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管理者2

「大分修復も進んだね」
「はい。我が君が導いて下さるおかげです」

 奥に光の球が浮かぶ真っ暗な世界。そこで世界の根幹を修復しているめいと、それを見学しているオーガスト。
 この世界の管理者はめいであるが、その前任はオーガストであった。正式に就任していた訳ではないが、短い間とはいえ一応管理していたのは確かなので、オーガストが前の管理者だったと言っても間違いはないだろう。
 そうしてオーガストから世界の管理者を引き継いだめいだが、就任してからまだ日が浅いので何もかもを経験している訳ではないし、対応出来る訳ではない。というより、根幹の修復など他の世界の管理者でもそうそう経験しているとは思えない。
 そんな中で、管理者をやっていた期間がかなり短かったはずのオーガストは、根幹の修復を結構経験していた。というのも、オーガストの場合は研究の為に自ら壊しては修復していたのだ。管理者であれば、それがいかに狂気の沙汰か解るというもの。人で言えば、自分の臓器を己の意思で傷つけて、そのうえで自分で治療しているようなものだ。それを幾度も幾度も繰り返していたのだから、頭がおかしいとしか言いようがない所業。
 しかし、それを平然とやってのけたオーガストは、おかげで誰よりも世界について詳しくなった。
 その経験を活かし、オーガストはめいに世界の根幹の修復について教えていた。気紛れではあるが、それはかなり貴重で重要な情報でもある。
 オーガストの教えを受けて、めいは修復作業に集中していた。その結果、めいのみで行っていた時とは比べものにならないぐらいの速度で修復が進み、散発的に根幹へと届いていた攻撃の傷よりも、修復速度の方が勝るようになった。
 そうなれば修復が進むというもので、後少し修復すれば修復は完了するだろう。後は散発的にやって来る攻撃に対処するだけ。
 しかしめいとしては、愛しい人と二人きりという状況に、ずっとこのままでもいいのですがとも思っていた。
 そうして世界の根幹を修復していると。

「おや?」
「? ・・・これは一体?」

 オーガストが何かに気づき光の球が浮かんでいる方へと顔を向ける。それに気づいためいが不思議そうにその視線の先を追うと、そこには光の球から一筋の細い糸が何処かへと延びていた。
 周囲が暗いからこそ気づけたぐらいの細い光に、めいは何事かと首を傾げてオーガストの方へと目を向ける。

「ふむ。どうやらあれが世界と僅かに繋がったといったところか」
「世界と? ですが、各自の設定は壊したのでは?」
「ん? 基本的な部分は変わってはいないよ。そこまで変えたいのであれば、過去から変えなければ基礎は変えようがない。まぁ、強引に書き換える方法もあるにはあるが、あれは器から壊す可能性もあるからね」
「では、世界と繋がってしまうと設定通りに?」
「なる場合もあるけれど、そこは世界を変えた時点で分岐が生まれているから確実ではないね。誘導すれば確率は上がるだろうが」
「なるほど。それは厄介な事になりそうですね」
「んー・・・まあそうだね。めいなら問題ないとは思うが、他は難しいか。・・・ああいや、ソシオ辺りはいけるか?」

 めいの言葉に頷いたオーガストがブツブツと口にしながら思案を始めると、それを聞きながら、めいは今後の展開について少し予測する。
 設定がまだ活きているのであれば、あの光が延びている先に居るのは一人の青年。
 かつてこの世界がまだゲームだった頃に最強の一角として設定されていたキャラクターで、人間でありながら最強になると設定されていた。
 ただ、このキャラクターの困ったところは、ゲームが未完成だったというのもあるが、最強の一角でありながら立ち位置が定まっていなかったところだ。
 お助けキャラとして活躍も出来るし、プレイヤーを取り締まる側にだってなれる。妖精に愛されたり、ドラゴンを手懐けるなどの設定が結構盛り込まれていたので、この世界の創造者の思惑としては、実はこの世界の管理者としての立ち位置に就けたかったのではないかと勘繰りたくなるほど。
 だが実際は、とりあえず思いつくままに設定を追加していき、その後に削っていって立ち位置を確立させる予定だったようだ。
 しかし、それもイレギュラーな存在であるオーガストによって初っ端から歪みが生じてしまったが、それはオーガストの手によってある程度は修正されている。オーガストが創造者から姿を隠す為に多少の修正が必要だったから。
 そんな、強い以外はあやふやな立ち位置だった青年の設定がまだ生きているというのは、少し面倒な事態であった。といっても、対処不可能という訳ではない。世界は変わったのだ。現在の世界の頂点はめいであり、その世界に属している以上、本当の意味でめいを上回る事は出来ない。ただ、一部とはいえ今とは異なる摂理を取り込むという事は、めいを倒せる可能性が出てくるという事なので、やはり面倒な存在である事には変わりないが。
 そして、今回その設定が生きているという事と、その設定を継承しようとしているのが判明した訳だが。

(可能性が在ろうとも、実際には私が負ける事はない。だが、戦えば被害が結構出そうですね。引き続く設定はごく一部のようですが、世界に繋ぐ事が出来るまでに成長するとは)

 めいは世界の根幹を修復しながらも、今後の展開と対策について思案していく。
 その間、オーガストは光の球の方をジッと眺めて何事か思案しているようだ。
 程なく沈黙が場に流れる。めいは修復作業を行いつつなので、そちらは順調に進んでいる。
 オーガストは暫く光の球を眺めた後に、ふと思い出したかのような口調でめいに尋ねてきた。

「あの光の球、壊してみる?」

 それはめい達が世界の根幹に封印した旧世界の摂理。壊すにはかなりの時間が必要そうなので、未だにろくに壊しきれていない遺物。そんなモノなので壊す分には問題ないだろうが、それでも今すぐというには色々と厄介な代物。現に今回設定を持ち出そうとしているのだから、まだ世界の何処かに繋がりが存在しているのだろう。
 単純に壊すだけであれば、時間は掛かるが不可能ではない。しかし、未だに完全に処理が済んでいないので、どんな問題が巻き起こるか不明な為に、今すぐ壊すというのはめいには出来ない。
 しかし、めいには不可能でも、オーガストであれば可能かもしれない。そう考えためいは、作業を続けながらもオーガストの提案を受けて思索に更ける。
 オーガストからの提案なので、頼むのは簡単だ。お願いしますと頼むだけで、オーガストは簡単に処理してくれる事だろう。それも何の問題も起こさずに。
 だが、それはオーガストの手を煩わせることに繋がるし、なによりめい自身の能力の無さをオーガストに晒すようなもの。ただでさえ世界の修復で助言を貰っているというのに、これ以上の無様は晒したくはなかった。
 めいにとってオーガストは愛する人であるし、全てを捧げるに相応しい相手だと思ってはいるが、それでも対等な部分が少しぐらいは欲しいとも思っている。
 めいがそんな葛藤に苛まれていると、光の球から何処かに延びていた光の糸がふっと消える。

「終わった・・・いや、現在の許容量に達したという事か。あの辺りは能力の伸び代についての設定だったか? いや、成長率の方だったかな? まぁ、何にせよそれぐらいなければ弱かったからな」

 どうやら悩んでいる内に設定の更新や追加が終わったようで、めいの葛藤は無駄に終わった。いや、全くの無駄ではないのだろうが、結果としては急ぎではなくなったという事か。

「それでどうする? 壊そうか?」

 めいがそう思っていると、オーガストが再度尋ねてくる。
 これからの面倒を思えば、オーガストの提案につい頷いてしまいたくなるものの、そこはぐっと堪えた。

「・・・少し考えさせていただきたく」
「別に構わないよ。ここの修復も大事なことだからね」

 いつまでも返事をしないというのも失礼だと思っためいは、しかし答えはまだ出ていないので、考える時間を欲した。それにオーガストは問題ないと了承する。
 それからは引き続き、世界の根幹部分の修復についてオーガストがめいに指導を行っていく。
 時折外から攻撃されるも、それへの対処法についてもオーガストは説明する。
 オーガストが指導する内容は、どれもこれも管理者として必要な内容だが、中々知る機会の無いものであった。それだけオーガストが深いところまで調べていたという事なのだろう。

「しかしまぁ、最近は壊す事が多かったからね、修復したり護ったりなんて随分と久しぶりで新鮮だ」

 世界の根幹の修復がかなり終わり、後はめいだけでも問題なく完了するだろうという段階で、オーガストは少し機嫌よさそうにそう口にする。
 最近まで外の世界を幾つも旅していたオーガストだが、同時に幾つもの世界を破壊してきた。それだけに、破壊ではなく修復や攻撃に対する防御について関わるのは随分と久しぶりらしく、懐かしさと共に新鮮さを味わっていたようだ。

「それでしたら良かったです。私の仕事を手伝っていただき、心より感謝しております」

 そんなオーガストの呟きに、めいは安堵の息を吐く。
 オーガストはオーガストのやりたいように振舞うとはいえ、本来めいが一人でこなすはずの役割を手伝ってもらい、めいは内心嬉しくもありながらも心苦しく感じてもいた。しかし、どうやらそれは杞憂らしいという事が解り、めいはホッと胸をなでおろす。
 それから修復も順調に進み、やっと完了する。後は攻撃に対する備えをしっかり行えば問題ないだろう。

「それで、あの光の球をどうするか決まったかな?」

 オーガストのその一言に、めいの動きが止まる。とはいえそれも一瞬の出来事で、直ぐに手を動かし始めた。

「そ、それは・・・」

 めいはオーガストの問いに言葉を詰まらせる。考える時間はあったが、意識は修復の方に向いていた。というよりも逃げていた。
 そのおかげで考える時間は在ってもあまり考えていなかったので、めいはどうしようかと内心であたふたとし始めた。
 そうしてめいが言い淀んでいると、それに目を向けていたオーガストは少し考えた後に口を開く。

「ふむ。じゃあまぁ、後はめいの好きなようにすればいいさ。あれも時間を掛ければめいでも処理出来るからね」
「・・・は、はい。ありがとうございました」

 時間切れという事で、オーガストは手伝うのを止める。後はもう好きにすればいいと結論付けると、修復もほぼ完了したのでオーガストは外に出る事にした。
 それを感じ取っためいは残念そうにするも、めいが何かを言ったからとて行動を変えるオーガストではないので、今回の助言について礼を述べるに留めた。

「うん。それじゃあ残りは頑張って。これでこれからは一人でも修復は出来ると思うから」

 最後にそれだけを告げると、オーガストの姿は一瞬で消える。
 それを見送っためいは、オーガストが居た場所に目を向けながら、二人の時間の終わりに切なげに息を吐き出したのだった。





 めいの許から移動したオーガストは、次はソシオの方に顔を出す。オーガストがめいの方に顔を出している間に何やら面白そうな事をやっていたようだが、今は平和な様子。
 しかし、少し離れた場所からボッという何かに盛大に引火したような音が耳に届いた。
 そちらに顔を向けたオーガストは、目的の人物は音がした方に居るようだと察して、そちらへと歩いていく。
 暫く歩くと、遠くに小さな人影が確認出来る。その更に奥にも人影はあるが、そちらは目的の相手ではないので、オーガストは一瞬視線を向けただけで直ぐに視線を手前の小さな人影の方へと戻す。
 目的の人物であるソシオは、何か重量のある物が強く衝突したかのように地面に開いた穴の中で何か作業をしているようだった。

(根幹への攻撃か)

 それが何をしているのかオーガストは知っているが、それもオーガストがめいに対策を教えたので、そろそろ効果がなくなる事だろう。オーガストにとってソシオの行動は、別段咎めるほどのモノではないと判断している。
 オーガストは根幹の修復や防衛についてめいに教えはしたが、実際のところこの世界がどうなろうと知った事ではないと思っている。他の世界よりは多少愛着はあるも、そこに大した差はない。
 オーガストが現在訪ねているジュライ・めい・ソシオに関しては、オーガストが関わったという事で訪問しているに過ぎない。特にめいに関しては、わざわざ創造したうえに色々と押しつけているので、三人の中では一番気にはしていた。なので、修復や対策を教えたのは、気紛れだけではないのかもしれない。
 ジュライに関しては、一応様子を見に行きはしたが、既に大して興味は無かった。めいの競合相手として育たないかと考えたものの、期待以上の結果は出ていなかった。もっとも、その要因は解っている。

(あの妖精のせいだろうな。本来であればあそこにドラゴンも加わり、あの妖精を止める役割に就くはずだったのだが、そこはソシオが妨害したからな。半分以上は意図していなかったようだが)

 ジュライの成長が鈍い原因を思い出したオーガストだが、それは取り返しのつかない失敗という訳ではなく、幾つかある分岐の一つに過ぎなかった。
 それに、多少は起動を修正した事で別の道が現れようとしていた。それがどういった道であるかオーガストは知らない。視ようと思えば容易いが、そんなつまらない真似をするつもりはない。
 これから先、何がオーガストを楽しませてくれるか分からないので、用はないが期待は僅かにしている。
 ソシオに関しては、三人の中で最も興味深い存在。とはいえ、オーガストの中ではまだ予測可能な範疇なので、そこまで驚くほどではない。それでも思った以上の働きをしているので、やはり興味深くはあるが。
 近づく事で次第に大きくなってきたソシオの姿だが、それも一瞬のうちに消えて目の前に現れる。

「オーガスト様!!!!」

 転移でオーガストの目の前に現れたソシオは、そのままオーガストにがばっと勢いよく抱き着く。
 オーガストはそれを避けるでもなく、冷静に受け止める。

「随分大きくなったな」
「はい!」

 抱き着いてきたソシオの大きさに、オーガストはそう感想を述べる。
 オーガストがソシオの身体を創造した当初は十代前半ぐらいの小柄な少女だったのだが、今ではすっかり成長して一人の大人な女性へと変貌していた。
 ソシオの身体はある程度までは強さによって成長するので、大人の女性までに成長したという事は、それだけ強くなったという事に他ならない。
 もっとも、外見的成長の限界は現段階辺りまでなので、強さだけはさらに成長している事だろう。
 抱き着いたまま嬉しそうに頷くソシオの背を軽く叩いて区切りとしようとしたオーガストだが、ソシオは一向に離れる気配がない。
 現在のソシオの背丈はオーガストよりやや低い程度なので、普通に引き剥がすにはやり難い。
 どうしたものかと一瞬考えるも、気が済むまで待つかと思い直し、そのまま話を続ける。顔が近い分、あまり大きな声を出さなくていいのは楽ではあった。
 とりあえずオーガストはめいにも話を聞いたのだが、ソシオにも今までの事について尋ねる。視点が変われば印象も変わる。
 その後に、どうやって成長したのかも尋ねると、ソシオはやや言い難そうにしながらも語っていく。それによると、ある程度までは自ら鍛えて成長したようだが、成長速度の遅さに焦り、今度は異世界の理を取り込んだという。
 その後はオーガストが創造した魔物を取り込んでしまった事を詫びられたが、オーガストははてと少しの間首を捻った。そんな存在が居たっけなといった感じである。
 ソシオから説明を受けて、オーガスト「ああ」 と思い出す。しかし、オーガストにとってその魔物はその程度の存在なので、オーガストは何も気にしなかった。
 その後にソシオは、この世界に紛れ込んでいた別世界の管理者を取り込み、今のような段階に成長したらしい。

「なるほど」

 それにオーガストは頷く。
 オーガストが創造した魔物はさておき、別世界とはいえ管理者を取り込めたのは大きいだろう。それだけ管理者というのは特別な存在なのである。であれば、現在のソシオはめいに準ずるまでに存在を高めたという事になるのだろう。
 そこまで考えたところで、そういえばとオーガストは思い出す。
 かつて自分を恐れて懐まで逃げてきた者が居たなと。あれは確か管理者だったが、管理していた数は一つではなく、数える気も失せるほどに膨大な数であった。
 それだけ優秀だったという事だが、それを吸収したのであれば、もしかしたら今のソシオはめい以上の存在に達しているかもしれない。

(いや、それはまだないか)

 そう考えたところで、オーガストは心の中で即座にそれを否定する。
 世界には幾つかの制約が存在している。それはこの世界を創造した者達の意思の方ではなく、世界の外に広がる世界も含めて全てに課せられているモノ。
 その一つに、管理者を越える事が出来ないというものがある。何を越えてはいけないのかは様々だが、総じて強さに関しては共通している部分だ。
 例えば、この世界の場合は能力。しかしそれは総合的な能力なので、どれか一つ二つが管理者を越えている程度ではそうそう制約に引っ掛からない。それでも引っ掛かる場合は、その能力がよほど突出している場合ぐらいだろう。
 だが、何事にも例外というものは存在するらしく、例外として理を異にする存在に関してはその限りではなかったりする。
 もっとも、ここで指す例外とは、主に外からの来訪者が想定されている。つまりは神による管理者適性の有無を問う試験の事だ。
 それはさておき、つまりは管理者と理さえ異なれば、管理者を越える力も許されるという事になる。そして現在のソシオだが、まだ完全にめいの理から脱し切れていない。なので、現状ではソシオはめいを越える事は出来ない。出来て並ぶところまでだろう。
 通常、管理者は管理する領域を分けて、一部の管理を委託している場合が多い。中には全ての管理業務を任せている怠け者の管理者も居るが、めいの場合はそれを一人で行っている。それだけの処理能力が在るからだが、それはつまり、全ての権限を有しているとも言える。
 そしてその権限を行使されれば、いくら並ぶ強さを持っていようとも、ソシオではめいには絶対に勝てないのだ。特にめいの代名詞ともなっている死についての権能は強力で、望めば同じ理の中の者を殺す事が容易に出来るほどであった。
 なので、絶対的な力を持つ管理者としての能力まで加味すると、ソシオではめいを越えられない事になる。
 もっとも、ソシオは大分この世界の理から逸脱した存在に成りつつあるようなので、その優位性もいつまで続くかは分からないが。
 そうしてオーガストがソシオの話に耳を傾けながら今後の事を考えていると、話はオーガストがめいのところに行っていた間の話に移る。数日程度ではあるが、色々とあったようだ。

「ふむ。なるほど。そしてソシオが勝利したと」
「はい! オーガスト様から下賜されたこの身体に傷を付けるような不埒者はしっかりと成敗致しました!!」

 少し身体を離して誇らしげに笑うソシオ。その輝かんばかりの笑みは、褒めて褒めてとねだっているように見えた。
 オーガストとしては、与えた後の身体の扱いについては預かり知らぬところなのだが、目の前でやや俯き気味に頭を傾けて、上目遣いで期待したように見上げてくるソシオを眺めながらオーガストは一瞬考え、身体の扱いについてはともかく、予想以上の急成長を遂げた事に関しては褒めてもいいだろうと判断して、ソシオが期待しているであろう事を実行するべく手を持ち上げる。
 そのままぽふっとソシオの頭の上に軽く手を置くと、オーガストは褒めるのだからと、労わるように手を動かして頭を撫でた。
 それを幸せそうに目を細めて受け入れるソシオ。
 オーガストとしてはその気持ちはよく分からないが、褒美になっているのであれば別にいいかと、その疑問を横に措いた。
 そうして暫くの間ソシオの頭を撫でたオーガストは、そろそろいいかと手を離す。それに残念そうな声を僅かに上げたソシオだったが、直ぐに笑み曲げてオーガストに密着する。

(これはいつまで続くのだろうか?)

 そんなソシオを横目に見ながら、いつになったら離れるのだろうかとオーガストは疑問に思う。別に不快という訳ではないのだが、動きづらいなとは思った。
 ソシオの話を聞き終えると、オーガストは手早く世界を調べてみる。

(ふむ。確かに消滅したようだが・・・完全ではなかったようだな)

 ソシオの話を聞いた後にオーガストがヘカテーの存在を探してみると、めいのすぐ近くでとても微弱な反応を感知する。どうやらめいの許へとごく一部が辿り着いたようだ。
 そうして完全消滅は免れたようだが、それでも復活にはかなりの時間が必要になってくる。そして、もしもヘカテーが普通の存在であれば、そのまま復活することなく消滅していただろう。

(ヘカテーはめいの一部。そこにほんの一部でも戻りさえすれば、時間は掛かるが復活は可能)

 オーガストが観察している内にも、めいはヘカテーを吸収して取り込む。ただそれだけで、消滅が免れる程度には復活していた。
 それでもやはり損耗が激しいようで、消滅は免れたがおそらく意識はろくに残っていないだろう。こちらも時が経てば回復するだろうが、それまで情報は得られそうもないと思われた。

(記憶を読むという方法もあるにはあるが、今のヘカテーの状態だとそれも厳しいかもしれないな)

 現状のめいの実力とヘカテーの状態を頭に思い浮かべたオーガストは、今すぐには無理だろうなと結論付ける。もっとも、めいは別の方面から情報を得られるので、必ずしもヘカテーから情報を得なければならならないという訳ではないのだが。
 なんにせよ、ヘカテーはまだ生きていたという事は確認出来た。しかし、動けそうもないというのも同時に確認出来た。つまり、現状ソシオに対抗出来るのはめいだけだという事になる。

(ふむ。ソシオはまだヘカテーが消滅しきっていない事に気がついていないようだな)

 オーガストは、幸せそうに自分に抱き着いているソシオに目を向けてそう思う。先程の話し方も随分と気合が入っていたように思うので、間違いないだろう。
 だが、それで何か問題があるのだろうかと少し考え、それほど深刻な失敗でも無いなとオーガストは考え直す。ヘカテーは当分使い物にならないし、復活する頃には既に情報の価値は失われている。

(それに、復活できた頃には彼我の差もより開いている事だろう)

 であるからして、何か問題があるのかと言えば、実は無かったりする。強いて言うならば、生きていたと知った時に驚くぐらいだろうか。
 そこまで考えたところで、オーガストは関係ない自分が考える事ではないなと、思考を止める。

(それにしても、いつになったら離れるのだろうか・・・)

 思考しながら暫く待ったものの、ソシオはオーガストに抱き着いたまま動こうとしない。オーガストはこの後特に用事があるという訳ではないのだが、それでも暇なので引き剥がす事にした。
 ソシオの肩にそっと手を置き、ゆっくりと力を籠めていき離そうと試みる。

「・・・・・・」

 しかし、それでよりきつく抱き着かれた。それは離れる気はないと主張しているかのようだ。
 もっとも、オーガストがその気になれば直ぐにでも脱出は出来る。なので、別段焦る必要はない。ソシオもそれは理解しているはずなので、細やかな抵抗といったところか。
 ふむと少し考えたオーガストは、何か訊きたい事でもあっただろうかと記憶を探る。
 この世界の現状についてはめいに話は聞いたし、軽くではあるが自分でも調べた。なので、その辺りはこれ以上訊く必要はないだろう。ここで何が起きたかも聞いたばかり。
 であれば、後はもう用事は無いような気がする。そう思い、オーガストは視線を虚空に泳がしたところで、遠くの方に居る人形が目に映る。
 これについてもある程度はめいに聞いていたし、自分でも調べていた。しかし、どうやら視界に入った人形は更に強化されているらしい。
 遠目に視ながら調べてみると、別世界の理を主軸において改良されているらしい。おそらくソシオが自分に施す予定の方法を事前に試したのだろう。

(意外と巧く纏まっている)

 それを視たオーガストは、参考にした世界は少ないだろうに、それでも巧い事纏まっている人形の性能に感心する。あれであればめいの影響もかなり少なそうだ。
 ソシオの才能の一端が解ったような気がして、オーガストはそちら方面ならより期待出来るかもしれないと考える。めいやソシオ自身がオーガストを越えられなくとも、ああやって人形に組み込んで新しい秩序を生み出すというのも手ではある。それに、オーガストは別に一対一を望んでいる訳ではない。自分を倒してくれるのであれば、手段などどうだってよかった。
 ただ、現在のオーガストを越える事はおそらく不可能だろう。それを理解しているだけに、オーガストは期待はしても希望は持たない。

(あの部屋の情報は興味深くはあったが・・・)

 オーガストが以前辿り着いた全ての始まりの場所。そこの主を含めた全ての情報にオーガストは触れた。無論、あまりにも膨大で深い情報の全てを解析出来た訳ではないし、まだまだ触れていない情報も多くある。それでも、既にオーガストは始まりの場所以外ではほぼ無敵とも言えた。

(挟間の住民達を束ねて一つにしてみても、大した事なかったからな)

 オーガストは元々無敵に近かったとはいえ、それでも死ぬ可能性は確かに存在していた。そして、様々な世界を糧に成長した狭間の住民達を一つに纏めてから相手にした場合、始まりの場所に辿り着く前のオーガストであれば、いい戦いが出来たかもしれない。
 しかし、その前にオーガストは始まりの場所に辿り着き、そこから情報を得てしまったので、世界を喰らい十分に育った狭間の住民達を全て纏めた強力な個体を実際に生み出してみても、オーガストの前では何も出来なかった。

(あれはあれで虚しいものだったが)

 勝負にならないとは言うが、あれはそれ以前の話だったと、思い出したオーガストは思う。
 それまでの他の世界で戦った住民達もそれに近かったが、それでも何かしようと抵抗ぐらいはしたものだ。

(半端に強いというのも考え物だな)

 オーガストが最後に生み出した強力な個体である狭間の住民達の集合体は、今まで相手した中で最も強かったが故に、彼我の差をかなりのところまで理解してしまったようで、対峙した瞬間に動かなくなり、そのまま勝手に自滅してしまったのだ。人で言えば、目が合った瞬間に恐怖のあまりに心臓が止まったようなものだろうか。
 その結果に、流石のオーガストも僅かに苦笑を浮かべてしまった。現在のオーガストより上の存在など、それこそ始まりの場所の主ぐらいなものだろう。

しおり