第96話 予想されていた襲撃
その日、カウラと交代したかなめにくっついて歩いた誠は正直疲れ果てていた。かなめの肢体に目を向ける欲望に染まったぎらぎらした男達の視線に慣れて租界を歩くのは苦痛に近い。しかもかなめが知っている人身売買の嫌疑がかかっているシンジケートの事務所をもう五つ訪問していたが、そのやり口は誠から見ればそれは訪問ではなく襲撃だった。
今もかなめは彼女に手を上げようとしたチンピラの右腕の関節をへし折ったところだった。表情一つ変えることなく荒事をこなす彼女の姿は、乱暴なのはいつもと一緒と言ってもその淡々としたところが誠にはまったく受け入れられなかった。
「痛え!何しやがんだ!」
腕をへし折られて痛みで涙のにじむ瞳でチンピラが無表情なかなめを見上げた。誠はとりあえず映像に出てきた法術師の襲撃に備えて法術の発動準備をしながらかなめの隣に立つのが誠の役割だった。かなめはチンピラを掴んだままそのままドアを蹴破った。室内の構成員達が銃を構えてにらみつけてくるが、逆にいつもの残酷そうな笑みを浮かべながらかなめは悠々と室内に入り込んだ。
「なんだ!貴様は!どこの組のもんだ!何が目的だ!言え!」
チンピラ達は誠達に決まりきったように同じセリフを吐いた。
「今更って言うか……馬鹿しかいないんだなここは。だからこんなに租界の周辺は寂れるんだよ。まったく学習能力がねえのか?テメエ等には」
そのまま人質代わりに片腕を折られたチンピラを抱えたままかなめは応接セットに腰掛けた。誠はその殺気立った雰囲気に耐えながら彼女の隣に座った。
「こいつは最近ここらを回ってる例の化け物じゃないか?」
一人の角刈りの構成員が誠を見てつぶやいた。一瞬動揺が広がる。今年の夏の初めに司法局に配属になった直後、誠は法術師の素体として誘拐されかけたことがあったが、たぶんその時にもこの組にも誠の誘拐を持ちかけた組織があったのだろう。少しのきっかけで動揺が広がり始めた時、事務所の顔役らしい男が現れた。
「銃を仕舞え!お前等じゃこの人には勝てないぞ」
そう言うと三下達はしぶしぶ銃を仕舞った。悪趣味な赤と黄色の柄のネクタイが紺色のどぎついワイシャツの上にゆれている恰幅の良すぎる幹部構成員の一睨みに、誠もチンピラ達が自分達に怯むのと同じくらい怯んでいた。