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vs, ブロブ Round.5

 
挿絵


 寂然(せきぜん)とした空気が(とどこお)るダイニング──神妙な会談(よろ)しく、重い沈黙でボク達はテーブルを囲っていた。
 ボクの自宅ではない。
 例のモデルハウスだ。
 当然、ジュンとクルロリも同席している。
 ラムスの横にボクが座り、正面にはジュンとクルロリが相席。卓上に置かれているパモカは、ボイスレコーダー代わりだ。
「それでは質問を開始する」
 相変わらずの無感情でクルロリが法廷開幕を宣言する。
「その前に(よろ)しいでしょうか?」と、ラムスから流れを(さえぎ)った。「あの、彼女の……ヒメカの容態は?」
「特に心傷も外傷も無い。単に気を失っただけ」
「……そうですか」
 呟き漏らした声音(こわね)安堵(あんど)を含んでいた。
「そもそも、あなたのせいじゃない! 無関係なヒメカちゃんを巻き込んでおきながら、何をいまさら!」
 感情任せに()め立てるジュン。
 ラムスは(うつむ)いたまま無言を返すだけ。
 (あま)んじて(そし)りを受けるつもりのようだ。
 その(さま)傍目(はため)で見ていても痛々しい。
「もう、少しは落ち着きなよ? ジュン?」
 ──ふにん!
「ひにゃあ!」
 珍妙な悲鳴を上げて固まった。
 ボクが()んだから。胸を。
 で、ビビビビンタ!
「おぶぶぶぶッ!」
「流す! 荒川に流す!」
「うう……()めば、少しは落ち着くかと」
「余計に憤慨(ふんがい)するわーーッ!」
 矛先がボクへと推移した。
 唐突な展開に、ラムスが面食らっている。
 ボクにしてみれば、いつも通りのやりとりなんだけどね。
 ともあれ、場の雰囲気は一変。
 未経験の(かしま)しさに戸惑(とまど)うラムスへ、ボクはあっけらかんと明言(めいげん)する。
「ま、ヒメカなら心配いらないっしょ」
「マドカ?」
 ジュンが目を丸くしていた。
 予想外の(かば)()てだったようだ。
「あれでもボクの妹だからね。わがままで屁理屈屋(へりくつや)運痴(うんち)だけど、悪運だけは筋金入りに強いよ」
 ラムスは(はと)が豆鉄砲食らったような顔で、(しば)らくボクを見つめ──「プッ」──やがて軽く吹き出した。
 うん、それでいい。
 とりあえず笑っておけば元気が(うるお)う。
 空元気(からげんき)でも、それは前向きな力になる。
 きっかけは何だって構やしない。
 もっとも、クルロリだけは平静なまま。(じょう)()まれるでもなく、淡々と尋問(じんもん)を再開した。
「まず、最初の質問は──」
「何故〝メイド〟なのか……だよね?」
「──違う」
 割り込んで主導権を(さら)うボクへ、物申(ものもう)したそうな視線を向ける。
「初めて地球に来た際、捨ててあった雑誌を見て擬態(ぎたい)参考にしましたの。なかなか可愛らしいお()し物でしたので」
 素直に回答するラムス。
 と、ジュンが驚愕ながらに問答を(さえぎ)った!
「って、ちょっと待って!」
「何さ? ジュン? 急に血相変えて?」
「地球に……来た?」
「はい」と、温顔ニッコリ。
 ……うん?
 言われてみれば、ちょっとした違和感。
 (しば)し、脳内整理──「ええぇぇぇ~~っ?」──ようやく気付いた!
「ラムスってば、元々〈宇宙怪物(ベム)〉なのッ? 地球人じゃなくッ?」
「ええ」と、涼しく返してくる。「(わたくし)は、惑星ジェルダに生息する原生生物(ブロブ)でしたの」
 衝撃的な真実に、ボクとジュンは追求せずにいられなかった!
「どういう事さ! クルロリ!」
「そうよ! 〈ベガ〉は『地球人(にんげん)宇宙怪物(ベム)の特性を遺伝子融合させた改造生命体』じゃなかったの? これじゃ逆じゃない! 何故、宇宙怪物が……!」
「そうだよ! 何で宇宙怪物が〝Eカップ〟なのに、ボクは〝Aカップ〟のままなのさ!」
そっち(・・・)違うわァァァーーッ!」
 スパーーンと顔面ハリセンで怒気(どき)られる。
「イテテテ……ってか、何さ? そのハリセン? どっから出した?」
 ()もおしおきとばかりに、ジュンはハリセンをスパーンスパーンと両手で(もてあそ)ぶ。殺気(さっき)(まが)いに怒気(どき)りながら。
「コレも自作アプリよ。周辺空気を超圧縮形成して、その領域に立体映像を投影。質量も音量も任意に変更自在な(すぐ)れ物」
 秀才通り越して天才か。
「何の役に立つのさ! そんな酔狂アプリ!」
「いま! 此処で! 役に立った!」
「……ああ、そっか。ツッコミ役の必需品か」
(ひと)を〝お笑い芸人〟みたいに言うな!」
「漫才、もういい?」
 クルロリが無関心に流れを戻した。
「定義として〈宇宙怪物少女(ベガ)〉とは〈ベムゲノム〉と〈ヒトゲノム〉の相互浸食融合によって新生成立している少女の事。(したが)って、素体(そたい)が〈地球人〉であっても〈宇宙怪物(ベム)〉であっても関係ない。結果として成立している形態(・・・・・・・・)(すべ)て」
「何さ? その〈ヒトデノム〉って?」
「ヒトデを飲んで、どうするのよ。そうじゃなくって〈ヒトゲノム〉よ。要するに〝人間の全染色体配列情報を解析した膨大なDNA構築式〟とでも言うか」と、ジュン先生。
「日本語で言って?」
「……日本語だ」苦虫顔で(あき)れながらも、噛んで砕いた表現に(まと)めてくれる。「まあ、大雑把に解釈するなら〝人間の設計図〟みたいなものね」
「つまり『この商品にパイロットは付いていません』みたいな?」
「……それは知らない」
 知っとけよぅ。
 昭和世代が感涙するフレーズだぞ?
「じゃあ〈ベムゲノム〉って?」
「つまりは〈ベム〉の生体設計図(・・・・・)でしょうね」
 ジュンの解釈を肯定するかのように、クルロリが続ける。
「基本的に〈ヒトゲノム〉は〈ベムゲノム〉より劣性(れっせい)であり〈ベムゲノム〉と情報重複(じょうほうちょうふく)する〈ヒトゲノム〉の生体特性は()まれ消える。そのため〈ベム〉の生体要素が大きく残り〝人間〟としての要素は最低限の特性──最も顕著(けんちょ)なのは〝人型フォルム〟──だけが踏襲(とうしゅう)される。彼女達〈ベガ〉が人型容姿に再誕しながらも生来(せいらい)の異形性を保持するのは、そうしたゲノム性質に()るもの」
 と、ここまで淡々と羅列していたクルロリは、ボクの食傷(しょくしょう)気味(ぎみ)機微(きび)を嗅ぎとった。
日向(ひなた)マドカ、ここまでは理解できている?」
「うん、小難(こむずか)しいって事だけは分かった」
「よかった。説明を続ける」
 ボケが通じない。
 生真面目(きまじめ)なのか、徹底的に朴念仁(ぼくねんじん)なのか。
「けれど、根本的な疑問は残る。そもそも〈ベム〉に(そな)わっていない〈ヒトゲノム〉を、どうして内包させるに(いた)ったか。そして、どうやって地球へと来訪したか」
 クルロリの示唆(しさ)に、ボクとジュンは以心伝心(いしんでんしん)のアイコンタクトを()わす。
 十中八九(じゅっちゅうはっく)、背後で暗躍しているのは〝ジャイーヴァ〟……か。
「〈ブロブベガ〉のラムス──アナタが、どういう経緯で〈ベガ〉へと再誕したのか詳細を知りたい」
「正直、(わたくし)が知りたいですわね。ある日、突然、こうなっていたのですから」
「ある日、突然?」
 ジュンの疑問符(ぎもんふ)を受け、ラムスは回顧(かいこ)を語り出した。
「もう半年ぐらい前に(さかのぼ)るでしょうか。(わたくし)一介(いっかい)の〈ブロブ〉として存在していましたわ。その日も原生生物を捕食して、思考無き眠りに就きました。そして、目が覚めたら地球(・・)にいましたの。それも〈ベガ〉へと進化して」
「つまり、その瞬間(・・・・)までは〈ベム〉だったのよね?」
「ええ。それに(ともな)い、高度な知性や人格も(そな)わっていましたわ。それまでは本当に原始的な本能のみ。いま思い返せば、(われ)ながら下等で恥ずかしいのですけれど」
「じゃあ、キミもアブられた(・・・・・)クチ……って、ハッ!」
 ボクは重大な見落としに気付く!
「何ですの?」
擬態(ぎたい)って事は、実質()()? 看破されたら大変だ! 自然体(ナチュラル)公然猥褻罪(こうぜんわいせつざい)じゃん! 存在自体が大変な変態じゃん!」
「どうでもいいわーーッ!」
「おぶぅ!」
 顔面ハリセン、二度目の炸裂!
「あなたって()は! (すき)あれば、すぐに(くだ)らない脱線を!」
「うう……せめて『()()Go!Go!Go!』までボケさせて……」
(ひと)を変態みたいに言わないで頂けます?」
 柔らかに怒気(どき)っていた。ラムス当人が。
「で?」と、ジュンが仕切り直す。「あなた逹〈ベガ〉の……というか〝ジャイーヴァ〟の目的は?」
「さて?」と、(あご)に人差し指を()えて他人事(ひとごと)テンションを返すラムス。
 あ、これってばジュンが嫌いな茶化し方だ。
「ふざけないで!」
 ほら、キレた。
 けれども、ラムスは閑雅(かんが)な物腰で続ける。
「別にふざけてなどおりませんわ。(わたくし)とジャイーヴァ様は、単なる契約関係(・・・・)……その背景にある意図までは、生憎(あいにく)存知(ぞんじ)あげません」
「ふぇ? 契約?」
「ええ。日向(ひなた)マドカを捕獲せよ──と」
「それってば、やっぱクルロリの宣戦布告のせいじゃないだろうな!」
「……にしては妙ね」ジュンが噛み締めるように思索(しさく)(つむ)ぎ出す。「これが『日向(ひなた)マドカを打倒せよ』なら辻褄(つじつま)が合うけれど……何故『捕獲』なのかしら?」
 あ、言われてみればそうか。
「まさか宇宙動物園で飼うつもりじゃないだろうな? 『ウル ● ラマン80』に登場したバ ● タン星人みたいに?」
「知らない知らない」
 全員連帯で手をブンブン振っていた。
 知っとけよぅ?
 国民的スーパーヒーローの沽券(こけん)に関わる『どエライこっちゃ事変』だったんだぞぅ?

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