2-1-5
「よう、コウメ! 今日もいい天気だな!」
「曇り時々毒の雨だけどなァ」
「や、その通りだ、その通りだが!」
赤鬼のような
対するコウメは実にクールに事実を陳列する。
赤鬼は肩を落として去っていった。
「コウメ! 肩になんかちっせぇの乗せてるな! 食材か?」
「迷子だ迷子。保護者探してンだよ」
今にもヨダレを垂らしそうな
さり気なく、その視線を遮り
(できるオンナ……!)
ユミは目をキラキラさせた。
「コウメさん! 向こう事務作業滞ってて!」
「後で行く。それまでできることやってろ」
さらっと言って追い返したコウメ。
事務作業もできることを、何でもないことのように言ってのけたコウメに、ユミは彼女がスーツをビシッと決めてオフィス街を出入りしている姿を連想した。
(デキるキャリアウーマン……!!)
もう既に、ユミがコウメに感じる好感度は最高位に上がっていた。
ユミの熱烈な視線を受けて、訝しむように首を傾げるその姿でさえも、ユミにとっては好感度上昇のための仕草に過ぎなかった。
しかし、コウメの肩に乗ってわかった事がある。
コウメも大概大きいと思っていたが、すれ違う鬼たちの目線が、皆、コウメより高いのだ。
「……たくさん鬼さんいるけど、みんなコウメちゃんより体おっきいねぇ」
「あー? ま、そりゃそうだろ。アイツラはオーガ族。オレは鬼人」
「何が違うの?」
コウメは頬をポリポリ掻く。
口はへの字に、目線は左上。
質問への答えを考えているような仕草をするコウメは、唸るように返答する。
「難しいな……。オレはここよりずぅっと東の国から来たオーガみたいな見た目の亜人で、オーガ族はこっちの方で育った亜人……って感じか?」
よく知らんけど。
コウメは最後に付け足し、唾液で唇を湿らせる。
ユミは、知らなかった事実に、へぇーと呟いた。
「亜人ってなぁに?」
「おい、そっからかよ……」
大きなため息。次いで、額に手。
どう説明したもんかと、悩みに悩んで結論は簡潔に。
「人間と見た目が違う人型のヤツラ」
「見た目が違う人型。……あ! ドワーフには会ったことあるよ!」
「そう。ドワーフも亜人だ。だが、人間にとっての亜人はドワーフやエルフを指すらしい」
「え? でもコウメちゃんはコウメちゃんのことも亜人って」
「オレたちは自分を亜人って名乗ってるよ。だが人間は、人間にとって忌避感のない見た目のヤツラは亜人、忌避感のあるヤツラが魔族って区別されてるんだとよ」
そこまで聞いたユミは、口をへの字に曲げる。
「コウメちゃんたちは、ちゃんと言葉が通じるし、お話もできるのに。怖がるなんてバカみたい」
「そういう人間が少数派って事だろうよ」
コウメはふ、とはにかみ、雰囲気を和らげる。
「ちゃんと見た目じゃなくて中身見て、話せば仲良くできると思うのに!」
「ムリムリ。人間は脆すぎるし、何よりもアイツラ、オレたちを見た瞬間、バケモノ見る目で鬼気迫った表情するしなァ」
ユミはコウメの言う事がよく分からなかった。
それはその現場に立ち会ったことが無いのもあるが、それ以前にコウメへの好感度は天井知らずで上がっていたためである。
「ふーん。そんなもの?」
「そんなもんだ」
「もったいない。コウメちゃんこんなに美人なのに」
「びっ?!」
唐突に、予想もしていなかった褒め言葉が肩の上から飛び出し、動揺に体を揺らしてしまうコウメ。
グワラン、グワランと頭が揺れ、おおぉぉぅ、なんて声がユミの口から零れ出た。
「そうなんだよねぇ。コウメって美人さんだっていつも言ってるのに、信じてもらえなくって」
「あ゛っ?!」
動揺していたため、彼女の遥か下方、足下から幼気な声が上がってきた時、彼女は体のバランスを崩しそうになった。
豊かな白銀色の髪を持つ五歳くらいの男の子。
真っ黒なローブにその髪色が非常に映えている。
コウメが彼に対して何かを言う前に、ユミが食いついた。
「だよね、そうだよね! コウメちゃんモテててもおかしくないもん!」
「実際オーガの皆からモテモテなんだよね」
「いや! あれは似た見た目してる中でも線が細いからっていう不名誉な理由だろ?!」
慌てて否定するコウメに、彼は茶化すようにケラケラ笑いながら称賛の言葉を告げる。
「守ってあげたい女の子ナンバーワンおめでとー」
「嬉しくねェし! 女の子ってガラでもねェ!」
「でも、女の子だろう?」
スッ、と真顔で言われた言葉にコウメは押し黙る。
どこか照れたようなコウメを見たユミの視線は、次いで遥か下方にいる男の子へ。
「ところで」
「なんだい?」
「あなたはだぁれ?」
男の子はイタズラっ子のような声で笑う。
無邪気な子供の声だった。
「知りたかったら、捕まえてみて?」
彼はローブを翻し、暗い廊下を駆け出した。