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「ここが客室。これから夜も遅くなるだろうし、一晩泊まっていったらいいよ」
「わざわざ悪いな」
「いやいや。お客人を泊まらせもせず帰らせるなんて、面目丸潰れだからね」
案内された部屋はいつも泊まる宿よりも格段に広く、小洒落ている。
(気が滅入りそうですねぃ……)
しかし、全体的に暗い。
暗いというより、黒い。
ずっとここにいたら健康に悪そう。イルの感想である。
「ところでさ」
ずい、と近付いて来た顔。
イルはその近さにびっくりして身を反らす。
「君たちって、どういう関係の人?」
にっこにっこ笑顔を浮かべるノイヴの姿に、イルは毛並みのいい大型犬を幻視する。
「同行者」
間髪入れず答えたテオに、ノイヴは不満そうに 唇を尖らせる。
「えー? それだけ? もっと他にないのー?」
「他に?」
「んーと、恋人とか?」
「こっ?!」
朝鳴く一番鳥の鳴き声が喉から漏れたイルと違い、テオはそれを鼻で笑った。
「冗談。友人だ」
「えー。つまんない」
「わたしには心に決めたものがあるから」
「えっ、誰ですかぃソイツ! あっしとは遊びだったんですかぃ!」
「そういう関係じゃないだろ」
オーバーリアクションを取るイルの反応を見て、ノイヴがゲラゲラ腹を抱えて笑う。
「面白い友人なんだね。いいなぁ」
「友人はいないのか?」
「まるで僕がボッチみたいな言い方して、失礼だね」
「それは悪かった」
「いないけど」
「いないんですかぃ!」
突っ込みは最早お家芸。
思わず出た手が、ノイヴの角に当たってしまう。
「ぁいてっ」
「うわわわわ、ももも、申し訳ないですよぃ!」
痛そうに角をさするノイヴに、イルは土下座の勢いで頭を下げる。
ノイヴは気にしないでと手を振った。
「生活してたら角が当たることも割とあるしね。……折れてたら怒るかもだけど」
「折りやせん! 今後絶対に折りやしやせん!」
命を懸けて全身全霊で謝罪をしているイルの傍ら、自由人なのはやはりテオ。
痛いと擦った角を興味深げに見ている。
「それ、痛覚あるんだな」
「もっちろん。
「ああ、足の小指がクローゼットの角に当たるみたいなものか」
「そんな感じかなー。僕たちも足の小指をクローゼットにぶつけたら普通に痛いから、ある意味人間よりも弱点多いのかも」
「角を小指と同一視されててもいいんですかぃ……?」
魔王の意外な寛容さにイルが慄いている内に、ノイヴは立ち上がる。
大きく伸びをし、イルたちに振り向いた。
「それじゃ、夕飯の時間になったら呼ぶから、それまでゆっくり寛いでいてね」
ひらひら手を振りながら、ノイヴが部屋から出ていってしばらく。
イルは、張りつめていた息を大きく吐き出した。
「……はー、緊張したぁ」
胸を撫でおろすイルひとり。
テオは部屋のベッドに腰掛けて寛いでいる。
……自室かのごとく寛いでいる。
「テオ氏はまったく緊張してませんでしたねぃ」
「緊張する要素ないだろ」
「そうですかぃ、あっしは緊張しっぱなしでしたよぃ」
それにしても。
イルは先ほど部屋に案内をした魔王を思い出す。
「魔王様って、えらくフレンドリーでしたねぃ。もっとこう、怖いお人かと思ってましたぜぃ」
「そりゃぁ、あの人魔王じゃないしな」
「え?」
「ん?」
さらっと衝撃的なことを言われた気がする。
イルは糸目が点になる勢いでテオを二度見した。
「気付いてなかったのか?」
「いやいや。いやいやいや。あれどう見ても魔王! って感じの威厳だったでしょぃ?!」
どこで見分けつけたんですかぃ! そう叫べば、テオはしれっと述べる。
「魔力。あと歩き方」
「魔力ぅ?」
「その人の内包してる魔力の渦。イルは見えないのか?」
「そんな人技離れたコトできるの、テオ氏くらいしかいやしやせんよぃ」
「そうか」
「そうか、て」
さらっと流されたイルが、テオに対して頭を抱える。
テオはそんなイルに対し。
「歩き方くらいならイルでもできるんじゃないか」
などと言ってのけた。
「そりゃ、そりゃぁねぃ、テオ氏やウミ氏ほど一緒にいれば分からないことも無いですけどねぃ?」
「それでも、男か女かくらいは見分けつくだろう?」
テオがきれいに揃った自身の髪を、落ち着かないように弄る。
「男の見た目をしていたが、あれは女の歩き方だった」
「……なるほど」
イルは天井を仰ぎ見た。
「難易度、高ぁ……」
「ところで」
部屋を見渡したテオは、イルに問う。
「ウミは?」
▽
一方その頃。
「……あれ? テオ? イル?」
だだっ広い廊下で、彼女は立ち竦む。
いたはずの二人がいない。
なんなら、この景色は見覚えのないところで。
「ここ、どこぉ?」
彼女は迷子になっていた。