第二十一話 呂布奉先、ローマを治める <序>
どん、と奥間の戸板が勢いよく開き二つの人影が現れた。
「隠れて聞いてりゃあ俺だけ除け者にしやがって!」先頭の人影がまくし立てる。
「隠れていたつもりかこの馬鹿者が!」
いつにもまして不機嫌そうな顔でラクレスは叱責した。
紙燭の明りでもはっきりとわかる。
人影は可比能と季蝉だった。
ラクレスが言うように呂布は部屋に入ったときから奥の間に息をひそめた珍客の存在を認めていた。
ただ呂大夫とラクレスが気付いていないわけもなく放っておいたのだ。
呂大夫を見るとおかしそうに二人のやりとりを肴に酒を飲みはじめている。
可比能の表情は心底悔しがっているようだった。
身振りも交えてラクレスに喰ってかかる。
可比能の後ろに控えた季蝉の落ち着いた表情とは対象的である。
「やい、くそ親父!俺も連れていけ!」
「だめだ」
「なんでだよ!」
「死ぬからだ」
「死なねえよ!子供扱いしやがって!つれてけ!」
「だめだ」
「死んでもかまわねぇ!」
「足手まといだ」
堂々巡りである。
「呂大夫様の前だぞ、わきまえんか!隠れて話を聞くことを暗に許されただけでも有り難く思え!」
「嫌だね!だいたい…」
その言葉が終わらぬうちにラクレスの拳が可比能の頬をとらえた。
派手な音が室内に響き可比能は元いた奥の間まで文字通り飛んでいった。
「我が息子ながら痴れ者というに他なりません…お許しを…」
深々とラクレスは呂大夫に頭をさげた。
奥の暗闇から弱々しい可比能の声が聞こえる。
言葉の最後は涙声に変わっていた。
「ちきしょう…なんで連れてってくれねえんだよ…俺が…鮮卑に捨てられた子供だからかよ」