とりあえず尋問は終わった。
まだまだ知りたい事はあるけれど、これ以上はラムス自身も引き出しを持っていないようだ。
つまり聞き出せる情報は、概ね聞き出したという事。
「で、これからどうすんの?」
誰に言うとでもなく、ボクは今後の指針を求める。
「しばらくは相手の出方を窺うしかない。つまり、これまで通り」と、クルロリ。
「みたいね。受け身一点張りっていうのは癪だけど」と、ジュン。
「じゃなくて、ラムスだよ」
ボクの指摘に全員が直面した課題を気付く。ラムス本人も含めて。
「どうもこうも、人間に危害を加える〈ベガ〉を放置しておけないわよ」と、ジュン。
「心配無用。然るべき処置で拘留しておく」と、同意クルコクによる事務的提案。
「既に覚悟は出来ていますわ。煮るなり焼くなり、どうぞ御自由に……」
涼しい態度でラムスは嘯いた。
どうやら素直に殉ずる覚悟のようだ。
観念したかのような乾いた愁いが、彼女の心理を物語っている。
「然るべき処置……ねぇ?」ボクは背凭れへと仰け反りつつ、釈然としない気持ちを整理してみた。「ねえ? キミの対価は何さ?」
「え?」
意表を突かれたといった具合に驚いていたよ。
ラムスも……だけど、殊にジュンとクルロリが。
「そうか、失念していたわ。契約関係なら相互的にメリットがあるはず……」
「でしょ? だから、この娘のメリットは何かなぁ……って」
「あなたって、時として鋭いのよね。普段は考えなしの無計画バカなのに」
それ、誉めてるんだよね?
「で、何さ?」
ボクは興味津々で、ラムスの顔を覗き込む。
「それは、その……か……家族を──」
「え? 明るい家族計画?」
「違いますけどッ?」
ガチで怒気られた。地球外生命体から。
興奮を鎮めると、彼女は物憂いに吐露を始める。
「誰でもよかったんです。私の孤独を癒してくれるのならば……」
「ふぇ? 孤独って……友達とかいないの?」
「友人は疎か、家族すら存在しませんわ。私は〈地球外生命体〉ですもの」
「なるほど、合点がいった」クルロリが分析論を挟んだ。「正体が〈ベガ〉である以上、彼女は人間社会に於いて忌避される怪物。素性を隠して潜伏するしかない。かといって、源泉種族たる〈ブロブ〉からも許容されない非共感的存在になってしまった。どちらに於いても〝異端〟でしかない」
寂しげな眼差しを落とし、ラムスは述懐を綴り続ける。
「来る日も来る日も孤独──地球人を装って人間社会へ溶け込もうと努め続け、自分自身を偽り隠して平穏な日常を取り繕う。誰一人として〝本当の私〟を知らない──だから、自然と他人から距離を置くようにもなった」
ボクの心に痼っていた違和感が、ようやく氷解した。
それで、あの〝まったり女子会〟だったワケか。
嬉しそうだったもんね。この娘。
「そうした日々に虚無感が募り、心のコップが溢れるかもしれないと思えた。そんな危うさの中で〝彼〟が姿を現したのですわ」
「ジャイーヴァ……か」
噛み締めるように呟くジュン。
その声音は一転して〝ひとりぼっちの異邦人〟への同情を孕んでいる。
「じゃあ、ジャイーヴァと子作りを?」
「ですから! 直接的に子供を設けたいわけではありませんわよ!」
また怒気られた。今度は喰い気味に。
「あなたの心情は判ったとしても、肝心の〝家族〟は、どうするつもりだったのよ? まさか一般人を誘拐洗脳するつもりだったんじゃないでしょうね?」
ジュンからの強い追求。
「正直、私は存知ません。報酬の手筈は、ジャイーヴァ様に御任せしていたので……」
「ええ? そんなの絶対ダメだよ! 平穏な家族を引き裂いてまで、アブるなんて!」
ボクの率直な道徳観に、孤独な〈ベガ〉は「仰る通りですわね」と懺悔のように零す。
「もしも、そのような事態になっていたら、後悔しきれませんでしたわ」
そして、彼女はボクを正視した。
「過ちを犯す前に、負けてよかったのかもしれません……貴女になら」
潤むような儚い微笑み。
う~ん……何か納得できない。
これじゃラムスの気持ち、投げっぱじゃん。
だから、ボクは提案した。
「もう、さ? ユー、ボクん家に住んじゃいなよ?」
「……え?」「……は?」
「そうだ、家族になろう!」
「「ええぇぇぇ?」」
室内反響するほど驚愕されたよ。
ラムスとジュン、双方から。
「あっけらかんと『そうだ、京都へ行こう』みたいに言うな!」
「正気ですの? そんな重大な決断を即興的に?」
「もう、二人してウルサイなぁ」
あまりに興奮した抗議のウザさに、ボクは耳の穴をほじくって流す。
「この娘〈ベガ〉なのよ?」
「そうですわよ! 私が言うのも何ですけど!」
ボクは爽やかサムズアップで明答。
「そこは無問題! 愚妹も喜んでウェルカムだろうし!」
「理由になっていませんけれどッ?」
メイドベガ本人からツッコまれた。
ってか、キミのために提案したんですけど?
「日向マドカ、その案は実現不可能。既に日向ヒメカの記憶は消去してある」
「あ……」
ラムスが寂しさを零した。
けれど、これまたヘラヘラと無問題!
「へーきへーき。またボクがイチから教えるもん」
「……不合理」
クルロリは理解不能といった表情を浮かべていた。
間髪入れずに、ジュンが堰を切って問い詰める。
「だいたい、あなたのお母様はどうする気なの!」
「だから〈ベガ〉って事は隠してもらう。それから、一般人に危害は加えない──それが最低限な約束。それさえ守ってもらえれば、あとは何とか説得するよ」
「何とか……って、具体的にはどう説明する気なのよ?」
不安げに確認するジュン。
「う~ん?」──暫し、腕組みに考え──「橋架下の河川敷で衰弱していたところを拾ってきた……って、シチュでよくない?」
「「まさかの捨て猫扱いッ?」」
しおり