2-1-12
(随分と狭い階段ですねぃ)
「こっちだよ。足元に気をつけて」
案内された扉の先は、下階へと降りる螺旋階段。
ぽつりぽつりと、いくつかある灯りを頼りに、イルたちはゆっくり一段降りていく。
「……このランタン、見たことのない形ですねぃ。火がついているわけでもなし。どうやって照らしてるんですかぃ?」
「あれ、君たちは魔導具を見たことがない?」
「魔導具。少しだけなら見たこともありますよぃ」
「へぇ。どういうものを?」
イルが答えると、興味深そうに聞き返してくる魔王の視線はこちらへ向かない。
ただまっすぐに前を見据え、一歩一歩降りていく。
「えぇっと……。あっしが見たことあるのは、歩かなくてもいい道……とかですかねぃ」
「歩かなくてもいい道? 聞いたこと無いな。どういうもの?」
「その道の上に乗ると、道が勝手に動いて目的地まで送り届けてくれるんですねぃ」
「へぇ! どういう術式だろう。興味あるなぁ」
「ここよりずぅっと西へ行った、研究者たちが住む国にありましたよぃ」
「魔石を、使っていた?」
「へぇ」
イルはその時のことを思い出す。
動く道が設置されていた頭上には、その道が動くように配線された管に、輝く紫色の、大きな魔石が繋がっていた。
「こっちじゃ中々見ないレベルの大きさでしてぃ。人間の頭一個くらいはあったんでねぇですかねぃ」
「それは本当に大きいね。魔国《こっち》でも見たこと無いよ」
「魔国でもですかぃ?」
「うん。不思議だね。魔石を一つにまとめる技術でもあるんだろうか……」
心底面白そうな響きで、魔王の足取りが軽くなる。
「このランタンはね、魔石を使って光らせている魔導具なんだよ」
「はぁー……、さすが王城ですねぃ」
感心して吐息混じりにイルが呟けば、返ってきたのは、やはりどこか面白そうな返事。
「普通の一般国民の間でもよく使われている安物だよ」
「ほへぇ……。安物?! 魔石使ってるのに?!」
二度、三度、なんなら四度。
魔王の頭とランタンに視線を行き来させるイルに、魔王は笑い出す。
テオは呆れて言った。
「イル、動きがうるさい」
「これは失敬……。でも魔石ですよぃ?! 物によっちゃあ城一つ買える物が、どうして安物なんて……」
「あははははっ! あーっ、可笑しい!」
イルの所からは頭頂部くらいしか見えないが、その頭頂部が前後に大きく揺れる。
「ふふふっ、そりゃあ、ねぇ? 魔石なんてこの国ではそのへんの石ころと一緒に拾える物だし……」
魔王が何事かを呟くと、カンテラがふよふよ浮いて彼の手元に収まる。
彼が外したカンテラの中。火のように揺らめき、太陽のように固まった灯りが、時折明滅を繰り返している。
「少し山を掘れば、そこからゴロゴロ削り出せるものなんだよ」
彼は腰元から、一つの石のようなものを取り出した。
ちら、と見えたそれは、紫色の輝きを持った、拳半分くらいの大きさの魔石。
それをカンテラの下に付いた蓋を開け、中の色を失った透明な石と交換する。
カンテラは煌々と、一切の揺らぎを感じさせない光度で光り始めた。
「……魔石は、魔物を倒して得るのが一般的だと思っていた」
下方にいるテオがポツリ、呟いた。
魔物の凶悪さによって、その大きさが変わるとも。
魔王が薄く笑った気配がした。
「魔物の成り立ちとしては、おかしくはないね」
「魔物の成り立ち?」
重ねて問いかけるテオ。
魔王は頷く。
「魔物は人々の悪意や、悲しみや、怒りなんかの負の感情の残留思念。それが漂い、魔石のような魔力を帯びたものを取り込むと、魔物になる」
「そうだったのか? ……だが、以前魔物が産んだ卵を見た記憶が……」
「一度魔石等から生まれた魔物は、生命活動の真似事をするようになるよ。飯を食べ、外敵を襲い、眠りにつき、番を作り、子を持って育てる。生まれ方が魔物からなのか、魔石等からなのかの違いだね」
石の螺旋階段に、靴が当たる音が響く。
「だから、人間の負の感情が増大する出来事があると、魔物が大量発生しやすくなってしまう」
「それが、昔話にある聖女の背景か」
「そうだと思う。実は、負の感情が大きくなりすぎると、亜人族にまで影響が出てしまうんだ」
「どんな?」
魔王が足を止める。
呟く言葉は、静まり返った階段によく通る。
「狂化」
再び歩き出した足音。
段々と階下が近くなっているのだろうか。
音の響きが変わってきたと、イルは思う。
「生まれた残留思念が溢れて、魔石なんかで収まりきらなくなってくると、次にソレに狙われるのは、保有魔力の高い生物。ソレに憑かれた者は、例外無く正常な感情を喪い、ただ暴れるだけの殺戮生物となる」
「魔力の高い生物というと、
「ああ、テオは
小さく漏れる、え、の音。
魔王の腕が揺れる。
「亜人の中で、最も保有魔力が高いとされるのは、王の儀を通過した者――」
一つ立てた人さし指を、彼は自分のこめかみに当てる。
「つまり、君たちが言うところの魔王。僕らのこと」
「……それ、あっしらが聞いて良かったやつですかぃ……?」
世界の秘密を知ってしまった自分たちは、いつか誰かから消されてしまうのではないか。
イルは密かに怯えた。