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第34話 招かざる者

 建ち並ぶのは、新しく建てられた何棟かのアパート。
 その内一番奥の棟、その一階、一番奥の部屋。

 そこに備え付けられている呼び鈴を鳴らすと、リプカは不用心にも鍵の掛けられていなかった扉のノブを回し、無遠慮にガチャリと引き開けた。

「こんにちは、リプカですー! 入りまーす」

 と、形だけの挨拶をすると、リプカは勝手知ったる他人の家とばかりに上がり込む。

 そしてリビングでお茶を飲んでいたリトとヴァルターを見付けた。

「あ、いらっしゃい、リプカ」
(コイツ、マジか……)

 出迎えてくれるのは、苦笑を浮かべたリトと、勝手に上がり込んで来た事にドン引きを隠せないヴァルター。

 そんな二人に向かって、リプカはニッコリと微笑んだ。

「ごめんね、リト、勝手に入って来ちゃって。……で、ヴァルターさんは、お仕事中に、人様のお家で一体何をされているんですか?」

 棘ありまくりのリプカの質問に、ヴァルターはハッと我に返る。
 そしてすぐに、彼は取り繕ったような笑みをニッコリと浮かべた。

「私は保護団体の上官です。ボランティアとして働いてもらっているリトさんは、私の部下に当たります。そんな部下からお話を聞くのは、上司として当たり前の行為。私は、仕事の話をリトさんとしていただけですよ」
「そうですか、それはお疲れ様です。で、同じく部下であるハズのラジュル君を追い払ってまで、一体何の話をされていたんですか?」
「仕事の話ですので。申し訳ないのですが、部外者であるあなたにお伝えする事は出来兼ねます」
「確かに私は部外者ですが、ラジュル君は違いますよね? 彼もボランティアとして働いているのなら、彼もあなたの部下。その部下をわざわざ追い払った理由くらいなら聞かせてもらっても良いですよね?」
「部外者にはお伝え出来ませんね」
「部外者には公開できない程、後ろめたい理由なんですか?」
「……」
「……」

 バチバチと、二人の間で見えない火花がぶつかり合う。

 そんな雰囲気に気圧されて、リトがそろそろと声を上げた。

「あ、違うのよ、リプカ。別に変な話をしていたわけじゃないの。本当にボランティアの人達の話をしていただけなの」
「ボランティアの人達?」
「そう、一緒に働いている人達の事を話していたの。どんな人がいて、普段はどんな仕事をしていて、いつからボランティアに参加してくれているかとか、どういう環境にしたらもっと働きやすくなるかとか、そういう話」
「……へぇ」

 それにしては何でラジュルを追い出したのかとか、何で沢山いるボランティアの内の一人であるリトにそれを聞いているのかとか、突っ込んで聞きたい事は多々あるのだが。
 しかし、それでもリトがそう言ってヴァルターを庇うのであれば仕方がない。
 それ以上は追及しないでおこう。

「それでは、私はこれで。リトさん、今日はありがとうございました」
「ああ、いえ。また私達の意見を聞いてもらえると助かります」
「ええ、是非また。ああ、でもご自宅の鍵は、常に掛けておく事をお勧めします」

 他に勝手に入って来る部外者がいると危険ですので、と遠回しに厭味を残してから。
 ヴァルターはその場から立ち去っていった。

「本当に変な事聞かれなかった?」

 バタンと音を立てて閉められた扉の方を睨み付けながら、リプカは改めてそれを問う。
 するとリトは、「意外と疑り深いのね」と苦笑を浮かべながら、フルフルと首を横に振った。

「何も。さっき言った通り、本当にボランティアの話よ。どこ出身の人がいるとか、普段はどこで働いているのかとか、どの程度ボランティアに入っているのかとか、かな?」

 クスクスと笑いながらもそう話しながら、リトはとりあえず座るようにと、リプカを促す。

 テーブルを挟んでリトの向かい側にあるのは、ついさっきまでヴァルターが座っていた椅子。
 そこに今度はリプカが腰を下ろせば、リトは「ところで」と申し訳なさそうに話を切り出した。

「さっきはごめんなさい、取り乱してしまって。私ったら自分の事ばっかりだったわ。リプカが無事だっただけでも感謝しなくちゃいけなかったのに。ムナールさんにも失礼な態度を取ってしまったわよね。後でちゃんと謝らなくっちゃ」
「え、そんな事ないよ! だって、その、リトは故郷に残して来た家族を亡くしてしまったんだもの。自分の事ばかりになるのは、当然の事だわ」
「でも、それはリプカだって同じ事でしょ? あなただって、沢山の友達を失ってしまったんだから」
「そうだけど……その、私は家族を失ったわけじゃないし……」
「でも、目の前で殺されてしまったんでしょ?」
「それは……」

 悲しそうに問うリトに、リプカはそっと目を伏せる。

 目の前で失ったわけではない。確かにサイドやレイラ、タウィザーの遺体は見てしまったけれども。
 でも今思えば目の前で殺されるのを見なかっただけ、まだマシなのかもしれない。

「確かローニャとカルディアも、リプカと同じ職場だったわよね? 二人も亡くなったの?」
「うん、数日前から行方不明になっていて。殺されたところも見ていないし、死体を確認したわけじゃないけれど。でも、殺されたって話を聞いた」
「そう……私も二人とはそれなりに親しかったから。リーシャやヘレン達の事は知ってる?」
「同じクラスだった子達だよね? うん……私も確認してはいないけど……姿見ていないから。多分、もう……」
「そっか……辛かったわね」
「それは、お互い様だよ」
「そうね……」

 そっと伏せた瞳の裏に映るのは、数日前の光景。
 当たり前の日常の中、当たり前のように笑っていた、居て当たり前だった人達。
 大好きだった人、大嫌いだった人、擦れ違っただけの人。
 みんな、いなくなってしまった。

「でも……」

 脳裏に浮かぶ彼らの姿に、そっと涙が浮かぶ。

 しかし次いで口にされたリトのその言葉に、その浮かんだ涙は一気に引っ込む事となった。

「カルトとランドは無事で良かったわね」
「は?」

 予想外のその言葉に、リプカは勢いよく顔を上げる。

 その視線の先にあるのは、ホッとしたリトの安堵の微笑み。

 待て。
 今、何て言った?

「カルトの事は知っていたけど……ごめんなさい、私、ランドの事は思い出せなくて。思わず「誰?」って、失礼な事を聞いてしまったわ」
「え? え?」
「丁度出張中だったんだって? 良かったって言い方が正しいのかどうかも分からないんだけれど……。でも、不幸中の幸いだったわね。オールランドにいなかったおかげで、事件に巻き込まれずに済んだんだもの」
「あ? へ?」
「でも、確かカルトって文武両道だったわよね? もしかしたら彼がオールランドにいたら、被害はもう少し抑えられ……って、あれ? どうしたの、リプカ? そんなポカンとした顔をして?」

 不思議そうに首を傾げるリトであったが、首を傾げたいのはこちらの方だ。

 だってそうだろう?
 事件当日、カルトは出張なんかしているわけもなくオールランドで事件を起こしていたし、ランドに至っては、自分だってよく知らない人物なのだから。

「え、えっと……ごめん、リト。その話、もう少し詳しく聞いても良い?」
「詳しくって……昨日、カルトから直接聞いたんだけど……?」
「は? 直接って……?」
「直接は直接……って、そうそう、私、昨日出張中のカルトに会ったのよ。避難所となっている学校、放課後は移住して来た人達、特に独り身の高齢者達が憩いの場として使う事が多くてね。昨日は私もボランティアとして、彼らと食事会をしていたんだけれど……。その後始末をして、学校から帰ろうとしたら、そこで丁度カルトとランドに会って、久しぶりーって話をしていたの。そこで二人が出張でこっちに来ているって話を聞いて……って、リプカ? 聞いている?」
「……」

 ポカンと開いた口の塞がらないリプカに、リトは思わず眉を顰める。
 話してくれと言ったのはリプカの方なのに。
 それなのにこの表情。
 ちゃんと話を聞いていたのだろうか。

(カルトと会った……?)

 当然、リプカとて聞いていないわけではない。そりゃそうだ。こんな重要な話、聞いていない方がどうかしている。

 だってカルトは昨日、確実にオールランドにいた。
 そこで自身が氷の精霊憑きである事と、仲間を殺した事を明かした。
 その上リプカは、カルト本人に直々に殺され掛けたのだ。

 確かにそれは、昨日の昼の話だ。
 でもそんな短時間で行き来出来る程、このオルデールとオールランドは近いわけではない。
 昼にオールランドにいたカルトが、その日の夜にはオルデールに到着している。
 そんなの、不可能だ。

 いや、でもそれ以上に気になるのは……、

(カルトは今、オルデールにいる……?)

 リトがカルトと会ったのは、昨日の夜。
 そして現在は、その翌日の夕方。
 だったら彼はまだこのオルデール、もしくは周辺の街にいるのではないだろうか。

(カルトが近くにいるかもしれない……)

 膝の上で作った拳を、ギュッと強く握り締める。

 カルトがいる。

 その事実に、心臓がドクンと跳ね上がった気がした。











 話は少し前に遡る。

 数日前は上機嫌だった彼、ランド。
 しかし同級生に会うと言って帰って来たランドは、案の定、不貞腐れた表情でカルトと一緒に戻って来た。

「で、どうだったんだよ?」
「どうもこうも! 覚えてないってさ、オレの事! クソッ、何なんだよ! オレが一体何したってんだよッ!」
「何もしてないから、覚えてないんだろ」
「ンだと、カルト! だいたい、お前もお前だ! お前が精霊憑きじゃなかったら、お前だってぶっ殺してやってたんだからな!」
「はいはい」

 呆れたようにしてカルトが溜め息を吐けば、苛立ったランドが感情のままにカルトの胸倉を掴んで来る。

 そんな彼に抵抗する様子もなく、カルトはされるがままにされながら、もう一度呆れたように溜め息を吐いた。

「クソッ、何でお前が氷の精霊憑きなんだよ! グランだったら良かったのに!」
「グランって愛称だろ? そうそう親しくもないお前が、彼の事を愛称で呼ぶのはどうかと思う」
「あああああああッ!! ああ言えば、こう言う!」

 キーキーと悪態を吐いてから。
 ランドは乱暴にカルトを突き放すと、これまで黙って様子を見ていた彼へとその視線を移した。

「で、ハクロ。ベイゼは?」
「まだ休んでいる。死体をただ操るだけなら簡単みたいだけどな。その死体を都合の良いように蘇らせるには、相当の力を使うらしいんだ。体力と魔力が回復するまでは休ませてくれってさ」
「そっか。じゃあ、グランは?」
「蘇生したばかりでまだ意識が朦朧としているって。『グラン』として動けるようになるには、まだ時間が掛かるだろうよ」
「じゃあ、まだ会えない?」
「ベイゼの許可が出るまでは無理だろ」
「そっか、そっか。ふふっ、オレの初めての友達。楽しみだなあ……」

 さっきまでの不貞腐れた顔はどこへやら。
 楽しそうにニコニコと笑うランドに、ハクロと呼ばれた金髪の青年とカルトは、揃って冷たい目を向けた。

「つーか、カルトは良かったのかよ? お前が願えば、ブロッサムの仲間全員、蘇生する事は可能だったんだぞ?」
「仲間?」

 気持ち悪く笑うランドの事はさておき。
 そう尋ねて来る金髪の青年ことハクロに、カルトは不快だと言わんばかりに表情を曇らせた。

「精霊憑きを拒絶するヤツらなんか、もう仲間じゃないね。グランだってそうだ。オレにとっちゃグランはもう仲間じゃない。でもランド蘇生を望むから、蘇生してもらったまでだよ。オレはグランだって、他のヤツらと同じように死んでくれて構わなかったんだ」
「ふうん。じゃ、リプカは?」
「は?」
「リプカはどうなんだよ? 見逃したんだろ?」
「は? 何、お前、仲間一人見逃して来たの?」
「……」

 気持ち悪い笑みから一変。
 フンと嘲るようにして鼻を鳴らすランドに、初耳だぞ、とハクロが目を瞬かせる。

 するとカルトは少しだけ間を置いてから、面倒臭そうに溜め息を吐いた。

「面倒な先輩が邪魔をして来たから、放置して来ただけだ。どうせあの後、先輩もろとも魔物に潰されただろ。アイツも先輩も、そう強くはないからな」
「じゃ、生きていたら?」
「あ?」
「生きていたらどうするんだよ? 生きてまたお前の前に現われたら、今度はどうするんだよ?」
「……」

 意地悪く聞いて来るランドに多少の沈黙を返してから。

 カルトはフンと鼻で笑い、そのサファイア色の瞳に、はっきりとした殺意の色を浮かべた。

「殺すに決まってんだろ。アイツは真っ先にオレを裏切ったんだ。オレがこの手で直々に嬲り殺してやる」
「……」

 仲間をも震え上がらせる程の、明らかな殺意。
 その殺意に、二人は思わず言葉を詰まらせる。

 どれくらいそうしていたのだろうか。
 その殺意を振り払うようにして首を何度か横に振ると、ハクロは話を変えるべく、その視線をランドへと向けた。

「リトって言ったっけ? その様子じゃ、彼女も殺すんだろ? でもあんまり大事にすんなよ? ベイゼはまだ動けないし、あそこには面倒な保護団体の支部もある。それに何より、昨日オールランドを潰したばっかりだ。いくら何でも、立て続けに街を潰すわけにはいかねぇからな」
「分かってるよ。サクッとやって、サクッと帰って来れば良いんだろ? 問題ないって、任せておけ」
「お前、時と場所とやり方を考えろよ。マジで」

 あ、何か嫌な予感がする。

 自信満々に胸を叩いたランドに思わず胃を押さえたハクロであったが、それが杞憂で終わらない事を、今の彼はまだ知らない。

しおり