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第四十九話 「しゃらく対イナリ 弐」 

 ドオォン!! ドオォン!! 戦場に、まるで雷鳴(らいめい)のような轟音(ごうおん)(とどろ)く。音の正体は、千尾狐(せんびぎつね)軍幹部のキンモクが乗った絡繰(からくり)から放たれた砲弾である。八百八狸(やおやだぬき)軍の狸達はそれに()(すべ)無く、逃げ(まど)っている。
 「クククク! 狸共が(おど)っているぞ! 面白い! クククク!」
 キンモクと、その後ろを援護(えんご)している狐達が笑っている。
 「あらあら、可哀想(かわいそう)に。相変(あいか)わらず趣味(しゅみ)が悪いわね」
 キンモクの(そば)にいたタマモが、キンモクが乗っている絡繰(からくり)の乗り物をコツンと叩く。
 「ククク。お前の(じゅつ)程では無い。ククク」
 「フフ」
 タマモは(あや)しく微笑(ほほえ)むと、まるで蜃気楼(しんきろう)のように姿を消す。
 

 一方、八百八狸軍の本陣にて、太一郎狸(たいちろうだぬき)護衛(ごえい)のポン太とブンブクの前で、竹伐(たけき)り兄弟の竹次(たけじ)が体に包帯を巻かれている。
 「・・・まさかお前が、ここまでやられるとはのう」
 太一郎が心配そうな眼差(まなざ)しを竹次に向け、自分の長い(ひげ)()でている。ポン太も心配そうに竹次を見ている。
 「・・・すまねぇ(じい)さん」
 竹次が(くや)しそうに(つぶや)く。
 「・・・まだやれるか?」
 太一郎が(たず)ねる。
 「勿論(もちろん)だ。行かせてくれ」
 竹次が太一郎を()()ぐ見つめる。太一郎は、相変わらず優しい眼差しで竹次の目をじっと見つめている。
 「・・・あい分かった。どうせ止めても行くじゃろうしのう。ほっほっほ」
 太一郎が優しく微笑む。竹次も(ほほ)(ゆる)み、照れ臭そうに微笑んでいる。
 「相手の幹部は二人落した。残りの四人の内一人は、しゃらく君が。そしてお前と相見(あいまみ)ええた相手は今、竹蔵(たけぞう)が交戦中で、近くにいるウンケイ君が援護に向かってくれておる」
 太一郎の話を静かに聞く竹次が目を(しか)める。
 「残りの幹部二人も本陣を離れ、戦場へ降りて来たという。しゃらく君とウンケイ君、そして竹蔵を信じ、わしらはこの二人を(たた)く。ええか?」
 太一郎が優しくも鋭い眼差しで竹次を見る。
 「ああ」
 そう言うと竹次が、傍にあった自身の二対の刀を手に取り、まるで傷が治ったかのように、サッと立ち上がる。
 「ほっほっほ。若いのう」
 
 
 ガガガッ! ガガッ!! 目にも止まらぬ速さで飛んで来る鋼鉄(こうてつ)(ささ)の葉を、獣の(ごと)き身のこなしで(かわ)していくのは、血だらけのしゃらく。牙王(がおう)の力を解放し、血塗(ちぬ)られた顔や体では目立たぬ赤い模様を浮かばせ、鋭い爪と牙を生やしている。
 「ハァハァ・・・ガルルル」
 しゃらくが()つん()いになり、静かに(にら)みつける先には、大量の笹の葉を浮遊させているイナリが、涼しい顔をしている。
 「ハハハ。まるで獣だな、人間」
 イナリがニヤリと笑う。
 「何度やっても同じ事! さっさとくたばりやがれ!」
 するとイナリがしゃらくを指差し、大量の笹の葉が一斉(いっせい)にしゃらくに向かう。しゃらくは四つん這いのまま、獣のように素早く動き、それらを躱して行く。
 「ハハハ! そんなんじゃあ、いつまでも俺に近づけねぇぜ!?」
 すると、しゃらくが不意にニヤリと笑う。刹那(せつな)、しゃらくがフッと姿を消す。イナリが目を見開く。
 「“獣爪十文閃(じゅうもんせん)”!!」
 バキィィィ!!! 両腕を大きく広げ膝を着いているしゃらくの後ろで、イナリが両膝を着く。しゃらくの鋭爪にはイナリの着物の切れ端が引っ掛かっている。
 「・・・チッ!」
 イナリに膝を着かせた筈のしゃらくが舌打ちをし、イナリの方を振り返って再び構える。
 「・・・くっ・・・くそがぁ!」
 イナリが、着物がボロボロに引き裂かれた胸を(おさ)えながら立ち上がる。すると着物の(すそ)から、ズタズタに切り裂かれた数枚の笹の葉がぱらりと落ちる。
 「・・・へへへ。今のは危なかったが、せっかくの好機(こうき)(いっ)しちまったなぁ!」
 イナリが再び手を動かし、再び大量の笹の葉がしゃらくに向かって来る。しゃらくは四つん這いで笹の葉を躱して行く。そのまましゃらくは笹の葉から距離を取るように、逃げて行く。
 「ちょこまかと!」
 血眼(ちまなこ)になったイナリは、しゃらくから目を離さず笹の葉を(あやつ)り、しゃらくを追いかけさせる。
 「・・・」
 一方のしゃらくは、イナリの周囲をまるで円を描くように走っている。そして笹の葉から逃げながらも、笹の葉とイナリの動きを静かに見つめている。
 「何が楽しくて回ってんだか知らねぇが、そのままじゃ体力()きちまうぞ? ハハハ!」
 余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)のイナリは、しゃらくを嘲笑(ちょうしょう)する。やがてイナリの周囲を走り回るしゃらくと、それを追いかける笹の葉が一直線上に並ぶ。すると、徐にしゃらくが速度を緩め、笹の葉との距離が一気に(ちぢ)まる。
 「ハハハ! 体力切れか! 言わんこっちゃねぇ!」
 刹那、しゃらくが振り返り、縦に並んだ大量の笹の葉に片足を振り上げる。
 「“蹴兎(しゅうと)”!!」
 ドオォォン!!! 縦に並んだ大量の笹の葉を一気に()り飛ばし、イナリとは反対の森の方へ吹き飛んで行く。
 「何!?」
 イナリが驚愕(きょうがく)する。そして吹き飛んだ笹の葉を戻そうと、必死に指を動かしている。
 「お前の術は確かに(つえ)ェが、どんなものにも必ず弱点はあるって、ジジイがよく言ってたぜ」
 蹴り飛ばした笹の葉に、背を向けたしゃらくがニヤリと笑う。
 「多分、お前の術は範囲が決まってて、そこから外に出た葉っぱは操れねェ。そうだろ?」
 しゃらくの言葉に、イナリの(ひたい)を汗が一筋(ひとすじ)()れる。
 「・・・何故(なぜ)分かった?」
 「野生の(かん)だ」
 しゃらくがニッと笑う。
 「・・・舐めやがって! 俺の術中内の葉はまだあるって事を忘れてねぇか!?」
 イナリが指を動かすと、地面に刺さっていた数枚の笹の葉が、しゃらくに向かって飛んで行く。しゃらくは四つん這いになり、笹の葉を次々に躱しながら、イナリの方へ向かっていく。
 「くっ!!」
 すかさずイナリが指を回すと、しゃらくを追っていた葉が方向を変え、イナリの前に回り、しゃらくの正面から再び飛んで行く。しかし、しゃらくはそのまま直進を続け、葉との距離がどんどん縮まる。
 「“獣爪十文字(じゅうもんじ)”!!」
 ガガンッ! しゃらくが四つん這いから二足に立ち上がり、両腕を広げ、向かって来る葉を吹き飛ばす。そして、そのまま勢いよく地面を蹴り、宙高く飛び上がる。
 「馬鹿め!!」
 すると、イナリの背後から三枚の笹の葉が飛び出し、一斉にしゃらくに向かう。しゃらくは両手で二枚の葉は弾き飛ばすが、残りの一枚はしゃらくの顔面を目掛(めが)けて飛んで来る。ガンッ! 葉が当たったしゃらくの顔が後ろへ反る。
 「ハハハ! 切り札は最後まで取っておくもんだぜ!」
 イナリが牙を()き出して笑う。
 「そうだなァ!!」
 そう言って顔を戻したしゃらくは、笹の葉を牙で()んでいる。バキンッ! そして鋼鉄の笹の葉を牙で噛み(くだ)く。
 「はっ・・・!?」
 イナリが冷や汗を垂らして目を見開く。
 「“無爪猫拳(くろねこ)”ォォ!!」
 バキィィィ!!! 殴られたイナリは地を()って吹き飛び、白目を剥いて完全に気を失う。

 完

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