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第三十八話 「森に潜む妖怪」

 パチン! しゃらくが自分の首を叩く。
 「くそォ。また刺された」
 夜の闇に包まれた、木々が鬱蒼(うっそう)()(しげ)る森の中、ポン()を先頭に太一郎狸(たいちろうだぬき)と数匹の狸達、その後ろをしゃらくとウンケイ、その肩に乗ったブンブク、全員が火を片手に暗い森の中を進む。
 「なァポン太。化け物なんて本当にいんのかよ?」
 しゃらくの声に、先頭を歩くポン太が振り返る。
 「本当だよ! おいら嘘なんてつかないよ」
 「化け物ってどんなのだ?」
 ポン太の後ろを歩く狸の一人が(たず)ねる。
 「う〜ん。・・・すごく大きくて、猿の顔に狸の体、虎の脚に尻尾は蛇の化け物だった!」
 「嘘つけェ! そんなのが存在するかよ!」
 しゃらくが冷めた目でポン太を見る。
 「グルルル! 嘘じゃねぇ〜!!」
 ポン太が牙を()き出してしゃらくに飛びかかる。
 「どわァ!!」
 しゃらくが倒れる。するとポン太は、しゃらくが出した手にガブリと()み付く。
 「ぎゃァァァ!!!」
 絶叫(ぜっきょう)のしゃらくだが、周りのウンケイとブンブク、他の狸達はそれを見て笑っている。
 「これこれポン太。客人に何をしておる」
 太一郎狸に制止され、ポン太がしゃらくから離れる。
 「この野郎ォ!」
 今度は、反撃に出ようとするしゃらくをウンケイが止める。
 「すまないね、しゃらくさん。ポン太を許しておくれ」
 太一郎狸がしゃらく達に頭を下げる。そして隣にいたポン太の頭を(つか)み、一緒に頭を下げさせる。
 「いいいんだ。気にしないでくれ。こいつが悪ぃんだから」
 今度はウンケイが、しゃらくの頭を掴んで下げさせる。しかし、しゃらくとポン太は低い位置で(にら)み合い、火花を散らしている。
 「ところでポン太や。今の話は本当かい?」
 「本当です、太一郎様! 猿の顔に狸の体、虎の脚に尾は蛇の化け物に追っかけられたんです!」
 ポン太が顔を上げ、太一郎に身振り手振りで説明する。太一郎狸はポン太の話を黙って聞いている。
 「・・・そうか。・・・人の住む都の方に、そのような妖怪が出ると言う噂を耳にした事がある」
 「妖怪ィ!?」
 太一郎狸の話に皆が驚く。
 「て事は妖怪が出たってことか? 実在すんのかそんなもん」
 ウンケイが首を傾げる。その肩に乗っているブンブクは顔を真っ青にして小刻みに震えている。他の狸達とポン太も同じく顔を青くしている。
 「さあ、どうでしょうな。そうだと良いのだが・・・」
 しゃらく達が大騒ぎする中、太一郎狸の意味深な言葉にウンケイが眉を(ひそ)める。


 (ふくろう)の声が響く静かな夜の森の中、木々が開けた場所でしゃらく達が火を囲んでいる。
 「流石(さすが)に広いな奥仙(おうせん)は。もう随分(ずいぶん)と歩いて来たが」
 「ええ。しかし南山の砦まで、半分は来たかの」
 「えェ!!? 半分!!? まだ半分!?」
 しゃらくの悲鳴が夜の森に響き渡る。
 「明日の晩飯は砦で食べられると良いのだが」
 「遠すぎるだろ! どォなってんだ奥仙(おうせん)は!」
 「うるせぇな。黙って寝てろ」
 賑やかなしゃらく達に、狸達はニコニコと笑っている。


 夜も()け、火を囲んだしゃらく達も寝静まっており、パキパキと()き木が()ぜる音だけが響いている。すると、暗闇が広がる奥の木々の間がキラリと光る。そして獣の息遣(いきづか)いの様な音が、暗闇から静かに響き渡る。
 「・・・」
 しゃらくとウンケイがパチリと目を開ける。ガサガサ。茂みが大きく、だが静かに揺れる。しゃらくとウンケイは素早く立ち上がる。
 「おい起きろ! 何か来る」
 しゃらくがそう言いながら、隣で寝ていたブンブクを足で小突く。しゃらくの声に他の狸達も目を覚ます。ウンケイは薙刀(なぎなた)を構える。
 「獣だ」
 しゃらくがクンクンと鼻を動かしながら(つぶや)く。狸達も武器を持ち、唾を飲み込む。
 「・・・グルルルル」
 喉を鳴らす音と共に、茂みの中から巨大な猿の顔が現れる。
 「猿?」
 すると巨大な猿が茂みの中からゆっくりと姿を現すと、体は狸の様な毛で(おお)われ、四本の脚は虎の様な模様と(たくま)しさ、そして蛇の様な(うろこ)に覆われた尾の先には大蛇の頭が付いており、こちらを睨みつけている。
 「ででででで、出たぁぁぁ!!!」
 ポン太とブンブク、他の狸達はその姿に恐怖し、武器を投げ捨てて後ろの茂みに逃げ隠れる。残ったしゃらくとウンケイも身構え、その後ろの太一郎狸は獣をじっと見つめている。
 「わっはっは! 本当に出やがったな妖怪ィ!」
 「四体の獣が混ざってやがる。まさに化け物だな」
 その恐ろしい風貌(ふうぼう)の獣を前に、しゃらくとウンケイはニヤニヤと笑っている。
 「ギャオォォォ!!!」
 獣が恐ろしい咆哮(ほうこう)をあげる。茂みに隠れた狸達は、手で顔を覆ってブルブルと震えている。しかし、しゃらくとウンケイ、太一郎狸は全く(おく)さず微動だにしない。
 「よっしゃァ! 退治して食ってやるぜ!」
 しゃらくが牙王(がおう)の姿になり、獣に飛び掛かろうとする。
 「待ちなされ」
 背後からの声にしゃらく達が振り返ると、太一郎狸が(つえ)をついてゆっくりと獣に近づく。しゃらくとウンケイは呆気(あっけ)に取られ、ただ太一郎狸を見つめる。茂みに隠れた狸達も驚き、茂みから顔を出す。獣の方も驚いているのか、ツカツカと近づいて来る太一郎狸を前に後退(あとずさ)っている。
 「・・・お主ら、“千尾狐(せんびぎつね)”の若い(しゅう)じゃな?」
 太一郎狸の言葉に、一同が驚く。
 「・・・!?」
 獣も驚いた表情で固まっている。
 「何が目的じゃ? 何故(なにゆえ)わしらに近づくのじゃ?」
 太一郎狸が淡々(たんたん)と話をする。
 「・・・」
 ボン!! すると獣が突如(とつじょ)煙に覆われる。そして煙が晴れると、中には若い狐が四体、狸達と同じく二足で立っている。
 「すげェ! ほんとに狐だぜ!」
 しゃらくが目を輝かせている。狐達は太一郎狸をギロリと睨む。
 「フッフッフ。よく気が付いたな老いぼれ。その通り。俺達は千尾狐(せんびぎつね)だ」
 狐の一人が、八百八狸(やおやだぬき)達の様に人の言葉で答える。茂みに隠れる狸達は目を丸くし、開いた口が塞がらない。
 「お前ら相変わらず、人間共と仲良くしやがって。反吐(へど)が出る」
 千尾狐(せんびぎつね)達がしゃらくとウンケイを睨みつける。
 「そして相変わらず、臆病(おくびょう)だな」
 千尾狐(せんびぎつね)達が、茂みに隠れる狸達を嘲笑(あざわら)う。
 「くっ・・・!!」
 ポン太と狸達が武器を手に取り、茂みから出てくる。ブンブクは茂みに残っている。
 「待てお主ら。落ち着きなさい」
 太一郎狸が狸達を制止する。狸達は歯を食いしばり、千尾狐(せんびぎつね)達を睨む。
 「フッフッフ。それにこいつら人間も、お前らと同じで軟弱そうだぜ。類は友を呼ぶか。人間の言葉だが、よく言ったもんだぜ。ぎゃははは」
 「おい。誰が軟弱だと? おれ達は強ェぞ」
 しゃらくが千尾狐(せんびぎつね)を睨みつける。
 「ぎゃははは! お前だよ。他に誰がいる? 腰抜けめ」
 千尾狐(せんびぎつね)の一人がしゃらくに近づき嘲笑う。すると、しゃらくが拳を握る。
 「やめなされ!!」
 バキィィィ!!! 太一郎狸を無視して、しゃらくが千尾狐の一人を、鬱蒼とした森の奥へ(なぐ)り飛ばす。狸達と千尾狐(せんびぎつね)達が驚く。すると狐達がしゃらくを指差す。
 「やったな! 手を出したな! これで休戦は終わりだ! 全面戦争だぁ!!」

 完

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