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第3章の第72話 インカローズ スピネル



☆彡
――あの後、僕の治療が済み、ソファーの上で横になっていた。
近くには、クリスティさんもいるし、なんならアンドロメダ王女様だっている。
そのボディガードとしてレグルスも付き添っているから、心持ち心強い。
で、今ここにいないのは、デネボラさんとシャルロットさんの2人で、今2人は――

デネボラさんは腕時計型携帯端末を操作して、エアディスプレイ画面上の人と会話をしていた。
「――とこーゆうわけで、難民達の代表である少年がまた怪我をしてしまい、そちらで救急対応を取れませんでしょうか?」
『なるほど。事情は概ねわかりました。こちらで調整しますので、そちらに『救急車』アンビュランス(アステノフォロー)を送ります!』
「緊急対応ありがとうございます!」
と通話が終わり、エアディスプレイが消えるのだった。
それは、日本語では救急車、英語ではアンビュランス、ここではアステノフォロというものらしい。

とまたあるところでは、シャルロットさんも同様に、エアディスプレイ画面に映る人と対話をしていた。
それは明らかに目上に当たる人物だった。
『――追って指令を下すシャルロット。難民地域におもむき、ヒースと共にこの問題を解決せよ!」
「……」
『どうしたシャルロット……?』
「お言葉を返すようですが『フォーマルハウト様』、少し待っていただけませんでしょうか?」
『……なに!?』
まさか、こーゆう対応が返ってくるとは思ってなかったフォーマルハウト様。
続くシャルロットさんの言葉は。
「実は、こちらの方で地球人の代表の少年が怪我を負ってしまい、その対応にはすぐには応じられません。
地球人の多くの方が、目も耳も聞こえないため、また通訳ができる人材が必要だと、あたしは思います。
よって、同行の許可を願います!」
『……』
「……」
それはとても地球人側に寄り添ったものだった。
これにはフォーマルハウト様を推しても、了承するものだ。
『フッ……いいだろう、承認する!』
一礼を取るシャルロットさん。
エアディスプレイの向こうの相手は、アクアリウスファミリア王子フォーマルハウト様だった。
だが、問題はその場所だ。
「? あの……今どちらに?」
『ああ、地球だ! 絶賛氷漬けのな!』
「えっ……!?」
それはまさかの対応の返しだったわ。これにはまさかという思いで。
続くフォーマルハウト様の御言葉は。
『……言ってなかったか?』
「言ってませんよぉ~……」
少なくとも聞いてない。
でもフォーマルハウト様は。
『おかしいなぁ……。ああ、ヒースから聞いてないんだな?』
「……」
つまり、ヒースからフォーマルハウト様に取次ぎ、それは知っていて。
あたしには知らされていないという事だ。
これにはあたしも……。
「あぁ……。取り次いでませんね……」
『まぁ仕方ないだろう。お前達も忙しかったんだろ?』
「……」
そう、今日は多忙を極めていた。
稀に見る極秘ミッションである。
「ええ……まぁ……」
『ヒースがお前達に事情を話していないのはおそらく、その時、お前達は1つの事に手がいっぱいで、他に手を回すほどの余裕がなかった』
「……」
『そこを観兼ねてヒースは、うちに潜め、君達に余計な心配を与えまいとしたんだろう』
「あぁ……」
何となく察する。
『できればこのまま、秘密のままがいいだろう。本人達に余計な心配を与えてはいけない』
「……」
これにはあたしも嘆息しちゃう。
『話す時期は、追って伝える……! 今はとにかく、そちらの問題に集中するんだ! ……わかったな?』
「はい!」
【――この時、あたし達は知る由もなかった……】
【後日、氷漬けの地球の大地に降り立った時、まさかの組織の片鱗を知ることになるだなんて――】


☆彡
――こちらはバイキング形式のお食事処前の廊下。
現在、中では、ウェイターやウェイトレスさんたちが駆り出されていて、
出された料理の数々を下げたり、また新たに付け加えたりしていた。
汚れた食器類を、手押し車に乗せて引き下げたりもしている様子も伺える。
今、その周辺にいるのは、列を作って並んでいる生徒達と怪我をしたスバル達だった。
――子供達が列を作っていて、食事処に並んでいるのはなぜか。
それは、時間的な問題もあり、配膳の量が追いつかないからだ。
ここに泊っているのは、スバル達や長崎学院の生徒達だけではなく、一般のお客様や公的機関の利用者様たち、また、プロトニア達が宿泊しているからだ。
さらに畳み掛けるように、病気に会い、他の難民たちも合わせて遅れが生じてしまっていた……。
緊急対応に会う、まさかの取次ぎもあり。
まさか、ホテルのお風呂で倒れてしまった子供達もいた……。
そうした不慮の事態(アクシデント)が複合的に重なって、ここまで遅れが生じてしまったのだ。
で、回復した生徒達から、順序に順番が回ってきたのだった。
――次にスバル達の説明。
スバルは、あの後すぐに女医クリスティさんの手当てを受け、肩にフォークが突き刺さったまま、添え物をして、動かないよう包帯を巻いて固定していた。
今、スバル君は安静にしている。
「………………」
バイキング形式の式場の近くには、ソファーがあったので、僕はそこで横になっていた。
1人でソファーを独占しているようなものだ。だけど、僕は怪我人なので、当然の成り行きと言える。
ここには、他にも腰かけられる椅子が3つあり、そこに座っているのは、アンドロメダ王女様は当然として、他にはルビーアラさんのところの子供達である。
両者の位置取りは、大きく離れていた。
だいたいこんな感じだろうか。

A                                       B
スバル アンドロメダ王女様 レグルス               インカローズちゃん、スピネル君
クリスティ、恵アヤネ、恵ミノル、サファイアリー、エメラルティ   アユミ、クコン
今この場にいないのは、L、ダイアンさん、ルビーアラさん。
そして、諸事情により席を離れているデネボラさんとシャルロットさんの2人ぐらいだ。
もといヒースさんは、難民区域にミッションで出かけているため、この場にはいない。

「………………」
今スバル(僕)は、寝たまま、向こうにいる長崎学院の生徒たちの様子を見ていた。
そして、その先頭集団から続々と、バイキング形式の式場の中に入場していくのだった。
僕はそれを見て。
「ハァ……」
(いつになったら、食べられるんだろう……僕……? ……ホントに人生いろいろだな……難民初日目でこんなに目まぐるしく、いろいろな事が起きるだなんて……?)
「ハァ……」
ズキッ
「痛ててっ……!!」
肩に激痛が走り、僕は辛苦の声を上げた。
とここでクリスティさんが。
「痛みがあるって事は、神経が切れていないみたいね。良かったわ!
「……」
一安心するクリスティさん。
僕はそれを見かねて、非難がましい視線を送る。
それに対してクリスティさんは。
「いい? スバル君、絶対に触ちゃダメだからね!」
「………………」
女医として注意を申しつける。
これには僕も、「ハァ……」と呼気を吐いて、こう答えるんだ。
「……どれぐらい?」
「病院につくまで」
「お腹が空いてるんだけど?」
「……」
これには何とも言えない感じの表情を浮かべるクリスティさん。
お腹を触る当たり、彼女もお腹が空いてるんだろう。
「……」
クリスティさんは、意識を切り替えて、その顔を上げてこう告げるんだ。
「……我慢して。あたし達も口にしてないんだから……」
「ハァ……そんな~……」
ちょっと僕は、もう今日はホントに厄日なんじゃないかと思ってしまう。
何だってこんなに、難民初日目で起こるんだ。
僕は、気を落とし、ガックリきちゃう……。
呟く一言は。
「今日は厄日だ……」
「? あたしに会った時からじゃない……?」
僕は寝たまま、顔に手を当てて……。
「あぁ……、……そう言えばそうだった……」
「……」
僕は何ともなしに自覚してしまう。
修学旅行の日から、立て続けにいろいろと起こり、不幸な出来事が続いていくんだ。
これを観兼ねて、あたしも。
「フゥ……」
と嘆息しちゃうのよね。
(あの日から色々あって、ホントに厄日だ……)
(そう言えばこの子は、会った時から、何かと苦労してたわね……。いったいどんな人生を歩んできたんだろう……?)
「……」
「……」
物思いに更ける2人、スバル君とクリスティさん。
「………………」
あたしは、スバル君を見詰めたまま。物思いに更ける。
(これぐらいの歳の子が、あたし達難民達の代表………………)
心に思うは、その強い一言。
あたしは少年から視線を切り、怪我をした包帯を見詰める。
(……代表……。それはきっと、子供の肩に背負いきれないほどの重圧(プレッシャー)のはず……)
もっこりした部分を見詰める。そこにあるのはフォークだ。
(この双肩に、あたしたち人類の……みんなの命が乗っかてる……!! 本人がそれに気づいた時、あたしは――)
「? どちたの?」
「ううん、何でもないわ!」
「?」
あたしは笑って誤魔化す。スバル君に余計な心配を与えてはいけない。少なくとも今ばかりは、気づかせてはいけない。
だから、僕は気づけなかったんだ。
(いけないいけない! この子は勘がいい!! 本人の前でバレないように振舞わなきゃ! ――その時が来るまで……!)
あたしは小さく頷き得る。
(今後の人生を! あたし達地球人類全体の未来を考えなきゃ! きっと、君の力が必要だから……!)
あたしは心の中で、そう心に固く誓う。
「……飲み物もストローで経口摂取しないとね。……あっ! そうだわ……!」
「?」
「トイレがしたくなったら、あたしも入るわ!」
「えーと……男子の……」
「いいえ、怪我をした人、共用のがあるでしょ!? なければ女子トイレね!」
(――いつかは来るそんな未来……)
「僕、漏らすかも……」
「我慢して……」
(あたしだけは、君の側にいるから……)
「……」
「……」
そう漏らすスバル君。
そう言い含めるクリスティさん。その話を、横にいるアヤネさんたちが聞いていた。
続くクリスティさん同伴の一言は。
「そうねぇ、その事を考えて、来るという情報が入り次第、あたしと一緒に女子トイレに入りましょう!」
にこやかに笑みを浮かべるクリスティさんに対し、僕たちは。
「……」
顔がピクピクし、何とも言えない感じの場、空気となってしまう。
コホン
と誰かがワザとらしく、咳をするほどだ。
皆、顔が赤い……。
これには僕ばかりではなく、恵アヤネさんも、恵ミノルさんも同様であり。
サファイアリーさん、エメラルティさんは、あっちを向いて知らんぷりをして。
アンドロメダ王女様なんか「クスクス」と笑みを浮かべつつ、笑い出し。
レグルスなんかは「ククッ」と口元を抑えつつ、噴き出る笑いをこらえていた。
「……」
僕がその様子に気づき、振り返ると。
ほとんどのみんなは知らんぷりをするか、あっちを向いて「ンッンッ」と口ごもるんだった。
何も言うな……要はそーゆう事だ。
これを見て僕は。
(……なんか酷いよみんな……)
と心の中で愚痴を零すばかりだ。
でもそんなクリスティさんは、僕の様子を見ていて、医者(?)として目力で諭していた。
「……」
それを見ていたアヤネさんは。
(この人、有無をいやせない気だわ……!! さすが女医……!!)
(いつかはスバル君が潰れる……ッ!!)
女医が本気になったら恐い、と思い知る恵アヤネさんに。
女医ではなく、1人の難民としてスバル君を思いやるクリスティさん。
微妙に認識と、見解と論点がズレていた……。
そして、あたしは無意識的に唇を噛み締めて。
(今のうちに、何か手を……!!)

【――この日、クリスティさんは空回りしていた……】
【頭は、スゴイ優秀なのに……】
【無理もない……、肉親からあんなに責められたのだから……】
【――この日、僕は生まれて初めて女子トイレに入る事になる……】
【肩に怪我を負った怪我人として、周りから注目の目を集めてしまう……】
【その後、アンドロメダ王女様(わらわ)たちが、情報統制を行うのだが、それはまた別の話……】
【その時の付添人は、女医のクリスティさん】
【僕は、そこで、あそこを見られた……】
【せめてこれだけは言わせてほしい……。……あなたは、変態女医ですか……と】
【それも皮肉を込めて、言いたかった……――】


☆彡
――子供達サイド。
「シクシク……」
「ママ……どこぉ……?」
「……」
「……」
アユミちゃんとクコンちゃんの女の子2人は、心配を和らげるように、その子達に寄り添っていた。
年の頃が近く、またお姉ちゃんという事もあって、子供達としては、安心して話せる娘(こ)達だ。
「きっと大丈夫よ」
「大丈夫大丈夫! あのお姉さん! 丈夫そうだからね! 女は強いんだから! それに――あの恐いおじちゃんも心配いらないって!!」
「……」
「……うん」
アユミちゃんとクコンちゃん、女の子2人は、ルビーアラさんの所の子供達の世話をしていた。
それはそうだ。いきなりママが消えて、子供達が不安にかられているのだ。

――スバル達サイド。
エメラルティさんが、僕にこう尋ねる。
「あのホントに、あの子達のママは大丈夫なんですよね?」
「……あの王女様?」
「うむ、問題ない! Lがあの者達を反省させるために、テレポート(チルエメテフォート)で連れて行っただけじゃ!」
「……どこへ?」
「さあな……気配は感じるし、この星のどこかにいる事は確かじゃ!」
「……」
僕はアンドロメダ王女様に尋ねた後、物思いに更ける。
ソファーの上でうつ伏せになったまま。
そんな僕に問いかけてきたのは、エメラルティさんに変わって、心配の声を上げてきたアヤネさんだった。
「スバル君、王女様はなんて?」
「うん……Lがあの人達を反省させるために、テレポート(チルエメテフォート)でどこかに連れて行った……と!
僕も気配は感じるし……この星のどこかにいる事だけは、
確かだと思うよ」
僕の言葉を聞いた、クリスティさんのところの姉妹は。
「「この星のどこか……!?」」
「ねえ、それってあそこじゃない!?」
「ああ、あそこね!?」
「「……」」
頷き得る3女と4女の2人。
その2人は向き直り、僕を見てきて。
「……なに?」
「あたし達をそこに連れて行って!」
「できるんでしょ!? 君なら!? あそこにいきなり現れて、あたし達が危ない目にあっていた時、助けてくれたもの!!」
それは期待の眼差しだった。
これには僕も、すぐには何も言えず、考え込んでしまう。
「……」
「ほぅ」
それを見兼ねて、アンドロメダ王女様が関心の声を上げる。
僕は心中で、こう思っていたんだ。
(怪我人に頼るか……フツー……? しかもこんな子供に……?)
「……」
「……」
スバル(僕)に期待の視線を飛ばす3女のサファイアリーさんと4女のエメラルティさん。
それに対し僕は、こう答えるんだ。
「……無理だよ……」
「え……?」
「嘘よ……だってあの時、いきなり君が現れて、あの大きな怪物をやっつけたじゃない!!」
「………………」
「……ねえ、そうでしょ!?」
それはエメラルティさんからの期待の声だった。
それに対し僕は、こう告げるんだ。
「ごめんなさい……。僕にできるのは、その大きな怪物にトドメを刺したくらいで、落雷ぐらいしか落とせません」
「そんなァ~……!」
僕は事実だけを告げる。
この話を聞いたエメラルティさんは、ショックを受けているようだった。
けど、周りは。
「ちょっとサラッと、とんでもない事を言ったな……落雷って……」
「……」
ミノルさんが驚きの言葉を告げ、
その奥さんも内心驚いていた。
まあ実際スバル君は、競技場でも落雷を落としているのだから、あながち誇張とは言えない……この目で直接見ているのだから。
「じゃ、じゃあ、そこに連れてって!」
「……無理です」
「え……」
「僕にテレポート(チルエメテフォート)はできないから」
「……」
「あの時、一緒にいて飛んだのは、近くにデネボラさんがいたから」
「……そう…………なの……?」
「……」
僕は、エメラルティさんの質問に対して、事実だけを告げる。
その希望を折る。
それを知ったエメラルティさんは、なんだかすごく落ち込んでいるように見えた。
「………………」
なんかごめんなさい。
でも、そんな僕に何かできる事はないかと思い、僕は寝たまま、それに集中していた。
行使するのは、『危機感知能力』クライシスサーチング(クリシィエクスベルシーフォラス)。
危機感知能力を使って、Lの行方を追う。
僕の元から白い鳥が飛び、厚い雨雲を抜けて――雲海上空に飛び出る。大きなソーテリア星がお月様のように輝き、雲海上空を滑空する。雲の切れ目を抜け、夜の砂漠にいる3人が見える。
いた。
2人とも顔色が暗く、不安に圧し潰れそうな顔で、急激な冷え込みの中、夜の砂漠を軽装でさ迷い歩いていた――


☆彡
「――いた! 2人だ……!」
「「えっ!?」」
「何だここは……白い砂漠が見える……。けど赤い砂も混じってる……!!」
「……」
「……」
「2人とも、相当寒そう……。……だいたいこっちの方角か……」
僕は寝たまま、顔だけ動かして、みんなに方角だけを伝える。
「み、見えるの……?」
「ええ、なんとなく……」
「ウソでしょ……」
「信じられない……」
エメラルティさん、サファイアリーさんから驚きの声が上がる。
「……」
この時僕は、何とも言えない感じの顔になっていた……。
ホントに変な能力を得たものだ。
でも、現状有難い。この能力に頼るしかなく、現状打つ手がないのだから。


☆彡
――だが、恵ミノルさんが、この能力を見て、こう呟く。
「……まるで千里眼だな……!」
「千里眼!?」
その言葉に驚いたのは、妻アヤネさんだった。
そして、エメラルティさんがこう口を零す。
「千里眼って、あの遠く離れたところの様子を見通せる……あれですよね?」
「はい!」
千里眼とは、人の目では見えないような、遠く離れたところの様子を見通せる能力。
また、その呼び名は、遠隔視とも呼ばれる。
「米国(こっち)ではそれを、『千里眼』Clairvoyance(クレアボヤンス)と言うのです……! ……まさか、こんな子が……」
エメラルティさんは、僕の顔を見て、凄い驚いていた。
続いて、アンドロメダ王女様がこう呟く。
「ほぅ……それは、『マニティキ イカノティタァ』じゃな!」
「ま……ま、マビキ イカノビタ……!?」
「慣れた者の発音事態は、それで合っておるのじゃが……。それでは力が宿らぬよ」
「え……」
「力があるものには、その名前がある!」
「……」
「命がある!」
「……」
「術者が、それを汲み取り、我が子のように愛し接していけば、自ずと自然に扱えるようになる。
性格の違いは、多々あれどな……!
それがまた良きところよ!」
「なるほど……」
とても深いお言葉だった。
「さすがです、王女様!」
「フッ、もう一度言う。『マニティキ イカノティタァ』……じゃ!」
「『マニティキ イカノティタァ』……!」
スバルは、『千里眼』クレアボヤンス(マニティキ イカノティタァ)を学んだのだった。
「距離はどれぐらいだ……?」
「……」
そう、訪ねてきたのは、意外な事にレグルスだった。
少なくともレグルスは、この能力は有していない……と思われる。
「……」
僕は意識を集中してみる。
「『千里眼』クレアボヤンス(マニティキ イカノティタァ)……」
試しにその名を呟いて、意識を集中してみた。
「距離は、あれより酷い…………結構離れてる」
「「……」」
「「……」」
「……」
「「……」」
じっくり見据える感じのレグルスにアンドロメダ王女様。
これには信じられない顔で、サファイアリーさんとエメラルティさんが、その顔見合わせて。
クリスティさんは、驚いた顔で僕を見ていて。
関心するように、驚いた顔で、ミノルさんがアヤネさんが、僕の顔をジロジロと見ていたんだ。
みんな、心に思うは関心だ。
「どれだけ、距離が離れてるんだこれ……?!」

【――ここから距離にして、約9837㎞程離れていた】
【それは簡単な例でいえば、日本からアメリカ合衆国までの距離、10144kmに近い……】
【人が徒歩旅行の場合、1日で歩ける距離は、約30㎞が目安だと言われている】
【これは、一日のうち、食事、休憩等を入れて8時間歩いた距離で、人が歩く速度が時速5㎞だとされているからだ】
【数値だけで見れば、一日で歩ける距離は約40㎞が正しいが……実際問題そうもいかない……】
【それはそうだろう。山道や舗装されていない道路、小川が流れる河川敷、陸地を隔てた海などの場合が考えられるんだから】
【だから、当人たちは、当初こそ勢いがあるが……】
【時間と日数が経つ度に、段々と足が重くなってきて、歩き疲れてきて、遅くなっていくんだ……】
【だから、人が歩ける距離は、せいぜい30㎞ぐらいが限界だとされている】
【かかる日数は……328日も要する】
【これは、とても現実的ではない……】
【歩き疲れて、筋肉離れを起こし、足腰が立たなくだろう……】
【Lはその距離を、たった1回のテレポート(チルエメテフォト)でジャンプしたのだ】
【もはや驚嘆としか形容しがたい……――】
そして、おまけ程度に、日本からアラスカまでの距離は、5345㎞。
日本からカナダまでの距離は、8078km。
日本からアメリカ合衆国までの距離は、10144kmだとされている。

「――あいつ……これだけの距離を、1回でジャンプしたのかよ……! ハァ……」
これには僕も頭を悩ませられる。
「力の差が……。あいつと僕とで、どれだけかけ離れてるんだ……!?」
僕は正直勝てないと思う……。
だって、それだけの力の差があるのだから……。
「ハァ……これはホントに勝てそうにないな……」
僕は、潔く負けを認めるんだった……。
そんな様子をただ1人、クリスティさんが見つめていた。
それは、もしかしら……、の期待だから。

――沈黙の間。
「………………
………………
………………」
黙ったままの僕に、語りかけてきたのは――
「――スバル君……?」
「あぁ、ごめんね、クリスティさん……」
クリスティさんだった。
クリスティさんの声もあって、僕の意識は浮上して、そう慌て加減で言い繕ったんだ。
「……」
「ちょっと落ち込んでいただけだからさ……。
……確かに、これだけの力の差があるんじゃ、星王様やアユミちゃんたちの言う通り、今期のプロトニア試験は、次回に回した方がいいのかも……」
「……」
スバル君は、あたしが注意するよりも早く、難民移動初日目で、既に負けを悟ってたの。
これにはあたしも、何も言えなくなって……。
「そう……ね……」
「……」

【――そう、それがきっと1番いいでしょう】
【だって、今、スバル君を失えば、あたし達は詰むのだから……】

「――! ……きたか!」
「!」
「!」
その声の主はアンドロメダ王女様のものだった。
僕は顔を上げる。
クリスティさんも振り向く。
そこへ帰ってきたのは、デネボラさんとシャルロットさんのお2人の姿だった。
2人がスバル君達と合流したんだった。


☆彡
「――というわけなんです」
「なるほど」
「えーと……つまり、そのこっちで言う救急車が、そっちでは、『アステノフォロー』というのですね?」
「ええ」
「なるほど……」
デネボラさん、アンドロメダ王女様、スバル君、デネボラさん、スバル君という順に述べあった。
僕はこっちでの一般理解を深める。
「アステノフォローか……」
その言葉を意味傾げに考えるクリスティさん。
さすが女医だ、病院関係となってくれば、その鼻が利く。
「着くまでに時間がかかるから、乗っていく人を考えましょうか……! 基本は1人が付いていくんですけど……この機会にクリスティさんも進めたいと思います!」
「!」
それは天からの助けだった。実にありがたい……これで助かる。
期待に胸が膨らむクリスティさん。
だが、これには少なくとも、いい顔をしていない美人姉妹の2人がいて、何だか納得がいかない様子だったんだ……。
「……」「……」
この様子に反応したのは、クリスティさん本人、シャルロットさん、アンドロメダ王女様とレグルス。
「……」
「……」
「……」「……」
次いで恵ご夫妻。
「……」「……」
そして、何となくの空気の流れで、寝たままのスバル(僕)も察していた。
「……?」
シャルロットさんなんかは心が読めるので、隠し事なんてできないだろうけど……。
「……」
その時、クリスティさんの声が上がったんだ。
「――とすると、あたしとスバル君の2人は埋まる訳ね!」
「……」
これには僕も頷き得る思いだ。
とここでシャルロットさんが。
「あたしも付いていくわ!」
「!」
そのシャルロットさんの声に振り向く、クリスティ(あたし)。
次いで王女様の声が上がる。
「シャルロットか……確かに心強い!」
「王女様はここに残ってください! ……レグルス、護衛を頼める!?」
「ああ。お前が行くんだな?」
「ええ。連絡役が必要でしょ!? あたししか適任者がいないんじゃない!?」
「フッ、確かに!」
「うむ!」
アンドロメダ王女様、デネボラ、レグルス、デネボラ、レグルス、王女と述べあい。
次いでデネボラさんが選ばられる。
あと。
「う~ん……」
「どうした?」
「?」
その悩みの声を上げていたのは、アヤネさんだった。
それに旦那さんが問いかけてきて。
僕も、それになんとなく気づいて。
「あたしも付いて行ったほうが……いいのかな? ……って思って」
「え……?」
それは迷いのある言葉だった。その真意は。
「あの子達……修学旅行生たちの誰かが怪我や病気をした場合、誰かが保護責任者で付いていった方がいいでしょう? この機会に行った方がいいんじゃないかと思って」
「………………」
「……ダメかしら?」
「……」
シャルロットさんは「フッ」と笑みを浮かべて。
「もちろんいいですよ! ではついたら、2人が検査を受けている間に、あたし達で病院内の簡単な説明をしましょう!」
「まあ助かるわ!」
あたしはその人の手を取り合う。
その横でスバル君は「フッ」と笑みを浮かべていた。
「あたし、アヤネ! 恵アヤネといいます! ……あなたは!?」
「あたしは、シャルロット! アクアリウス星アクアリウスファミリアのシャルロットです! よろしくアヤネさん!」
「こちらこそ! よろしくお願いしますわ! シャルロットさん!」
結ばれた手、それは心が温まる光景だった。
「ということは――……」
クリスティさんがそう呟き、『救急車』アンビュランス(アステノフォロー)に乗員するのは、スバル、クリスティ、シャルロット、デネボラ、そしてアヤネさんで確定するのであった。


☆彡
「――この5人で決まりね!」
とシャルロットさんが締めくくる。
「あの~」
「?」
「あたしも付いていきたいんですけど……、……病院……?」
「無理! もう定員オーバーです!!」
「そんな! ちょっと頭が痛いんですけど~ぉ!?」
「それぐらいなら我慢できるでしょ? サファイアリー?」
「えええ? そんな事言っていいの? 女医なのに~ぃ……!?」
「子供達の方が、ずっと我慢強いわよ!」
「ッ」
「……お姉さん、諦めましょ……」
と末っ子の4女エメラルティさんが、3女のサファイアリーさんをそう諭すのだった。
とこれを見ていたクリスティさんが。
「あら~? 末っ子のエメラルティの方がよっぽどものわかりがいいんじゃないのー!?」
「……」
「クッ……!」
上から目線の次女のクリスティさんが畳み掛ける。むしろ、おちょくる。
4女のエメラルティさんは黙んまりで。
敵意の視線を向ける3女のサファイアリーさん。
ゴォオオオオオ
と2人のバックに炎が見える。
クリスティさんとサファイアリーさんが張り合い、影にいるのがエメラルティさんになっていた。
2人とも、おっぱいがとんでもないぐらいにとにかく大きくて、張り合うように当たっていた。

――とこの様子を見ていたスバル君が一言。
「……兄弟っていいな」
「「「!?」」」
「……え?」「……え?」
驚きの顔で振り返ったのは、次女クリスティ、3女サファイアリーさん。
僕はこう続ける。
「だって、僕、兄弟いないもの……! ……んっ、どっちかというと姉妹の方が正しいのかなぁ?」
「「「……」」」
少年の前では、何も言えなくなるクリスティ、サファイリー、エメラルティの3人。
そこで、サファイアリーさんが。
「あんまりいいもんじゃないわよ姉妹って! 女の子だから……その暮らしぶりは男の子の家庭より、どっちかといえば大変よぉ!!?」
「そうなの!? ……でもいいなぁ。僕も、お姉ちゃんが欲しいなぁと思った時期があるから……」
「「「………………」」」
純粋な少年の意見だった。これは汚してはいけない。
少年には兄弟はいなくて、そもそもあたし達は言い争っている立場だ、姉妹なれど……。
この少年の目には、今、どんな風に映っているんだろう。
そう思わせられる、考えさせられる。
「「「………………」」」
「?」
首を傾げる少年を見て。
あたしたちの胸中に宿るのは、勢いが増していた炎が、段々と鎮火していく様だ。
その心中では、姉妹同士で張り合おうとする意志の強さが軟化していく有様だ。
このたった1人の少年の一言で、無用な争いの種が、鎮火しつつあった。
それは純粋無垢。この少年の目を汚してはいけない。
少なくとも、あたし達3人は、そう思う。
だけど……この時、悪魔がしゃしゃり出てきた。
それはクリスティさんの中に潜む、小悪魔的な存在であり、悪知恵を出したんだ。
「!」
試しにあたしは、悪魔のささやきに従い、この子に接してみることにした。
「スバルく~ん」
「!」
あたしはスバル君に近寄り、お姉様よろしくで小悪魔的に誘惑しちゃう。
超乳はどうしても当たるのでしょうがない、ここはサービスだ。だってあまりに大きいものね。
ムニュ~
(うわっ……おっぱいが……)
少年の視界いっぱいに映るのは、あたし自慢の超乳ボリュミーだ。
今のうちにサービスサービス。
あたしは、寝転がっているスバル君の首元に手を回して、お姉さん加減で甘い声をかけちゃう。
「あたしも弟くんが欲しいなぁ~」
「ふぁ!?」
あたしはスバル君を抱き込んじゃう。
当然、僕の顔いっぱいには、着衣越しとはいえ、クリスティさんのその柔らかくて大きなおっぱいがどうしても当たってしまい。
ムニュ~~
と音を立てて変わちゃう。乳圧がすごい。
フフッ、ドキドキしちゃうね。
「~~! ~~!」
僕はクリスティさんの胸元に抱きかかえられ、おっぱいがこれでもかと圧し潰されていた。
僕は離してと、もがくんだけど、とても言葉にはできない。
ン~~! ン~~
フフッ、おっぱいで窒息しちゃうかもね。
と段々とくすぐったくなってきて、あたしの口から甘い吐息が漏れる。
その際、この身が弓なりに沿って。
「ふぁん」
とあま~い声を零しちゃう。
今のうちにスバル君を誘惑しちゃう。味方につけるために。スバル君がいけないのよ、あたしに目をつけられたんだから。
「!!!」
これには一同ビックリ。
自分達の目の前で、信じられない事が起きているからだ。
「……フフッ」
あたしは追い打ちをかけるように、抱き込んでるスバル君の耳元に。
フゥ~~
軽く息を吹きかけちゃう。
するとどうだろうか、どんな屈強な男も、耳元に息を軽くを吹きかけれたことで、その身がビクビクと軽く身震いするの。フフッ、条件反射ね。
当然、抱きかかえてるものだから、あたしのおっぱいがブルンブルン揺れちゃう。
これには一同。
「!!!?」
我が目を疑わんばかりだ。
信じられない、自分達が見ている前で。
あたしは可愛い弟分を接するように、スバル君の後頭部をナデナデしちゃう。
「フフッ、可愛い~」
甘やかすように、可愛がるように、接する小悪魔的なクリスティ。
「うふっ」
その様は、まさに煽情的だった。欲情的だった。
テクを修めているのだから、危なげない……。
「スバル君なんてピッタリ~? 仲良くしな~い?」
とここでついに――

ユラリ……
「あ、アユミ……ちゃん……?」
アユミちゃんが動いた。オーラを発散させて。
これにはクコンちゃんも引き気味だ。
椅子に腰かけていたインカローズちゃんもスピネル君も、お姉ちゃんを見て、その顔が恐怖で引きつっていた。

「~~! ~~!」
「んっ? どうしたのかなぁ聞こえな~い……あら?」
振り向くあたし。
アユミちゃんは、あたしとみんなとの間に割って入っていた。
その顔は俯き、その素顔は伺えない。
前髪は垂れて、陰になり、顔の一部を隠しているから。
漂わせるは、不穏なオーラ。
「あ……アユミちゃん……?」
恵アヤネさんが心配し、その手を上げたところで。
ビクッ
(アユミ!?)
僕は、クリスティさんのおっぱいに抱きかかえられた姿勢で、アユミちゃんのその存在に気づき、首を動かす。
その際、クリスティさんから、その甘い声が零れる。
「ひゃあん! ……そ、そんな急に動かないで……!」
(うっ……この状況、ヒドくマズいんじゃ……!?)
「……」
睨みつけるアユミちゃん。
僕を抱きかかえるクリスティさん。
僕の位置からじゃアユミちゃんの様子がわからない。
魔の三角形(トライアングル)と様相を化していた……。
(でも、これだけはわかる……!! めっちゃ怒ってる~~ぅ!!)
僕は恐怖のあまり、ガクガク、ブルブルと打ち震える。
その際、僕の震えにより、おっぱいに乳波が起きていた。
プルプル、ダユン、ダユン
これにはクリスティさんも。
「OU(オウ)!」
と反応を零すばかりだ。
これにはアユミちゃんも、ピクッとした。
「……」
「……」
「……」

【――その少女は、厳しい視線を向けていた】
【寒気を覚えるほどの……】
【その心境の変化は、暴力行為に及ぶ、一歩手前の精神状態であった……】
【……だがこの時、恵アヤネさんとシャルロットさんからの注意の声がかかる】
「あ、アユミちゃん……落ち着いて、ねっ」
「乱暴はいけませんよ」
「……」
【2人に呼び止められた事で、その少女は視線を切り、首を動かす】
【その時、ちょうど視界に入ったのは、恵アヤネさんの後ろの席にある、『恵ケイの御神体の入った位牌』だった】
「……」
【命を賭した1人の少女がいた】
【その少女が助けた命は、その少年だった】
「……」
【少女は視線を切り、お姉さんのおっぱいに抱きかかえられた、いい感じの少年を認める】
【経緯はどうあれ、少年はそのお姉さんを助けようとして、その身代わりに傷を負ってしまった……】
「……」
【その少女の眼に入るのは、肩に突き刺さり、包帯でグルグル巻きにされて固定されたフォークの跡だ】
「ハァ――……」
【ここで少女は、深く息を吐き、精神の安定を図る】
「……」
【グッと認めて、現状分析を行う】
【全体的に見ても、少年スバル君に非はない】
【暴力行為は、自分達の立場を危うくするだけだ】
【そうなれば、どうなるだろうか!?】
【今自分たちは、難民達の中で、一番の注目の的となっている】
【人の上に立つような存在だ】
【そんな自分たちが粗相を働けば、犯せば、その印象は……誰の目から見ても悪くなる】
【難民初日目で、そんな事が明るみになれば、事態は火を見るより明らか】
【少なくとも自分は、この少年を守る立場にある】
【その先々、行く末を見据えて】
【グッ……と堪えて、我慢しないといけない……】
【この頃になれば、少女アユミちゃんは冷静になっていた……】
「……」
チラッ
【顔は動かさず、視線だけを、『恵ケイの御神体の入った位牌』に向ける】
「……」
【少女の今の心情は、荒波の中、天から落雷が落ち、その衝撃で海の中から湧き上がってくるは、数多の感電死した魚たちだった】
【それは感情のゴミだ】
「フゥ……」
【少女はこの時、小さく息を吐き』
【その心情では、気を落ち着かせるために渦潮が起きている状態だった】
【一種のクリーニングだった】
【目線をしっかり向けて、現状を正しく認めた少女は――】
「――何やってるんですかクリスティさん?」
【とその口から呟いたのだった】
「……何って? 見てわからない?」
あたしは、グッとスバル君を抱きしめる。

「お礼よ」

「!」
【軽く呼気を吐き。その時思った心情は――】
(――その可能性が、どこかにあったのね……)
【そう、完全に見落としていた……】
(あたしの落ち度……)
【そう、完全に盲点だった……】
「……」
【表情を軟化させていく少女は、次の言葉を放つ】
【それは、件の少年を思いやってのものだった】
「スバル君は怪我をしてるんですよ?」
「!」
「!」
「!」
【それは思ってもみない、返しの一言だった】
【誰だってそうだろう】
【誰もがこう考えていた】
【それが当たり前なのだから……】
【この年齢の少女なら、それはもう感情的になり、少年に暴力行為を及ぶと、誰もが思っていたからだ】
【それが当たり前である】
「――ッ」
「……! ……ッ」
【どちらからも見ても、どちらも負け】
【アユミちゃんは、感情的になり負けていた】
【横からの声もあって、自制心を保ち、客観的に見て、引き分けに持ち込んだのだ】
【そんな事はそもそもなかったとするために……】
【この星にいる、誰の目にも触れないところで、その事件を未然に防いだのだ】
【――だが、この時ばかりは、クリスティを推しても……負けを悟る】
【小悪魔の囁きが、負けを悟った瞬間だった……】
【そこで、騒ぎを起こしてはいけない……】
【自然と緩むは、胸元に少年を抱きしめていた腕の力だ】
「!」
「プハッ」
僕は、クリスティさんのおっぱいから離れた。
とても魅力的で、煽情的だけど、居心地も良かったけど……やっぱりダメなものはダメだ。状況が状況なんだし……。
僕は、そこから離れるのが賢明だとわかってたんだ。
【少年は、そのお姉さんから少し位置を取り】
【その少女の顔色を伺う】
「あれ……? なんで……?」
「……」
(なんか悲しんでるような……心が泣いているような……)
【それが今の、少女の心情だ……】
【この時を推しても、そればかりはよくわからない……】
【その少女の事を良く知る、少年の力を持ってしても、その時ばかりはよくわからない……】
【少女としても、今の自分の感情は、よくわからない……】
「……」
【お姉さんを推してもわからない……。わかるのは、負けを悟ったという、事実だけだ】
【だが、有り体に言えばそれは、ようやく引き分けに持ち込んだのだ】
「……」
「……」
「……」
【考えさせられる3人】
【その胸中を例えるならば、洞窟の中にいて、降りしきる天然の雨水によって、高台に登れない……という状況に似ていた】
【誰もが思う】
【落ち着いて行動しようと】
【何か、別ルートがあるかもしれない……】
【その光明を探して、手探りで進むしかないのだ】
【だが、たった1つだけわかる事は――】
チラッ
とあたしは視線を切り、恵アヤネさんの後ろにある席、『恵ケイの御神体の入った位牌』を見据える。
「……さあね……」
「……」
「あたしにもよくわかんない……。……けど、この場で騒ぎを起こすのはきっと良くないから……」
「……」
【――それは1人の少女が起こした奇跡ともいえるものだった】
【死んでもなお残る功績】
【その少女の見ている前で、争いごとを起こすことは、何かが違う……と誰もが察していた】
【全体的に見ても、少年にはまるで非はなく】
【お姉さんにしても、それは助けられた事による、意趣の恩返しなのだから】
【だから、この場で暴力行為に及ぶのは、逆に立場が危ぶまれるだけ】
【それは少女だけが?】
【いいや、違う】
【それは自分たちを含めた、難民達全員である】
「……」
「……」
【視線を向け合う少年と少女】
【この一難を去って、その後、少年との結びつきがより強固になっていく】
【また、裏を返せば、自分の不始末により、少年との仲が険悪になり、お姉さんに盗られる危険があった】
「……」
「……」
【その様子を認めるは、恵ご夫妻】
【それは、夫の不倫現場を目撃した妻の心情に似ていて、いったいどうすれば正しいのか……? の冷静になって考えてみた】
【一種のお手本のようなものだった】
【恵ケイの御神体の入った位牌は、その場に静かに佇んでいたのだった――……】


☆彡
ソファーに腰掛けるは、アユミちゃん。
すぐ隣には、怪我人のスバル君がいて、今ばかりは近くにいたいと思う。
何だかんだで、お似合いの2人である。
その様を見て、負けを悟るクリスティさんは立ち、その心に迷いが生じていた。
心に湧き上がるは。
(何であたし……、この年頃の時にスバル君のような人を見つけなかったんだろう……?)
それは昔の自分に対する、心からの問いかけだった。
でも、過ぎ去った時間は戻らない。
時間とは進むだけだ。
少女アユミちゃんは、今のスバル君を見て、こう言わんばかり。
「……大丈夫?」
「なんとか……」
「……」
その少年の刺されたところに、優しく触れる少女の愛の手。
それを見かねて僕は、こう言うんだ。
「最初の頃と比べれば、痛みの感じは弱いかな……?」
「……それは、痛みからくる慣れ……?」
「……うん……」
「……そう……」
【――その少年は、まだ幼い頃から虐めを受けていた】
【そうした経緯もあり、痛みにはある程度耐性がついていた】
【少女は、幾ばくか思う】
「あたしだったら、泣き叫ぶかな? 騒ぐかな? 怒ってメチャクチャにするかな? 物に当たり散らすかな?」
「……」
【少年は何も言わず、ただただ頬を綻ばせる】
【それは笑みにも似たもので】
【その顔を見て、少女の中の、荒れ狂っていた『嵐』が……】
【ゆっくりと、心の水面を、それは静かに、『無風(凪ぎ)』させていくのだった……――】
「……」
【その現状を認めるは、シャルロットさん】
【問いかけるは、この一言――】
「――さて、そろそろ話してもらいますでしょうか? 何でこんな事になったのか!?」
「……」
「……」
「……」
尋ねるは、シャルロットさん。
意見を求められたのは、事の原因と発端となったクリスティさんの生家の美人3姉妹。
次女クリスティ。
3女サファイアリー。
4女エメラルティ。
「……」「……」
3女と4女は、お互いの顔を見つめ合い、頷き得てこう語り出すのだった。
「それは……! あたし達の肉親である、ママを奪ったのが、そこにいるクソッタレの女だからよッ!!!」


TO BE CONTINUD……

しおり