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2.イケメン王子・天宮北斗

 俺が店を開けて表の掃除をしていると、ビルの脇道から、コグマがのっそりと出てきた。
 今朝の会話にも登場したが、コグマはメゾン・マエストロの三階の住人で、近所の英会話教室の講師をしている。
 見るからに金髪碧眼でムッキムキの男だが、生まれも育ちも両親も日本製だ。
 数代前のジイサンだかバアサンだかにアングロサクソンが混ざっていて、先祖返りでそういう外見になっていると、シノさんが教えてくれた。

「おはようございます、タモンさん」
「おはよう、小熊さん」

 コグマは、苗字を ”小熊” と書いてオグマと読むのだが、ムッキムキで身長も190に届きそうな大男が ”コグマ” なんて字面を書くのが面白いと言って、シノさんが ”コグマ” と呼ぶので、なんとなくつられて俺も、コグマと呼んでしまっている。
 なので本人を前にした時に、うっかり ”コグマ” と呼ばないようにするのが大変なのだ。

「柊一サンは?」
「即売会行ったよ」
「えっ、じゃあ居ないんですか?」
「うん、カフェも休みだから、今日は夕飯を調達して帰って来た方がイイよ」
「そうですか…、柊一サンが居ないんじゃ、キッシュはお休みですもんね。一緒に夕食は、無理ですね…」

 コグマはガッカリしたみたいにため息を吐いて出勤して行ったが、それはキッシュが無い事が確定したからって訳じゃなさそうだったのが、ちょっと気になった。
 だが、正直に言うと俺はコグマに対して親切な気遣いをしてやる気にはなれないので、コグマの態度が微妙な事に付いて、それ以上は考えなかった。
 なぜなら、コグマがこのメゾン・マエストロに入居した理由が、地の利が良くて家賃が安いってだけじゃない事を知っていたからだ。
 あの男は、シノさんに気がある。
 だが先程シノさんが言っていたように、コグマは電書ボタル(と言うのがなんなのか俺は良く知らないが)のように惚れっぽく、色白で美形の男ならなんでも好きな、大雑把なメンクイ野郎で、その広すぎるストライクゾーンにシノさんがちょっと引っかかっているだけだって事も、俺は気付いている。
 俺なんかコワくて声も掛けたくないエビセンを、美形というだけで自分の部屋にシェアさせてしまった勇気には、感服すらしてるぐらいだ。
 シノさんに気がある危険人物と言えば危険人物だが、その危険も大した危険レベルじゃないので、今のところは見て見ぬふりをしてるというか、俺は歯牙にも掛けていない。

コグマのセリフ通り、シノさん不在ではカフェは休業だし、本業のアナログレコード店には滅多に客など来ない。
 ネット通販でそれなりに利益を出してるケド、アナログレコード自体が狭い趣味の世界の商品なので、カフェの営業をしなければ、ほぼ開店休業状態になる。
 通販がバタつく事もあるが、それはする事が多くて時間が ”足りない” んじゃなくて、商品が届かなかったり宅配業者の集荷に間に合わなかったりという理由で時間が押しているだけで、店が忙しくなる事などありえない。
 今日は作業をしている時にチャチャを入れてくるシノさんも居ない事だし、俺は以前からちょっと考えていた、試聴用コーナーの手入れをする事にした。
 マエストロ神楽坂はアナログレコードの中古買取販売がメインで、カフェはオマケのハズなのだが、出資者であるエセ紫の薔薇のヒトの財力により店構えはカフェそのものだ。
 本業のレコード店的な部分は、店の奥にあるレコードの試聴コーナーと飾り棚のみとなっている。
 飾り棚は、件の出資者が調達してきたアンティーク家具の仲間で、棚の扉部分にアルバムジャケットを並べて飾れるようになっており、扉を開けると中にレコードが収納出来るようになっている。
 一般的には、コレクターが自分の部屋に置く家具なんだろう…と、俺は思っている。
 しかし試聴コーナーに至っては、件の出資者が「不要」と判断したらしく、備品は全く調達してもらえなかった。
 当然の事ながら、出資者が金を出さなければレコード店は極貧だ。
 幸いにして、出資者とは別に、シノさんがペントハウスで使っている家具の ”あまり” を設置する事で、椅子やテーブルは店内の他の家具に見劣りしない物を置く事が出来たが、仕切りだけは事務用品通販カタログで購入したちゃちなパーテーションである。
 だがこの試聴コーナーは、アナログレコードを売るのがメインの店である限り、撤去はしたくない。
 それに関してはシノさんと俺の意見は、珍しく一致している。
 まぁ、シノさんの理由は、ペントハウスのソファでダラダラしてるのとほぼ同じ事を、店頭でもやるのに便利だから…なのだが。
 俺の場合は、カフェ目当ての客に少しでもアナログレコードに興味を持ってもらいたいからだ。
 世間ではアナログレコードが再注目なんて言われているし、ネットの店舗にはそれなりの反応を感じる事もあるけど、実店舗は相変わらず閑古鳥が鳴いている。
 それに再燃だの再ブームだの言われていても、アナログレコードはもう過去の遺物的な位置づけだから、カフェに来た客には扱い方をきちんと知っている人間は少ない。
 敬一クンとエビセンに確認したところ、どちらもアナログレコードとプレーヤーがなんなのかは知っていたが、自分で使った事は無いと言っていた。
 そこで問題になるのは、レコードプレーヤーが洒落にならないぐらい高額な事だ。
 ナゾの出資者はレコード店には金を出さないので、プレーヤーが壊れても新調してもらえる可能性はゼロだ。
 一方で試聴コーナーを利用する客は、プレーヤーどころかアナログレコードの取り扱い方法すら良く知らないときている。
 なので、初心者向けに ”アナログレコードの取り扱い方法” とか ”プレーヤーの操作方法” なんかをイラストにして、貼り紙を見やすい位置に貼ろうと考えたのだ。
 と言っても俺には画才なんてナイので、簡単な四角や丸を組み合わせてプレーヤーっぽい雰囲気のある線(絵ですら無い)を紙に書き、それをパソコンに入ってるPOPを作るアプリに取り込んで、説明書きや見出し、それに色付けなんかを適当にやって、プリントアウトするだけなんだが。
 しかしシノさんが居る時にそんな作業をすると、イラストを描いている時から要らぬちょっかいを出されるに決まってる。
 シノさんに頼んでも、基本的にナマケモノのシノさんは、そんな地味な作業なんてほいほいと引き受けてはくれないし、してくれたとしてもシノさんのセンスは、ハマる時にはシビれるほどビシッと決めてくれるが、通常モードでは絶句するようなトンデモセンスを発揮するから、頼んだ事を後悔する可能性が高い。
 ナゾの出資者のおかげで、店内の家具やら内装やらはやたらとシャレているので、そこにシノさんのトンデモセンスを当てはめた時の破壊力は計り知れない。
 それに、そもそもシノさんに作業を頼むのだって容易じゃないし、そう考えるとシノさんと作業の押し付けあいをしたりする体力や時間を、最初から作業に傾けた方がマシって結論に至る。
 それに、シノさんは俺がイラストを書いているのを見ると、カタチがいびつだのパースがおかしいだのと口出しをしてくるが、絵が配置された後の貼り紙全体が出来上がっていると、コメントの内容や見出しとイラストのレイアウトの方を気にして、イラストの詳細には口を出さない。
 そもそも画才もないのに、書いてるところを揶揄されるとさすがにココロが折れて、作業を継続する気力がなくなるが、全体のレイアウトだの文字の色を変更するだのってだけなら、まあなんとかメンタルを保たせる事が出来る。
 と言うワケで、俺は完成した貼り紙をパウチせずに仮止めで試聴コーナーのパーテーションに貼った。
 ついでに、試聴コーナーの配線もちょっと変えて、それでもまだシノさんが帰ってこなかったら、ナゾの出資者が大枚はたいて揃えた高級家具の手入れをしようと決めた。

「あの、すみません」

 不意に声を掛けられて、仰向けに寝そべるような格好で机の下に潜りこんでプラグの配線をやっていた俺は、返事をしながらうっかり顔を上げて、イヤってほど頭をぶつけた。

「ってぇ〜…」
「すみません、急に声掛けちゃって。大丈夫ですか?」

 目を開けるとイマドキのイケメン俳優みたいな若い男が、心配そうに俺を覗き込んでいた。

「ああ、ええ、ダイジョーブ…。ええっと、今日はカフェは休みですよ」

 カフェはシノさんが居ないので営業して無いが、中古レコードの店は営業しているし、日和が良いので俺は店舗正面のフランス窓を全開にしていた。
 だが声を掛けてきた若い男は、どう見てもロックのアナログレコードを買いに来た人種には見えなかったので、俺はそう答えた。

「いえ、申し訳無いけど客じゃないんです。道を教えてもらえると助かるんですが」

 イケメンは立ち上がろうとする俺に手を貸しながら、用件を述べた。
 口調は礼儀正しく、爽やかな笑顔が少女マンガの王子様みたいにピタッとハマっていて、まさに白い歯がキラリンと光りそうだ。

「ああ、この辺、路地が入り組んでますからねぇ」

 イケメン王子が、ポケットからきちんと折りたたまれたメモを取り出す。

「この住所なんですけど…。スマホのGPSを頼って来たんですけど、なんだか私道に入って来ちゃったみたいで…」
「ああ、このマンションかあ。この道からも行けますよ」
「からも…って事は、俺、やっぱり道を間違えちゃったんでしょうか?」
「えっと…この先の細い道はマンションの裏手に繋がってるから、道を間違えたワケじゃないです。それに私道っぽく見えますけど、公道なんですよ。メトロの東西線で来たらこっちが近道だから、むしろ正解かな」
「分かりました、ご丁寧にありがとうございます」

 イケメン王子は礼儀正しく俺に会釈して、急勾配の坂道をキビキビとした軽快な足取りで登って行った。
 なんとなくどこかで見知った態度に似てる気もしたけど、俺はあんなイケメン王子とは知り合いじゃないし、時計を見たらもう昼過ぎている。
 作業に集中してると、時間が経つのが早い。
 いくら開店休業みたいな店でも、一人で店番している時は、そうそう外出は出来ない。
 だから勤務時間中は、一階の厨房にある食材で適当に賄い飯を作って良いルールになってるが、大抵は食材を保存するどデカイ冷蔵庫の中に、直ぐに食べられる物が入っている。
 家事能力が著しく低い俺のために、前日の夜もしくは当日の朝に、敬一クンかシノさんがテキトーに作って、入れておいてくれるのだ。
 今日はラップに包まれたおにぎりがあったので、俺はそれをテラス席に持ち出して、ペットボトルのお茶を飲みながら、遅い昼食を食べ始めた。
 おにぎりがコンビニのおにぎりの二倍ぐらいのサイズだから、これはきっと敬一クンが作っておいてくれたものだろう。
 かじったら、中から半熟煮玉子が出てきた。
 おにぎりが二倍サイズだったのは、煮玉子が丸々一個入ってるからだったようだ。
 ちょっと濃い目の味付き煮玉子と白いごはんのバランスが良く、半熟の黄身がトロッとしていてすごく美味い。
 敬一クンはココに来た当初、料理なんてした事が無いと言ってたけど、美味しいもの大好きシノさんと暮らし始めたら、すぐにいろんな料理が作れるようになった。
 そもそも敬一クンも美味しいもの大好きらしく、シノさんがメシの支度をする時に、自分からコツをどんどん聞いていた。
 同じようにスタートがゼロなのに、敬一クンは料理レベルが上っているが、同じようにしていても俺はインスタントラーメン一つまともに作れないので、シノさんの「ケイちゃんはなんでも出来る」は、あながちシャレでも揶揄でもなくその通りだと思う。
 二個目のおにぎりには、おかかとチーズが入っていて、え、おにぎりにチーズ? って一瞬思ったけど、もぐもぐしてるとチーズが柔らかくなってきて、醤油鰹節ごはんにイイ感じに合う。
 シノさんはこーゆー料理は作らないと思うんだけど、敬一クンはレシピをどこで覚えてきたのかな…。
 そんな事を考えながら食べてるところへ、シノさんが帰ってきた。

「レン〜、たで〜ま〜、今日は大量だったぜ〜! お? おにぎり? 俺のもある?」
「こんな時間まで出先で何も食べてこなかったの?」
「ん〜、チョと食いっぱぐれた。あの会場の近所って、マトモなメシ食わせてくれる店が全然ナイじゃん!」
「いつもの蕎麦屋とかは?」
「わざわざ電車降りて寄るのもメンドーでさぁ」

 今日は敬一クンにカブを貸してしまっているから、いつもみたいに気軽にお気に入りの店に立ち寄る事が出来なかったらしい。
 俺もカブの事をうっかり忘れていたので、なるほどと頷いた。

「おにぎりはあるケド、冷蔵庫から出したまんまだから、スッゲ冷たいよ?」
「今日は暖かいし、腹減ってるから、全然オッケー!」

 シノさんは適当に椅子を掴み、そこに座ると、ガッツとおにぎりを掴み、かぶりついた。

「味玉おにぎりうめぇ〜〜! やっぱウチのおにぎり、一番うめぇ〜〜!」

 って。
 めーめーヤギみたいな音を出しながら、冷たいまんまの味玉おにぎりをガツガツ食べている。
 おにぎりが美味しいからか、ただハラペコなのか解らないケド、敬一クンがココに来てまだほんの一ヶ月なのに、ウチのおにぎりってなんなの…ってツッコミしたいけど、言うと面倒になるだけだから別の話題を振る。

「随分たくさん仕入れて来たね。こんなに買えたンなら、電話くれれば迎えに行ったのに」
「ん〜、買えそうな予感はしたけど、こんな大量とは思ってねくて。まぁ、持てねくもなかったからさ」

 そこでシノさんから即売会の様子なんかを聞いていたら、坂の上からイケメン王子が戻ってきた。
 爽やか笑顔はどこへやら、なんだかガンガンに腹を立てているように見えたが、俺と目が合ったところで不機嫌を引っ込めて、キチンと会釈をしてくる。
 思わず俺も会釈を返したら、シノさんが振り返った。

「あれえ、アマミー! どしたん、こんな時間に?」
「え? あのイケメン、シノさんの知り合い?」
「うん、この上ンとこのマンションに住んでて…って、あれ? あれれ?」

 シノさんがイケメン王子を二度見してて、イケメン王子も戸惑った顔で、シノさんを見ている。

「俺、どこかでお会いしましたっけ?」
「あー…、ごめん! 俺の知り合いに激似だったから間違げーたわ」
「激似…って、シノさん今、上のマンションに住んでるって言わなかった?」
「だってアマミーにそっくりなんじゃもん、このヒト。でもアマミーのほーが、もちょっと大人顔」
「アマミーって…俺の苗字、天宮なんですが」
「そうなの? 俺の知り合いは、アマミヤミナミってゆーんだケド」

 なにその呪文みたいな名前…と俺が思ってたら、イケメンが驚いたように言った。

「えっ、南の知り合いなんですか?」
「よーく知っちるよ。アマミーは、ウチのカフェの出資者じゃもん」
「ええっ! じゃあココが伯母さんの言ってた、レコード・オタクのオンボロカフェ?!」

 イケメン王子の口から飛び出したセリフは、シノさんの逆鱗を紙一重でほんのり撫でた。

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