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第二話

 それから、わたしは自室に引きこもった──布団にくるまって膝を抱え、どうやってお父様を説得しようかと思案する。
「社会性って、何なのよ……!」
 そんな曖昧でふわふわした、形がなくて、示し方の分からないもの……!
 わたしだって、雑誌に寄稿する際には編集の人間とやりとりだってする。いわゆる『働く大人』であるはずだ──どうして、お父様はわたしのことを『子ども大人』だと、思い込んでしまっているのだろう。
 お父様の提案する『学校に通う』、なんて方法は極論に過ぎない。きっと、他にもっと社会性の向上、またはわたしに社会性があると認めさせる方法があるはずだ。
 ──布団に潜っていても始まらない。
 とにかく、調べなければ……!
 そうと決まれば。わたしは布団から飛び出して、自分専用の書斎を目指すべく、ドアを勢いよく開けた。
「あだぁっ!」
「え?」
 開けたドアに強い手応えがあった。
 ドアの向こう側を覗くと、黒の燕尾服に身を包んだ小柄な黒髪の少年──コリンが額を押さえて転がっている。
 どうやら、勢いよく開いたドアに正面からぶつかったようだ。
「ちょ、え!? 大丈夫!?」
 慌ててコリンに駆け寄る。コリンはその大きな両目に涙をうっすら浮かべながらも、ゆっくりと上体を起こした。
「大丈夫です……、すみません、僕の不注意で……」
「突然ドアを開けたわたしが悪いから、謝らないで……ごめんね」
 彼の黒い前髪をかき分けて、赤くなっている額にハンカチを当てる。
「いえ……僕も扉の前で考え込んでしまって……」
 コリンはわたしの手を押しのけて、ぺこりと頭を下げた──わたしは彼の言葉に疑問を持つ。
 ……考え込んでいた?
「どうしたの? 何か悩み事?」
「…………」
 コリンはしばらく視線を漂わせたが、意を決したようにわたしを見た。
「お嬢様は、魔法学校に通われないんですか?」
「え?」
「魔法学校に、お嬢様と一緒に通いたいです」
 ……そうか。
 コリンの力強い瞳を見て、わたしは思い出す。
 コリンは今年で十六歳。魔法学校に入学する年齢だ──確か、庭師のジョンさんと仲が良くて、土いじりをしている間に土属性の魔法に目覚めたんだっけ。
 正直、魔力はお世辞にも強いとは言えないけれど、学校で学べばそれなりに使いこなせるようにはなるかもしれない。
「僕、お嬢様と一緒に通えると知って、すごく嬉しかったんです。僕がお付きのものになるって……。でも、お嬢様は学校には行きたくないと……。身勝手なのは承知の上で、お願いにきました」
「コリン……」
 コリンはわたしにとても懐いてくれている男の子だ。コリンが幼い頃、何かと抜けているが一生懸命な彼が放っておけなくて、よく遊んでいたからかもしれない──二十六歳のわたしから見れば、今でも十分幼いが。
 わたしは純粋なコリンを諭すように、柔らかく微笑んだ。
「あのね、コリン。わたしはもう、いい大人なの。だから十代の子どもたちに紛れて、しかも友達を三人作るなんて、無理なのよ。ね──」
「友達に、子どもとか大人とか関係ないです!」
 大人しい性格のコリンには珍しく、ちょっとだけ声を荒げたが──わたしにその言葉は響かない。
 そう言えるのは、コリンが子どもだからだ。でもきっと、今のコリンにはどれだけ説明したところで伝わらないだろう。
 わたしの思いを知らず、コリンは続けた。
「お嬢様はご自身の魅力に気づいていらっしゃらないだけです。子どもでも、年齢なんて外側じゃなくてお嬢様の中身を見て、お友達になる方は絶対います。それとも──」
 コリンはぐっと拳を握る。
「やっぱり、お付きのものが、僕じゃなくて兄の方が……、良かったですか……?」
 不安に揺れるコリンの瞳。
 突拍子もなく話題に上がったコリンの兄の存在に、わたしは首を傾げた。
「兄って……カリン? どうしてカリンが出てくるの?」
「……お嬢様は、カリンの方が、僕より仲が良さそうなので……」
「あぁ……」
 コリンには六つ年上の兄、カリンがいる──カリンもまた使用人で、ティータイムによく、わたしのお喋りに付き合ってもらっているのだ。わたしと年齢がまぁまぁ近く、彼自身が聞き上手。喋るのが大好きなわたしと相性がいい。
「お付きのものが誰かは関係ないわよ。カリンは完全に別件。今回、魔法学校に通うのはコリンでしょ。コリンにはコリンの良いところがあるって、ちゃんと知ってるから──比べなくていいのよ」
「…………はい」
 しょぼくれるコリンの頭をよしよしと撫でる。彼はくすぐったそうに笑った。
「じゃあ、わたしは書斎で調べ物をするから」
 話題が逸れて、魔法学校入学うんぬんの件は終わった。わたしは立ち上がって当初の目的通り、書斎を目指そうとしたが──コリンに腕を掴まれてしまった。
 ……やっぱり誤魔化されてはくれないか。
「なら、なおさらお願いします、お嬢様。僕、お嬢様と一緒に魔法学校に通いたいです」
「う…………」
「お嬢様が不安なのは分かりました。でも、そのために僕がいるんです。何があっても、僕がお嬢様をお守りします」
 守るって言ったって、別に戦うわけじゃあるまいし……。
 何ならわたしの方が、魔力が強い。魔法研究に明け暮れていた分、普通の人は自身に適正ある一つの属性の魔法しか扱えないところ、わたしは四属性全ての魔法を使いこなせる、が──つぶらな瞳が真っ直ぐにわたしを捉えて離さない。
 渋るわたしと引き下がらないコリン──目を合わせたままの硬直状態を破ったのはコリンだった。
「じゃ、じゃあ一回、制服だけでも着てみませんか!?」
「え?」
「お嬢様、制服を着たことがありませんよね? 魔法学校は、今年から有名デザイナーを採用して、制服デザインが一新されたそうですよ! ね? 興味ないですか?」
 あまりにも必死なコリンに、罪悪感すら抱いてしまう。
「せ、制服だけなら……」
 わたしはコリンの説得に、ようやく頷いた。
 子どものお願いを無下にするのは、大人のすることではないと思ったから。

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