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「次! 次オレ乗りたい!」
「ちょっと! 抜け駆けしないでよ!」
パレードは二部制。
トトは前半のパレードを終え、無事に地上へ戻ってこられた。
すると、トトが乗ったことで安全性をある程度確認できたためか、パレード後半に操縦をしたいと言い出す従業員が、我先にと集まってきた。
「今回はちゃんと操縦を学んだ奴じゃないと危険だから乗せらんないよ! ……アンタ、後半の操縦を頼んでもいいかい?」
「えっ! ボクですか?」
「アンタがこの中で、アタシの次に一番操縦のことを知っているだろう? 知ってるよ。アタシがいないときにキキュウの本を読み耽っていたこと」
驚いたように、自分自身に指をさす従業員は、幾度も経営について忠言してきた男。
頑なに、パレードには与しないと言い続けてきたトトに対し、諦めずに説得をし続けてきた男。
「高度に気をつけなよ。紐をちゃんと見ること。あと、花はたくさんあるけど一気に投げないでペース配分考えること。あとはー……」
長々と注意点を伝えていき、引き継ぎを終わる。
途中から飽きたような雰囲気も出ていたが、大事なことだから何回でも伝える。
特に緊急事態が起こった時のことを。
「緊急脱出の手順は分かったね? いいね?」
「はい、はい、分かった分かった、分かりました」
ソワソワし始めた従業員に呆れ、トトは小さく肩を上げる。
「火種は持ったね? 行ってきな!」
「行ってきまーす!」
待ちくたびれたと言わんばかりに、彼は火を付ける。
トトの時と同じく、袋は膨らみ、編み籠が上がっていく。
どんどん、どんどん。
(……眩しいねぇ)
トトは目を細める。
空に吸い込まれていくカラフルな袋が、白と青に映える。
完全に上がりきり、紐がピンと張られる。
パレードが動いた。
トトは邪魔にならないよう端に避け、その行き先を見送った。
「……さて。腹ごしらえでもしようかねぇ」
解放された途端、鳴り響く腹の音。
トトは擦りながら、パレードの脇で賑わっている屋台へ足を向ける。
どこもかしこも、戒律なんてお構い無し。
色は派手だし、騒がしい。
衣装はあんなに肌が出ている。
屋台料理を買った若者たちの手には、肉料理も多々見られる。
それに、何より。
ここには笑みが、笑い声が溢れている。
トトは頭を掻く。
折り合いを付けるにも、まだムズムズする気持ちの悪さはあるが、合わせると決めた以上、適応をしなくてはいけない。
第一歩に、トトは屋台の前で足を止めた。
(本当は、祭事のときは肉を食べちゃいけないんだがね)
トトは鳥焼きを買った。
鶏肉を焼いて塩をかけたものに、ハーブを混ぜたヨーグルトのソースをたっぷりかけて食べる屋台料理。
ほっかほかに湯気が立ち昇る鶏肉は、母国を出てから、滅多に食べられない代物だった。
それが今や、こんなに立ち並ぶ出店で気楽に買えてしまう。
(背徳感、ってやつかね。これが)
ホカホカの湯気の向こうに、パレードの山車が練り歩く。
もうすぐ聖女の乗った神輿が目の前を通る頃だろう。
トトが鳥焼きを食べようと目線を下げた瞬間。
「
それは反射だった。
懐かしい言葉が、トトの目の前で聞こえてきたから。
祖国の言葉だった。
ソレが発されたのは、人混みを挟んだ目の前。
身丈の高い、旅人の声。
後ろ姿から、時折ちらっと見える仮面が印象的だった。
でも、何よりも。
(きれい)
この辺では非常に珍しい、聖女と同じ色彩を持つ旅人。
短く切られた髪が、ざんばら切りなのが惜しいと思うほど、その髪色は美しいと感じた。
加えて、神の
プティラと呼んだ旅人の目の前に、聖女の神輿が重なる。
見上げた旅人の仮面を、聖女がちらりと見下ろす。
旅人と聖女の目が合ったと思われる一幕に、淡く白い花が散る。
それは陽の光に照らされて、二人の邂逅を彩った。
たった一瞬。たった一瞬のこと。
もしかすると、トト以外誰も気がついていないであろうその邂逅が、やけに記憶に残って仕方がない。
「……
雰囲気に飲まれそうになるトトが、正気を保つために吐き捨てた言葉。
同郷の言葉に反応した、仮面の旅人が振り返る。
(
しかし、彼はこの人混みの中、トトを見つけることができなかったようだ。
人の波に押し流され、仮面の彼から距離が開くごとに、トトは安堵する。
(聖女が、プティラ、ねぇ)
あの旅人が、何を思ってそれを口にしたのか。
本人に問いたださなければ、それは分からない。
確かに言えることは、同じ白銀の髪でも、質は随分と違うこと。
聖女が太陽光でギラギラ輝く白銀ならば、旅人のアレは、月明かりにも等しい、淡さを含んだ白銀。
それからもう一つ。
プティラと呼んだ彼と、プティラと呼ばれた聖女に降る白百合の花は、その場面を、完全に歌劇にも等しい一幕としたこと。
(一幕を語る小タイトルは、さながら『
或いは。
『
(……無いね。無い無い。いくら祖国の言葉と言えど、アタシの名前が入るなんて無い)
首を振っても尚離れない、不思議な気持ち。
羞恥と幻想がない混ぜになった、複雑さを孕んだ気持ち。
妙な気分だ。
たった一瞬の出来事が、これほど網膜に焼き付いて離れないのは。
青空から花が降る。
白い花。少し前には葬花としていた白百合の。
トトは鳥焼きを齧る。
もうすっかり冷めてしまった鶏肉を咀嚼しながら、彼女の足は自然と工房へ向かっていた。
――トトはこのあと、この一幕を抽象化した模様をデザインすることになる。
花のような、人のような。何をモチーフにしたのかも分からないその模様は、後に、気球や服にも使われることになるメジャーな装飾と取り扱われることになる。
その模様は、あの時の呟きを元に名付けられた。
曰く、【