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第七十話 「救世主」

 城下の町をリコウという商人を先頭に、しゃらく一行とツバキが歩いて行く。ブンブクは元の狸の姿に戻っており、ウンケイの肩に乗っている。
 「いや驚いた。まさか八百八狸(やおやだぬき)が本当にいたとは」
 リコウが前を向いたまま話す。
 「他の奴らはもっとすごかったぜ。人の言葉を話すんだ」
 「へぇ、そいつは(すご)い。きっと君達は運が良いんだろう。ここまで目撃情報が少ないとなれば、たとえ生息地が分かっていてもお目に()かれる存在じゃない(はず)だ」
 しゃらくとリコウが楽しそうに話す。リコウは、チラリと後ろのブンブクに目をやる。ブンブクの方もリコウをじっと見ている。
 「ん?」
 後ろを見ていたリコウが何かに気付き、立ち止まる。刹那(せつな)、ガバァ!! 何かがブンブクに(おそ)()かる。しゃらくとウンケイ、ツバキも慌てて振り向き、それぞれの武器に手を置いて臨戦態勢(りんせんたいせい)に入る。しかしすぐに三人の体の力が抜ける。必死に助けを()うブンブクを、羽交(はが)()めに抱き絞めているのは、目を血走らせ鼻息を荒くしたシカである。
 「んん~!! ブンブクちゃんまた会ったわね! スーハースーハー! かわいいかわいい!!」
 シカが、戸惑(とまど)うブンブクの腹に顔を埋めながら叫んでいる。
 「わっはっは! なんだシカか! わっはっは!」
 しゃらくが大笑いする。
 「・・・驚いた。まるで気配を感じなかったぜ。警戒心の高いブンブクが後ろから捕まるとは・・・」
 ウンケイはシカの恐るべき能力に冷や汗をかく。
 「フッフッフ。よほどブンブクを抱きたかったんだろうね」
 ツバキも、ブンブクに(ほほ)(こす)り付けるシカを見てくすくすと笑う。
 「・・・知り合いかい? それなら良かった」
 リコウも胸を()で下ろす。
 「友達だ。こいつも徴兵(ちょうへい)だよ」
 しゃらくがシカを指差す。すると(しか)めっ(つら)になったシカが、ブンブクを抱いたまましゃらくに近づく。
 「友達じゃねぇよ! 私はブンブクちゃんが好きなだけだ!」
 シカはしゃらくをキッと睨むと、再びブンブクの腹に顔を(うず)める。ブンブクは嬉しそうに笑っている。
 「わっはっは! まァ似たようなもンだ」
 「そうかい。それならお(じょう)さんも一緒にどうぞ」
 リコウがニコリと笑い、再び歩を進める。
 「食うのも寝るのも面倒見てくれるってよ。シカも来いよ」
 しゃらくがニッと笑い、リコウの後に付いて行く。その後をウンケイとツバキも続いて行く。ブンブクを抱いたままのシカは、目を丸くしてリコウを見つめる。鼻の良いしゃらく、女慣れしたツバキでもないのに、自分の正体を言い当てられた事に、驚愕(きょうがく)していたのである。


 最後尾にブンブクを抱いたシカが加わり、目立つ一同は町中を進む。ウンケイとツバキが周囲を見ると、町人達は立ち止まって一同を見ている。何やらヒソヒソと話をしている者までいる。その様子に二人は眉を(ひそ)める。
 「さぁ着いたよ。ここが私の屋敷だ。二階を好きに使ってくれ」
 一同の前には、大きく立派な二階建ての屋敷が建っている。
 「悪いな。世話になるぜ」
 ウンケイがリコウに頭を下げる。続いてツバキ、しゃらくも頭を下げる。ブンブクを抱いたシカはリコウをじっと見ている。
 「気にするな。先も言ったように君達は救世主だ」
 リコウがニコリと笑う。

   *

 屋敷の広間で、しゃらく一行にツバキとシカ、そしてリコウの六人が座っている。その前には豪華な料理が並べられている。広間だけでなく屋敷の中には、使用人が多数いるようで、いそいそと料理を作ったり運んだりしている。料理を前にしたしゃらくは、料理に顏が付きそうな程近づき、(よだれ)()らし爛々(らんらん)とした瞳で見ている。
 「さぁ遠慮なく食べてくれ」
 リコウがそう言った瞬間、しゃらくが(はし)を持つ。
 「いただきまバクバク!」
 言い終える前に料理を食べ始める。下品なしゃらくに苦笑いしながら、他の者達もそれぞれ手を合わせてから料理を食べ出す。
 「んめェ~!!」
 しゃらくが絶叫し、物凄(ものすご)い勢いで食べ進める。その様子をリコウがニコニコと笑って見ている。
 「酒も美味い。これは酔っぱらいそうだ。わはは」
 ウンケイも上機嫌で酒を飲み進める。
 「ブンブクちゃん! そんなに慌てて食べたら、(のど)()まらせるわよ!?」
 シカは自分の食事は(おろそ)かに、しゃらくの真似をして急いで食べ進めるブンブクを心配している。しかしブンブクは言う事を聞かず、慌てて食べ進めている。一方のツバキは、騒がしい連中とは対称に、静かに上品に食事している。
 「はっはっは。こんなに賑やかなのは久しぶりだ。是非、君達の旅の話を聞かせてくれないか?」
 リコウが酒の入った(さかずき)を飲む。
 「あァいいぜ! まずはおれが生まれた古寺の話からだ!」
 しゃらくが立ち上がり、口に物を入れたまま、鼻息を荒くして語り出す。リコウは楽しそうにしゃらくの話を聞いている。しゃらくの熱の入った話を、次第にリコウだけでなくウンケイやツバキ、シカ達も笑いながら聞いている。やがてそれは宴会(えんかい)にいる者達だけでなく、屋敷内の使用人達も広間に集まり、しゃらくの楽しい話に笑っている。宴会はその後も盛大に盛り上がり、いつの間にか腹を出したしゃらくとブンブクが腹鼓(はらつづみ)を打つ中、身分性別年齢を問わず皆が肩を組んで笑っている。

   *

 夜が()け、外では雨が降り始めている。(うたげ)(よそお)いは全て片付けられ、いびきをかいて眠るしゃらくを尻目に、リコウとウンケイ、ツバキが座って話している。シカはブンブクを(ひざ)に寝かせ、気持ち良さそうに眠るブンブクの頭を撫でている。
 「・・・あの日もこんな雨が降ったな。・・・町人達が“龍神様”と呼ぶ者が現れたのは、今から二年程前。城主ソンカイ様による無慈悲(むじひ)政令(せいれい)に、町人達は悲鳴を上げていた。一揆(いっき)を起こそうとする声もあったくらいだ。そして、(ただ)でさえ苦しい生活を更に苦しめたのが、長く続いた日照(ひで)りだ。長い間雨に恵まれず、降ってもすぐに上がってしまうような状況が続いていたせいで、農作物は育たず、水不足にもなりかけていた。そんな中現れたのが、まるで龍の(うろこ)のように鮮やかな碧色(みどりいろ)の着物に身を包み、顏に翁面(おきなめん)を被った一人の男。彼は突如町に現れると、雨を降らせて見せると言い、雨乞(あまご)いの(おど)りを始めた」
 リコウが盃を片手に、窓の外の雨を見ながら淡々(たんたん)と話す。ウンケイとツバキは、真剣にリコウの話を聞いている。
 「それは見事な踊りだったそうだ。まるで人ではなく、本当に神様のような。・・・すると突如、暗い雲が空を(おお)い、雷鳴が(とどろ)いた。突然の事に、町人達は自分の目を疑った。そしてそれから間もなく、町には大雨が二日間、止む事なく降り注いだ」
 リコウの話にウンケイとツバキは目を見開く。
 「そりゃすげぇ」
 思わずウンケイがポツリと(つぶや)(つぶや)く。
 「そこから先は容易(ようい)に想像出来るだろう? 町人達は“龍神様”を(あが)め、ソンカイ様への忠誠(ちゅうせい)は更に薄れた」
 リコウがニヤリと笑う。
 「そしてソンカイ様は(にく)き龍神討伐(とうばつ)の為、アドウ様を連れて来た。私がこの町へ来たのもその頃だ。行商(ぎょうしょう)をしていた私の才に目を掛け、城抱(しろがか)えの商人として、離れつつある町人達との繋ぎ役を任されてるって訳さ」
 リコウが持っていた盃の酒を飲み干す。
 「面倒を押し付けられたな」
 ウンケイもニヤリと笑って酒を飲む。
 「・・・それじゃあその龍神様を討てば、俺達は地獄行きだな。フッフッフ」
 ツバキが笑う。ウンケイもそれに笑いながら、自分の(ひげ)を撫でる。
 「さてどうするか・・・って顔だな」
 リコウが、目の前の二人と後ろのシカの顔をじっと見つめる。三人はリコウの言う通り、難しい顔をしている。
 「ははは。図星(ずぼし)だな。・・・今回は、龍神を城に(おび)き寄せるんだってな? どうするつもりか知らんが、見物(みもの)だな」
 「・・・あんたはどう思ってる? この戦いに、龍神に対して」
 ウンケイがリコウをじっと見つめる。
 「・・・」
 リコウが怪しくニヤリと笑う。町に降る雨が更に強くなる。
 
 完

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