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第33話 それぞれの分岐点

 自分が烙印持ちだと気付いてから、みんなといるこの日常が、どんなに幸せな事だったのかと、気付くようになった。
 だからこの幸せを手放したくなくて、自分が精霊憑きである事を、必死に隠したんだ。

 でも、ある時思ったんだよ。自分はここにいてはいけないんじゃないかって。

 だって、精霊憑きは災厄を呼ぶ。
 それはただの迷信だと思っていたかったけど、もしもそれが本当なのだとしたら、自分は取り返しの付かない事をする事になる。
 自分のせいで、大切な家族や友達に危害を加えて、最悪殺す事になってしまうんだ。
 確かに直接手を下すのは、自分じゃないだろう。
 だけど……。

 でもどちらにせよ、同じ場所に留まるのは、危険なんだろうな。
 どこにいたって、自分は誰かの迷惑になってしまうんだ。
 だから精霊憑きは災厄を呼び寄せる前に、場所を点々とするべきなんじゃないかって、そう考えたんだ。

 今までありがとう。さようなら。

 ――友人が残して行った最後の手紙。
   それをずっと大切にしている自分は、やっぱりおかしいのだろうか。












 あれから少しだけ時間が経った。
 これからどうするべきか、少しだけ相談をした。

 あの後、リトはラジュルに支えられながら家に帰って行った。
 今はそっとしておいて欲しいらしい。
 身内を全員亡くしたのだ。そう願うのは当然だろう。
 もちろん、ムナールもリプカも、彼女を追うようなマネはしない。
 時間をおいてから、もう一度会いに行ってみようと思う。

「で、これからどうする?」

 アトフが、そう切り出す。

 何故かその場に、ヴァルターとウィルもいるが、さすがにオルデールの外にまでは付いて来ないだろう。
 とりあえず、二人はいないものとして話を進めようと思う。

「どうもこうも、ハルパゲにあるギルド・ミモザに向かいましょう。カンパニュラの事も報告しなくちゃいけないし、仲間が私達の帰りを待っているハズだもの」
「まあ、そうだよな。ここにはもう用はねぇし……お前らも、それで良いか?」
「そうだね。リプカちゃんもそれで良いよね?」
「……うん」

 こっちを見もせずに頷くリプカの反応が些か気になるが……。
 でも気にしていても仕方がないので、そのまま話を進めようと思う。

「そうと決まれば、早く出発しようぜ。オールランドの生存者達に、ムナール達の存在が見付かる前に出た方が良いだろ」
「そうだね。ヴァルターさん、オールランドの人達はこれからどうするんですか?」

 そう提案するアトフに頷くと、ムナールはいないものとしていたヴァルターへと、生存者達の行く末を尋ねる。

 ムナールのその質問には、嘘を吐く必要はないと判断したのだろう。
 いないものとされていたヴァルターは、素直に彼の質問に答えた。

「それは個人の判断に委ねます。落ち着くまでここにいたい人はここにいたら良いですし、今すぐにでも出て行きたい人については止めはしません。その後も知り合いのところへ行くとなれば、無事にそこへ送り届けるつもりですし、ここで暮らすのであれば、住む場所と仕事の斡旋はするつもりです」
「そうですか。なら、彼らが路頭に迷う事はないんですね」
「そうですね。勝手に出て行かない限りは大丈夫です。我らにお任せ下さい」

 そうだ、生存者の対応は自分達に任せてくれたら良い。

 ただ、問題なのは……、

(コイツらを、このまま帰して良いのか?)

 話の流れから、彼らはすぐにここから出発しようとしている。
 でも、それで良いのだろうか。
 彼らは闇の精霊憑きと繋がっているかもしれないのに?
 それなのに、このまま彼らを見送っても良いのだろうか。

「しかし今、オールランドの方々が入って来た事により、我ら保護団体はおろか、ボランティアの方々の人手が足りないのも事実です。少しで構いません、ハルパゲに帰られる前に、我らの手伝いをしては頂けませんか?」
「え?」

 ヴァルターからのまさかの申し出に、ムナール達は驚いたようにして目を見開く。

 そうしてから、ムナールは困ったようにして目尻を下げた。

「ええっと、大変申し訳ないのですが……。僕とリプカちゃんは、オールランドの人に見付かると、ちょっと面倒臭い事になるので、出来れば彼らの前には出たくないのですが……」
「そうですか。それは残念です。しかし、ここを発たれる前に、リトさんにもう一度挨拶に行かれるのでしょう? でしたらそれが終わるまでの間だけでも、アトフ殿とシェーネ殿にお手伝いいただけませんか?」
「まあ、それくらいなら……」
「オレは構わねぇぜ」
「そうね、リトが抜けて更に人手も減っているのだろうし……お茶配るふりして、熱湯の入った湯飲みで頭頂部をぶん殴ってやるわ」
「お前、まだ根に持ってんのかよ……」
「当たり前でしょ。あそこまで言われて助けてやるほど、私はお人好しじゃないもの」

 ふん、と鼻を鳴らすシェーネに、頼むからお前は何もしないでくれと、アトフは溜め息を吐いた。

「じゃ、オレらはリトの代わりだっつって、ボランティアに参加してくるよ。終わったらここに戻って来るから、そこで落ち合おうぜ」

 それまでにお前らも別れの挨拶済ませとけよ、とだけ言い残して、アトフはシェーネと一緒にその場を後にする。

 そんな彼らを見送ると、ムナールもまた「それじゃあ」と話を切り出した。

「もう少ししたら僕達もリトちゃんのところに行こう。今度はリンちゃん達の報告じゃなくって、僕達もここを発つって、別れを言いにね」
「うん……そうだね」

 そう促すムナールに、リプカは首を縦に振って同意を示す。

 しかし、それでも合わない自分の瞳とリプカの瞳。

 そんな彼女の反応に、ムナールは今度こそ小さな溜め息を吐いた。









 あれから通常業務に戻ったウィルは、深い、深い溜め息を吐いていた。

 そんなウィルを見て更に溜め息を吐くのは、彼と同じく倉庫で備品の管理をしている、彼の同僚。

 同僚である彼が溜め息を吐くのは、仕方のない事だろう。
 何故なら今は、溜め息など吐いている暇もないくらいに忙しいからである。

「おい、ウィル。溜め息なんて吐いてないで、手と頭を動かせ。備品が足りねぇんだよ。そっちの日用品の発注終わったのか? あっちの消耗品の在庫管理は? 全部終わってんなら、こっちの食料品をボランティアのところに持って行ってくれよ」
「は? 見て分からないのか? 何一つとして終わっていないだろう」
「だったら、手と頭を動かせっつってんだよ! 溜め息なんか吐いている暇ねぇって事くらい、分かるだろうがッ!」
「溜め息くらい、吐きたくもなるさ」
「あ? 何だよ?」

 はあ、ともう一度溜め息を吐くウィルに、同僚は眉を顰める。

 とても忙しい最中に面倒な事この上ないが、ウィルの気が済まない内は、仕事が進みそうにもない。

 仕方がない。話くらいは聞いてやるか。

「隊長の事だ」
「あー……」

 隊長。つまりヴァルターの事。
 本人は副隊長を名乗るが、実際はこのオルデールにある保護団体の支部を束ねる、自分達の上司。

 そんなヴァルターにちょっとした難点がある事は、ウィルの同僚である彼も大まかに知っている。

 だからこそ、ウィルが口にしたその名に、何となくの理由を見出したのだろう。
 彼もまた、困ったようにして眉を顰めた。
 
「闇の精霊憑きの事か? 今回のオールランドの件、その精霊憑きが関係しているんだろ? 隊長にとっちゃ、逃したくねぇ手掛かりってわけか」
「それもそうだが……」
「何? 他にもまだあんの?」
「あの人、一般人にも手を出すかもしれない……」
「……」

 その報告に、同僚の彼は更に眉を顰める。

 ヴァルターが恨んでいる人物。
 それは直接手を下した闇の精霊憑き。
 そしてもう一人。それは……。

(でも、それはただの言い掛かりだろ。目の前で人が殺されたんだぞ。誰だって、そうするだろ)

 まあ、『誰だって』と言うのは語弊があるかもしれないけれども。
 でも、二十人に一人は、きっとそうする。

(こう言っちゃ悪いけど、そいつ、生きていない方が良いかもしんねぇな)

 今度はそんな不吉な事を考える自分自身に、彼はそっと溜め息を零した。










 夕方ともなれば、少しはリトの気も落ち着く頃だろう。
 いや、親しい家族や友人がみんな殺されたのだ。こんな短時間で気持ちなんか落ち着くわけがない。

 けれども自分達もまた、明日にでもこの街から出立する身。
 さすがに夜分遅くや早朝から訪ねられない事を考えると、彼女に挨拶をするのであれば、そろそろ会いに行く頃合いだろう。

 リトが立ち去る直前に聞いておいた、彼女の住む家。
 そこに向かって歩みを進めるリプカに、ムナールは、ようやくポツリと言葉を零した。

「あのさ、キミ。何か良くない事考えているだろ」
「何? 良くない事って?」
「例えば……僕達と一緒にミモザに行くのは迷惑だから、今夜、僕達が寝静まった隙に、一人でどこかに旅立とうとしている、とか?」
「……」

 さっきから目が合わないのが、彼女がそう考えている証拠だろう。
 現に今だって、目を合わせようともせず、スタスタと目的地に向かって歩いている。

 それでもムナールの指摘にようやく足を止めると、リプカはやっと振り返る事で、ムナールと視線を合わせた。

「別に。そんな事考えてないし。ただ……」
「ただ、何だよ?」
「……何でもない」
「そこまで言って止めるのは、匂わせだよ」
「何よ、匂わせって?」
「別に」

 一度視線をリプカから外し、ムナールはふうっと溜め息を吐く。

 そうしてから、彼は再度彼女へと視線を合わせた。

「どうでも良いけど、僕に何も言わずに消えるのだけは止めてくれよ? 何をするにしても、僕に一言伝えてから行動する事。分かった?」
「え、ヤダ。だって言ったら怒るもの」
「は、何、キミ、更に怒られるような事企んでんの?」
「……別に」

 ふいっと、再び視線を逸らされる。
 そんなリプカの行動に、ムナールは眉を顰めた。

「何、その態度。え、何、僕の考えが生温かったのかな? ねぇ、何? 今度はどんなあくどい事を企んでいるんだよ?」
「あ、あくどくなんかないし!」
「キミが企んでいる事なんて、九割方があくどい事なんだよ。ほら、言え、今度は何する気なんだ?」
「だ、だから、そんなに悪い事なんて……し、しないし!」
「やっぱする気なんじゃないか!」
「ああ、もう、煩いなあ、ムナールは! お父さんみたいな事言わないでよ!」
「お、お父さん!? こんなに若くて可愛い僕に向かって、お父さん!? 失礼だな! 僕はまだそんな年じゃ……」

 そんな年じゃない。

 しかしムナールがそう反論しようとした時だった。

 向こうから、誰かがやって来る気配を感じたのは。

「!」

 ハッとして顔を上げ、遠目からその人物を確認する。

 もし、それがオールランドの生存者であったのなら、自分達だとバレる前に身を隠すべきだからだ。

 もし、それがオールランドの生存者で、尚且つ自分達の事を知っている人物であるのなら、その者がどんな行動に出るかが分からない。
 そうなるととても面倒……否、少しばかり厄介だ。

 回避出来る厄介事は、事前に回避した方が良いに決まっている。
 向こうからやって来る人物が、その可能性のある人物であるのなら、さっさと隠れるのが一番だろう。

 しかしそう身構えた二人であったが、その可能性はすぐに消えた。

 向こうからやって来る人物。
 それはオールランドの生存者ではなく、リトの友人、ラジュルだったからである。

「あれ? あなた方は確か、リトさんのご友人の……」
「ああ、こんにちは。ムナールと、リプカです。キミは確か、ラジュル君だったね?」
「はい、先程はご挨拶もそこそこにすみません。ところでお二人もリトさんに何か御用ですか?」
「お二人……も?」

 気になったラジュルのその一言に、ムナールとリプカは揃って眉を寄せる。

 も、と言う事は、自分達の他にもリトに用がある人物がいると言う事だ。
 アトフとシェーネは、今頃学校でボランティアの手伝いをしているハズだし……。

 ならば他にリトに用がある者とは、一体誰なのだろうか。

「ええ、先程、保護団体の隊長さんがリトさんを訪ねて来たんです。お二人で話がしたいと言う事で、僕は席を外して出て来たんですが……あれ、ご存じありませんでしたか?」
「はあああ? 隊長ーっ?」

 不思議そうに首を傾げるラジュルから出たその人物の名に、リプカはあからさまに怪訝そうに眉を顰める。

 先程の自分達への失礼な態度に、何だかんだ言っての自分達の足止め、その上今度はリトに用事だと?
 保護団体の隊長ともあろう人物が、一般のボランティアさんに用事?
 何だそれ。そんな用事など、あるわけがないだろう。

「あの男! 今度は何を企んでんのよ!」
「あ、ちょっと、リプカちゃん!?」

 絶対に良からぬ事を企んでいるだろうと決め付けると、リプカは苛立ちを露わにしながら、一目散にリトの家へと駆けて行く。

 たった数分前に、何をするにしても自分に一言言ってから行動しろ、と言ったばかりなのに。
 もう少し、自分との約束を守る素振りを見せてくれても良いじゃないか。

「いや、もう鳥頭なんだよ、鳥頭。三歩も歩かずに全部忘れてやがる」
「え、リプカさんどうしたんですか? 僕、何か余計な事でも言いましたか?」
「いや、キミは気にしなくて良いよ。彼女はちょっと、他の人よりも脳みそが小さいだけなんです」
「は、はあ……」

 突然とんでもない悪口を言い出したムナールに、ラジュルは思わず口角を引き攣らせる。
 この人、可愛い顔して思ったよりも毒舌だな。

「それよりもラジュル君、僕はこれからあのスカポンタンを追い掛けなければならないので、これで失礼するよ。じゃ、またね」
「あ、待って下さい!」

 呆れながらもリプカを追い掛けようとするムナールに、ラジュルはハッと我に返る。

 そして慌ててムナールを呼び止めると、不思議そうに首を傾げている彼の瞳を、真剣に見つめ直した。

「急いでいるところ申し訳ありません。けど、僕と少し話をしていただけないでしょうか?」
「話?」
「はい。聞きたい事があるんです」
「……?」

 その聞きたい事とやらが何かは分からないけれど。

 それでも真剣に懇願するその眼差しに、ムナールは、コクリと首を縦に振る事で応える事にした。

しおり