第四話
「……お前、俺のこと、馬鹿って言っただろ」
「え」
植物園から校舎に戻り、昇降口から教室まで向かっている途中。ずっと静かだったクソガキが口を開いた。しかも妬み口。
「い、言ったかなぁ? そんなこと」
「言った」
少しも覚えていない。心の中でクソガキと呼んでいるので、「馬鹿」と実際に言ってしまったところで、言いそうな自分も否定できないのが悲しいところだ。
「……初めて、言われた」
……マジか。
思わず、ぽかんとしたアホ面を晒してしまう。幸い、クソガキはこちらを見ていなかったので、アホ面には気づかれることはなかった。
薔薇ゴーレムの幻覚を解いた後の油断はともかく。先手必勝狙いで魔力を使い果たし、まんまとピンチに陥っていたクソガキの、どこをどう見たら馬鹿じゃないんだ。
「……俺の親父は、ここの学校の理事長で──簡単に言えば権力者だ。俺も生まれつき魔力が強かった」
俯きがちのクソガキが、降り出した雨みたいな勢いで何か喋り始めた。つまらなさそうな話だ。
「……だから、同世代も大人も、俺に逆らってくるやつはいなかった。大人は親父の権力に怯えて、同世代で俺に勝てる魔力を持ったやつはいなかったからな」
ふーん。
先を歩いていたクソガキがふと足を止めて、わたしに振り返る──青い瞳が、わたしを真っ直ぐに見つめてきた。
「……お前が初めてなんだよ、俺に真正面から向き合って、怒って、叱ってきたやつは」
……あぁ、なるほど。
退学が怖くないどころかむしろ望んでいるし、わたしの父は、ここの理事長と肩を並べる権力者。おまけに魔力も魔法の使い方もわたしはこいつより格上だ──要は、今まで出会ったことのない、自分より格上のタイプだったってことか。
「……俺は自分の魔力に自信があった。……でも、今回の試験はお前がいないと、何もできない、ただの子どもだった。──お前が、ペアでよかった」
そう言って、クソガキは右手をわたしに差し出して、
「ありがとう、アン」
ふわりと、優しく微笑んだ。
初めて見たクソガキの笑顔──よく見れば案外、整った顔立ちをしている。いや、初対面の時も整った顔をしているとは思ったな。
「……どういたしまして」
わたしはその手を握った。
十六歳の少年との握手は、なんだか少し照れ臭かった。