第119話 凄腕を紹介する訳
「そんな……俺ってそんなに喧嘩っ早く見えます?」
島田は大将の言葉に苦笑いを浮かべた。
「なあに。うちの人の部下達はね街中で銃撃戦をやることのスペシャリストなんだよ。兄ちゃん。アンタのご自慢の拳の届く範囲はせいぜい数メートル。でも銃弾の届く範囲ってのは……まあ、アンタも司法局の人間だ。銃器の訓練ぐらい受けてんだろ?どっちのリーチが長いかくらいはすぐに分からないと駄目よ」
レイチェルはそう言ってほほ笑む。島田は青ざめてこの間も黙ってランに目を向けた。
「だから言ったろ?喧嘩を売る相手は選べって。なあに、レイチェルさんの言うとおり、この親父さんの部下達は人混みでターゲットだけを射殺して、無関係な民間人に弾を当てないぐらいの芸当はできる猛者ばかりだ。お祈りしろよ……ここの親父さんがオメーの挑発で気分を害していないことを。もし親父さんが怒っているなら、オメーが店を出たとたんに顔面に二三発銃弾が命中すんぞ」
かなめはそう言って笑った。
「嘘……」
「嘘ついてどうすんよ」
絶句する島田をランは静かに見つめていた。
「おい、ラン、西園寺の嬢ちゃん。くだらない戯言を言いにわざわざ出かけてきたのか?ご苦労なこった。それならうどん食ってすぐに帰りな。俺も追われる身だ。目立つ司法局実働部隊と一緒にいるところを人には見られたくない」
親父はそう冷酷に言い放った。その後ろ姿を見ながらかなめは不敵な笑みを浮かべる。
「親父。そうつんけんするなよ。実は頼みがあってきた」
かなめは殊勝な表情を浮かべて大将に向けてそう言った。
「頼み?聞くかどうかは内容次第だ。いくら西園寺の嬢ちゃんには世話になってるとは言え聞けないこともある。俺も神様じゃねえんだ」
親父はかなめの言葉に思わず振り向いた。
「そうだ。頼みだ。ここにいるアタシとラン以外の連中の身の安全のことだ。聞いてくれるか?」
懇願するような調子でかなめはそう言った。
「へえ……アンタからそんな言葉が聞けるようになる日が来るとは……道理で年を取るわけだ」
かなめの言葉が意外だったようで、レイチェルは感心したようだった。
「かなめ嬢ちゃん。ようやく自分が何をしてるのか、見えるようになったみてえだな。一人前の兵隊の顔をしている。良いことだ」
そう言う大将の目は笑っていなかった。かなめはその言葉に思わず頭を掻いた。
「アタシだってアンタに言わせればぬるいかもしれないが、それなりに修羅場って奴を経験してるんだぜ。アタシが軍人を始めた最初の職場があの租界だ。銃弾の雨が降り注ぐあそこで諜報工作なんて仕事をして、同僚が無慈悲に殺されていくのを見れば、嫌でも周りを見て生きるようになる。日々観察とその結果を反映しての自己の成長に努める。まあ地獄から学んだアタシなりの仕事の流儀だ」
日頃、誠が見ている粗暴で考えなしに見えるかなめから意外な言葉が飛び出した。誠は思わず目をカウラとアメリアに向けた。二人とも誠と同じくあまりに意外なかなめの言葉に呆然としていた。
「なるほど。御大将が姪だって理由だけであんたを重用するわけがないと思っちゃいたが……嬉しいね。後輩にこんな見どころのある人材がいるんだ。確かに『特殊な部隊』は今でも『特殊な部隊』だ。その二つ名、傷つけられちゃ俺としても困るんだ」
店に入ってから初めて見る親父の心からの笑顔だった。親父はそのまままるでかなめのことを自慢しているように妻のレイチェルに目をやった。
「そりゃあ、西園寺のお嬢さんもアンタの御大将が目を付けた御仁さ。確かな人材に決まってるじゃないか」
レイチェルは砕けた調子でそう言った。かなめはレイチェルの言葉に覚悟を決めたように一息ついた。
「でもランちゃん。『人類最強』のランちゃんとサイボーグのかなめちゃん以外を守ってくれだなんて……それじゃあまるでアタシ達が足手まといみたいな言い方じゃないの!」
いつもの態度と明らかに異なるかなめの言動に戸惑ったようにアメリアがそう叫んだ。
「勘が鈍ったんじゃねーか、アメリア。この中じゃ、西園寺とアタシ以外で戦場という世界の中に身を置いた経験のあるのはオメーだけなんだぜ。思い出せよ、遼州系アステロイドベルトを。あそこでゲルパルト帝国のネオナチ残党の先兵として戦争をやっていた二十年前をさ」
小さなランはそう言って自分より遥かに大柄のアメリアを見上げた。
「アメリアさんって……」
ランが漏らしたアメリアの過去。誠が聞いたのはほんのわずかな情報だというのに、アメリアを見る自分の目が変わっていることを誠は自覚した。
お祭り好きで底抜けに明るいムードメーカー。島田の隣で戸惑っているサラにとってはいつでも愚痴をこぼせる信頼できる同僚である。