後、再び高梨は画面に目をやった。もはやこの事件の端を作った物体はただの肉片としか呼べない存在になっていた。高梨に見えるのは重傷を負った機動隊員を仲間が助けている様子と手の空いた隊員が肉片を回収しては走り寄ってきた鑑識らしい帽子の警察官に渡している光景だった。
「厚生局のどの辺りがこのコンペに参加するよう指示を出したんでしょうか?気になりますね、そのあたりが。まさか遼北人民共和国本国からの指示と言うことは無いと思うのですが……まあ同盟に批判的な武装組織や過激な環境保護団体がこの化け物を派遣したのは我々だと犯行声明を出したようですけど……、あんな化け物を作り出すような技術も資金も無いくせに。これはテロは無いですね。明らかに違法法術の実験をしてその成果を誰かに売り込んでみたかったコンペだったとしか思えません。このコンペでは完全に三人の完成された法術師の方が勝ったようですけど……買い手はルドルフ・カーン。アーリア人民党の残党ですか。あの連中なら買いそうですね。なんと言っても自前の宇宙艦隊を保有していると言う噂もあります。これくらい大した買い物では無いのでしょう」
しばらく目をつぶっていた高梨の言葉に嵯峨は満足げに頷いた。高梨は少し落ち着きを取り戻すとすぐに自分の腕時計形の端末を起動させた。