バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

2-1-2

「死――ぬかと思ったっっっ!!」
「大袈裟だな。風の魔法で受け止めただろ」

 恐怖に腰が抜け、四つん這いで息を荒げるイルと、その横で飄々と目の前を見るテオ。
ウミはへらっと笑っている。

「受け止め損ねたらどうするつもりだったんですかぃ!」
「あー……。……なんとかなっただろ」

 視線をふい、と外すテオ。
そこまで考えてなかったように見受けられる。

「そんなことより」
「そんなこと?!」
「総本山が目の前だぞ」
「ヒュッ」

 重厚な黒の扉が行く手を阻むその城は、黒、黒、黒。
見渡す限り一面の黒。
 人々が、魔王城と言われてイメージする外観そのもの。
 イルは口から魂が零れ出てきそうになった。

 その中でも、やはりテオはいつも通りに見える。
いつも通りではないのは、その髪型。
 髪が伸びる度、適当にナイフで削ぐものだから、ざんばら切りがデフォルトになっていたその頭は、今は綺麗に整っている。

 魔族という、人間から見ればよく分からない、凶暴に思えるその種族の王、魔王。
それでも一国の王であることには変わりなく、そんな王に謁見を願い出るのだから、身なりは整えて行かなくてはと、女衆に揉みくちゃにされていた。

 テオは助けを求めてた。イルは敢えて無視をした。

(すまねぇ、テオ氏。一致団結している時の、特に着飾ることに関しては女衆ほど強いものは無いのでぃ)

 要するにビビったのだ。

 結果、長さも切り口さえもバラバラだった髪は綺麗に整い、男前度が上がっていた。
 完成品を見た時の女衆の反応ときたら。
思い出し、イルは遠い目になった。

 突如、風が吹く。
テオの髪が揺れる。

「……来たぞ」

 呟く言葉に被さる暴風。
門前に噴くそれは、訪れる全てのものを拒絶しているようにも感じる。

「あばばばばば……」

 口から泡を吹いてしまいそうだ。などとイルは現実逃避をする。

 黒一色の城にも負けないほど強い、黒曜石の輝き。
二対の翼はその巨躯を支え、宙へ浮かすだけのパワーを備えている。
顔は狼のようなヘビのような。裂けた口から覗く牙がいやに獰猛。
伸びる足はずんぐりとしたものが二本。腕はそれより細いものが四本。
それは目の前に着地をし、一行を見下ろし睨めつける。
侵入者を追い出さんとすべく、それは天に向かって咆哮を上げた。

 顔面蒼白で今にも倒れそうなイルとは対照的に、テオは動じず、ウミは目をキラキラ輝かせてそれを見上げていた。

「ど」

 それを見上げて、イルは再び叫んだ。

「ドラゴンじゃないですかぃっ!!」

 倒れよっかな。
イルは本気でそう思った。

「やぁ、お客人は久しぶりだ」
「ドラゴンがシャベッタッッッ?!」
「よく見ろイル。上だ、上」

 上……?
イルが見上げると、そこにはドラゴンの額に足を投げ出している人物がいた。
その人物はドラゴンの額から地面へと飛び降り、音すら立てず着地した。

「驚かせたね。この子はこの城で飼ってるドラゴンのシュニゴン」
「飼……ってる……?」

 衝撃的な言葉が飛び出し、イルが理解を拒む表情を浮かべる中、テオは物怖じ通り越してのほほんとドラゴンの足下まで歩いていく。

「シュニゴンって言うんだな。なんて意味だ?」
「鳴き声がシュニゴンって聞こえるから、シュニゴンだよ」
「シュギゴン!」
「お、本当に聞こえる。……このゴロゴロ鳴っているのは?」
「喉を鳴らしているね。リラックスしてる時とか嬉しい時とかよくやるんだけど……。君、シュニゴンに気に入られたね」
「それは嬉しいな」
「ネコじゃないんですよぃ!」

 つい突っ込んでしまうのは、最早そういう宿命を背負っているのかもしれない。
イルは思わず挟んだ口を後悔しながら、そういう星のもとに生まれたのだと諦めた。

「自己紹介が遅れたね。僕はノイヴ」
「わたしはテオ。後ろの2人は、こっちがウミ。そっちの腰抜かしている方がイル」
「ふふふ、面白い格好してるね」

 言外に嘲られたが、イルはそのことを気にする余裕が無かった。
それはドラゴンの迫力で抜けた腰と、もっと言えばドラゴンから飛び降りてきた、その人物の容姿にも原因があった。

 歳はイルたちよりも年下だろうか。
青年に見える彼は、イルが日ごろ見慣れた白銀色を豊満に肩へと流し、まつ毛に縁取られた切れ長の黄金色を備えたその(かんばせ)は、傾国の美男子と呼称されてもおかしくはない。
何よりも特徴的な部位は、耳の上に(そび)える二本の角。
人間では有りえないその造形に、イルは人との違いを感じ取る。

 彼はクスクスおかしそうに含み笑いを浮かべ、ドラゴンを上空へ飛ばす。
直後開かれる、重厚な扉。
歩みを進める彼は、その下で振り向いた。

「ようこそ、魔王城へ。歓迎するよ」

しおり