第4話 ロト・アルクトゥルス
統歴(とうれき)124年。
その年、俺はここ襲龍の国ヨドラルにある
小さな家庭に転生うまれた。
統歴とは、統一神ノルマンティアが世界を
統一した年から数えた世界共通の歴だ。
ーー
「オギャァ〜ッ!ギャ〜ッ!」
室内に自分の声が響き渡る。
「やったぞ!男の子だ…ロゼ!!」
満面の笑みでロゼと呼ばれている赤髪の女性に話すのは
金髪で細身、話し方にどこか少年の面影を感じる男性だ。
多分父親と母親だろう。
そんな俺はというと、今は母親に抱きかかえられている。
「そうですね…よかった…」
ロゼは涙ぐんだ目を腕で拭きながら、笑みを浮かべ答えた。
あれから俺は光に包まれながら気絶に似た感覚に陥り、
目を覚ましたら赤子として産まれていた。
転生はしたものの、生前の記憶は残っている。
死後の間ノルマンティアの記憶もある状態だ。
かと言って何か言葉を発することは出来ない。
身体を思うように動かせない感覚に少々もどかしさを感じるが、赤子だからしょうがない。
そんなことを考えていると
父親は続けて興奮気味に話した。
「名前はロトッ...!ロト・アルクトゥルス」
俺はロトと名ずけられた。
なかなかいい名前だ。気に入った。
ロゼも気に入っているみたいで、男の子が産まれたらこの名前と決めていたのだろう。
「産まれてきてくれてありがとう…お父さんとお母さんで
大切に育てるからね…」
ロゼの言葉に転生前にあった様々な不安から
少しだけ開放された気がした。流石母親だ。
その後も、俺が産まれた事を2人で幸せそうに話していた。
ーー
数ヶ月後、
俺は未だに歩けないためハイハイで家を物色する日々を送っていた。
まさに異世界チックな家の造りで、
木造建築の二階建て。
庭があり、家の周りには特に目立つものは
無い。田舎だ。
家の中には剣や鎧、
魔導書から謎の杖まで置いてある。
生前、アニメを見ていた身からすると
ロマンが溢れる。
俺が転生してきた子なんて知らない両親から
今の俺の行動を見ると、
凄く剣や鎧に興味がある子に見えているのだろうか。
「おっロト!ここにいたかぁっ!」
ニタァと不気味な笑みを浮かべながら
ドアを開け話しかけてきているのは父親だ。
父親は俺が剣や鎧を見ているといつも嬉しそうな顔をする。
「ロト〜!可愛いなぁぁ…」
そしてかなりのアホ面で
話しかけてくることが多い。
だが血が繋がっているおかげか、
嫌悪感をあまり感じない。
そんな父親に俺はいつものように返事を返す。
「キャハッ」
おっと。俺はまだ子供だ。
何がおかしいというんだ?
これくらい普通だろう。
俺の返事にヨダレを垂らしながら悶えている
父親を横目に、
部屋に落ちている1冊の本が目に入った。
俺の現時点での最強奥義『ハイハイ』で
距離を詰め本を開いた。せっかく異世界転生したんだ
から少しくらいそれっぽいこと言わせて。
?!。、@!::,。
うーん、読めない。本を眺めていると、父親は自慢話をするように話し始めた。
「お〜ロト。お目が高い子でちゅね〜。
これはな〜世界に伝わる伝説のお話だよ」
絵本みたいなものか。
喋り方はどうにかしてほしかったが、
父親はそのまま本を朗読した。
「むかーしむかし、ある7つの国がありました。
不戦の契で結ばれていた世界にある日、悪魔の光が差し込みました.......」
驚くことに、そこに描かれていた物語は
死後の間で聞いた内容とさほど変わらなかった。
ただ一つ違う事があるとすれば、この話は伝説のような扱いをうけていて、本当にあった実話として扱われていなかった事だった。生前の神話のような感じだ。
しばらく父親と戯れていると、1階から大きな声が聞こえた。
「貴方〜!ご飯出来たわよ〜!」
優しい声とともに、父親はは〜い!と返事を返す。
絵に書いたような新婚夫婦だ。新婚夫婦とか21歳で死んだ
俺が言えることでもないけどさ…
「ロトもいつか、立派な戦士さんになれたらいいな」
珍しく真面目な顔で言われた。
立派な戦士さんと言うくらいだ。この世界での戦士は
さぞ敬意が払われているんだろう。
それにしても、転生して数ヶ月経つが、今のところソフィア様が言っていた兆しなんて感じない。この数ヶ月、いたって幸せな暮らしだ。
「いただきま〜す!」
家族で食事の挨拶を済ませ一家団欒のときを過ごす。
アルクトゥルス家の夕食は家族全員で食卓を囲むという決まりだ。といっても父、母、俺、おばさんの4人だけだが。
「今日もロゼの作る料理は美味いなあ」
幸せそうな顔をしながら料理を食べる父親を見て、今日も
ロゼは満足そうだ。
「はいはい。ロッちゃんほらあ〜ん」
ロゼは俺の口に離乳食のようなものを運んできた。
ロゼの見た目は赤髪に端正な顔立ちだ。
女の子というよりも凛とした女性という印象をうける。
なんというか…父親の方が尻に敷かれている気がする。
俺にもして〜と父親も言っていたが、ロゼは父親に
パンを雑に突っ込んでいた。愛情の裏返しというやつか。
今は話すことができないが、話せるような歳になったら
俺も会話に参加したいと思っている。
生前の俺では考えもしなかった事だ。
それほどに死に際で感じたものは俺の何かを変えてくれた。
今日はどんな話をするんだろうと耳を立てていると、おばさんがゆっくりと喋る。
「最近のヨドラルは平穏ですねえ」
「平穏が1番だよ〜母さん」
父親とおばさんのワットさんが話している。
最近のって事はヨドラルは普段は平穏ではないのか。
聞きたいところだが聞く手段がないため何も出来ない。
「オニャッ」
喋ろうとすると変な声が出る。訓練が必要だ。
「今の龍王様は温厚な御方だからねえ」
「ミドラス様かあ。おっかねえ噂とか確かに聞かねーな」
ワットさんと父親がそんな会話をしていると
ロゼは、でも他国は今大変な時じゃない…と
割って入る。
龍王というのは、ヨドラルを収めている人物なのか。
生前でいう大統領的な。ともあれいい人らしい。
が他国が大変ってどういう事なんだろう。
まあ聞いたところで何も出来ない歳にだしと半ば諦めた。
「ブリュッ」
俺は当たり前のようにうんちを漏らし、
会話を断ち切ると同時にその日の夕食は終了した。