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第二話 「大いなる出会い」

 時は少し(さかのぼ)り、森の中の大きな岩の上に、青年が一人胡坐(あぐら)をかいて目を(つぶ)っている。この青年、名はしゃらく。齢は十八。派手な髪と着物が、森の中ひと際目立っている。すると、後ろの茂みがガサゴソと動き、そこから天狗じじいが飛び出してくる。手には太い木の棒を握っている。
 「おらァァァ!!」
 バキィィッ!! しゃらくの頭に木の棒を叩きつける。木の棒は()端微塵(ぱみじん)に砕け散る。しかし、しゃらくは微動だにせず、まるで気づいていないように目を瞑り続けている。額からは血が垂れてくる。
 「よォし! もういいぞ!」
 天狗じじいの掛け声を合図に、しゃらくが目を開ける。
 「いってェェェ!!!!」
 しゃらくが頭を抑えて転げ回る。その傍らで天狗じじいが、口を大きく開けて大笑いしている。
 「わァっはっは! 瞑想中に痛みは感じなかったようだな」
 「くそじじいィ! いつか必ずぶっ飛ばしてやる」
 しゃらくが涙目になりながら、じじいを睨みつける。
 「よォし。これでてめェは獣の力を宿す神通力(じんつうりき)、“牙王(がおう)”を制御できる集中力を身に付けたわけだな」
 「ああ、完璧だぜ。これでおれは無敵だ」
 「馬鹿者、まだ半人前だてめェは。・・・夜泣きする度に変身しやがった頃からは、ちったァ成長したようだがな」
 じじいがニヤリと笑う。しゃらくは立ち上がり、着物についた土埃(つちぼこり)を払う。顔を上げたしゃらくは、清々しい顔をしている。
 「じゃあ・・・」
 「ああ。わしが教えることは、もうない」
 森の鳥達が一斉に飛び立っていく。


 古寺の前、荷物を包んだ風呂敷を背負ったしゃらくと、寺を背に立つじじい。
 「おいじじい。最後に手合わせ願おうか」
 「わはは。いいだろう。わしに一発入れるくらいは出来るようになったか?」


 頭に大量のたんこぶを作り、地面に倒れているしゃらく。しかし、じじいの方は無傷で、しゃらくを見て笑っている。
 「わァっはっは! まだまだだてめェは」
 「・・・ちくしょォ。まだ勝てねェか」
 しゃらくは立ち上がり、再び荷物を背負う。森の動物達も集まってきており、寂しそうにしゃらくを見つめている。
 「じゃあ行ってくるぜ。力でのし上がれる時代なんだ。おれがこんなバカな戦のねェ国にする! 下克上だァ! “おれが天下を取る!! ”」
 しゃらくが拳を空へと突き上げる。
 「バカたれが。それが、たった今負けた男の言葉か」
 「わははは! 天下取ったら、次はじじいだ。それまでくたばんじゃねェぞ!」
 しゃらくはじじいを背に、歩き出す。その姿を見送るじじいの目が少し潤む。集まっていた森の動物達も、しゃらくに別れを言うように一斉に鳴き出す。しゃらくは背を向けたまま、再び拳を突き上げる。

  *

 ずるずるずる~! 時は戻り、森から少し離れた町の蕎麦(そば)屋。店内ではしゃらくと先の幼い兄妹が蕎麦を(すす)っている。しゃらくの脇には、空になった器が塔のように積みがっている。
 「どうだ、うめェだろ?」
 「うん! お兄ちゃんありがとう!」
 兄妹が、満面の笑みで嬉しそうに蕎麦をすする。
 「どお? 美味しいでしょ、うちの蕎麦は。たんとお食べ」
 蕎麦屋の娘が、兄妹の頬についた泥を指で拭う。
 「おォ可愛いおねェちゃん! おれも拭いてくれよォ~♡」
 しゃらくが、蕎麦屋の娘に鼻の下を伸ばしている。
 「いやだよ。この子達に免じて、ついでにあんたも無料で食わしてあげてんのに、どんだけ食べてんのさ。うちの商売上ったりだよ」
 「でへへ♡」
 すると隣に座っていた男が、娘に話しかける。
 「お鈴ちゃん聞いたかい? あの荒法師(あらほうし)がまた出たらしいぜ」
 「また? 怖いわ~」
 「荒法師ィ?」
 お鈴と男の話に、しゃらくが反応する。
 「兄ちゃん知らねぇのか? この近くの大橋に、夜になると見上げるほど大男の荒法師が出るってんだ。なんでも、その橋を通る侍の刀を奪ってるらしい。もう何十人もやられてるって話だぜ」
 「へェ~。荒法師ねェ」
 話を聞き、幼い兄妹とお鈴はゴクリと唾を飲む。一方しゃらくはニヤニヤと笑っている。
 「じゃアよ、おれがそいつを()らしめてやるよ。そんで飯代チャラでどうだ?」
 お鈴はもちろん、店中の客たちが目を丸くしている。
 「・・・な、何言ってんだい兄ちゃん。あの怪物を懲らしめるだと?」
 「そうだぜ兄ちゃん辞めときな! 殺されちまうぞ!」
 客の男たちが、しゃらくを止めようとする。
 「そんなに強ェのか。へへ、楽しみだぜ」
 しゃらくはそう言うと、ずるずると呑気に蕎麦を啜る。
 「ちょっと聞いてんの? 本当に殺されるかもしれないのよ?」
 「心配すんなお鈴ちゃん。おれはめちゃくちゃ強ェから」
 心配するお鈴を見て、しゃらくがニッと笑う。
 「そうだよ! このお兄ちゃんめちゃくちゃ強いんだよ! さっきだって、侍たちをあっという間に倒しちゃったんだ!」
 幼い兄妹が目を輝かせている。しゃらくは再び蕎麦を啜る。

  *

 日が暮れ、町外れの大橋の上には大きな月が浮かんでいる。辺りはとても静かで、川の流れる音だけが聞こえている。
 すると暗闇から、二つの影が橋へ近づいて来る。
 「おいおいお前飲み過ぎだぜ〜。はははは」
 「そう言うお前もフラフラじゃねぇか〜。ぎゃははは」
 二人の酔っ払いは、フラフラと大橋を渡っていく。
 「待て」
 暗闇に低く鋭い声が響き渡る。男達は驚き、思わず足を止める。
 「な、何だぁ〜?」
 すると橋の向こうから、見上げるほどの大男が渡ってくる。大男は僧兵(そうへい)の格好をしており、手には自分の背丈ほどの大薙刀、背中には大きな籠を背負い、中に大量の刀が入っている。白い布で覆われた顔からは、鋭い瞳がギロリと男達を睨んでいる。
 「お、お前は、噂の荒法師! な、なんて威圧感だ」
 男達は滝のように汗をかき、ゴクリと唾を飲み込む。
 「てめぇら侍か?」
 「ち、違うよ! 俺らはただの町人だ!」
 大男が男達を睨む。男達はすっかり酔いが覚め、直立して青い顔をしている。
 「・・・そうか」
 そう言うと大男はスッと退き、男達は逃げるように走り去る。
 「・・・昨夜で侍から奪った刀が九十九。今晩には百本と思ったが・・・」
 すると、反対岸から橋を渡る足音が聞こえる。見ると、渡ってくるのは一人の男で、笠を深く被り腰には一本の刀を差している。
 「あいつでちょうど百か。・・・あっけねぇな」
 男が橋の真ん中まで来ると、大男が前に立ちはだかる。
 「待て。ここを通りたきゃ刀を置いてきな」
 「刀狩りか。何だってこんな事してんだ?」
 「そうだな、暇潰しとでも言っておくか。お前ら侍が嫌いなもんでな」
 すると、笠を被った男がニヤリと笑う。
 「ほォ、気が合うねェ。実はおれもそうさ」
 男が笠を脱ぎ捨てる。その正体はしゃらくで、腰の刀を取り大男へ向ける。
 「取りたきゃ取ってみな」
 「生意気な小僧だ。容赦はしねぇぞ」
 大橋の上、睨み合う二人を月明かりが照らしている。この出会いが後に、大いなる伝説として語られるようになるのは、まだまだ先の物語。

 完

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