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「テオー? どこー?」
黒い壁、黒い柱。
唯一黒くない、赤いカーペットを踏みしめて、ユミは城の中を彷徨い歩く。
一般的に言うところの迷子である。
しかしユミはそれを認めていない。
テオとイルが勝手に逸れただけと思っている。
(まったくもう! 二人とも迷子になるなんて!)
思考が幼女のそれである。
しかしユミは、今年でもう18となる。
周囲が北欧風の顔立ちが多く、その中でことさら幼く見えるため、子供扱いされがちであると言うだけだ。と本人は主張する。
……幼く見える言動も、その一因かもしれないが。
彼女がテオと出会ったのは大体三年くらい前。
川で溺れて意識を失っていたところを、テオに保護された。
それ以降、ユミはテオの旅路に同行している。
身寄りのない子供と見られていたし、実際家族がどこにいるのかも分からなかったから。
テオはユミのことをウミと呼ぶ。
ユミが初め、言葉を聞き取れなかったように、テオもまた、ユミの名前をうまく聞き取れていなかったようだ。
でも、ユミはテオにウミと呼ばれるのは嫌いではなかった。
男の人よりもほんの少し高めの、アルトとテノールの間くらいに位置する音域が、耳に心地よかったから。
ここ一年の間に旅に同行することになったイルも、彼女がよく懐いている一人。
胡散臭い商人顔だとは思いつつ、アジア系の顔立ちに親近感を覚えている。
あと小遣いくれる人だから、という一面もあった。
懐き方が子供のそれである。
(たしか客室? に案内するって言ってたから……)
手当たり次第に部屋を開けよう。
ユミは真っ先に一番外れが大きい方法を選んだ。
「テオー! ここー?!」
目についた扉を思い切り開ける。
「あ゛? 誰だテメェ……」
「はわ……」
大鬼。
ユミの目の前。部屋からぬっと現れたのは、彼女の遥か頭上に頭がある、鬼の角した大女。
彼女は自身の身丈よりだいぶ低い所にあるユミの姿を探し、周辺を見渡したあと、ようやくその視線を床に落とした。
瞬間、彼女の顔に浮かぶのは、得も言われぬ困惑顔。
果たしてこんな小さな人物が、この城にいただろうかなどと言いたげな。
「あ゛ー……。オマエ、なんでここにいるんだ?」
頭をガシガシ乱暴に掻き、彼女は低くしゃがむ。
その目線は、ユミに合わせられるくらいに腰を落とした。
「お……」
「お?」
「お、鬼さんだー!」
ユミは目を輝かせて大女の周りをウロチョロ回る。
飛び跳ねるようにキャッキャとじゃれつく子供を見て、彼女は得体のしれないものを見ている目に変化した。
「はー、なんだいコイツ。オレの顔見て怖がるんじゃなくて喜ぶなんて、変なやつだな」
呆れたように言う大女に対し、ユミはだってと言い募る。
「初めて見たんだもん!」
「初めて? ……ああ、コレか」
大女は自身の角を片手で触る。
その動作でユミは益々《ますます》目を輝かせている。
「その様子だと、亜人じゃねぇナ。……人間か、テメェ」
「うん! 私、人間のユミ!」
「オレはそういうコトを言ってんじゃァ、ねェんだけどなァ……」
人間と気付き睨みつけるように目を細めるも、ユミはあっけらかんと自己紹介をしていた。
その態度に、毒気を抜かれたような顔をして、大女はポリポリ頬を掻く。
「……オメェはオレが怖いと思うか?」
「思わない!」
「即答かよ……」
大女は唇を捲り、口の中に規則的に生えた、鋭い牙を見せ付ける。
「これでガブーってすりゃァ、オマエなんか一噛みなんだぞ?」
「おおーっ。ギザギザの歯だぁ!」
「オメェ、なんかズレてんなァ」
興味津々に口の中すら覗き込んでくるユミに、大女はタジタジになる。
「亜人を初めて見たって言ったな?」
「うん!」
「ここは亜人ばかりだが、ウロチョロしてたらホントに食われちまうぞ?」
「鬼さんみたいな人が……いっぱい……?!」
ユミの目の輝きが限界突破した。
大女は彼女の目に星が舞っている様を幻視した。
大きなため息。次いで、彼女に比べるとかなり大きな掌を、ユミに差し出す。
「ん」
「……ん?」
「案内してやる。早く手ェ繋げ」
「ん!」
ユミは。喜び勇んで手を繋ぐ。
体格差がありすぎて、このままだと大女の腰に多大な負担がかかってしまう。
大女はその未来を見越してか、ユミを抱え上げ、自身の右肩に座らせた。
「おぉーっ。安定感」
「あんまり暴れんなよ。落としちまう」
「はいっ! 暴れません!」
良い子のお返事、敬礼のポーズ。
大女は肩の上で姦しく動く小さな上半身に苦笑した。
「鬼さん鬼さん」
「さっきから言ってる鬼さんって、オレのことかい?」
「だって、お名前知らないもん」
「あぁ……。そうだったな」
「鬼さんお名前なぁに?」
「……コウメ」
「コウメちゃん!」
「ちゃん付けかよ……」
大女改めコウメ。
彼女は恐れる様子もない小さな少女に、再び呆れた顔をした。