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「あっ! 待って、待って!」
「おいこら、暴れんなって……! うをっ!」
もごもご、藻掻くように暴れるユミを抑えるために、コウメは手を伸ばしたが一歩遅かった。
「ぶべしッ!」
コウメの肩から落下し、顔面から地面に落ちたユミを見て、コウメは頭を抱える。
「だから言わんこっちゃないって……」
「待てー!」
心配をして屈もうとすると、突然ガバッと起き上がるユミに、コウメは驚いて身を反らす。
「子供って……、元気だなぁ……」
顔面ダイブしたことも忘れて、駆け出すユミに対して抱いた感想が、それだった。
コウメはあっという間に遠ざかっていく二人の子供の後を追いかけていった。
長い長い廊下の上を、それなりに全力で駆けてるユミだが、一向に彼との距離が縮まない。
それどころか、ちらちら後ろを振り返る彼に手加減すらされている気がする。
一体何故、いきなりこの追いかけっこが始まったのか。
ユミには理由が分からなかった。
それでも、少年が何者かを知りたいと思う、好奇心には勝てなかった。
息が切れる。
テオの旅に着いて早三年。
体力もついたと自信がついてきたが、まだまだ足りなかったようだ。
膝から力が抜ける。
その場で立ち止まり、息を整える彼女の背後から、呼びかける声。
「おぉい、おぉい」
「コウメ、ちゃ……」
「オマエ、大丈夫か?」
息を荒く無理やり整えようとしているせいで、心臓の鼓動が全速力で走っている。
息を整え一拍、二拍。
ようやくまともに言葉が話せるくらいまで待てば、もう既に見えなくなっている少年の背。
「顔大丈夫か? 鼻は赤くなってるけどよ……」
「コウメちゃん!」
「おう?! なんだ?!」
「力を貸して!」
突然言われた要求に、コウメは目をぱちくり瞬かせるしか無かった。
▽
(……撒けたかな)
少年は背後の気配と音を窺う。
先ほどまで懸命についてきていた小さな足音と気配が消えた。
きっとどこかでついていくのを諦めて、立ち止まってしまったのだろう。
少年はつまらなそうにため息をつく。
(久しぶりに楽しめると思ったのに。期待外れだったか)
少年は、久方振りに城へ訪れた人間が、どういう
もしかすると、僅かな滞在期間の余興になるやもとも期待してもいた。
それが、たった十数分走っただけでへばってしまう人間であったとは。
期待ハズレもいいところであった。
(そういえば他にも来ていたんだった。困ったな。アレがないから、両の目に映るものしか見えてこない)
胸元にあったはずのそれを触ろうとして空振った。
そのことに眉を歪め、小さな舌打ち。
(しょうがない。他の人間にちょっかい掛けて遊んでこようかな……)
進路を変えるため、
すると、振り返った方向から、騒がしい駆け足の音。
小さな子供の物でなく、野太い大人の足音が。
「オレを乗り物にする豪胆者なんざ、今の今まででオマエくらいなモンだぞ!?」
「やー、助かる! さすがコウメちゃん!」
「煽てようったって無駄だからな! 次はどっちだ?!」
「こっちに来てたはず……。あっ! いたっ!」
少年は目を見開いた。
両の目に映る光景があまりにも現実離れしていたから。
鬼人のコウメと、人間の子供。
あまりにもありえない組み合わせなだけでも、二度見してしまうほど珍しい事なのに。
(あっれぇ? コウメってそんなにフレンドリーに話す子だった?)
乗り物。言ってしまえば顎で使われている状況に見えるが、コウメは満更でもないように軽口の応酬を人間の子供としている。
尚且つ、少年の記憶違いで無ければ、コウメと人間の子供は、初対面且つ、つい先ほどに出会ったばかりのはず。
それがここまで打ち解けるなど。
(あの人間。一体どんな魔法を使ったんだ?)
……亜人の中でも、人間に魔族と呼ばれ恐れられてきた種族は、ドワーフやエルフなどといった亜人以上に、人間に対して忌避感がある者が大半であると、少年は認識している。
コウメも例に漏れず、人間から虐げられてきた種族の歴史がある。
言葉には出さないものの、人間はそこまで好きなようには見えなかったものだが。
(あの子供が、例外なのか)
つまらない子供から、不思議な子供へ認識が変わった瞬間聞こえる、咄嗟に出たコウメの慌てる声。
「コラ! 飛び降りるな!」
コウメの肩に乗っていた子供は、見上げる頭上から、カエルのように飛び降りてきた。
「わっ、うわっ……とっ!」
「おわー」
咄嗟に受け止める。
反動で体が揺らぎ、廊下で尻餅をついてしまう。
膝の上でもぞもぞ動く子供は、その伏せていた顔を上げて、満面の笑みを浮かべて言った。
「捕まえたっ!」