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「工房長、あれから何か食べてるんですか?」
「いいや。戻ってきてからあんな感じだ。パレードの用品を作る気になったはいいが、寝食も忘れて何を作っているんだか」

 あれからトトは、あれだけ誇りを持っていた葬式や結婚式や、厳格な式を形作る依頼を、一切断って作業に打ち込んでいた。

 それは、あれだけパレードに与するべきと忠言を繰り返していた従業員すら心配させるほどの、のめり込みっぷり。
毎日ひたすら、設計図のようなものに文字を書き込んでは、骨組みや何やを作るという作業を繰り返していた。

「工房長、一体何を作ってるんだ?」

 手を止めず、猛然と作業をしているトトに、従業員が恐る恐る問いかける。
彼女は、一冊の本を指差し、『キキュウ』と呟いた。

「キキュウ?」
「大きなかごに人が乗る乗り物だ。コイツはね、空を飛ぶんだ」

 声をかけた従業員は信じることができなかった。
空を飛ぶ乗り物なんて、聞いたこともない。

「アタシの故郷で、昔に計画されていた乗り物だよ。予算なのか技術なのか、まったく分からんが途中で立ち消えてたけどね」
「それを、なんで」
「パレードは派手にしてほしいんだろ? だけど、他の競合の仕事を見ていると、大道具も小道具も、みぃんな作られちまってる。入り込む隙がないからねぇ」

 トトは巨大な編み籠の縁を留める。
その傍らには、継ぎ接ぎになった丈夫そうな布が置かれている。

「入り込む隙が無ければ、どデカい穴を空けちまえばいいのさ。さあ! 重要な部分は終わったよ! こっからはアンタたちにも手伝ってもらうからね!」

 暇を潰していた従業員たちの尻を言葉で叩き、作戦会議を行う。
設計図を照らし合わせ、部品を組み合わせ、演出を考える。
演出に必要な小道具をありったけ集める。他の競合とも話を擦り合わせ、協力関係を取り付けた。

 慌ただしい日々を過ごしていくうち、あっという間にパレードの前日。
準備は整った。後は、空へ浮かぶだけ。

「工房長、理論上はあのキキュウ、飛ぶことは分かる。けどよ、一体誰が操縦するんだ?」

 テストはしていない。動作確認も、少ししか。
だけど、準備していた演出はを完遂させるには、一人は必ず乗らなきゃいけない。

 トトはバンダナをキツく結び直す。
目を保護するためのゴーグルを頭に掛け、額に乗せる。

「アタシが」

 驚愕に目を見開く従業員。
彼からは、声にならない息が漏れる。

 ずっと考えてたことがある。
古い考えを砕いて壊して、聖女が望んだ景色は、一体どれだけくだらないものなのか。
それを端から決めつけることが、一体どれだけくだらないことなのか。

(……特等席で、見てやるんだ)

 そのための命なら、捨てて散っても惜しくない。
トトは本気でそう思っていた。

 もちろん、無駄に無様に散る気はなかった。
これでもかと言うほどシミュレーションをした。
これでもかと言うほど器具の点検をした。
……これでもかと言うほど、娘と話をした。
夫が死んで、一人で育ててきた娘も、来年成人を迎える頃。
もう、自分がいなくなっても十分にやっていける。トトはそう強く確信していた。

「トト! 打ち合わせ通り、山車に紐括り付けてやったぞ!」
「助かるよ!」

 競合のうち、一番重量のある山車を出す所に、キキュウの紐を括り付けてもらった。

(……大丈夫。何度もシミュレーションした。大丈夫)

 トトは編み籠に乗り込む。
既に小道具は積み込まれている。

 トトは頭上に設置した器具に、火を付けた。

「うわぁ!」
「浮いたぞ!」

 火をつけて(しばら)く。
キキュウは継ぎ接ぎの布で作った袋が大きく膨らみ、編み籠ごと、トトを浮かせる。

「じゃあ、行ってくるよ」
「お気をつけて!」

 ぐんぐんキキュウは上昇していく。
あっという間に、従業員も、物珍しさに集まった観客も、遥か下方に置いていってしまう。

 キキュウの下に括り付けた紐がピン、と張る。
これ以上上昇しないように、火の勢いを調整していく。
調整している間に、キキュウが横移動を始める。
どうやら列の方も動き出したようだ。

 これ以上は上がらない程度まで調整し、ようやくトトは編み籠の外を見た。

「うわぁ……!」

 この国の外に広がる山脈が、視線と同じ高さに来ている。
晴れ晴れとした青空に、右から左へ雲が流れる。
国を囲う塀の外側に、青々とした畑が見える。
広大な土地にぽつんと浮かぶのが、この国の首都だった。

 白に青の差し色が入る、規則的な街並み。
トトが大好きな美しい色を見下ろすと、予想通りの景色に落胆のため息を吐いた。

「……なんだい、やっぱり下品じゃないか」

 規律正しく建てられている、白と青の街並み。
その中心に、ガチャガチャした法則性も何も無い、カラフルな線が一本走っている。
その線からは、笑顔溢れる笑い声が響いている。
時折、高笑いが聞こえてくるのはきっと気のせいだろう。

「……時代に、合ってないんだよ」

 トトはそっと目を閉じる。
瞼を閉じれば、いつでも思い出す、夫の姿。
彼は、この国を愛していた。
この国の清貧さを、高潔な魂を愛していた。
そんな彼の姿に惚れた彼女も、彼が愛したすべてを守ろうとした。

 トトは、編み籠いっぱいに積み込んだ、白い百合を抱えて散らす。
遥か上空から降る花に、地上からは歓声が上がる。

「……大丈夫。合わせてみせるさ」

 だってアタシは、あの人が愛したこの国を愛している。

 たとえ、どんな姿になろうとも。

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