第97話 昔の顔役との再会
「おう、久しぶりだな……租界も変わって知ってる面に久しぶりに会ったぜ。元気そうで何よりだ。アタシも見ての通りって訳だ」
かなめは人質代わりのチンピラを突き飛ばすと、銃ではなくタバコを懐から取り出した。気を利かせるように貫禄のあるその男はライターを取り出して慣れた調子でかなめのくわえたタバコに火をつけた。
「姐さんも元気そうじゃないですか。あれですか?今は志村の野郎の商品の流通ルートの調査ですか?」
男の話にかなめは笑みを浮かべながらタバコの煙を吐いた。どこに行っても状況は同じ。かなめは見張りのつもりで事務所の前でうろうろしている三下を張り倒して引きずってそこの顔役に話をつけると言うことばかり続けていた。さすがにここにもかなめの所業についての話が聞こえてきていたのだろう。顔役はいかにもかなめを待っていたかのように安心した様子でかなめに語り掛けた。
「なんだ、知っているのか……ってそれが飯の種ってわけだからな。テメエの。三郎の親父の店にアタシが顔を出してからずっと監視してたんだろ?この租界の入り口からアタシとちっちゃいのが入るの。そん時は顔を出さなくて悪かったな。あのちっちゃいのは手が早いんで、この組の被害が今日のアタシの訪問程度じゃすまなくなると思ってそん時は寄らなかったんだ。それにそのネクタイ。悪趣味だぜ……ってそれは昔からか」
かなめの不敵な笑いに男も笑い返す。誠はチンピラの飼い主の妙に下手に出る態度が理解できずに呆然と二人を見つめていた。そしてかなめはぐるりと事務所の中を見回した。
「なあに、噂じゃあ志村三郎の扱っている商品を保管している連中がいるらしいじゃねえか。ほとぼりが冷めるまで預かって、またアタシ等が調査を中止したら出荷する。商いは信用第一、危険は避けるのが当然の工夫だろ?」
その言葉でようやく誠はこの暴力的なシンジケート事務所めぐりの目的を理解した。志村三郎がかなめの姿を見てからあの父親の経営するうどん屋にも寄り付かなくなったのは誠も知っていた。おそらく彼をいぶりだすのに組織を一つ一つ実力行使で脅しをかけながら追い詰めていくつもりなんだろう。そう思うとあの誠に威圧的に当たった三郎のことが少しだけ哀れに思えてきた。
「残念ですがうちではその手のものは扱っていませんね。ただでさえ人間の売買はリスクが大きいのに法術適正がある連中が混じっているとなると手に負えませんや。それに法術関係の話になれば制服を着た連中とのやり取りも出てくるわけでして……俺等の情報網でもそう言うところまでは……君子危うきに近づかずと言う奴でして」
兄貴分と目される男はあくまで冷静にキレやすいかなめに接していた。誠はその態度からこの男がかなめの性格をある程度把握する程度にはかなめとの付き合いがあった人物なのだと推察することが出来た。
「しっかりしているねえ、それが正解の生き方だ。危ない橋を渡るのは良くないからねえ。ただ、部下のしつけだけはしっかりしてもらいてえな。こっちとしても一々けが人を作ってたら医者を繁盛させるだけで仕事の邪魔にしかならねえ」
そう言うとかなめはディスクをポケットから取り出す。それには『秘』と書かれているのが見えた。
「これにはちょっとした情報が入っている。結構お勧めの秘密情報だ。ちょっとした財産が築ける保障つき。今なら格安でお譲りするが……どうする?元特殊工作員の言葉だぜ……信じるか信じないか……それはアンタの勝手だ」
悪事を働くときのいたずらっ娘のような顔で男を見つめるかなめの姿がそこにあった。